「調査報道に対する地方自治体元職員からの申立て」に
関する委員会決定
2025年2月18日 放送局:サンテレビ(兵庫県)
見解:問題なし(少数意見付記)
申立ての対象は、サンテレビが2023年9月26日と27日に放送した夕方ニュース番組『ニュース×情報 キャッチ+』。ふるさと納税PRのために兵庫県洲本市が出店したアンテナショップで、市の元課長が現職時代に不正をはたらいていたという内容の調査報道を放送した。これに対し、元課長は放送内容は虚偽であり名誉を毀損されたと申し立てた。サンテレビは、放送内容は真実であり、少なくとも真実であると信じるに足る相当の理由があると主張、公務員による公金の不正流用を番組で取り上げたものであり、公共性・公益性もあると反論していた。委員会は審理の結果、人権侵害は認められず、放送倫理上の問題もあるとは言えないと判断した。ただし4人の委員が、放送倫理上問題があるとする少数意見を付記した。
【決定の概要】
本件は、サンテレビが2023年9月26日と27日に放送した『特集 内部告発』の「【前編】洲本市元課長の不正行為~東京アンテナショップ元店員たちの証言と録音データ『現市長は知っていたはずだ…』~」と「【後編】洲本市元課長の不正行為『公金で高級和牛を女性に』~サンテレビの市への情報公開請求で分かったお金の流れ~」が、同市魅力創生課元課長の不正行為やその疑惑を取り上げたことに対し、元課長本人が放送の内容は虚偽であり名誉権を侵害されたとして申立てを行った事案である。
【前編】【後編】(以下「本件放送」)は、同市東京アンテナショップ(以下「ショップ」)の元店長と元店員らの証言を手がかりとして、申立人が当時、目を掛けていた女性(以下「X氏」)のために公金を私的に流用したり、同市の広告事業などにおいて便宜を図るなど、不正行為やその疑いがあったと報道した。ショップは、公募で選ばれた第三セクター(以下「三セク」)が市から運営を委託され、2019年1月下旬にオープンしたが、わずか2カ月あまりで市から契約を解除された(以下「契約解除」)。また、同三セクは、それとほぼ同時にふるさと納税事業者としての承認も市から取り消された(以下「承認取消」)。
本件について、委員会は、名誉権侵害の問題に加えて、放送倫理上の問題について、以下の通り検討し、人権侵害は認められず、放送倫理上の問題があるとは言えないと判断する。
本件放送に申立人の実名はなく、映像で顔にモザイクがかかっていても、ふるさと納税制度をめぐる背景事情から、放送で取り上げられた元課長が申立人であると特定することができた視聴者は相当数いたと考えられ、特定可能性は認められる。
本件放送は、以下のような内容により申立人の社会的評価を低下させた。①申立人が、ショップに来店するたびに、自分で代金を支払わず弁当などの商品を公金で飲食したり、盗んだりしていたと報道した。②申立人が、ショップを運営する三セクに対し、ショップのレジ袋を(直接にレジ袋の製造・販売業者から購入するのではなく)Ⅹ氏が勤務していた広告代理店を通して購入するよう一方的に指示し、三セクがそれに従い購入したところ(予定の)8倍近い価格だったと報道した。③申立人のショップでの「万引き・横領行為」について、当時の店員らが三セクの社長に改善を求めるために提出した要望書が、ショップから関連業者にFAXで送信された。それを知って名誉毀損だと立腹した申立人が、報復としてショップの契約解除と三セクの承認取消へと導いたと報道した。④申立人がショップの店長について、売り上げを抜いていたという虚偽の噂を流していると報道した。⑤申立人が、公金でX氏に牛肉やハンバーグを送付し、それが常態化していたと報道した。⑥市の広告事業発注先が、2019年秋、X氏が勤務していた広告代理店から、X氏が設立したばかりの企業に変更され、それから3年間に約4,600万円が支出されたという事実を前提として、この発注先変更は、申立人とX氏が親しい関係にあったからではないかという疑念を提示した。
本件放送には、事実の公共性と目的の公益性が認められるため、事実摘示による人権侵害の有無については、真実性又は相当性が認められるか否かが問題となる。上記①~⑤の事実摘示のうち、⑤の一部について相当性が認められないが、多くは真実性又は相当性が認められるため、結論として本件放送に人権侵害があったとすることは相当でないと考える。
地方公務員の不祥事に関連する報道では、職務上の行動は出来る限り公開されることが必要であり、取材結果から推論したことを断定するのではなく、その疑いがあるという限度で報道したにとどまる場合、疑念として合理的な根拠があれば足りると考える。⑥の広告事業発注先の変更が、申立人とX氏が親しい関係にあったからではないかという疑念の提示については、サンテレビがそのような疑念を抱いたとしてもやむを得ない程度の合理的な根拠があったと認めることができる。
放送倫理上の問題の有無について、委員会は、サンテレビが本件放送でⅩ氏に焦点をあてた構成としているのに、Ⅹ氏と同氏が勤務していた広告代理店への取材が行われていなかったことについて検討した。委員の中には異論もあったが、本件放送の主たる対象の申立人への直接取材が行われていたことから、X氏と同氏が勤務していた広告代理店への取材が行われていなかったことについて、委員会は、放送倫理上の問題があるとは言えないと判断する。
委員会は、サンテレビが、洲本市で管理職にあった地方公務員の不正や、それを許した市幹部らのリーダーシップの欠如という地域にとって重要な問題に果敢に取り組み、ローカル局に期待される役割を真摯に果たそうと努力してきた経緯を積極的に評価する。ただし、本決定には、X氏や同氏が勤務していた広告代理店への取材が実現していなかったことについて、人権侵害であるという反対意見、及び、放送倫理上の問題があるという反対意見が付されている。サンテレビには、委員会決定の結論だけを見て満足するのではなく、これらの反対意見の趣旨も踏まえて、今後、人権により配慮した番組をつくるよう努めることを要望する。
2025年2月18日 第80号委員会決定
放送と人権等権利に関する委員会決定 第80号
- 申立人
- 兵庫県洲本市役所の元課長
- 被申立人
- 株式会社 サンテレビジョン
- 苦情の対象となった番組
- 『ニュース×情報 キャッチ+』(平日 午後5時20分~午後6時)
- 放送日
- (1)2023年9月26日(前編)
(2)2023年9月27日(後編)
【本決定の構成】
I.事案の内容と経緯
- 1.放送の概要と申立ての経緯
- 2.本件放送の内容
- 3.論点
II.委員会の判断
- 1.本件申立てとその背景事情
- 2.本件放送による社会的評価の低下について
- 3.本件放送の真実性と相当性
- 4.放送倫理の観点からの検討
III.結論
IV.少数意見
- 1.廣田智子委員長代行の少数意見
- 2.松尾剛行委員・松田美佐委員・斉藤とも子委員の少数意見
V.放送概要
VI.申立人の主張と被申立人の答弁
VII.申立ての経緯および審理経過
- 「補足意見」、「意見」、「少数意見」について
- 補足意見:
- 多数意見と結論が同じで、多数意見の理由付けを補足する観点から書かれたもの
- 意見 :
- 多数意見と結論を同じくするものの、理由付けが異なるもの
- 少数意見:
- 多数意見とは結論が異なるもの
放送人権委員会の「委員会決定」における「補足意見」、「意見」、「少数意見」は、いずれも委員個人の名前で書かれるものであって、委員会としての判断を示すものではない。その違いは下のとおりとなっている。