「調査報道に対する地方自治体元職員からの申立て」
通知・公表の概要
[通知]
2025年2月18日午後1時30分から千代田放送会館会議室において、曽我部真裕委員長と、この事案を担当した鈴木秀美委員長代行、斉藤とも子委員、さらに少数意見を書いた廣田智子委員長代行、松尾剛行委員、松田美佐委員の合わせて6人のほか、申立人と被申立人のサンテレビ(神戸市)側から4人が出席して、委員会決定第80号の通知が行われた。
曽我部委員長がまず、「本件番組には人権侵害は認められず、放送倫理上の問題があるとは言えない」という委員会決定の結論を伝えた。続いて今回は委員会決定とは結論が異なる少数意見(反対意見)を4人の委員が書いていることを説明し、それら少数意見の趣旨も踏まえて人権により配慮した番組を制作するよう努めてほしいと述べた。
申立人の「放送内容は虚偽であり名誉を毀損された」という主張については、放送内容は申立人の社会的評価を低下させたが、事実の公共性、目的の公益性、真実性・相当性(一部は不認定)が認められるため、「人権侵害があったとすることは相当でない」と説明した。
また、放送倫理上の問題の有無については、サンテレビが本件放送でX氏に焦点をあてた構成にしているのに、X氏とX氏が勤務する広告代理店への取材が行われていなかったことをどう判断するか、委員会で慎重に議論したことを説明した。多数意見は、放送では主たる対象である申立人への直接取材が行われていたため、「放送倫理上の問題があるとは言えない」と判断したものの、委員の中には異論もあったと伝えた。
最後に曽我部委員長は、サンテレビの「一連の調査報道の意図や努力は評価するものの、取材については不十分な点があったという少数意見(反対意見)が多くの委員からあったことを重く受け止めていただきたい」と述べた。
続いて、この事案を担当した鈴木委員長代行が、昭和41年6月の最高裁判例を紹介し、テレビ放送による事実を適示しての名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図るものである場合において、適示された事実がその重要な部分において真実と信ずるに相当な理由があるとき名誉毀損は成立しない。報道の時点で本当だと信じていた経緯は十分な裏付け取材をしていれば、それを証明することで人権侵害にはならないという今回の判断の基本的考え方を説明した。
一方、委員会決定とは結論が異なる少数意見を書いた廣田委員長代行は、申立人のX氏への公金での物品送付が常態化していたという事実適示について、この「常態化」との証言をした元店長は申立人とは対立していた当事者であり、慎重な裏付け取材が必要だった。X氏や送付先の広告代理店への裏付け取材が行われていないなかで、真実性・相当性を認めることはできない。多数意見は、「常態化」との事実適示は、申立人の数々の不正行為や疑惑を取り上げた本件放送のごく一部で、人権侵害とすることは相当でないとの判断だが、この事実適示は犯罪行為が繰り返し行われていたことを示すもので、名誉を毀損する程度も決して軽微とは言えず、人権侵害があったと言わざるを得ないとした。また、広告事業発注先の変更は、申立人とX氏が親しい関係にあったからではないかという疑念の提示についても、放送の主たる対象者(申立人)への取材のみならず周辺取材が重要な場合があり、十分な確認取材を怠ったまま疑念があることをそのまま放送したことは、放送倫理上の問題があると言わざるを得ないと結論付けた。
同じく松田委員、斉藤委員との連名による少数意見を書いた松尾委員は、本件放送は露骨にX氏へ焦点を当てる構成になっており、女性であるX氏と申立人の間に「親しい」以上の関係があるとの示唆が協調されていると評さざるを得ない。このような状況では、X氏は申立人に準じる、または申立人と同様の地位にある主要な人物であることからX氏への直接取材は不可欠であり、X氏に関する取材が不十分であることについて「放送倫理上の問題がある」と述べた。
松田委員からは、本件放送で性別が明示されるのはこの「女性」(X氏)のみであり、申立人が男性であることから、不自然にX氏の性別が協調されていると指摘した。また、サンテレビの公式YouTubeチャンネルに掲載している当該動画については配信を取り下げるべきであると指摘した。
斉藤委員は、裏付けが十分でない内容を報道することによって、取材対象者とその家族にどれほどの影響があるかを考え、意義のある報道を続けてほしいと述べた。
この決定を受け、申立人は「少数意見には感謝しますが、全体としては納得できない」と述べた。また、サンテレビは「非常に重い決定と受け止めている。今回の決定を参考に、地元局として調査報道を続けたい」と述べた。曽我部委員長はサンテレビに対し、「情報源が偏りすぎているように思う。その辺りは今後、再点検されたほうがいいのではないか」と伝えた。
[公表]
午後2時30分から千代田放送会館2階ホールで記者会見が開かれ、委員会決定第80号の内容を公表した。会見には、放送局や新聞社など20社1団体から36人が出席した。
曽我部委員長が、「本件番組には人権侵害は認められず、放送倫理上の問題があるとは言えない」という今回の委員会決定に至るまでの審理の経過や考え方などを解説した後、4人の委員が委員会決定とは結論が異なる少数意見(反対意見)を表明し、決定文に記載していることを説明した。
少数意見を書いた廣田委員長代行は、「放送する事実は取材を尽くして裏付けの取れたものを正確に放送することが必要だ。それが、うわさ話やネット上の真偽不明の情報との一番の本質的違いで、今まさにマスメディアに求められるもので存在意義だ。そうした観点から、関係者への取材が1度電話しただけでできていない点に関して書いた」と述べた。
3人の連名による少数意見を書いた松尾委員は、「調査報道の基本的な部分は取材にある。X氏を重要な立場で(映像を)構成したのであれば、それ相応の取材が必要だ」と指摘。松田委員は、「この調査報道でX氏のみ女性という形で扱われていたことに違和感があった」と述べるとともに、サンテレビが今もなお自局の公式YouTubeチャンネルに当該番組の動画が配信されていることにふれ、「一部でも問題があるとの指摘を受けた以上、配信の取り下げも検討すべきである」と指摘した。また、斉藤委員は、審理を進めるなかで申立人側と放送局側の主張が全く違うことがあるが、今回の事案は特に何が本当かを見極めるのが難しかった」と、苦渋の決断であったことを吐露した。
<質疑応答>
(質問)
多数意見と少数意見で、放送倫理上の問題の有無をめぐって申立人への取材の評価が違う理由は。
(鈴木委員長代行)
多数意見では、今回の番組は元課長の不正を追及するのが目的で、元課長を丹念に取材していることで、脇役のX氏を取材していないから放送倫理上の問題があるとまでは言えないと考えた。
(曽我部委員長)
基本的に直接取材は重要だと繰り返し確認しているが、本件での直接の対象者と、そうでない対象者の区別を、多数意見では比較的重くみているということ。少数意見の指摘を全く否定しているわけでなく、基本的には同じベクトルだ。
(質問)
申立人、被申立人双方の受け止めは?
(曽我部委員長)
申立人は委員会決定には納得がいかないと述べていた。双方で事実に関する言い分がずっと違っていて、市の第三者委員会調査、市議会の百条委員会、さらにサンテレビの報道全体に関して、自分の事実に関する見方は違うと強く主張していた。少数意見全般については謝意を示されていた。
(質問)
少数意見でX氏と申立人の間に親しい以上の関係があると示唆されていることについて、一般的なメディアとジェンダーの問題があるとの指摘があった。もう少し詳しく聞きたい。
(松田)
取材を通して、申立人とX氏に男女の仲に近いものがあると分かっていたならともかく、何となく気に入っている異性だからとほのめかすようなこと自体を捉え直した方がいいと思う。一連のふるさと納税をめぐる問題で、申立人がX氏以外にもいろんな形で便宜を図っていた場合に、それでも女性を強調する必要があったのかということだ。
(質問)
少数意見で、X氏または広告代理店への取材が極めて不十分だったという指摘について詳しく聞きたい。
(松尾)
一般論として(取材について)基準を一律に示すことは難しく、ケースバイケースだ。取材の電話を1回して相手が出ないのはふつうにあること。今回の場合、X氏を申立人に準じる重要性のある人物として描く以上は、この程度で取材は無理だと判断するのは、放送倫理上の問題があると言わざるを得ない。本当に取材をしようと努力を尽くしたのかということだ。
(質問)
多数意見も取材が不十分だという認識か。
(鈴木委員長代行)
多数意見も、可能であればさらにもう1回電話をかけるなどした方が良かったと考えている。多数意見は、不正行為の動機がX氏を気に入っていたからだと捉えていて、動機に関わるX氏の取材をした方がよかったけれども、しなかったことで放送倫理上の問題があるとまでは言えないという考えだ。
(曽我部委員長)
決定第78号で原則として直接取材が必要だが、こういう場合には例外的に直接取材がないこともありうると一般論として述べている。ご覧いただければ。
(廣田委員長代行)
今回、申立人が取材に対して広告代理店変更の理由について具体的かつ詳細に答えている。(サンテレビは)申立人への取材はしたが、事実確認が不足していると思った。
(質問)
今回の報道を高く評価しているのに、少数意見でYouTubeでの掲載を取り下げるべきと述べている。整合性をどう考える。
(松尾)
地域の問題を地域のマスメディアが調査報道として伝えることは非常に重要だ。放送して終わりではなく、YouTubeに掲載するのは、地域的・時間的制約がなく影響が大きく違う。取材が十分になされた調査報道なら動画を掲載することに意味がある。しかし9人中4人の委員が、今回の報道に問題があると判断している。そのような動画を放送から1年半近くYouTubeに掲載し続けることは、特にX氏との関係で正当化されないと考えた。(サンテレビは)動画を取り下げる方向で検討してほしい。
(質問)
少数意見に「常態化」という表現を使ったことが人権侵害だとの指摘があった。もう少し詳しく聞きたい。
(廣田代行)
今回の「常態化」の対象は、(申立人が)公金でX氏に物を贈っていたということ。犯罪行為にあたり言葉の意味が重い。放送では内部告発者へのインタビュー取材から「常態化」という言葉を使っていたが、提出資料やヒアリングで調べたところ、ハンバーグをX氏の職場に送った件は業務に関連していた可能性もある。牛肉を自宅に送ったということを除いて確たる根拠はないと判断した。X氏にも勤めていた広告代理店にも取材ができていなかった。「常態化」という言葉だけで判断していない。
(曽我部委員長)
2021年6月の(第77号)決定で「何らかの金銭トラブル」という言葉が問題になった。今の常態化の話もそうだが、ひと言が強い印象を与えるがゆえに使いがちであることにも注意が必要である。
以上