2017年7月18日

在京キー局との意見交換会

放送人権委員会は、7月18日に在京キー局との「意見交換会」を千代田放送会館会議室で開催した。民放5局とNHKから17人が出席、委員会からは坂井委員長ら委員全員が出席した。
今年の2月と3月に通知・公表を行った決定第62号「STAP細胞報道に対する申立て」(NHK 勧告:人権侵害)と決定第63号、64号の「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本、熊本県民テレビ 見解:放送倫理上問題あり)を取り上げ、それぞれ番組を視聴し、坂井眞委員長と起草担当委員による説明、少数意見を付記した委員による説明の後、質疑応答を行い、約3時間にわたって意見を交わした。
質疑応答の概要は、以下のとおり。

◆ 「STAP細胞報道に対する申立て」

(NHK)
決定の説明で、ダイオキシン報道の最高裁判決の話があったが、最高裁判決は、煎茶のダイオキシン類測定値を野菜のそれと誤って報道した部分については、放送が摘示する事実の重要部分の一角を構成するものであり、これを看過することができないとしている。決定文を読んだ職員からは、STAP細胞報道で、ホウレンソウをメインとする所沢の葉っぱものとのコメントに当たるところはどこなのか、それがないのではないか、という声が出ている。

(坂井委員長)
今のご質問は最初にもっとも意見交換すべきところだと思う。まず曽我部委員が言ったように、ダイオキシン報道最高裁判決は、新聞記事に関する最高裁の判例が一般の読者の普通の注意と読み方が基準だとしていることを引用したうえで、テレビ放送でも同様に一般視聴者の普通の注意と視聴の仕方を基準とするとしている。こういう抽象論を言ったあとに、最高裁判決ではさらに具体的にどういう要素によって摘示されている事実を判断するかということを述べている。
まず当該報道番組により摘示された事実がどのようなものであるかということについては、当該報道番組の全体的な構成、これが一つの要素とされている。決定文(7~8ページ)で言っている(1)~(5)までと(6)のつながりも、この要素との関係で出てくるものと言える。この場面がどういう全体の流れの中にあるのかという観点からの判断だ。
それから二つ目が登場した者の発言内容。今おっしゃった久米さん(ダイオキシン報道の番組キャスター)の発言をストレートに挙げている。つまり久米さんの発言はいくつかの要素のうちの一つです。その次に画面に表示されたフリップやテロップ等の文字情報の内容を重視すべきことはもとよりとされている点。これは、最近の例で言うと、人権侵害との判断はしていないが、テレビ朝日の「世田谷一家殺害事件特番への申立て」(決定第61号)で、サイドマークだったり、テロップだったり、いろいろな形式で用いられていた文字情報を含めて摘示されている事実が何かを判断したこととかかわっています。それから、もちろんテレビですから、映像の内容、効果音、ナレーション等の映像及び音声にかかる情報内容という要素、そして放送内容全体から受ける印象等。これらの要素を総合的に考慮して判断すべきであると最高裁判決は述べています。
だから、ダイオキシン報道の最高裁判決というのは、何か具体的な一つの発言を捉えて、それがあることを前提として判断しているわけではなくて、こういうたくさんの要素全体から判断すると言っているのです。ダイオキシン報道で特に象徴的に出てくるのは、さっき申し上げたホウレンソウをメインとする所沢産の葉っぱものと言っていたところだが、実は一番濃度が高かったのはお茶だった。それについて専門家もちゃんと説明していないとか、いろんな事情があったが、そこについては真実性ありとは言えない。重要な部分について真実性がありとは言えない、そういう事例だった。
判断基準としては、発言内容でこれを言ったとかいう、ピンポイントの要素で判断するのではないというのが私の説明になる。本件についても、どれか一つの発言ということではなくて、今、指摘したようなたくさんの要素を総合的に考慮して、我々の摘示事実の認定がなされたということになる。

(曽我部真裕委員)
ちょっと補足をさせていただきたいが、実はこの裁判は東京高裁では真実性ありという判断だった。それは別の研究者が白菜の測定もして、煎茶の3.8ピコグラムに近いような数字が出ていたと。そういう情報を持ってきたので、それをもって高裁は真実性ありと判断した。最高裁は、それはダメだと言った。なぜダメだかというと、摘示事実の認定が高裁と最高裁で違っていた訳です。
最高裁は摘示事実として、所沢産の葉っぱものが全般的に高濃度に汚染されているということを言ったと判断した。だから、要するに白菜1点持ってきたところで、それでは全般的に高濃度に汚染されているということの証明にはならないと言って、真実性・相当性は否定した。これに対して、高裁は全般的にとは言っていない。高濃度の白菜が一つあったので真実性を認めた。
だから、高裁と最高裁で判断が分かれたのは、摘示事実の認定が違っているところにあって、なぜ、最高裁が摘示事実として全般的に高濃度に汚染されていると言ったかというと、これは当該部分全体を見ているから言ったわけです。番組の中で、別に全般的に高濃度に汚染されているという発言は無かったが、全体として、それこそ全体として汚染の深刻さを繰り返し、いろんな手を変え品を変え訴えていたことから、最高裁は摘示事実を全般的に高濃度に汚染されているという認定をした。
要は、全体の作りから一般の視聴者はそう受け止めるであろうと判断したもので、むしろ参考にすべきは、この判断かなと思う。

(NHK)
最高裁判決でいうと、ホウレンソウの値段が暴落しているので、一般視聴者も多分そう見ただろうと思う。ただ、今回のSTAPについては、我々はモニターからリポートを取っていて、この番組が終わった後、視聴者の皆さんからモニターを取ったが、その100件余りの中でも、要するに盗んだという決定と同じように番組を見たという人はいなかったし、そういう抗議も来なかった。申立人が主張してきて初めて、ああ、そういうふうに見られているのだということが分かった。
先ほどの曽我部委員の説明で、摘示事実の認定に関わる部分で、STAP研究が行われた時期と、元留学生のES細胞が小保方研究室の冷凍庫から見つかった時期の間には、2年以上のブランクがあると繰り返し指摘されている。ただ、STAP細胞が最初に成功したとされるのが平成23年11月以降で、その後、研究を継続的に行っているので、2年以上の間隔があるという事実は無い。なぜ、2年以上の間隔があると判断したのか。

(坂井委員長)
2年以上の間隔という意味が、みなさんが捉えていらっしゃるポイントと、我々が言っている趣旨がズレているというか、違っていると思います。
我々が言っているのは、番組を見てわかるように、キメラ実験を成功させたときのSTAP細胞は、実はES細胞のコンタミ(混入)が原因だったんじゃないかという点にかかわることだ。番組では、そのときの話をしているわけだから、それから2年以上経って、ということになる。特にキメラ実験をしている当時は、まだ小保方研なんてないですし、まして小保方研の冷凍庫も無いわけですから、それから2年以上経って小保方研の冷凍庫から見つかりましたということに、どういう意味があるのか。キメラ実験のときのコンタミしたかもしれないES細胞と、どこにあったか分からない留学生の細胞、どこで、いつどうやって、どういう経路でキメラ実験の後に作られた小保方研の冷凍庫に入ったか分からない留学生のES細胞との関係が問題とされているわけで、見つかったときと、キメラ実験をしたときの間が2年もある。そうすると、関係が無いのだったら、ここで見つかったから混入したのではないかという話にはならない。
NHKは、STAP研究は2年以上続いていたという。でも、その話は申立てに係わる、この放送の問題とはあまり関係ない。この放送でどういう事実が摘示されて、それが名誉毀損に当たるかどうかという話をしているときに、放送で問題にしているキメラ実験の後もSTAP研究が続いていたということは意味がなく、我々が言っている2年間とは観点が全然違う。

(曽我部委員)
2年という数字そのものには、特に意味は無い。おそらく、視聴者としてみれば、最初のキメラ実験の辺りから混入していたのであろうと、これは決定文には無いですけれども、おそらく通常、受け止めるだろうと思う。そうすると、その時点から混入していたという話と、だいぶ後になってから、たまたま、たまたまかというかどうか、出て来ましたよと、研究室の冷凍庫にありましたよという指摘とのつながりは、少なくとも、あの放送内容では視聴者はよく理解できないんじゃないかと思う。
審理の過程でも議論はあったが、あの場面はNHKの側からしてみると、要するに、小保方研における細胞の保管状況はあまり厳格ではなかったので、混入する可能性も、客観証拠として、傍証として、間接証拠としてはあるんじゃないかという趣旨で放送したのかなという気もするわけだが、ただ、それは後から見ると、もしかしたらそういう趣旨だったのかもしれないなという程度で、やはり普通に見ると、先ほど来ご説明申し上げているような形で視聴者は受け止めるだろうということだと思う。

(A)
第二次調査報告書の中で結局、2005年に若山研のメンバーが樹立したES細胞が、その後ずっと2010年に若山研が持ち出すまでは研究室にあって、その後なくなったはずのES細胞が、後に小保方研のフリーザーに残っていた資料から見つかって、それが今回のSTAP細胞の中の成分と一致しているという、そして、これは誰が入れたのか、謎のままだという調査結果が出ている。
その大筋においては、それが元留学生のものかどうかは別として、ある程度放送と一致した内容の最終的な調査報告書が出たということが、今回の真実性の判断の中で審理されたのか?

(坂井委員長)
報告書では、若山研にあったES細胞がコンタミしたのではないかと書いてあるから、その限りでは真実性があるのではないかというお話だが、真実性は、番組で摘示された事実を対象に真実性があるかどうかを判断する。
我々の認定した摘示事実では、留学生の作成したES細胞と、冷凍庫で発見されたES細胞というのは、番組で関連があるんじゃないかと言っているわけだから、留学生のES細胞を取っ払って、一般的に若山研のES細胞との関係で真実性を判断するわけにはいかない。報告書で若山研にあったES細胞がコンタミしたのではないかとされているから、その点は真実性があるというが、番組はそういうことは言っていない。前提として、番組の摘示事実は何かというところから真実性の話をしないと、ちょっと論点がズレるのではないか。
市川代行の少数意見は、そこは切り離している。番組として切り離すのだったら、留学生の細胞の話を出さなくたっていいわけですから。私は切り離すのはおかしいと思っているが、それは意見の違いだからしょうがない。

(B)
私は放送を一視聴者として見ていたが、そのときの印象として、出所不明のES細胞が小保方研究室の冷凍庫から出て来たという事実は捉えたが、いわゆるSTAP細胞がそのES細胞に由来する可能性があるとまで摘示しているとは感じなかった。それが即、STAP細胞に使われたというふうには思えなかったというのが正直な感想だった。普通の視聴者の視聴の仕方というが、やっぱり、個々の視聴者が感じることは違うと思うので、私は委員会の判断は相当厳しいなと、すごく感じた。

(坂井委員長)
我々は一般視聴者を全部調査しているわけではない。さっきNHKもおっしゃったように、そうでもないと思う人もいるだろうし、我々もそういう意見もあることは聞いているが、我々は9人の委員がどう認識するかで判断するほかない。つまり、放送を見て、委員会のメンバーが最高裁の基準からしてどう判断するかということで、それは違うと言う人がいたからといって、間違っているということにはならないだろう。委員会として、これを普通に見たらどうなるだろうかと判断をするしかない。これを厳しくしようとか、緩くしようとかは、全然思っていない。
今のお話は、出所不明の留学生の作ったES細胞が、その前の場面のアクロシンGFPが入った若山研にあったES細胞と同じとまでは思わなかったという話ですよね。当時同じだと認識していなかったのであれば、それを明らかにしたうえで、留学生の作ったES細胞が、なぜか後になって小保方研の冷凍庫から見つかったが、なぜそこにあるのか、小保方さんには説明していただけませんでしたというふうにすれば、その前の部分とは区切られて問題にはならないかもしれない。
逆に先ほど説明したように、アクロシンGFPが組み込まれたES細胞が混入したのではないかというSTAP研究当時の混入の可能性を指摘した部分に続けて、それとは別の話であることをはっきりさせないで、元留学生作製のES細胞の保管状況を紹介し、なぜこのES細胞が小保方研の冷凍庫から見つかったのかと疑問を呈するナレーションがある。そうすると、このES細胞が混入したらSTAP細胞ができちゃうね、という流れだと、一般の人にもそう見えると我々は判断した。
NHKは違う話だと主張するが、違う話だったら、どうしてこういう流れで出てくるのか分からないというが委員会の意見で、違う話だと分かるようにすればいいと思う。理研なり小保方研での細胞の管理がいい加減だったという文脈であれば、そういう文脈をはっきり出せばいいと思うし、そうではないと言うのだったら、それまでのアクロシンGFPが組み込まれたES細胞が混入したのではないかというSTAP研究当時の混入の可能性を指摘した部分との関係、そこはまだよく分からないけれども、なぜか無いと言っていたES細胞がありましたと、それは事実で真実性を立証できる、無いと言っていたのに出てきたわけですし、出て来たということは立証できるんだったら、それは全然問題ないし、やりようはあるだろうなと思う。

(B)
この元留学生が作ったES細胞には、アクロシンGFPは組み込まれていないのですね?

(坂井委員長)
結論としては、そうだと思う。

(B)
NHKは放送当時、それを知っていたのか?

(奥武則委員長代行)
今おっしゃった部分について、もし放送するなら、こうやればよかったかなと、一つの提案に過ぎないが、決定文29ページの下から11行目の、「事態が『霧の中』にある状況で」という書き出しの段落の真ん中あたりに、例えばとして書いてある(「アクロシンGFPが組み込まれていないため、現在の時点では遺伝子解析が行われたSTAP細胞とのつながりは明らかではないが、小保方氏の研究室で使われている冷凍庫から、本来あるはずのないES細胞が見つかった」)。こんなふうにすれば、別であるということが分かったのではないか。
アクロシンGFPの話は、後になって、NHKにヒアリングした際にちゃんと聞けばよかったなと思った。アクロシンGFPが入っているか入っていないのかについて、NHKが取材したかどうかは、今もって分からないが、事実としては入っていなかった。

(B)
もしNHKが知っていて表現しなかったなら、放送倫理上問題はあるなと私は思う。ただ、なぜかこういう事実摘示だと認定し、人権侵害のほうに行ってしまうのが、本当によかったのかなと。

(坂井委員長)
そこは何とも言いようがないが、一般視聴者ではなく、やっぱりその道のプロでいらっしゃると、そうお考えになるのかなと思いながら聞いている。ただ、委員会は、一般視聴者が普通に見たらどうだろうかという観点で議論をし、結果、こう判断せざるを得ないと結論した。少数意見も2人もいて、人権侵害とは認めないとしているが、放送倫理上問題ありとはおっしゃっている。

(C)
今の議論を聞いていて、委員会は裁判所なのかなと思ってしまう。例えば、今の状況で行けば、加計の問題とか森友の問題、僕らは一切放送できない。事実性も真実相当性も中途半端な状態でしか分からないので。
今回のケースで行けば、やっぱり、あのSTAP細胞に何かあったのじゃないかという素朴な疑問、メディアの素朴な疑問、当然NHKも持つし、僕らも持った。その疑問について、当然、小保方さんにも当てた、一切回答は返ってこなかった。そういう状況の中で、一所懸命番組を組み立てていった。この問題をメディアがどうやって伝えるべきか、その大義の部分の認識は委員にあったのか? 些末なことが十分な真実性が無いから人権侵害だと断じてしまうのは、ほとんどの調査報道の道を閉ざすことになる。

(坂井委員長)
加計の話とこの話は違うし、調査報道はいくらでもすればいい。ただ、名誉毀損にならないようにすればいいだけの話。それをしない方法はいくらでもある。ここをこうすればという、こんな問題で名誉毀損と言われなくて済むやり方はあると思う。法律家ですから、よく分かっているつもりですけれど、そのようなやり方をするのも報道する側の仕事だと思う。名誉毀損された人間というのは、とんでもない痛みを受けることがある。それを忘れてはいけないと思う。
報道というメディアの重大な役割は委員全員が認識している。それは決定文に書いてあると思うし、こういう問題を起こさないようにすることこそが大切だ。
加計の問題を言われるが、安倍さんは総理大臣だから、公的存在として、STAP研究の1研究員と全然違う。報道されていい範囲が立場によって全然違うのはご存じですね。それを同列で議論できるわけがない。おっしゃるような調査報道はどんどんやるべきでしょう。けれども、そこで名誉毀損だと言われないようにする、細心の注意を払うべきじゃないかと思う。それは、そういう重大な役割を担っている報道のみなさんの役割だし、義務だと思う。

(D)
やっぱり普通に番組を見ると、小保方さんがあの細胞を勝手に盗んできて、個人的にやったのかと見えちゃう。小保方さんが個人的にやったのか、もしくは研究者の誰かが勝手に入れたのか、何らかの手続きで間違って入ったのかもしれませんけれども、これを見る限りでは、個人がなんか意図的にやっているふうに見えちゃう。だとすると、これは個人がやったのか、それとも第三者が勝手に入れたのか、それについてお答え願いたいみたいな表現にすれば、よかったのかなと思う。
それよりも、どちらかというと、声優を使って紹介したメールのやり取りのほうが、かなり問題ではないのかなと。たしかに公的なメールでプライバシーの侵害ではないが、男と女の関係を匂わせるような表現はいかがなものかと、僕はリアルタイムで見ていてびっくりした。

(坂井委員長)
いかがなものかという趣旨の表現は決定文に書いてあると思う。本件のような大事なテーマで、そういうニュアンスを出すのはいかがなものかと、私も個人的に思うが、でも、声優が話している内容自体は大したことじゃないので、問題ありという結論にはならないと思う。

(奥委員長代行)
先ほどご質問があった調査報道のことは、また少数意見で言いにくいが、決定文28ページの「調査報道の意義と限界」というところを読んでいただければ、私が考えていることは分かると思う。委員会は裁判所ではない。

(C)
委員会はより良い放送メディアを作るためのものなので、行き過ぎはもちろん訂正しないといけないが、とにかく押し込めてしまうということがあってはいけないと思う。法廷ではバランスは取れない、絶対に。ただ、委員会はバランスが取れると思っている。たしかに問題があるかもしれないが、伝える意味合いがあるものに対しては、それとのバランスをどういうふうに取るかを、是非お考えいただきたい。法律で言ったら、おっしゃるとおりだということはよく分かる。ただ、委員会はそういう場ではないと思っている。

(城戸真亜子委員)
私は法律の専門家ではない。放送に携わったこともあり、表現する立場でもある。やはり、調査報道は踏み込まないとできないという、おっしゃっていることはとても理解できるし、スレスレの姿勢で入り込んでいく姿勢が必要だと思う。今回のNHKのこの番組は、独自に調べられてタイムリーに作ったと思う。
でも、私はリアルタイムで拝見したが、やはり申立人が何か重大な間違いを犯してしまったんじゃないだろうか、という見方をした。あそこのシーン、留学生の話があり、試験管のようなものが出て来て、私の印象では「杜撰な管理方法でよかったのだろうか」みたいなことでまとめていたら、たぶん人権侵害にはならなかったのではないかと感じた。やはり、ちょっと行き過ぎた言葉によって、傷ついただろうと感じた。申立人のしたことが、それよりも大きかったかどうかはちょっと分からないが、放送によって本人が名誉が毀損されたと感じたならば、やはりそこを考えて判断していくのが、この委員会だと思っている。

(NHK)
今言われたことと、ちょっと関係するが、放送は「小保方さんにこうした疑問に答えてほしいと考えている」で終わっているわけではなくて、その後まで続いていて、新たな疑惑に対して理研は調査を先送りにしてきていて、こういったコンタミを含めた調査をきちんとやらないのかと、指摘する場面を付けている。

(城戸委員)
小保方さんは答えをくれなかったわけで、そして、理研はどうなんだとつながっていくことは大変よく分かるが、そこまでのトーンが、やっぱり、そのコメントに集約して着地しているように私は感じた。

(E)
7月3日付で委員会からNHKに対する意見(NHKの「STAP細胞報道に関する勧告を受けて」に対する意見)というものを出されたが、異例の強い調子で述べられているように私は受け止めている。これはもう、こういう形で平行線で終わりということになるのか。

(坂井委員長)
決定を通知したあと、我々が行って、当該局研修と言いますけれど、研修をしてその報告をいただいて、それで分かりましたと了承するときと、報告の内容に納得いかない部分があるときは、我々はそれに対する意見を出して、それで終わるというのがこれまでの通例です。
大阪市長選事案(決定第51号「大阪市長選関連報道への申立て」)のときも、当該局の報告に対して委員会の意見を出したが、そのときもそれで終わっている。それ以降について、特に何か意見を交換し合う手続きがあるわけではないが、でも、こういう意見交換会のように実態としては局側と話ができている。引き合いがあれば、こういう話ができればと思うが、手続き的には特に定めは無い。

◆ 「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本、熊本県民テレビ)

(A)
こういったケースは、おそらく同じような形で、いろんな場所にあるような気がしている。警察の見立てだと明確化すれば問題ないという結論になるのか、それとも、現時点で見立てに近いものはできるだけ報じないほうがいいというご趣旨なのか。どういった形で正しい原稿、倫理上問題のない原稿を書くかを、ご指導いただきたい。

(坂井委員長)
分かりやすいほうから言うと、警察の見立てに近い部分は報道しないほうがいいとは、全然言っていない。見立ては見立てとして報道してくださいと、委員会決定ではそういう言い方をしていると思う。見立ての部分と、そうではない部分、客観的事実として報道する部分は、ちゃんと区別してくださいということです。
決定文(テレビ熊本)の32ページを見ると、冒頭のところ(リード部分「酒を飲んで意識がもうろうとしていた知人女性を自宅に連れ込みデジカメで女性の裸を撮影したとして、熊本市の職員の男が準強制わいせつの疑いで逮捕されました」)で、逮捕容疑事実、警察発表の文書にないことも含めて言っている感がある、まず、そう言っている。そこはたしかに問題がある。そのあとの真ん中のあたりの「警察によりますと、(容疑者は今年7月、自宅マンションで意識がなく抵抗できない状態の20代の知人の女性の裸の写真をデジタルカメラで)~ 撮影した疑いです」、ここはそのとおり、警察発表のとおりだから、これを書いたからと言って放送倫理上問題ありという判断にはならない。
当該局研修でかなり活発に意見交換してきたが、全体を見てどうなのかということを考えないといけない。原稿はちゃんと書いたが、現場へ行ったアナウンサーやリポーターが話す内容が違うこともあるという話もあった。記者リポートのところに入ると、「事件当日、意識がもうろうとしている女性をタクシーに乗せ、自宅マンションに連れ込んだということです。意識を失い横になっていた女性の服を脱がせ、犯行に及んだということです」と言っている。この記者リポート、先ほど指摘した冒頭部分があり、その流れで放送されているから、このままでいいのかというと、なかなかそうとは言えないだろうなという気がする。

(A)
この記者リポートに近い中身を報じようと思ったら、警察の見立てと言われているところだが、例えば「警察によると、~ということです」と、エクスキューズを付ければ、ありうるのか。つまり前段で被疑事実を言う、被疑事実を認めていると。そのあと、追加、プラスαとして電話して聞いた中身とか逮捕の被疑事実とは離れた肉付け部分を、どういう表現を使えば、「容疑を認めている」から外して、プラスαとして「警察はこう言っているんですよ」という情報として付け加えて、かつ倫理違反に問われないのか?

(坂井委員長)
おっしゃっている部分が、きっとこのケースで一番問題になるところで、冒頭の部分は明らかにオーバーランしている。たしかに副署長が容疑事実を超えたことを言っていて、副署長は最初に、逮捕容疑はこうです、と言いながら、容疑事実にある「抗拒不能とは何ですか?」と聞かれると、全然違う話をバーッとしている。本当は、そこで、「いや、それって、なんか容疑事実と違うのですけれど、いいのですか?」という話があってほしいなと。別に「そう言え」と言うつもりはないが、そういう疑問があってもいいなという感じはする。「いやいや、現場はそんなことはできないよ」という話も、当該局でいろいろ聞いてきましたけれど(笑)。いずれにしても、エクスキューズということではなく、被疑者が認めている容疑事実と、警察の言っていることとは違う部分があるということが分かる表現が必要だと思う。

(市川正司委員長代行)
最初の冒頭のところがちょっと踏み込み過ぎ、「連れ込んで云々」と言ってしまったところが問題の一つ。もう一つは、「容疑を認めている」というあとにも、「何々しているとこのことです」「何々しているとこのことです」となっている。「とのことです」というのは比較的よく使う。警察の疑いを「こうですよ」と示すような意味合いで使うという意味では、それ自体は悪いことではないと思うが、ただ、「容疑を認めてます」という言葉のあとに、また同じような口調で言っているが故に、同じ容疑、同じレベルの容疑というふうに、どうしても受け止めてしまう。それが結局、放送している事実全てを認めている、容疑を全部認めているのだなと、全体としては受け止められてしまうのではないかと思う。
そうだとすれば、「認めています」というあとで、経過に関する事実、聞き取った事実があるのであれば、そこは、警察の疑いとしてはこうですよ、ということがはっきり分かるように、それを書けばいいと。我々が正解を出すわけではないが、そこは区別すべきだったのではないか、もうちょっと区別する工夫があって然るべきじゃないかなと思う。
当該局研修に行ったときに、そこは実は意識はしていらっしゃったという方もいたと感じたところだが、そこがなお不十分だったなというふうには思った。

(坂井委員長)
事案の概要(逮捕容疑)以外のことを聞いたら、余分なことを副署長が言っちゃっている、弁護人の話も何も聞けていないときに、これをそのまま放送に出すべきかどうかという判断が、本当はあるべきだろうと思う。出すなと我々は言っていないが、出すのだったら、そこはちょっと気を遣って、配慮しないといけないのではないかという決定文になっていると思う。出し方の問題はたしかに難しいと思うが、少なくとも彼はこういうことをやったと認めていないし、彼がそこを認めたと見られるような報道の仕方はまずいという気がする。

(E)
おっしゃる区分けというのは、ある意味で分かるが、例えば詐欺事件の場合、おそらく数億円の詐欺の可能性がある、だけれど、直接の容疑というのは、まず一定のところで始まって、最終的に立件されるのも、被害者弁護団が言っているような何億円になるかというと、そうならない事件もある。殺人の場合も、当初の逮捕容疑は死体遺棄がほとんどで、我々としてはそこまで見通してやっているわけだが、どうするのか。連続殺人事件の場合、埼玉の場合でも鳥取の場合でも、不審死とされた人の中で立件されたケースもあると。そのあたりをどう考えていくのか、日々、本当に現場で問われていることだと思うが、おそらく、そこについては、当然、報じていくことになると思う、僕らとしては。その人の周辺で複数の多くの人が亡くなっているという、その疑問が主体ということになると思うが、おそらく全く変わらないと思う、こういう委員会の決定があっても。
ただ、全体として見たら、この人はやっているのじゃないかと。一般の人の一般の視聴の仕方を基準にしたら、全体の印象としてはそういうふうに見られてしまうということがあるのではないか?

(坂井委員長)
例えば、詐欺の数億円の被害、実際、起訴されるのは公判維持できる範囲というケースもあると思う。いろんな経済事件がそうだと思う。そういうときに、まあ抽象的な話ですけれど、例えば被害者弁護団がいて、こういう損害があると主張しているというふうに書けば、メディアの責任は問われないと思う。すべての裏付けが取れない中でやっていらっしゃると思うけれど、工夫してやっていただきたいなということで、やるなということでは、もちろんない。
熊本の2局の当該局研修で、記者の方ではベテランの方から若い方まで、と話してきた。やっぱり経験によって判断の違いはあるし、このケースだといろいろ考えるという方もいるし、そうじゃない方もいるし、そこは、ケースによってだいぶ変わってくるだろうと思う。さっきの連続殺人と言われるようなケースで、絶対ここは負けない、つまり裏付けのある部分、そこは絶対ということもあるでしょう。そこを含めてどこまで何をどう書くかのかは、まさに工夫のしどころだという気はする。

(市川委員長代行)
私も、あまり一般化して、こう書けばいいとか、そもそも書いちゃダメだとか言うつもりは全くない。今回で言えば、容疑を認めているという、その与える印象が非常に強いわけで、そうであるとすれば、どこまで認めているということなのか、きちっと吟味していただきたいし、放送するときには気を遣っていただかないといけないということが、今回のメッセージだと思っている。

(F)
「容疑を認めている」とは、我々としては、要するに逮捕容疑を認めているという趣旨で書いているつもりだったが、そこを指摘されたので、今、いろいろ揉んでいる。実態はケース・バイ・ケースだが、なるべく分けるようにして書く、逮捕容疑と警察の経緯の見立ての部分は分けて書くが、放送時間が短くなると、どうしても経緯の部分とか動機の部分が重要だったりするので、一緒になってしまって、このまま逮捕容疑を認める、一部を認めるにしようかみたいな、いろいろな議論をしているが、ちょっと難しい部分がある。
BPOの意見は承るが、なかなか原稿に書くと難しい部分があるなというのが現実の問題、現場がやっぱり混乱して、ずーっとそういう状態が続いているが、それはちょっとご理解いただきたいと思う。
副署長が言ったからといって、余分なことを書くべきではないと言うと、若干、現場が萎縮する。やっぱり副署長が言ったこと、取材のやり取りで聞いたものを書くのが記者だと思う、特に第一報であれば。

(坂井委員長)
余分なことを書くべきじゃないというような、シンプルな言い方はしていない。そういう考え方もケースによったらありますよね、ということを申し上げた。事案によってはこの段階では書かないという選択肢もあるかもしれない、書くのだったら、誤解されないように書いたほうがいいのではないかと申し上げた。

(G)
両局ともフェイスブックの写真を使っている。フェイスブックの写真を大写しで放送に使われたことが、どれぐらい申立人の不安というか怒りの部分に影響しているとお考えか?

(坂井委員長)
ヒアリングのときの話は正確に思い出せないが、やっぱり写真を大きく出されたことは、かなり彼にとって大きなことだったのじゃないかなという印象は持っている。それで、彼は肖像権侵害と言っているわけだが、それは違いますよと、我々は思っている。
ただ、肖像権の問題は、法律的にはまだきれいに整理されていない。著作権に関する報道引用の問題と肖像権の問題は違うので、これから議論して行かないといけない。フェイスブックの写真について、犯罪報道の時には写真を使っていいよという考え、要するにフェイスブックの写真は公開されるという前提だから、今は使うことが基本的にOKだろうという方向で扱われているが、本件のような見方をする人が増えてくると、配慮が必要な場合もあるかもしれない。別の集まりで、軽井沢のバス事故の被害者の写真について、あのケースはどうだったのだろうかとテレビ局の方と話をしたことがある。フェイスブックから引っ張ってきて写真を載せたテレビ局は多くあったと思うが、被害者のほうでも、載せてOK、むしろ載せてもらいたいという方たちがいる一方、いや、こういうところで、そういう写真を使ってほしくないという遺族の方がいるので、これからきっと議論されていくのかなという気がしている。

(市川委員長代行)
たしかにフェイスブックの全身に近い画像が、しかも複数回出てきているところがあって、ちょっと通常の写真の扱いとは違うところがあるのかなとは思う。それは権利侵害とか問題があるとは我々は考えなかったが、ここまでやるのかと、申立人は思ったのかもしれない。どこが彼の琴線に触れたのか、正直、そこまではヒアリングのときには分からなかったが、その扱いの違いというものがあるかもしれない。そこは少数意見として曽我部委員がちょっと触れているところではあるが、果たしてここまでやる必要があったのかという問題意識は、私も無いわけではない。

(曽我部委員)
ヒアリングのときの若干の記憶がある。申立人はフェイスブックに写真は載せるが、それはまさに知り合いとかと交流するために載せるのであって、たしかに一般公開の設定にしてはいるけれども、そういう本来の目的と違う文脈で使われるのは心外であるというようなことは、たしかおっしゃっていたような気はする。
多分、そういう感情は割りと一般的で、フェイスブックのルール上は一般公開で何に使われてもしょうがないとなっているはずだが、ユーザーの意識はそこまで割り切れてなくて、やっぱり全然違う文脈、とりわけ自分が被疑者扱いで使われることは、当然想定していなくて、非常にわだかまりを感じるということは、ある意味理解できる。

(G)
今回は写真の出どころがフェイスブック、自分が載せたフェイスブックだが、昔は知り合いから顔写真を提供してもらうというパターンだった。そういう写真か何かであれば、こういう問題にはならなかったということか?

(曽我部委員)
昔だったら卒業アルバムとかの写真を使っていたと思うが、あれも、卒業アルバムに載せた本来の目的で放送で使われているわけではないという意味で同じだとは思うが、やっぱり感情的には大きな違いはあるとは思う。

(G)
おそらく熊本の地元にとっては、市役所の職員が逮捕される大きい事件で、おそらく全社が扱っていたのかなと思うが、新聞も含めて同じようなことが書かれているにもかかわらず、なぜ申立て対象がこの2局だけだったのか、問題ありと認定されたのはどうしてなのか?

(坂井委員長)
当時、熊本で公務員不祥事が続いていたということもあって、当然、熊本の民放、NHKも含めてテレビ局はみんな報道している。なぜ、この2局なんだということは、やっぱり当該局も思っていらっしゃるようだ。ただ、我々としては申立人からそこを正確に聞いたわけではないが、おっしゃるような扱い方だとか写真の使い方が影響したのだろうなと私は思っている。彼は報道されているときは逮捕されているから見ていない。出てきてから報道されたものを見て2局を選んだということなので、それは、当然、放送内容で選んだと思う。

(市川代行)
我々もほかの局の放送は見ていないので、ちょっと比較のしようがないというところがある。ただ、印象としては、たしかに写真の問題というのは、彼があえて2局を申し立てたという中にはあったのかもしれない部分と思う。それから、ほかの局や新聞報道はみんな同じ内容だったと言えるかというと、違いはあるだろうし、実際に新聞報道もよく子細に読むと、警察の見立ての部分の書き分け方などでニュアンスは違うなと個人的には感じている。

(H)
全体を通してだが、委員会の中で、少数意見をどういうふうに考えてらっしゃるのか伺いたい。NHKのSTAP事案も、それからこの熊本の事案も少数意見があって、少数意見があるから、当該局というか、各局の中にやっぱり戸惑いが結構ある。必ずしも決定文が十分理解されてない部分があると思う。
放送局にとって、人権侵害とか放送倫理違反は大変重い決定で非常に重く受け止める。特に今回のように複数の少数意見が付くのであれば、人権侵害とか放送倫理違反の認定にあたって、もう少し議論を集約させるまで慎重に審理をしていただくとか、何かそういうことは考えられないものなのか。あるいは、少数意見がある場合に決定まで持ち込む、ある種のコンセンサスというか、どういうルールでやっておられるのか?

(坂井委員長)
運営規則上は全員一致とならない場合は多数決でこれを決する、可否同数の場合は委員長が決するという規定だ。全員一致なら、それは一番分かりやすいけれども、最後は結論を出さないといけないので多数決で決めるしかない。
具体的にどうやっているのかというところは抽象的にしかお話できないが、9人全員に意見を自由に言ってもらう、率直に言って意見が違うときは、かなり激しく議論をする(笑)。それが収れんしていって、意見が全員一致になれば全員一致の意見になるし、そうじゃないときは少数意見を書いていただくようになる。少数意見を書かれる方も、もちろん最初から結論を持っているわけではないから、「うーん・・・」ということで、ある時点で「やっぱり書きます」と、そういうことになる。
少数意見があるということは、私はあまり否定的に考えていない。例えば、普通の裁判所の3人の合議体では少数意見は書かない。実は割れていたかもしれないが、少数意見は書かれない。しかし最高裁ではある。委員会では少数意見が出ることによって、委員会でどういう議論がなされたか、中身が見えてくるので、私は個人的には肯定的に捉えている、ああ、そういう議論をしたんだなと。それは、例えば人権侵害ありと言うときに少数意見があるのか、それとも放送倫理上問題ありと言うときにどういう少数意見がどれだけあったのかで、方向性が全然違ってきて、際どいところで人権侵害にならなかったというケースもあり得るし、逆にギリギリのところで人権侵害があったと判断されるというケースもあり得るわけで、そういうことが少数意見の存在で分かってくる。3人ぐらいの少数意見があったケースは過去に何度かあるが、どういう議論がなされて、判断の違いがどこにあるのかが、むしろ分かったほうがいいのではないか。
STAP事案でも少数意見はあったが、これは人によって判断が変わってくる領域で、数学の計算式みたいに答えが一つしかないという問題ではなく、また、時代が変わったりすれば見方も変わってくる。委員会がどういう議論をしているのかが見えるという意味で、全員一致であれば一番分かりやすくていいが、議論をしても一つにまとまらない場合、少数意見の人はこういうふうに考えたということが分かることを、むしろプラスに考えていただけないかなという気がしている。

(市川委員長代行)、
起草担当者としては、委員の皆さんの意見も聞きながら、最大公約数の部分を取り込みつつ議論・起草をしているつもりだが、やはり、そうは言っても、どうしても多数意見の枠外に出ざるを得ないという意見が出てきてしまうことがある。どうしても一つに全部まとまるというのは難しいなというときもある。最初から少数意見を書くことありき、ということでは決してない。

以上

2017年度 第66号

「浜名湖切断遺体事件報道に対する申立て」に関する
委員会決定

2017年8月8日 放送局:テレビ静岡

見解:要望あり
テレビ静岡は2016年7月14日のニュース番組『FNNスピーク』等において、「静岡県浜松市の浜名湖で切断された遺体が見つかった事件で、捜査本部は関係先の捜索を進めて、複数の車を押収し、事件との関連を調べています」等と放送した。
この放送に対し申立人は、「殺人事件に関わったかのように伝えながら、許可なく私の自宅前である私道で撮影した、捜査員が自宅に入る姿や、窓や干してあったプライバシーである布団一式を放送し、名誉や信頼を傷つけられた」等と訴えた。
委員会は、審理の結果、本件放送に申立人の人権侵害(名誉毀損、プライバシー侵害)はないと結論した。放送倫理の観点からも問題があるとまでは判断しなかった。しかし、今回、自局のニュースが委員会の審理対象になったことを契機に、人権にいっそう配慮した報道活動を行うための議論を社内的に深めることをテレビ静岡に要望した。

【決定の概要】

2016年7月8日、静岡県浜松市の浜名湖で切断された遺体が見つかった。本件放送は、同月14日、テレビ静岡がこの浜名湖事件の捜査の進展状況を午前11時台から午後6時台に4回、ニュースとして伝えたものである。
本件放送は、「関係先とみられる県西部の住宅などを捜索し、複数の車を押収し、事件との関連を調べている」、「関係者から事情を聴いている」というテレビ静岡が独自に入手した捜査本部の動向を含む内容だった。これらは申立人宅の一部や敷地内で押収された車が運ばれる場面などの映像とともに放送された。
申立人は、後に浜名湖事件の容疑者として逮捕される人物と交遊があり、この人物から軽自動車を譲り受けていた。この車がこの日、申立人宅の敷地内で押収された。申立人は、捜査員は浜名湖事件の容疑者による別の窃盗事件の証拠品として車を押収しただけだったにもかかわらず、本件放送は浜名湖事件に関係のない申立人を事件に係ったかのように伝えたとして、人権侵害(名誉毀損、プライバシー侵害)を委員会に申し立てた。
テレビ静岡の取材経緯や多数の捜査員を動員した警察当局の行動から分かるように、当日、申立人宅で行われた捜査活動が浜名湖事件捜査の一環だったことは明らかである。
委員会は、本件放送の映像を検討し、申立人宅の一部が映った映像によってただちに申立人宅と特定されるとはいえないと判断した。しかし、当日朝の警察の活動は申立人宅周辺の人々の耳目を集めるものだったと思われ、そうした人々が後に本件放送を見て、申立人宅を特定した可能性は否定できない。
本件放送には「関係先の捜索」、「関係者の聴取」といったスーパーが伴っていた。その結果、本件放送によって、申立人宅が浜名湖事件の「関係先」として、申立人が「関係者」として、申立人宅周辺の人々に認知され、申立人の社会的評価は一定程度低下しただろう。
しかし、殺人事件の捜査状況を伝える本件放送には公共性・公益性が認められる。そのうえで、委員会は、「関係先」、「関係者」、「捜索」という表現を含めて、本件放送が伝えた事実の重要部分の真実性ないしは相当性を検討し、真実性ないしは相当性が認められると判断した。したがって、本件放送は申立人への名誉毀損に当たらない。
申立人は、本件放送で流れる布団や枕が映った申立人宅の映像などが申立人のプライバシーを侵害していると主張する。しかし、これらの映像で映された対象自体は他者に知られることを欲しない個人に関する情報や私生活上の事柄とまではいえないから、プライバシー侵害は認められない。
放送倫理の観点からも委員会は本件放送に問題があるとまでは判断しなかった。しかし、取材過程で、捜査活動の目的は申立人宅の家宅捜索ではなく、敷地内に駐車していた軽自動車の押収だったことが推定できたのではないか。そのような捜査活動の全体状況に考慮して、プライバシー侵害に当たらないとはいえ、繰り返し流れた「関係先の捜索」というスーパーを表示した申立人宅の一部の映像はより抑制的に使うべきだったのではないか。本事案は、たとえ実名や本人を特定する内容を直接含むものでなくとも、テレビニュース、とりわけ犯罪に係るニュースが当事者に大きな打撃を与える場合があることを教えてくれたものといえる。委員会は、今回、自局のニュースが委員会の審理対象になったことを契機に、人権にいっそう配慮した報道活動を行うための議論を社内的に深めることをテレビ静岡に要望する。

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2017年8月8日 第66号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第66号

申立人
静岡県在住A
被申立人
株式会社テレビ静岡
苦情の対象となった番組と放送日時
2016年7月14日(木)
『FNNスピーク』
  午前11時37分頃(全国ネット)
  午前11時48分頃(ローカル)
『てっぺん静岡』 午後 4時25分頃(ローカル)
『みんなのニュースしずおか』 午後 6時14分頃(ローカル)

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.本件放送内容と申立てに至る経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • 1.はじめに――何を問題にすべきか
  • 2.名誉毀損について
    • (1) 判断の前提
    • (2)「関係先」、「関係者」という表現
    • (3)「捜索」について
    • (4) 名誉毀損についての結論
  • 3. プライバシー侵害について
  • 4. 放送倫理の観点から

III.結論

IV.放送概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2017年8月8日 決定の通知と公表の記者会見

通知は、2017年8月8日午後1時からBPO第1会議室で行われ、このあと午後2時から千代田放送会館2階ホールで公表の記者会見が行われた。
詳細はこちら。



第249回放送と人権等権利に関する委員会

第249回 – 2017年7月

都知事関連報道事案の通知・公表の報告、浜名湖切断遺体事件報道事案の審理、沖縄基地反対運動特集事案の審理…など

都知事関連報道事案の「委員会決定」の通知・公表が7月4日行われ、事務局が概要を報告した。浜名湖切断遺体事件報道事案の「委員会決定」の再修正案を検討し、了承された。また沖縄基地反対運動特集事案を審理した。

議事の詳細

日時
2017年7月18日(火)午後4時~8時50分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「都知事関連報道に対する申立て」事案の通知・公表の報告

本件事案の「委員会決定」(見解:要望あり)の通知・公表が7月4日に行われた。事務局がその概要を報告し、当該局のフジテレビが放送した決定を伝える番組の同録DVDを視聴した。

2.「浜名湖切断遺体事件報道に対する申立て」事案の審理

今月の委員会では、前回の委員会後に修正された「委員会決定」案が提示され了承された。
その結果、8月上旬に「委員会決定」を通知・公表することになった。

3.「沖縄の基地反対運動特集に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)が本年1月2日と9日に放送した情報バラエティ―番組『ニュ―ス女子』。2日の番組では、沖縄県東村高江地区の米軍ヘリパッド建設反対運動を特集し、「軍事ジャ―ナリスト」が現地で取材したVTRを放送するとともに、スタジオで出演者によるト―クを展開、翌週9日の同番組の冒頭、この特集に対するネット上の反響等について出演者が議論した。
この放送に対し、番組内で取り上げられた人権団体「のりこえねっと」の共同代表の辛淑玉氏が申立書を委員会に提出、「本番組はヘリパッド建設に反対する人たちを誹謗中傷するものであり、その前提となる事実が、虚偽のものであることが明らか」とした上で、申立人についてあたかも「テロリストの黒幕」等として基地反対運動に資金を供与しているかのような情報を摘示し、また、申立人が、外国人であることがことさらに強調されるなど人種差別を扇動するものであり、申立人の名誉を毀損する内容であると訴え、TOKYO MXに対し訂正放送と謝罪、第三者機関による検証と報道番組での結果公表等を求めた。
これを受けて同局は、申立てに関する「経緯と見解」書面を委員会に提出した。その中で「本番組は沖縄県東村高江地区のヘリパッド建設反対運動が、過激な活動によって地元の住民の生活に大きな支障を生じさせている現状等、沖縄基地問題においてこれまで他のメディアで紹介されることが少なかった『声』を現地に赴いて取材し、伝えるという意図で企画されたものであると承知している」と放送の趣旨を説明。放送内容は、「申立人が主張する内容を摘示するものでも、申立人の社会的評価を低下させるものでなく、申立人が主張する名誉毀損は成立しないものと考える」と反論した。
前回の委員会後、被申立人から「再答弁書」が提出され、所定の書面が出揃った。今月の委員会では、事務局が双方のこれまでの主張をまとめた資料を説明、それを基に委員が意見を交わした。今後、論点を整理するため起草担当委員が集まって協議することとなった。

4.その他

  • 7月27日(木)に開催される第14回BPO事例研究会について改めて事務局から説明した。当委員会からは、「事件報道に対する地方公務員からの申立て」と「STAP細胞報道に対する申立て」の2事案を取り上げる予定で、坂井眞委員長、市川正司委員長代行、曽我部真裕委員が出席する。
  • 8月は休会とし、次回委員会は9月19日に開かれる。

以上

2017年7月4日

「都知事関連報道に対する申立て」通知・公表の概要

[通知]
通知は午後1時から、坂井眞委員長と、事案を担当した二関辰郎委員、紙谷雅子委員が出席して行われた。申立人の舛添雅美氏は代理人の弁護士とともに出席し、被申立人のフジテレビからは番組担当者ら6人が出席した。
坂井委員長が決定文に沿って説明し、結論について「子どもに対する肖像権侵害は成立しない。また、雅美氏に関する本件場面の放送は放送倫理上の問題として検討するのが妥当であり、その検討結果として、意図的に不合理な編集がされたわけではなく放送倫理上の問題があるとまではいえないと判断した。ただ、雅美さんは実際には事務所家賃の問題ではなく子どもの撮影に対して抗議をしていたに過ぎなかったという部分がある。取材方法については、取材依頼を事前にすべきであったのにしなかった。被取材者からの言葉に正面から対応しなかったということは、取材・撮影される側が抱く心情や不安に対する配慮、特に本件では子どものことを気にかける親の心情や不安に対する配慮が足りなかったと考える。委員会は、フジテレビに対し、本件場面を放送したことを正当化する主張に固執せず、本決定の趣旨を真摯に受け止め、上記に指摘された点に留意し、今後の番組制作に生かすよう要望する」と述べた。
続いて、紙谷委員が説明し「社会的な評価が下がったという、その基礎となる事実を指摘していないのではないかという観点から、名誉毀損の成立は無理だろうと、ある意味ちょっと技術的な判断を示している。申立人が抗議している場面は、子どもの撮影のことでやり取りがあったというようなことが、仮に説明されていたならば、家賃の質問に怒っているという誤解は生じなかったのではないか。その辺について、ちょっと工夫の余地があったのではないか。レベルの高い日本のテレビ局ということで私たちは期待しているので、もうちょっと配慮があり得たのではないかということになる。子どもが映されることについて、懸念は分かるという委員もいたが、政治家が子どもをダシに取って、『いや、ここからはオフリミット』というふうに取材させないということが起こるのも困る事態ではないかということも議論した。やはり家族が出てくる場面というのは、公人・私人、区別として大変難しいだろうと。映り込みという説明をしているが、簡単に線が引ける問題ではないということは私たちも認識している」と述べた。
二関委員は、曽我部真裕委員と連名で書いた少数意見について説明し、「委員会決定(多数意見)は放送倫理上問題がないとした上で要望を述べているが、少数意見は、雅美氏による抗議を放送した部分につき放送倫理上問題があるのではないかという立場を取っている。多数意見は、申立人のイメージダウンにつながる誤解を視聴者に与えるということをフジテレビは理解できたのではなかろうかと指摘しつつも、理由を4つほど挙げて、そういった事情もあるから放送倫理上問題ないという結論にした構造になっていると思われる。少数意見は、4つの事情をいずれもフジテレビに特に有利な事情と位置付けるのは適当ではないという立場で、例えば、ここでは一つ目についてのみ説明すると、多数意見は映像の順序を入れ替えたり途中でカットしていないという言い方をしているが、本件場面を切り取ったこと自体、そこだけを流すこと自体が不自然な編集であったと評価している。そういったことから、放送倫理上問題があると考える立場が少数意見」と述べた。
決定を受けた申立人は「私に関わる名誉毀損よりも、子どもの撮影に関する主張を何としても認めていただきたいと考えていた。極めて遺憾としか言いようがない。撮影とか取材という名目のもとに、平然と子どもの人権侵害が行われることに強い危惧を感じる」と述べた。
一方、フジテレビは「真摯に受け止めたいと思っている。我々は我々なりの思いで、取材し放送したことは確かだが、第三者の目からご覧になって指摘された点に関しては、真摯に受け止めざるを得ないと思っている」と述べた。

[公表]
午後2時25分から千代田放送会館2階ホールで記者会見をして決定を公表した。23社51人が取材した。
まず、坂井委員長が判断部分を中心に、「要望あり」の見解となった決定を説明した。続いて、紙谷委員が補足的な説明を行い、二関委員は曽我部委員と連名で書いた少数意見について説明した。

続いて、質疑応答を行った。概要は以下のとおりである。

(質問)
舛添さん側の反応は?

(坂井委員長)
結論については極めて遺憾だというご意見だが、ポイントは、自分としては子どもの撮影の問題に重点があったというご主張だった。委員会決定と少数意見は、雅美さんの「いくらなんでも失礼です」と言う発言をめぐって分かれたが、そこについて遺憾というよりも、子どもが勝手に撮影されてしまう問題をきちんと取り上げてもらいたかった、子どもの人権が侵害されているという気持ちが強かったということがまず一点。委員会決定で認定した撮影状況については、当時現場におられたわけで、自分が認識しているものとはちょっと違うと思うというご意見もあった。
子どもの映像の関係で言うと、映像素材は放送目的以外には出せないというのは、これはもう原則で当然だと思うが、申立人は、撮られた側からしたら、それは見せてもらっても当然じゃないかというお考えをお持ちのようだった。それについて、私の方から「映像素材は原則として放送目的以外には使用しない」という一般的な説明はしたが、ちょっと不満があるということだった。

(質問)
申立人は具体的にどのようにおっしゃっていたのか、また被申立人はこの結果についてどう受け止めていたのか?

(坂井委員長)
「遺憾」の意味は多義的で、私が解説して正確に言えるかどうか分からないが、納得のいかない部分があるということだろうと理解している。1番のポイントは、子どもの撮影に関して問題があると認めてもらいたかったと言っておられたと、私は理解している。
フジテレビのほうは、決定の内容は真摯に受け止めますと、要望の点についてだと思うが、真摯に受け止めますと。局としてはいろいろ考えてちゃんとやったつもりだけれども、ご指摘があるので、それを真摯に受け止めますと、おっしゃっておられた。

(質問)
フジテレビにどういうことを要望したのか、簡潔に教えていただきたい。

(坂井委員長)
実際は雅美さんが子どもの撮影に抗議しているのに、事務所家賃の質問に対してキレてしまったような印象を与えていると、委員会は判断をしている。それについてはやはり問題がありますね。あえて本件場面を放送するのであれば、視聴者に誤解を与えない工夫をすべきではなかったのでしょうかと。例えば、雅美氏が怒っているのは子どもの撮影に関してであったと分かるようなナレーションを付加するなり、実はこの前に子どもの話がありましたよ、ということが分かるようにしていただければ、こういう誤解は生じなかったのではないか、それが1点。
次に、取材方法の適切性がある。まず、取材依頼なしでの取材、これは一般的にアポなし取材を否定しているわけではないが、本件に関しては、こんな早朝に取材に行くのであれば、子どもが出てくることが想定できるのだったら、しかも公共性の高い取材内容だとおっしゃっているわけだから、正面から事前に取材申し込みをしたらよかったのではないでしょうかと。それから、雅美さんは子どもの撮影のことをすごく気にしておられる。結局それが1番問題だった言っておられる。ディレクターが「お話を伺ってもいいですか」と言ったら、「失礼ですよ。子どもなんですよ。やめてください」と反応をしているのに、それに正面から答えないで、続けて家賃収入の件を聞いてしまう。そうすると、被取材者の質問に正面から対応しなかった部分は問題があるんじゃないかと。実際にカメラが焦点を当てていないとしても、長男が撮影されていると雅美さんが不安に感じたことは、撮影対応から考えれば理解できないではない。番組クルーは撮影される側が抱く心情や不安に対する配慮が足りなかった、不安にちゃんと答えていなかったのではないかということに関して要望している。

(質問)
私も早朝とか深夜の取材の経験があるが、やっぱり聞かなきゃいけないことはある。丁寧に説明し、お子さんを取材しているわけではありませんと説明したい気持ちはあるが、けんもほろろに、ワッとやられると、それを工夫しろと言われても、現実的にはなかなか難しいのではないか。

(坂井委員長)
そういうシチュエーションはあるだろうと私も思う。ご質問は、被取材者に対応していると、それで答えが拒絶されたりする時もあるから、そう簡単じゃないという趣旨だと思う。でも、これはお子さんが登校する時間帯に取材に行っているわけで、正当な話なだから、ちゃんと正面から取材依頼をしておけば、子どもが出てきて撮られたという話にはならなかったのではないかという文脈で考えている。取材依頼をしたらよかったのではないかと考えたということですね。

(質問)
お子さんを映しているわけじゃありませんと、説明しなかった、できなかった点が問題だと言っているわけではないということか。

(坂井委員長)
申立人が、最初から子どもの撮影をすごく気にしていて、「失礼ですよ。子どもなんですよ」ということを言っている時に、それに答えていない。例えば「お子さん撮るつもりはもちろんありません」、「カメラを一旦止めますから」というような対応は一切なくて、お子さんのことに対しては答えない。そのことで、雅美さんが、ますます「いくら何でも失礼です」と言ったように見える、そこの問題は、取材依頼とはちょっと別の問題としてあると思う。

(質問)
でも、取材者に対してこちらの取材姿勢を説明する時間があったら、聞くべきことを聞きたいと思う。

(坂井委員長)
お気持ちは理解するが、お子さんが登校している時に、お母さんが怒ったら、そこはやっぱり配慮したほうがいいんじゃないかと思う。

(質問)
理想論としてはそうかもしれないが、実際には現場でそんな余裕はないかと思う。あまり言い過ぎて、要するに取材を萎縮させてはいけない。

(坂井委員長)
萎縮させてはいけないが、委員会として言うべきことは言わないといけないこともある。そういうご質問がよく出るが、よく考えていただきたいのは、本件に関しては、勧告でもなく、見解の中の「放送倫理上問題あり」でもなく、あくまで「要望」として述べているというところを見てもらいたい。

(質問)
結果的に断られるか否かは別として、取材依頼を試みることは通常の取材手続きとして重要かつ基本的なことであると。なおさら正面から取材申し込みをすべきであった、と書かれているが、取材者たちは何とかコメントを取ろう、何とか肉声を取りたいと、ありとあらゆることを総合的に判断して取材に出ていると思う。別のケースによっては、相手の状況を鑑みて、気を付けながらも夜討ち朝駆けもありだという理解でいいのか。

(坂井委員長)
そういう理解でいい。以前の国家試験委員の事案(委員会決定49号)の時にはそういうことは言っていないので、それはケースバイケースだと。今回はお子さんが絡んでしまったケースなので、そういうやり方がよかったんじゃないかと。
これは委員長の立場を離れるが、私の弁護士としての活動でいきなり取材が来ることはもちろんあるし、事務所の前でメディアの方が待っていることも経験している。一般論として事前に取材依頼をしないとダメだということを言ったという趣旨ではない。

(質問)
フジテレビに対して、「正当化する主張に固執せず」という表現があるが、これがあえて入っているのは何か意味があるのか。

(坂井委員長)
決定文でフジテレビの主張をカギ括弧で引用しているが、この放送の正当性をかなり主張されている。それについて、結論として放送倫理上問題ありとはしていないけれども、要望する点があるので、そこも考えてねと、そういう文脈の記載です。

(質問)
私も事件取材が長く、疑惑の渦中の人に対して取材依頼するが、だいたい断られる。そういった場合には、家から出てくるところにぶら下がったり、突撃インタビューとかするが、それも拒否される。一度取材依頼をしているから、ちょっと無理やりインタビューしようという考えもあるが、そういったときに時にあまり取材の配慮が足りないと言われると、ちょっと現場が萎縮してしまうのではないか。

(坂井委員長)
それは全然そういうことではなくて、これは子どもの話が絡んでいるのでこうなっている。申立人が政治資金規正法に絡む会社の代表として取材依頼を受けた時に、拒否をしたと、例えばですね。それで、拒否されても、これは聞くべき事項だから取材に行く、当然だと私も思う。取材拒否されても、聞くべき事項だから聞くのは大いに当然でしょという話ですね。

(質問)
本件の場合、取材依頼をしていなかったというのは若干問題があるんじゃないかと思うが、もし取材依頼をして拒否された場合でも、こういうやり取りは普通あると思う、子どもが出てきた時にどうしても行かざるを得ない、そういう状況もあると思う。

(坂井委員長)
例えば、子どもと一緒にしか出てこないという人がいるかもしれない。そういう時に、子どもがいるから取材できないという話だったら、それは間違っていると思う。われわれも子どもの映り込みについては肖像権侵害ではないと判断している。相当の範囲で映り込むのはやむを得ない、だから肖像権侵害もないし、放送倫理上の問題があるとも言っていない、でもここは気を使ってよ、というレベルの話です。

以上

第248回放送と人権等権利に関する委員会

第248回 – 2017年6月

都知事関連報道事案の審理、浜名湖切断遺体事件報道事案の審理、沖縄基地反対運動特集事案の審理、STAP細胞報道事案の対応報告、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の対応報告など

都知事関連報道事案の「委員会決定」案を検討のうえ了承し、浜名湖切断遺体事件報道事案の「委員会決定」案を引き続き議論、また沖縄基地反対運動特集事案を審理した。STAP細胞報道事案について、NHKから提出された対応報告を引き続き検討し、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案で、テレビ熊本、熊本県民テレビから提出された対応報告を了承した。

議事の詳細

日時
2017年6月20日(火)午後4時~9時30分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「都知事関連報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、フジテレビが2016年5月22日(日)に放送した情報番組『Mr.サンデー』。番組では、舛添要一東京都知事(当時)の政治資金流用疑惑に関連して、舛添氏の政治団体から夫人の雅美氏が代表取締役を務める会社(舛添政治経済研究所)に事務所家賃が支払われていた問題を取り上げ、早朝に取材クルーを舛添氏の自宅を兼ねた事務所前に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。
申立書によると、未成年の長男と長女は、1メートル位の至近距離からの執拗な撮影行為によって衝撃を受け、これがトラウマになって家を出て登校するたびに恐怖を感じ、また雅美氏はこうした撮影行為に抗議して「いくらなんでも失礼です」と発言したのに、家賃に対する質問に答えたかのように都合よく編集して放送され視聴者を欺くものだったとしている。雅美氏と2人の子供は人権侵害を訴え、番組内での謝罪などをフジテレビに求めている。
これに対してフジテレビは委員会に提出した答弁書において、長男と長女を取材・撮影する意図は全くなく執拗な撮影行為など一切行っておらず、放送した雅美氏の発言は、ディレクターが家賃について質問した以降のやり取りを恣意性を排除するためにノーカットで使用したとしている。さらに雅美氏は政治資金の使い道について説明責任がある当事者で、雅美氏を取材することは公共性・公益性が極めて高いとしている。
前回の委員会後開かれた第2回起草委員会で修正された「委員会決定」文が、今月の委員会に提案され了承された。その結果、7月4日に「委員会決定」を通知・公表することになった。

2.「浜名湖切断遺体事件報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、テレビ静岡が2016年7月14日に放送したニュースで、「静岡県浜松市の浜名湖で切断された遺体が見つかった事件で、捜査本部は関係先の捜索を進めて、複数の車を押収し、事件との関連を調べています」等と放送した。この放送に対し、同県在住の男性が「殺人事件に関わったかのように伝えられ名誉や信頼を傷つけられた」と申し立てた。
申立人は、「私の自宅、つまり私と特定できる映像と、断定した『関係者』『関係先』とのテロップを用いて視聴者に残忍な事件の関係者との印象を与えた。実際、この放送による被害が目に見える形で発生しており、名誉毀損は十分に成立する」等と述べている。
これに対しテレビ静岡は、「本件放送は社会に大きな不安を与えてきた重大事件について、客観的な事実に基づいて、捜査の進展をいち早く知らせる目的をもって行ったものであり、申立人の人権の侵害や名誉・信頼の毀損にはあたらないものと考えている」等と述べている。
今月の委員会では、6月7日の第2回起草委員会を経て委員会に提出された「委員会決定」修正案を審理し、次回委員会でさらに検討を重ねることになった。

3.「沖縄の基地反対運動特集に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)が本年1月2日と9日に放送した情報バラエティ―番組『ニュ―ス女子』。2日の番組では、沖縄県東村高江地区の米軍ヘリパッド建設反対運動を特集し、「軍事ジャ―ナリスト」が現地で取材したVTRを放送するとともに、スタジオで出演者によるト―クを展開、翌週9日の同番組の冒頭、この特集に対するネット上の反響等について出演者が議論した。
この放送に対し、番組内で取り上げられた人権団体「のりこえねっと」の共同代表の辛淑玉氏が申立書を委員会に提出、「本番組はヘリパッド建設に反対する人たちを誹謗中傷するものであり、その前提となる事実が、虚偽のものであることが明らか」とした上で、申立人についてあたかも「テロリストの黒幕」等として基地反対運動に資金を供与しているかのような情報を摘示し、また、申立人が、外国人であることがことさらに強調されるなど人種差別を扇動するものであり、申立人の名誉を毀損する内容であると訴え、TOKYO MXに対し訂正放送と謝罪、第三者機関による検証と報道番組での結果公表等を求めた。
これを受けて同局は、申立てに関する「経緯と見解」書面を委員会に提出した。その中で「本番組は沖縄県東村高江地区のヘリパッド建設反対運動が、過激な活動によって地元の住民の生活に大きな支障を生じさせている現状等、沖縄基地問題においてこれまで他のメディアで紹介されることが少なかった『声』を現地に赴いて取材し、伝えるという意図で企画されたものであると承知している」と放送の趣旨を説明。放送内容は、「申立人が主張する内容を摘示するものでも、申立人の社会的評価を低下させるものでなく、申立人が主張する名誉毀損は成立しないものと考える」と反論した。
前回委員会で審理入りが決定したのを受けて、今回の委員会から実質審理に入った。申立人、被申立人よりその後提出された書面について事務局が報告し、委員から発言があった。

4.「STAP細胞報道に対する申立て」 NHKの対応報告

2017年2月10日に通知・公表された委員会決定第62号に対し、NHKから提出された報告「STAP細胞報道に関する勧告を受けて」(5月9日付)を、前回の委員会に引き続いて検討した。
その結果、同報告に関する委員会の考えを「意見」として取りまとめ、これを付して報告を公表することになった(局の報告と委員会の意見はこちらから)。

5.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)事案の対応報告

2017年3月10日に通知・公表された委員会決定第63号に対して、テレビ熊本から6月9日付で提出された「対応と取り組み」報告について事務局より報告があり、委員会としてこれを了承した。

6.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ) 事案の対応報告

2017年3月10日に通知・公表された委員会決定第64号に対して、熊本県民テレビから6月9日付で提出された「対応と取り組み」報告について事務局より報告があり、委員会としてこれを了承した。

7.その他

  • 委員会が7月18日(火)に開催する在京キー局との意見交換会について、事務局が議題、進行等を説明して了承された。当日予定される委員会に先立って開催する。
  • 7月27日(木)に開催される第14回BPO事例研究会について事務局から説明した。当委員会からは、「STAP細胞報道に対する申立て」、「事件報道に対する地方公務員からの申立て」の2事案を取り上げる予定。
  • 次回委員会は7月18日に開かれる。

以上

2017年度 第65号

「都知事関連報道に対する申立て」に関する委員会決定

2017年7月4日 放送局:フジテレビ

見解:要望あり(少数意見付記)
フジテレビは2016年5月22日(日)に放送した情報番組『Mr.サンデー』で、舛添要一東京都知事(当時)の政治資金流用疑惑を取り上げ、舛添氏の政治団体から夫人の雅美氏が代表取締役を務める会社(舛添政治経済研究所)に事務所家賃が支払われていた問題を伝えた。放送2日前の早朝に取材クルーを舛添氏の自宅・事務所前に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。
この放送について、雅美氏と未成年の長男、長女が番組での謝罪などを求める申立書を委員会に提出した。2人の子どもは家を出て登校する際に1メートルくらいの至近距離からの執拗に撮影されたと肖像権侵害を訴え、雅美氏はこうした撮影行為に抗議して「いくらなんでも失礼です」と発言したのに、家賃に対する質問に答えたかのように都合よく編集して放送され視聴者を欺くものだったとしている。
委員会は、審理の結果、子どもに対する肖像権侵害は認められないと判断した。また、雅美氏による抗議の放送場面は名誉毀損を問題とせず、放送倫理上の問題として検討するのが妥当であるとし、その検討結果として、映像の順序を入れ替えたり途中の一部をカットしたといった事情はないこと等に照らすならば、放送倫理上の問題があるとまではいえないと判断した。もっとも、この場面の放送については視聴者に誤解を生じさせないための工夫の余地があったと考えられるとした。
また、取材方法については、公共性・公益性の高い問題である以上まずは取材依頼をするべきであったし、取材の際に被取材者の言葉に正面から対応しなかったのは妥当ではなかったとした。
委員会は、フジテレビに対し、本決定の趣旨を真摯に受け止め、指摘された点に留意し、今後の番組制作に活かすよう要望した。
なお、本決定には、雅美氏による抗議を放送した部分につき、結論を異にする少数意見が付記された。

【決定の概要】

フジテレビは、2016年5月22日放送の『Mr.サンデー』において、舛添要一東京都知事(当時)の政治資金の私的流用疑惑を取り上げ、この中で舛添氏の政治団体が、夫人の雅美氏が代表取締役を務める会社(舛添政治経済研究所)に事務所家賃を支払っていた問題を伝えた。放送2日前の早朝にカメラクルーが舛添氏の自宅・事務所前で雅美氏を取材し、番組では雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様などを放送した。
この放送について、雅美氏と長男、長女が番組での謝罪などを求める申立書を委員会に提出した。二人の子どもは取材の際に1メートルくらいの至近距離から執拗な撮影をされ衝撃を受けたとして肖像権侵害を訴え、また、雅美氏はこうした子どもの撮影に抗議して「いくらなんでも失礼です」と発言したのに、事務所家賃に関する質問を拒否したかのように都合よく編集して放送されたために名誉を毀損されたと主張している。また、取材依頼なしでの取材、子どもの登校時にあわせた早朝の取材、子どもの撮影をやめるよう求めたのにフジテレビが答えなかったこと等につき放送倫理上の問題があったと主張している。
委員会はこの申立てを審理し、大要、次のとおり判断した。
二人の子どもの撮影は、フジテレビによる雅美氏の取材の際に、いわゆる映り込みとして生じたと考えられる。政治資金流用疑惑のある家賃支払先の会社代表者である雅美氏を取材することには高い公共性・公益性が認められ、子どもの撮影は、そのような取材に伴う付随的撮影として相当な範囲を超えるものではないから、二人の子どもに対する肖像権侵害は認められない。
雅美氏による抗議を放送した部分は、政治資金流用疑惑のある家賃関係の質問に対して雅美氏がキレて怒った印象を視聴者に与え、雅美氏にマイナスイメージを与える。しかしながら、社会的評価の低下をもたらす具体的事実は摘示していないし、実際の映像を放送したにすぎないといった事情から、この点は名誉毀損を問題とせず、放送倫理上の問題として検討するのが妥当である。
そのうえで、この部分につき放送倫理上の問題を検討すると、同放送部分は、雅美氏が実際には子どもの撮影に対して抗議をしたのに、家賃問題に関する質問に対してキレたという誤解を視聴者に与えるものである。ただし、映像の順序を入れ替えたり映像の途中を一部カットしたといった事情はないこと等に照らすならば、放送倫理上の問題があるとまでは言えない。もっとも、この場面の放送については視聴者に誤解を生じさせないための工夫の余地があったと考えられ、フジテレビは、本決定の指摘を真摯に受け止めて今後の番組制作に活かすよう要望する。
取材方法に関しては、早朝に取材を行ったことに特に問題はないが、取材依頼を試みることは通常の取材手続きとして重要かつ基本的なことであるうえ、本件は政治資金流用疑惑という公共性のある事項についての取材であったから、仮に事前に取材を申し込んでも十分な対応は期待できないと判断したとしても、事前に取材依頼を試みるべきだったと考えられる。また、取材の際に被取材者からの言葉に正面から対応しなかったのは妥当ではなかった。これらはいずれも放送倫理上の問題まで生じさせるものではないが、フジテレビがこれらの点に改善の余地がなかったか検討し今後の番組制作に活かすよう要望する。
なお、本決定には、雅美氏による抗議を放送した部分につき、結論を異にする少数意見がある。

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2017年7月4日 第65号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第65号

申立人
舛添雅美および同人の長男、長女
被申立人
株式会社フジテレビジョン
苦情の対象となった番組
『 Mr.サンデー 』
放送日時
2016年5月22日(日)午後11時~午前0時15分

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.放送の概要と申立ての経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • 1.人権侵害に関する判断
  • 2.放送倫理上の問題に関する判断

III.結論

IV.放送内容の概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2017年7月4日 決定の通知と公表の記者会見

通知は、2017年7月4日午後1時からBPO第1会議室で行われ、このあと午後2時25分から千代田放送会館2階ホールで公表の記者会見が行われた。
詳細はこちら。

  • 「補足意見」、「意見」、「少数意見」について
  • 放送人権委員会の「委員会決定」における「補足意見」、「意見」、「少数意見」は、いずれも委員個人の名前で書かれるものであって、委員会としての判断を示すものではない。その違いは下のとおりとなっている。

    補足意見:
    多数意見と結論が同じで、多数意見の理由付けを補足する観点から書かれたもの
    意見 :
    多数意見と結論を同じくするものの、理由付けが異なるもの
    少数意見:
    多数意見とは結論が異なるもの

2017年3月10日

「事件報道に対する地方公務員からの申立て」事案の通知・公表

[通知]
本事案の2つの委員会決定の通知は、3月10日にBPO会議室において行われ、委員会から坂井眞委員長、市川正司委員長代行、白波瀬佐和子委員に加え、少数意見を書いた中島徹委員が出席した。少数意見を書いた、奥武則委員長代行と曽我部真裕委員は海外出張のため欠席した。
通知は、まず午後1時からテレビ熊本に対する委員会決定第63号について、申立人と被申立人であるテレビ熊本の取締役報道編成制作局長ら3名が出席して行われた。引き続き午後2時からは、熊本県民テレビに対する委員会決定第64号について、申立人と被申立人である熊本県民テレビの取締役報道局長ら2名が出席して行われた。
それぞれの通知では、坂井委員長が委員会決定の判断のポイント部分を中心に説明し、名誉を毀損したとは判断しないが、放送倫理上問題があるとの結論を告げた。その上で、テレビ熊本、熊本県民テレビそれぞれに対して「本決定を真摯に受け止めた上で、本決定の趣旨を放送するとともに、公務員の不祥事への批判と言う社会の関心に応えようとする余り、容疑者の人権への配慮がおろそかになっていなかったかなどを局内で検討し、今後の取り組みに活かすことを期待する」との委員会決定を伝えた。
また、少数意見について、欠席した2名の委員の少数意見を坂井委員長から伝えた後、中島委員が自身の少数意見について述べた。
委員会決定の通知を受け、申立人は、「自分の主張の一部が認められたことはよかったが、人権侵害を認めてもらえず残念だ」との感想を述べた。これに対して、被申立人のテレビ熊本は、「真摯に受け止め、人権に配慮した報道に取り組んでいきたい」と述べ、熊本県民テレビは、「真摯に受け止め、指摘を受けた内容を今後の放送に活かしていきたい」と述べた。

[公表]
委員会決定の通知後、午後3時15分から千代田放送会館2階ホールにおいて記者会見を行い、決定内容を公表した。22社48名が出席し、テレビカメラはNHKが在京放送局各社の代表カメラとして会見室に入った。
参加した委員は、坂井眞委員長、市川正司委員長代行、白波瀬佐和子委員、中島徹委員の4名。少数意見を書いた奥武則委員長代行、曽我部真裕委員は、海外出張のため欠席した。
会見ではまず、坂井委員長が委員会決定第63号と第64号を続けて、それぞれの判断のポイントを中心に説明した。その要旨は、放送が示した事実のうち、逮捕の直接の容疑となった事実以外の、テレビ熊本においては4つの、熊本県民テレビにおいては3つの事実について、「真実であることの証明はできていないが、副署長の説明に基づいてこれらの点を真実と信じて放送をしたことについて、相当性が認められ、名誉毀損が成立するとはいえない。」と判断したが、しかし、真実性の証明できない事実を、本件に特殊な事情があるにもかかわらず、真実であるとして放送したことは、「申立人の名誉への配慮が十分ではなく、正確性に疑いのある放送を行う結果となったものであることから、放送倫理上問題がある。」としたというものであった。
委員長からの説明を受けて、起草を担当した市川代行、白波瀬委員から補足の説明を行った。市川代行は、「名誉毀損には当たらないとしたが、別途に、『放送と人権等権利に関する委員会(BRC)決定』や民放連の『裁判員制度下における事件報道について』の指針等に鑑みて、放送倫理上求められることを検討することは必要なことと考えた」と述べ、放送倫理上の問題として検討した背景を伝えた。また、白波瀬委員は、「何を真実とするか、現場は大変なことがあると思うが、報道される当事者がいることへの配慮と注意を払ってほしい」と付け加えた。
一方、委員会決定と意見を異にする少数意見については、欠席した奥代行、曽我部委員の少数意見の内容を坂井委員長が伝えた後、中島委員から、自らの少数意見について、「委員会決定は、警察への取材に疑問を抱き質問するべきであったと指摘しているが、それを現場に求めるのは酷な状況だった。今後確立するべき倫理を一気に確立させようというのは行き過ぎのように思う」と説明した。

この後、質疑応答に移った。主な内容は以下の通り。

<申立人、被申立人の反応について>
(質問)
決定に対する申立人と被申立人の反応はどうか。

(坂井委員長)
申立人は「自分の主張で認められた部分があることはよかったが、人権侵害がなかったというのは残念だ」と述べた。テレビ熊本は、「真摯に受け止める」、熊本県民テレビは「真摯に受け止め、今後の報道に生かしていく」と述べた。また、申立人はさらに、「(放送局が)真摯に受け止めると言うだけで終わってしまうのでは、私の失ったものの大きさと比べて納得感がない」、「放送で情報を流すのは簡単だが、流された方はそれだけで終わりではない、その後も人生が長く続く、それを意識して報道して欲しい」と述べた。

<放送原稿の表現について>
(質問)
「逮捕されたのは誰々です」その後に「逮捕容疑については認めている」という表現なら印象が変わるのか。あるいは、最後に「逮捕容疑を認めている」と書くことであれば、純粋な逮捕容疑を認めているという、全体ではないですよ、ということにはならないか。
また、原稿の「容疑を認めているということです」、記者レポートの「連れ込んだということです」と、「いうことです」というのは、警察からの伝聞だということで入れている表現で、テレビではよく使う言い回しだ。「連れ込んだと警察が説明しています」とか「と見られます」ならいいのか。
あるいは、例えば「調べに対して容疑者は『間違いありません』と逮捕容疑を認めているということです」という原稿であれば、判断は変わるのか。容疑と経緯を分けて書かないといけないというのは違和感がある。

(坂井委員長)
「逮捕容疑を認めています」とあれば必ず容疑事実に限られるとか、「ということです」を「と見られます」に言葉を1つ替えればよいのか、ということではない。番組全体を一般視聴者が見た時に、どういう印象を受けるかということが重要だ。それはダイオキシン報道についての最高裁判決が参考になる。その点は、当然、全体的な報道の仕方で変わってくる場合もある。ご質問の点について、あくまでひとつの例として挙げれば、「逮捕の容疑事実はこうで、それは被疑者は認めているけれど、警察はこういうことも疑っている」とか、犯行に至る経緯については「警察はこう言っている」というように放送していたら、だいぶ一般視聴者の受ける印象は変わるのではないか。
また、本件独自の特殊性もある。そのひとつであるが、裸の女性を無断で写真に撮ったことを被疑事実として準強制わいせつで逮捕というケースはあまりない。意識を失わせて自宅に連れ込んで、その後無断で服を脱がせたというのなら、通常はそれだけで強制わいせつになる。しかし、本件では、そのような事実は容疑事実とされておらず、無断で裸の写真を撮ったという事実だけが容疑事実とされている。警察がより悪質性の高い部分まで疑いを持つのはあり得ることだとしても、逮捕容疑はその点をのぞいたところだけに絞られていた。であれば、それはなぜかという疑問も生じ得る状況だったわけだ。しかし、本件放送全体として見た場合に、広報担当が容疑事実について「それを認めている」と説明したことについて、容疑事実に含まれておらず犯行の経緯とされていたより重い事実についてまで、それらの事実を「認めている」と理解できる放送内容になっていたところが問題なのだ。
逮捕容疑事実として事案の概要に書いてあることしか報道してはいけないと委員会が言っているわけではない。公式発表とか確定した事実以外で独自に取材をして、「これは事実だ」と思って書くことは当然あっていい。報道はそういうものだと思うが、その場合、書く側に真実性ないし相当性の立証ができなければならないから、その確信がなければいけないということだ。そうでなければ、客観的な事実として放送するのではなく、警察はこういう疑いも持っているという表現にとどめるべきだということになる。

(質問)
警察の広報は、逮捕直後に取った調書を基に各社に話すと思う。それで「認めている」と言えば、それを信じて書いてしまう。「どこまで認めているのか」と副署長に聞けば良かったということか。

(坂井委員長)
そうすればはっきり分けて書けたかもしれない。本件の取材の経過を聞くと、その点をはっきりさせないで、そのまま容疑事実以外の部分まで認めたとして放送したということだと思う。しかし本件の問題は、「どこまで認めているのか」と副署長に聞けば良かったかどうかということではない。記者の質問の内容と、それに対する広報担当の対応に行き違いがあり、それが本件のような放送内容につながったという点だ。記者に、広報連絡記載の事案の概要について「容疑事実を認めているのか」と質問され、広報担当は逮捕容疑事実を「認めています」と答えた。ところがその後のやり取りの中で、事案の概要に記載のない警察の見立てについて広報担当が述べてしまい、そのために容疑事実をはみ出た部分まで被疑者が認めていると記者は信じてしまった。そのような経緯からすると相当性は否定することまではできない、と決定は判断した。
基本的に逮捕容疑事実以外のことについて「認めていますか」とは聞かないはずだから、「認めている」というのは容疑の話になるはずだ。けれど、そのはみ出た部分の話まで広報担当が述べてしまい、それを含めて認めたと記者が信じたことからこういう問題になったのだと思う。

(質問)
視聴者がどう受け取るかということですが、警察からどう聞いたかというのを聞いた時に、果たして、分けて書く、分けて書いたら、視聴者にほんとに通じるのか、逮捕容疑と容疑を、「逮捕容疑を認めているという」と、「容疑を認めている」というのを、その2つで何か違いがそこまであるのか。

(坂井委員長)
「逮捕容疑を認めている」と「容疑を認めている」とを比べて視聴者がどう受け取るかに関し違いはないのではないかと質問されているが、決定はそういうことは述べていない。視聴者に違いが分かるように放送するべきだと述べている。そしてその違いが分かるように放送する意味はあるということだ。逮捕された容疑は何かと、警察がどういう疑いを持っているかということは、意味が違うし、警察が間違うこともある。場合によったら警察発表に疑いを持つのもメディアの役割だ。「警察が言ったから事実と信じた」というだけでは通らないと思う。この決定は、そこをちゃんと区別しましょうという決定だ。

(質問)
「薬物」に関する表現で、テレビ熊本の「疑いもあると見て、容疑者を追及する方針です」は、「疑い」と「追求する方針」という言葉が強いということだが、熊本県民テレビは「警察は容疑者が・・・薬物を使って意識を朦朧とさせた可能性も含めて」と、むしろ「容疑者が」と名前を出していて、「やった」という印象が強いのではないか。

(坂井委員長)
テレビ熊本は「容疑者が」と明示して入ってはいないが、文脈としては「容疑者が」と読める。また、明確に「追及する方針です」と書くことと「可能性も含めて調べる」とではニュアンスは大分違う。

<フェイスブックの写真使用について>
(質問)
フェイスブック等からの画像の引用について、出典の明示をした場合の、懸念される事象についての言及がなされているが、委員会では出典を明示すべきかどうかについて、まとまった意見はあるのか。

(坂井委員長)
メディアでは、「フェイスブックより」と書かれることが多いのは理解しているが、本件ではその点については触れていない。この事案では「フェイスブックより」と書いたことで、全く関係のない親族や友人が実際に迷惑をこうむったようなので、そのような問題もあるからその点は少し考えたほうがいいということを指摘した。

(質問)
最近フェイスブックの写真を使うケースが多い。このぐらいの重さの事案であれば、(使用は)おおむね大丈夫と理解していいか。

(坂井委員長)
大丈夫という言い方は出来ないが、今メディアの中でフェイスブックの写真を使っていて、フェイスブックの写真は一般的にはある程度の範囲で見られてもやむを得ないという前提で載せられている。従って「だめだ」ということにはならないが、使い方によっては、問題が起きることもある。つまり、どんなケースでもOKだということにはならない。いろいろな議論があり、この点はまだコンセンサスが出来ていないと思う。ただ、フェイスブックから写真をもってくること一般がだめという議論をしているわけではない。それはケースバイケースだろう。一般論を言えば肖像権が万能ではない。表現の自由、報道の自由という問題もある、そのバランスのとり方ということだ。

<その他・審理の経緯等について>
(質問)
示談が成立して女性が被害届を取り下げて不起訴になった背景は、どの程度考慮されたのか。事実が非常にグレーな中で、放送倫理上問題があると判断したことについて説明してほしい。

(坂井委員長)
社会的評価が下がる事実を適示して報道する以上は、報道する側が真実性、相当性の立証責任を負う。この放送で示された事実についての真実性の立証は出来ていなかったが、相当性があったということで、名誉棄損ではないと判断した。
しかし、この事案で重要な部分、裸の写真を無断で撮るという事実だけでなく、それだけでなく女の人を酒に酔わせて家に連れ込んで、意識のない女性を裸にして、写真を無断で撮ったというのでは、社会的な非難は違う。そのような重要な事実について放送する以上、その真実性や相当性を放送する側は立証しなければいけない。
そして、相当性はあるが、真実性はないという結論であるならば、そのような重要な事実について真実性の立証できない事実を放送したことについて、名誉棄損にはならないとしても、放送倫理の問題として考えるべきだということだ。

(質問)
あまり抑制的に話されても困るが、BPOとして、警察の発表の仕方に何らかの考えを伝えることはあるか。

(坂井委員長)
警察に対して何か伝えるようなことはない。

(白波瀬委員)
専門も違うし、初めての経験で、不適切かもしれないが、質疑応答をずっと聞いていて、違和感を覚える。この事案は、申立てがあって議論を積み重ねたものだ。皆さんの質問を聞くと、ほんとに身につまされる感じを受ける。ただ、この報道は、一般視聴者に対して発せられた時点で具体的な姿として出てくる。その時に、どういうかたちで報道を積み上げたかという議論をしているが、その報道の対象となった人がいる。皆さんは、どういうかたちでマニュアル化して、今後、同様の申立てが来ないようにしようかとしているのはわかるが、委員会での議論の中で、非常に感じたのは、公務員に対するバッシングという社会的背景と、連れ込んだ裸の写真というものが、非常に既成の枠組みの中で解釈されているということだ。
それは、今まで、ある意味では常識的だったことであるかもしれないが、その常識だと、こういうストーリーはあるだろうといった危険性には、どこかでブレーキをかけるべきではないかと感じた。
私は、裸の写真を撮るというのは、もしかしたら今の若い子たちにとったら、そんなに特別なことではないかもしれないし、そのこと自体がどれだけの問題があるのかっていうことも含めて、ちょっと見直し、疑問を持っても、十分良いというか、立ち止まるべき時期で、この結論は、論を尽くした結果ということだ。

(質問)
白波瀬委員にお尋ねします。今の若い女性にとっては、裸の写真を撮られるのは何でもないことではないのか、とおっしゃいましたが、被害者の話を聞かずに議論をされている中で、それはどのような見識に基づいているのでしょうか。

(白波瀬委員)
大したことではない、と言ったのは、すごく語弊があるのだが、何が起こったのかといった時に、裸の写真を撮ったということは、申立人は認めているが、連れ込んだ云々については認められないということであり、そういうことはないかもしれないというふうに私は言ったつもりだったのだが。
つまり、状況というのが出て来た時に、もちろん何の合意もなく、そういう行為をした、つまり裸の写真を強制的に撮ったとか、そういうことは、もちろん問題だとは思うのだが、状況自体で、そのストーリーを、良し悪しを最初から前提としてつけるというのは問題ではないかといった意味での例を出したつもりだ。
すいません、言葉足らずで申し訳なかったです。
つまり、そういう状況自体を想定するときに、我々もずっと年齢的には高く理解しにくいが、その場面が、今実際の場面と同じようなことが起こっていると想定することが、正しいかどうかということ自体も、疑問符がつくという意味だったのですが。

(市川代行)
白波瀬委員の発言は、審議の中で、本件のことと言うのではなく一般に、知人の女性と、一定の関係のある女性と、部屋の中で裸の写真を撮るという行為が、意外と若い方の中では、同意の上でそういう例もあるかもしれないということも指摘があったということであって、いろんな背景を想定したということだ。

(質問)
「見解」が出ると、放送倫理、あるいは番組の質の向上のために、見解の内容をどういうふうに落とし込むべきか現場では考える。その点、委員会にも理解していただきたい。判断に至った法律的な論拠みたいなものはいっぱい書いてあるが、その先、どういうふうに現場に落とし込むかという部分への道筋みたいなものが見えない。もちろんそれを考えるのは私達だということかもしれないが。

(坂井委員長)
委員会が考えていないわけではない。しかし、現場でどう落とし込むかと言う問題は、本質的には、決定の内容を受けて現場の皆さんが考えることではないか。NHKと民放連、民放各局が作ったBPOで、評議委員会によって選ばれた委員会のメンバーが、運営規則に則って判断をしている。そこでの判断は、現場がどう受け止めるのかという視点ではなくて、申立人が、申し立ての対象とした放送内容について、申立て内容との関係で、その放送はどう評価されるべきかという観点において、言わばフラットな立場で判断している。その判断の際に、現場のことを考えて判断するという姿勢で結論を出し、その結果、お手盛りなどと言われるようなことがあってはならないと思っている。
現場のことを考えていないと言われたらそれは悲しいことだが、実際問題として、ここを考えればこういう内容にできるのに、という私なりの考えはある。各地での意見交換会の機会にも、その際の題材に応じて、こういう問題なので、ここはこう考えれば問題を生じませんよということを話している。そういうことは我々の方からこうしなさいということではなくて、まずは自律的にやるべきことであろうと思う。逆に現場の方が、ここは違うのでないかという意見があれば、是非聞きたいし、委員会の側も意見を言う。そういう中で自律的に動いていくものなのだと思う。

(質問)
他の地元局、NHKも、同じような報道をしたと思うが、他局はこの正確性に欠いた細かいニュアンスの部分を上手く分けて報道したのか。他局も同様な表現があるのに、そこを審議しないのはフェアではないのでは。

(坂井委員長)
制度の問題であり、放送人権委員会は、申立てのあった放送を取り上げることしかできない。我々の側から、関連する他の放送を取り上げて、その番組に口を出すことはしてはいけないし、できない。
本件でも、かなりの時間をかけて議論をする中で、こういう問題があるということで決定の結論に収束をしていった。3つの少数意見も、問題があるとまでは言わないが、決して現状でいいと言っているわけではない。逆に、放送倫理上問題があるとは言えないが、こういうことは問題だと、さらに補足をしている。9人の委員が議論を続けて、この結論になったとしか申し上げられない。
この事案に関して言えば、放送によって申立人がどういう状況に陥ったかを考える視点は必要だろう。放送はその時だけのことだが、放送された影響を受けて、申立人の人生はずっと続いていくという重さがある。そのような放送の持つ重みという意識も必要で、決定の結論の背景として指摘しておきたい。

(市川代行)
テレビ熊本も熊本県民テレビも、警察の発表に依拠して報道しており、真実と信じたことについて相当性があると考えて、報道は認められるべきだとの立場であろうが、本件は、警察の情報に依拠する中で、どういう点に気を付けるべきなのかというのが中心的な論点ではないか。
また、決定の「はじめに」で、この2局だけが直面した問題ではないだろうと書いた。通常の取材過程の中で発生し得る問題だという問題意識は、我々も触れていている。申立てを受けていないものについて委員会が判断するわけにはいかないが、決定がいろいろな現場に与える影響、現場の受け止め方も考えている。おそらく各委員も、同じ思いで、どういうグラデーションでいくのかと議論し、その結果が今回の結果だと思う。

(質問)
「抗拒不能」は法律用語で、一般のニュース、日常会話では使わない。それはどういうものかと、容疑事実を確認している。でも、視聴者はこれ全部容疑事実と思うのではないかとか、これだけのことをバツと言われている。そこをもっとしっかりやりなさいというのは分かるが、ここまで言うと萎縮してしまうのではないか。

(坂井委員長)
その点に関しては、決定は相当性を認め、名誉毀損は成立していないという結論としていることをよく理解してもらいたい。それを踏まえれば、放送倫理上の問題を指摘されたから委縮するなどということにはならないのではないか。そうではなく、今後対応することが可能な問題だと思っている。犯罪報道の在り方は、古くて新しい問題だ。容疑事実を認めるとした場合、どこまでどのように書けるかという話が繰り返し出て来る。そのような状況でも、本件に関して出来ることはあっただろうというのが、今回の委員会の決定だ。

以上

第247回放送と人権等権利に関する委員会

第247回 – 2017年5月

都知事関連報道事案の審理、浜名湖切断遺体事件報道事案の審理、STAP細胞報道事案の対応報告、沖縄基地反対運動特集事案の審理入り決定など

都知事関連報道事案および浜名湖切断遺体事件報道事案の「委員会決定」案をそれぞれ議論し、またSTAP細胞報道事案について、NHKから提出された対応報告を検討した。さらに沖縄基地反対運動特集事案を審理要請案件として検討し、審理入りを決定した。

議事の詳細

日時
2017年5月16日(火)午後4時~9時20分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「都知事関連報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、フジテレビが2016年5月22日(日)に放送した情報番組『Mr.サンデー』。番組では、舛添要一東京都知事(当時)の政治資金流用疑惑に関連して、舛添氏の政治団体から夫人の雅美氏が代表取締役を務める会社(舛添政治経済研究所)に事務所家賃が支払われていた問題を取り上げ、早朝に取材クルーを舛添氏の自宅を兼ねた事務所前に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。
申立書によると、未成年の長男と長女は、1メートル位の至近距離からの執拗な撮影行為によって衝撃を受け、これがトラウマになって家を出て登校するたびに恐怖を感じ、また雅美氏はこうした撮影行為に抗議して「いくらなんでも失礼です」と発言したのに、家賃に対する質問に答えたかのように都合よく編集して放送され視聴者を欺くものだったとしている。雅美氏と2人の子供は人権侵害を訴え、番組内での謝罪などをフジテレビに求めている。
これに対してフジテレビは委員会に提出した答弁書において、長男と長女を取材・撮影する意図は全くなく執拗な撮影行為など一切行っておらず、放送した雅美氏の発言は、ディレクターが家賃について質問した以降のやり取りを恣意性を排除するためにノーカットで使用したとしている。さらに雅美氏は政治資金の使い道について説明責任がある当事者で、雅美氏を取材することは公共性・公益性が極めて高いとしている。
前回の委員会後、起草委員会が開かれて「委員会決定」文が起草され、今月の委員会では担当委員の説明を受けて決定文案の結論部分を中心に審理した。次回委員会でさらに検討を重ねることになった。

2.「浜名湖切断遺体事件報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、テレビ静岡が2016年7月14日に放送したニュースで、「静岡県浜松市の浜名湖で切断された遺体が見つかった事件で、捜査本部は関係先の捜索を進めて、複数の車を押収し、事件との関連を調べています」等と放送した。この放送に対し、同県在住の男性が「殺人事件に関わったかのように伝えられ名誉や信頼を傷つけられた」と申し立てた。
申立人は、「私の自宅、つまり私と特定できる映像と、断定した『関係者』『関係先』とのテロップを用いて視聴者に残忍な事件の関係者との印象を与えた。実際、この放送による被害が目に見える形で発生しており、名誉毀損は十分に成立する」等と述べている。
これに対しテレビ静岡は、「本件放送は社会に大きな不安を与えてきた重大事件について、客観的な事実に基づいて、捜査の進展をいち早く知らせる目的をもって行ったものであり、申立人の人権の侵害や名誉・信頼の毀損にはあたらないものと考えている」等と述べている。
委員会では、5月9日の第1回起草委員会を経て委員会に提出された「委員会決定」案を審理した。その結果、第2回起草委員会を開催して修正案を検討し、次回委員会に提出することになった。

3.「STAP細胞報道に対する申立て」 NHKの対応報告

本事案で「勧告」として「名誉毀損の人権侵害が認められる」との決定を受けたNHKから、対応報告(5月9日付)が委員会に提出された。
報告内容について意見が出され、次回委員会でさらに検討のうえ対応を決めることになった。

4.審理要請案件:「沖縄の基地反対運動特集に対する申立て」

上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となった番組は、東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)が本年1月2日と9日に放送した情報バラエティー番組『ニュース女子』。2日の番組では、沖縄県東村高江地区の米軍ヘリパッド建設反対運動を特集し、「軍事ジャーナリスト」が現地で取材したVTRを放送するとともに、スタジオで出演者によるトークを展開し、翌週9日の同番組の冒頭、この特集に対するネット上の反響等について出演者が議論した。
この特集に対し、番組内で取り上げられた人権団体「のりこえねっと」の共同代表の辛淑玉氏が、「事実と異なる虚偽情報」と在日韓国人である同氏に対する「人種差別発言」により名誉を毀損された等とする抗議文(1月20日付)を同局に送付した。
その後辛氏は1月27日付で申立書を委員会に提出。「本番組はヘリパッド建設に反対する人たちを誹謗中傷するものであり、その前提となる事実が虚偽のものであることが明らか」としたうえで、番組内では、「のりこえねっと」の団体名を挙げるとともに申立人について、あたかも「テロリストの黒幕」等として基地反対運動に資金を供与しているかのような情報を摘示し、また申立人が外国人であることがことさら強調され、不法な行為をする「韓国人」の一部であるかのような人種差別を扇動するものであり、申立人の「名誉を毀損する内容である」と訴え、TOKYO MXに対し同番組での訂正放送と謝罪、第三者機関による検証と報道番組での結果報告、再発防止策の公表と実行、人権、差別問題に関する社内研修の確立等を求めた。
また申立書は、「虚偽を事実であるかのように放送したこと」「まともに取材していないこと」「極めて偏向した内容であること」という放送内容は、「もはや放送倫理云々のレベルですらなく、明確に放送法4条各号違反である」と主張した。
さらに1月9日の放送については、改めて申立人もしくは「のりこえねっと」に取材することなく、前週放送の「虚偽報道を糊塗するような放送がなされた」としている。
申立人とTOKYO MXは、委員会事務局の要請に応じて代理人同士が話し合いによる解決を模索したが、不調に終わり、申立人側から4月12日、改めて委員会の審理を要望する意思が事務局に伝えられた。
これを受けて同局は4月27日、本件申立てに関する「経緯と見解」書面を委員会に提出。その中で、「本番組は、沖縄県東村高江区のヘリパッド建設反対運動が、過激な活動によって地元の住民の生活に大きな支障を生じさせている現状等、沖縄基地問題において、これまで他のメディアで紹介されることが少なかった『声』を現地に赴いて取材し、伝えるという意図で企画されたものであると承知している」と放送の趣旨を説明し、放送内容は「申立人が主張する内容を摘示するものでも、申立人の社会的評価を低下させるものでなく、申立人が主張する名誉毀損は成立しないものと考える」と反論した。
同局は、申立人が「黒幕」として「テロリスト」に資金を供与しているかのような情報を番組が摘示したと主張していることについて、「申立人が具体的に本件番組のどの表現を捉えてこのような主張をしているのか、不明であると言わざるを得ない。当社としては、本件放送はそのような内容を含むものではないと考えている」と述べ、また「申立人が問題視している『テロリスト』等の表現は、高江でヘリパッドの建設反対運動には、一部強硬な手段がとられていることを伝える中で比喩として用いられているものであり、申立人について述べたものではないため、本件申立ての争点である申立人の名誉毀損の成否とは直接の関係がないといえる」と主張した。
このほかTOKYO MXは、申立人が放送内容が事実に反すると主張している点について、「当社として調査、確認した結果、本件番組内で使用された映像・画像の出典根拠は明確であり、本件番組内で伝えられた事象は、番組スタッフによる取材、各新聞社等による記事等の合理的根拠に基づく説明であって、本件放送に係る事実関係において、捏造や虚偽があったとは認められない」と反論した。
TOKYO MXによると、本件番組は自社制作番組とは異なり、番組分類上スポンサー側で制作を行い、電波料も別途支払われる持込番組に該当するため、クレジットが、「製作著作 DHCシアター」となっているが、「当社は、放送枠を販売する形式ではあるが、放送責任が当社にあることは承知している」と述べている。
なお、本番組については、BPO放送倫理検証委員会が2月10日の委員会で審議入りを決定している。

委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。

5.その他

  • 在京キー局との意見交換会を7月18日(火)に開催することになり、事務局から概要を説明して了承された。当日予定される委員会に先立って開催する。
  • 委員会が今年度中に予定している東北地区加盟社との意見交換会について、今秋仙台で開催することを決めた。
  • 次回委員会は6月20日に開かれる。

以上

2017年5月16日

「沖縄の基地反対運動特集に対する申立て」審理入り決定

放送人権委員会は5月16日の第247回委員会で、上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となった番組は、東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)が本年1月2日と9日に放送した情報バラエティー番組『ニュース女子』。2日の番組では、沖縄県東村高江地区の米軍ヘリパッド建設反対運動を特集し、「軍事ジャーナリスト」が現地で取材したVTRを放送するとともに、スタジオで出演者によるトークを展開し、翌週9日の同番組の冒頭、この特集に対するネット上の反響等について出演者が議論した。
この特集に対し、番組内で取り上げられた人権団体「のりこえねっと」の共同代表の辛淑玉氏が、「事実と異なる虚偽情報」と在日韓国人である同氏に対する「人種差別発言」により名誉を毀損された等とする抗議文(1月20日付)を同局に送付した。
その後辛氏は1月27日付で申立書を委員会に提出。「本番組はヘリパッド建設に反対する人たちを誹謗中傷するものであり、その前提となる事実が虚偽のものであることが明らか」としたうえで、番組内では、「のりこえねっと」の団体名を挙げるとともに申立人について、あたかも「テロリストの黒幕」等として基地反対運動に資金を供与しているかのような情報を摘示し、また申立人が外国人であることがことさら強調され、不法な行為をする「韓国人」の一部であるかのような人種差別を扇動するものであり、申立人の「名誉を毀損する内容である」と訴え、TOKYO MXに対し同番組での訂正放送と謝罪、第三者機関による検証と報道番組での結果報告、再発防止策の公表と実行、人権、差別問題に関する社内研修の確立等を求めた。
また申立書は、「虚偽を事実であるかのように放送したこと」、「まともに取材していないこと」、「極めて偏向した内容であること」という放送内容は、「もはや放送倫理云々のレベルですらなく、明確に放送法4条各号違反である」と主張した。
さらに1月9日の放送については、改めて申立人もしくは「のりこえねっと」に取材することなく、前週放送の「虚偽報道を糊塗するような放送がなされた」としている。
申立人とTOKYO MXは、委員会事務局の要請に応じて代理人同士が話し合いによる解決を模索したが、不調に終わり、申立人側から4月12日、改めて委員会の審理を要望する意思が事務局に伝えられた。
これを受けて同局は4月27日、本件申立てに関する「経緯と見解」書面を委員会に提出。その中で、「本番組は、沖縄県東村高江区のヘリパッド建設反対運動が、過激な活動によって地元の住民の生活に大きな支障を生じさせている現状等、沖縄基地問題において、これまで他のメディアで紹介されることが少なかった『声』を現地に赴いて取材し、伝えるという意図で企画されたものであると承知している」と放送の趣旨を説明し、放送内容は「申立人が主張する内容を摘示するものでも、申立人の社会的評価を低下させるものでなく、申立人が主張する名誉毀損は成立しないものと考える」と反論した。
同局は、申立人が「黒幕」として「テロリスト」に資金を供与しているかのような情報を番組が摘示したと主張していることについて、「申立人が具体的に本件番組のどの表現を捉えてこのような主張をしているのか、不明であると言わざるを得ない。当社としては、本件放送はそのような内容を含むものではないと考えている」と述べ、また「申立人が問題視している『テロリスト』等の表現は、高江でヘリパッドの建設反対運動には、一部強硬な手段がとられていることを伝える中で比喩として用いられているものであり、申立人について述べたものではないため、本件申立ての争点である申立人の名誉毀損の成否とは直接の関係がないといえる」と主張した。
このほかTOKYO MXは、申立人が放送内容が事実に反すると主張している点について、「当社として調査、確認した結果、本件番組内で使用された映像・画像の出典根拠は明確であり、本件番組内で伝えられた事象は、番組スタッフによる取材、各新聞社等による記事等の合理的根拠に基づく説明であって、本件放送に係る事実関係において、捏造や虚偽があったとは認められない」と反論した。
TOKYO MXによると、本件番組は自社制作番組とは異なり、番組分類上スポンサー側で制作を行い、電波料も別途支払われる持込番組に該当するため、クレジットが、「製作著作 DHCシアター」となっているが、「当社は、放送枠を販売する形式ではあるが、放送責任が当社にあることは承知している」と述べている。
尚、本番組については、BPO放送倫理検証委員会が2月10日の委員会で審議入りを決定している。

委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。

放送人権委員会の審理入りとは?

「放送によって人権を侵害された」などと申し立てられた苦情が、審理要件(*)を満たしていると判断したとき「審理入り」します。
ただし、「審理入り」したことがただちに、申立ての対象となった番組内容に問題があると委員会が判断したことを意味するものではありません。

* 委員会審理に必要な要件については、同委員会「運営規則 第5条」をご覧ください。

第246回放送と人権等権利に関する委員会

第246回 – 2017年4月

浜名湖切断遺体事件報道事案のヒアリングと審理、都知事関連報道事案の審理など

浜名湖切断遺体事件報道事案のヒアリングを行い、申立人と被申立人から詳しく事情を聞いた。また都知事関連報道事案を審理した。

議事の詳細

日時
2017年4月18日(火)午後3時~8時55分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「浜名湖切断遺体事件報道に対する申立て」事案のヒアリングと審理

対象となった番組は、テレビ静岡が2016年7月14日に放送したニュースで、静岡県浜松市の浜名湖周辺で切断された遺体が発見された事件について、「捜査本部が関係先の捜索を進めて、複数の車を押収し、事件との関連を調べている」等と放送した。この放送に対し、同県在住の男性が「殺人事件に関わったかのように伝えられ名誉や信頼を傷つけられた」と申し立てた。
今月の委員会では、申立人と被申立人のテレビ静岡にヒアリングを実施し、詳しい話を聴いた。
申立人は、「テレビ静岡は、私の名前も公表していない、被疑者として断定して放送していないと主張しているが、私の自宅、つまり私と特定できる映像と断定した『関係者』『関係先』とのテロップを用いて視聴者に残忍な事件の関係者との印象を与えた。実際、この放送による被害が目に見える形で発生しており、名誉毀損は十分に成立すると思う。私有地に侵入しての取材については、マスコミという屋外での撮影を主たる業務とする職種であるので、当然に撮影前のみならず、撮影後の編集の段階においても、私道等撮影をしても問題なき場所かの確認を取るべきで、少しの注意で結果が予見でき、回避ができるのに、注意を怠った重過失がテレビ静岡にはある。プライバシーである寝具を撮影したことも、奥の窓を撮影するためという主張は苦しいもので、編集段階でいくらでもどうにかなる。要は犯人視していたからこそ、躊躇なく知られたくない生活の一部も撮影、放送したものだと思う」等と述べた。
テレビ静岡は報道の責任者ら4人が出席し、「申立人の氏名等を一切報じていないのはもちろん、申立人を犯人視する表現をしたり、視聴者に申立人を犯人視させたりする演出やねつ造は一切行っていない。さらに、本件捜査が行われた申立人の自宅を一般視聴者が特定できないように種々の配慮をしつつ、報道の真実性を損なわないよう映像を編集した。その中で、申立人宅の道路に面して干してあった枕等が映像に映っていた点については、道路からごく自然に目に入るものであることや下着等のものでないことから、プライバシーの侵害には当たらないと考えている。申立人宅の私有地への立ち入りという点については、一般の立ち入りが禁止されることを示す表示や門柱・仕切りなどは一切なく、取材陣はこれを一般の生活道路として立ち入りや通行が認められているものと認識していた。本件放送は社会に大きな不安を与えてきた重大事件について、客観的な事実に基づいて、捜査の進展をいち早く知らせる目的をもって行ったものであり、申立人の人権の侵害や名誉・信頼の毀損にはあたらないものと考えている」等と述べた。
ヒアリング後、本件の論点を踏まえ審理を続行、その結果、担当委員が「委員会決定」文の起草に入ることになった。

2.「都知事関連報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、フジテレビが2016年5月22日(日)に放送した情報番組『Mr.サンデー』。番組では、舛添要一東京都知事(当時)の政治資金流用疑惑に関連して、舛添氏の政治団体から夫人の雅美氏が代表取締役を務める会社(舛添政治経済研究所)に事務所家賃が支払われていた問題を取り上げ、早朝に取材クルーを舛添氏の自宅を兼ねた事務所前に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。
申立書によると、未成年の長男と長女は、1メートル位の至近距離からの執拗な撮影行為によって衝撃を受け、これがトラウマになって家を出て登校するたびに恐怖を感じ、また雅美氏はこうした撮影行為に抗議して「いくらなんでも失礼です」と発言したのに、家賃に対する質問に答えたかのように都合よく編集して放送され視聴者を欺くものだったとしている。雅美氏と2人の子供は人権侵害を訴え、番組内での謝罪などをフジテレビに求めている。
これに対してフジテレビは委員会に提出した答弁書において、長男と長女を取材・撮影する意図は全くなく執拗な撮影行為など一切行っておらず、放送した雅美氏の発言は、ディレクターが家賃について質問した以降のやり取りを恣意性を排除するためにノーカットで使用したとしている。さらに雅美氏は政治資金の使い道について説明責任がある当事者で、雅美氏を取材することは公共性・公益性が極めて高いとしている。
今月の委員会では先月のヒアリングを受けて、人権侵害と取材方法や編集などの放送倫理の問題について審理を進めた。その結果、担当委員が「委員会決定」文の起草に入ることになった。

3.その他

  • 放送人権委員会の2016年度中の「苦情対応状況」について、事務局が資料をもとに報告した。同年度中、当事者からの苦情申立てが18件あり、そのうち審理入りしたのが4件、委員会決定の通知・公表が5件あった。また仲介・斡旋による解決が6件あった。
  • 次回委員会は5月16日に開かれる。

以上

第245回放送と人権等権利に関する委員会

第245回 – 2017年3月

都知事関連報道事案のヒアリングと審理、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の通知・公表の報告、浜名湖切断遺体事件報道事案の審理…など

都知事関連報道事案のヒアリングを行い、申立人と被申立人から詳しく事情を聞いた。また事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の通知・公表の概要を事務局から報告、浜名湖切断遺体事件報道事案を審理した。

議事の詳細

日時
2017年3月21日(火)午後3時~8時25分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、中島委員、二関委員 (曽我部委員は欠席)

1.「都知事関連報道に対する申立て」事案のヒアリングと審理

対象となった番組は、フジテレビが2016年5月22日(日)に放送した情報番組『Mr.サンデー』。番組では、舛添要一東京都知事(当時)の政治資金流用疑惑に関連して、舛添氏の政治団体から夫人の雅美氏が代表取締役を務める会社(舛添政治経済研究所)に事務所家賃が支払われていた問題を取り上げ、早朝に取材クルーを舛添氏の自宅を兼ねた事務所前に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。この放送について、雅美氏と2人の子供が人権侵害を訴え申立てを行った。
今月の委員会では申立人と被申立人のフジテレビにヒアリングを実施し、詳しい話を聴いた。
申立人側は雅美氏が代理人の弁護士とともに出席し、「私が『撮らないでください』と伝えているにもかかわらず、フジテレビが子供2人を自宅前で登校時、カメラを避けようがない状況で撮影したことは揺るぎない事実だ。子供は大変な精神的苦痛を受けた。子供の姿が放送されなかったから良いということではなく、撮影自体が既に肖像権を侵害している。子供の撮影は必要なことではなく、私は怒り心頭で『いくらなんでも失礼です』と抗議した。子供を護るため母親としての当然の行為であったと考える。ところが、フジテレビは、あたかも私が取材を感情的に拒否しているかのように映像を編集し、意図的に事実とは違う印象を明らかに視聴者に与える放送を行った。この撮影は、もともと公共性・公益性を目的にしたものではなく、放送内容に真実性はなく、悪意を持って意図的に子供を撮影し、ことさらに私を貶めるように編集されたもので、それを放送したことは名誉毀損にあたる」等と述べた。
フジテレビからは番組の制作責任者ら5人が出席し、「疑惑解明に不可欠なのは、株式会社舛添政治経済研究所の代表者である舛添氏の妻、雅美氏本人の取材である。当然、子供への取材は何の意味も持たず、取材する意図は全くなかった。執拗な取材・撮影はあり得ず、その事実も一切あり得ない。雅美氏のインタビュー部分は、取材時のディレクターの質問から雅美氏の返答を一連の流れとしてノーカットで放送したもので、作為的編集という事実は一切ない。『いくらなんでも失礼です』という発言は、早朝に訪れて取材申込みをしたことが失礼であると同時に『間違ったことをしていないにもかかわらず、直接取材に来たことは失礼である』との意味で発せられたものと理解している。極めて公共性、公益性の高い取材だったと考える。政治家の疑惑を追及するための取材が問題とされるケースが常態化すれば、現場が委縮し、権力の監視と言う我々の役割が支障をきたすのではないかと強く懸念している」等と述べた。
ヒアリング後、本件の論点を踏まえ審理を続行した。

2.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)事案の通知・公表の報告

3.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ) 事案の通知・公表の報告

本事案に関する「委員会決定」の通知・公表が3月10日に行われた。委員会では、その概要を事務局が報告し、決定内容を伝える当該局による放送録画を視聴した。委員長からは、公表時に様々な質疑があったことを紹介したうえで、放送には警察をチェックする役割もあるので、この決定内容からそうした社会的要請が改めて受け止められることを期待したい旨の発言があった。

4.「浜名湖切断遺体事件報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、テレビ静岡が2016年7月14日に放送したニュース。静岡県浜松市の浜名湖周辺で切断された遺体が発見された事件で「捜査本部が関係先の捜索を進めて、複数の車を押収し、事件との関連を調べている」等と放送した。
この放送に対し、同県在住の男性は9月18日付で申立書を委員会に提出。同事件の捜査において、「実際には全く関係ないにもかかわらず、『浜名湖切断遺体 関係先を捜索 複数の車押収』と断定したテロップをつけ、記者が『捜査本部は遺体の状況から殺人事件と断定して捜査を進めています』と殺人事件に関わったかのように伝えながら、許可なく私の自宅前である私道で撮影した、捜査員が自宅に入る姿や、窓や干してあったプライバシーである布団一式を放送し、名誉や信頼を傷つけられた」として、放送法9条に基づく訂正放送、謝罪およびネット上に出ている画像の削除を求めた。
また申立人は、この日県警捜査員が同氏自宅を訪れたのは、申立人とは関係のない窃盗事件の証拠物である車を押収するためであり、「私の自宅である建物内は一切捜索されていない」と主張。「このニュースの映像だけを見れば、家宅捜索された印象を受け、いかにもこの家の主が犯人ではないかという印象を視聴者に与えてしまう。私は今回の件で仕事を辞めざるをえなくなった」と訴えている。
この申立てに対し、テレビ静岡は11月2日に「経緯と見解」書面を委員会に提出し、「本件放送が『真実でない』ことを放送したものであるという申立人の主張には理由がなく、訂正放送の請求には応じかねる」と述べた。この中で、「当社取材陣は、信頼できる取材源より、浜名湖死体損壊・遺棄事件に関連して捜査の動きがある旨の情報を得て取材活動を行ったものであり、当日の取材の際にも取材陣は捜査員の応対から当日の捜索が浜名湖事件との関連でなされたものであることの確証を得たほか、さらに複数の取材源にも確認しており、この捜索が浜名湖事件に関連したものとしてなされたことは事実」であり、「本件放送は、その事件との関連で捜査がなされた場所という意味で本件住宅を『関係先』と指称しているもの。また本件放送では、申立人の氏名に言及するなど一切しておらず、『申立人が浜名湖の件の被疑者、若しくは事件にかかわった者』との放送は一切していない」と反論した。
さらに、「捜査機関の行為は手続き上も押収だけでなく『捜索』も行われたことは明らか。すなわち、捜査員が本件住宅内で確認を行い、本件住宅の駐車場で軽自動車を現認して差し押さえたことから、本件住宅で捜索活動が行われたことは間違いなく、したがって、『関係先とみられる住宅などを捜索』との報道は事実であり、虚偽ではあり得ない」と主張した。
今月の委員会では、次回4月の委員会で申立人と被申立人のテレビ静岡にヒアリングを実施し詳しい話を聴くことを決めた。

5.その他

  • 三好専務理事から、3月10日に開かれたBPO理事会で、放送人権委員会の委員を1名増員することが了承されたと報告された。また、2017年度の事務局の新体制についても報告された。

以上

2016年度 解決事案

2016年度中に委員長の指示を仰ぎながら、委員会事務局が審理入りする前に申立人と被申立人双方に話し合いを要請し、話し合いの結果解決に至った「仲介・斡旋」のケースが6件あった。

「刺青師からの申立て」

A局が2015年10月に放送したバラエティー番組で、男性がタトゥーを入れる模様を再現したVTRを放送した。この放送に対し、刺青業を営む男性が、番組の取材協力の一環として刺青用機械一式を貸し出した際、インクや手術用手袋、マスクの着用等衛生面に配慮することを条件にしたにもかかわらず、一切無視され、「精神的人格権を侵害された」と委員会に申し立てた。委員会事務局が話し合いによる解決を促したところ、申立人と同局および制作会社側との間で約4か月におよぶ話し合いの結果、双方が合意に達し、本件申立ては取り下げられ、解決した。

(放送2015年10月、解決2016年4月)

「温暖化対策報道に対する申立て」

B局は2015年12月に放送した報道番組で、地球温暖化対策として注目されていたCO2の分離・回収・貯留技術についての特集を放送した。この放送に対し、番組でインタビュー取材を受けた大学教授が「私の主義・主張と異なる見解として発言の一部が使用され、著しく信用を損なった」と委員会に申し立てた。委員会事務局が話し合いによる解決を促したところ、約3か月におよぶ話し合いの結果、申立人の主張を盛り込んだ「続報」を同じ番組で放送することで合意し、申立書は取り下げられ、解決した。

(放送2015年12月、解決2016年5月)

「生活保護ビジネス企画に対する申立て」

C局は2015年11月に放送したニュース番組で、生活保護を食い物にするいわゆる「生活保護ビジネス」を取り上げた企画を放送した。この放送に対し、自らが生活保護受給者で、番組のためにインタビュー取材を受け、また薬物依存症で治療中のクリニックや宿泊所の隠し撮りをした男性から、本人も他の患者もモザイクが薄くて特定可能な映像で、プライバシーを侵害されたと委員会に申し立てた。申立人と局側は委員会事務局の要請を受けて4回にわたって話し合いを行ったが、合意に至らなかったため、いったんは4月の委員会で審理要請案件として審理入りするかどうかの検討に入った。ただ、その後事務局が双方に改めて話し合いを促したところ、話し合いが再開されて合意に至り、取下書が提出されて解決した。

(放送2015年11月、解決2016年6月)

「区議会議員からの申立て」

D局は2016年8月に放送した情報番組で、区議会議員が酒に酔ってタクシー運転手を殴り、ケガを負わせた容疑で逮捕され、「運転手が(右折の)指示に従わなかったため殴ってしまったと容疑を認めている」と報じた。この放送に対し、区議は、「運転手に幾度も小突かれたので殴ったのであり、全くの事実無根の放送により社会的評価が著しく低下した」と委員会に申し立てた。委員会事務局が話し合いによる解決を促したところ、約1か月におよぶ話し合いの結果、同局がユーチューブにアップされた動画を削除したことなどを申立人が評価して「権利侵害の問題が解決された」とする取下書が提出され、解決した。また、同区議は同様の内容の放送をしたE局に対しても申し立てたが、同じ理由で取り下げ、解決した。

(放送2016年8月、解決2016年12月)

「元反社会的勢力企画への申立て」

F局は2016年3月放送のニュース番組で、反社会的勢力の内幕を描いた企画を放送した。この放送に対し、番組でインタビューを受けた元関係者が、匿名で顔出しはしない約束でインタビュー取材に応じたが、放送ではモザイク処理も声の変更もなく放送され、肖像権を侵害されたうえ、「身体に危険が及ぶ事態になりかねない」等と委員会に申し立てた。委員会事務局が話し合いによる解決を促したところ、約2か月におよぶ話し合いの結果、双方が合意に至り、申立ては取り下げられ、解決した。

(放送2016年3月、解決2016年12月)

「元後援会長からの申立て」

G局は2016年10月に放送したバラエティー番組で、元力士で現在相撲部屋の親方が年下の歌手と結婚したことをきっかけに弟子が激減し、部屋が崩壊状態に陥ったことから、地元後援会長が辞任したなどと再現VTRを交えて放送した。この放送に対し、元後援会長は、再現VTRで後援会の「関係者」が親方の妻を激しく叱責した場面があったが、地元ではこの「関係者」は自分のことと受け止められ、一方的な取材による「真っ赤な嘘」の放送により名誉を毀損されたと委員会に申し立てた。委員会事務局が話し合いによる解決を促したところ、3か月近くにおよぶ話し合いの結果、双方が和解し、申立ては取り下げられ、解決した。

(放送2016年10月、解決2017年3月)

2016年度 第64号

「事件報道に対する地方公務員からの申立て」
(熊本県民テレビ)に関する委員会決定

2017年3月10日 放送局:熊本県民テレビ(KKT)

見解:放送倫理上問題あり(少数意見付記)
熊本県民テレビは2015年11月19日、『ストレイトニュース』や情報番組『テレビタミン』内のニュース等で、地方公務員が準強制わいせつ容疑で逮捕されたニュースを放送した。
この放送について申立人は事実と異なる内容で、容疑内容にないことまで容疑を認めているような印象を与え、人権侵害を受けたと訴えるとともに、フェイスブックの写真を無断で使用されるなど権利の侵害を受けたと主張し、委員会に申立書を提出した。
これに対し熊本県民テレビは、「社会的に重大な事案」と位置付けたうえで「正当な方法によって得た取材結果に基づき放送した」として人権侵害はなかったと反論した。
委員会は2017年3月10日に「委員会決定」を通知・公表し、「見解」として放送倫理上問題ありと判断した。
なお、本決定には結論を異にする3つの少数意見が付記された。

【決定の概要】

本件は、熊本県民テレビが、2015年11月19日午前11時40分以降、ニュース番組の中で、地方公務員である申立人が、酒に酔って抗拒不能の状態にあった女性の裸の写真を撮影したという容疑で逮捕されたことを報じた3つのニュースと、翌日以降、逮捕後の勤務先の対応や、不起訴処分となったことなどを報じたニュースに関する事案である。本決定では、最も詳しく報道された、逮捕当日の午後6時15分からのニュースを中心に検討した。
申立人は、この放送について、意識がもうろうとしている知人の女性を自宅に連れ込んだとか、同意なく女性の服を脱がせたなど、申立人が認めたこともない容疑まで申立人が事実を認めているなどとしたり、「卑劣な犯行」などとコメントして、申立人が悪質な犯行を行ったと印象づける放送を行って申立人の名誉を毀損し、また、申立人の職場の映像を放送したり、申立人がフェイスブックに掲載した写真も無断で放送して申立人のプライバシー等も侵害したとして、委員会に申し立てた。
委員会は、申立てを受けて審理し、本件放送には放送倫理上の問題があると判断した。決定の概要は以下のとおりである。
本件放送は、申立人について、(1)わいせつ目的をもって意識がもうろうとしていた女性を同意のないまま自宅に連れ込み、(2)意識を失い横になっていた女性の服を同意なく脱がせ、(3)意識を失い抗拒不能の状態にある女性の裸の写真を撮った、(4)((1)ないし(3)の)事実を認めている。さらに、(5)警察は、薬物などによって女性が意識を失った可能性も含めて今後調べる方針である、ということを伝えるものである。熊本県民テレビは、本件放送は警察当局の説明に沿ったものであり、申立人に対する名誉毀損は成立しない、また、地方公務員であった申立人についてフェイスブックの写真や職場の映像を放送することは社会の関心に応えるものであって問題はないと主張する。
放送が示した事実のうち、逮捕の直接の容疑となった(3)の事実と、(5)の事実以外に、(1)、(2)、(4)については真実であることの証明はできていないが、警察当局の説明に基づいてこれらの点を真実と信じて放送したことについて、相当性が認められ、名誉毀損が成立するとはいえない。
しかし、容疑に対する申立人の認否などに関する警察当局の説明は概括的で明確とは言いがたい部分があり、逮捕直後で、関係者への追加取材もできていない段階であったにもかかわらず、本件放送は、警察の明確とは言いがたい説明に依拠して、直接の逮捕容疑となっていない事実についてまで真実であるとの印象を与えるものであった。この点で、本件放送は申立人の名誉への配慮が十分ではなく、正確性に疑いのある放送を行う結果となったものであることから、放送倫理上問題がある。
放送のコメントについては論評として不適切なものとはいえず、フェイスブックの写真の使用や職場の映像の放送については、本件放送の公共性・公益性に鑑みて問題はないと考える。
委員会は、熊本県民テレビに対し、本決定の趣旨を放送するとともに、再発防止のために人権と放送倫理にいっそう配慮するよう要望する。

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2017年3月10日 第64号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第64号

申立人
熊本市在住 地方公務員
被申立人
株式会社熊本県民テレビ(KKT)
苦情の対象となった番組
『ストレイトニュース』『テレビタミン』
放送日時
  • 2015年11月19日(木)
    • 午前11時40分~11時49分『ストレイトニュース』
    • 午後4時45分~ 7時00分『テレビタミン』
    • 午後4時50分~「先出しニュース」
    • 午後6時15分~「テレビタニュース」
  • 2015年11月20日(金)午後4時45分~『テレビタミン』
  • 2015年12月 9日(水)午後4時45分~『テレビタミン』

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.放送の概要と申立ての経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • 第1. はじめに
  • 第2. 名誉毀損の主張について
  • 第3. 肖像権、プライバシー侵害の有無について
  • 第4. 放送倫理上の問題

III.結論

IV.放送概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2017年3月10日 決定の通知と公表の記者会見

通知は、2017年3月10日午後2時からBPO第1会議室で行われ、このあと午後3時15分から千代田放送会館2階ホールで公表の記者会見が行われた。
詳細はこちら。

2017年6月20日 委員会決定に対する熊本県民テレビの対応と取り組み

委員会決定第64号に対して、熊本県民テレビから対応と取り組みをまとめた報告書が6月9日付で提出され、委員会はこれを了承した。

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  • 「補足意見」、「意見」、「少数意見」について
  • 放送人権委員会の「委員会決定」における「補足意見」、「意見」、「少数意見」は、いずれも委員個人の名前で書かれるものであって、委員会としての判断を示すものではない。その違いは下のとおりとなっている。

    補足意見:
    多数意見と結論が同じで、多数意見の理由付けを補足する観点から書かれたもの
    意見 :
    多数意見と結論を同じくするものの、理由付けが異なるもの
    少数意見:
    多数意見とは結論が異なるもの

2016年度 第63号

「事件報道に対する地方公務員からの申立て」
(テレビ熊本)に関する委員会決定

2017年3月10日 放送局:テレビ熊本(TKU)

見解:放送倫理上問題あり(少数意見付記)
テレビ熊本は2015年11月19日、『みんなのニュース』等で、地方公務員が準強制わいせつ容疑で逮捕されたニュースを放送した。
この放送について申立人は事実と異なる内容で、容疑内容にないことまで容疑を認めているような印象を与え人権侵害を受けたと訴えるとともに、フェイスブックの写真を無断で使用されるなど権利の侵害があったと主張して、委員会に申立書を提出した。
これに対しテレビ熊本は、「社会的に重大な事案」と位置付けたうえで、「取材を重ね事実のみを報道した」として人権侵害はなかったと反論した。
委員会は2017年3月10日に「委員会決定」を通知・公表し、「見解」として放送倫理上問題ありと判断した。
なお、本決定には結論を異にする3つの少数意見が付記された。

【決定の概要】

本件は、テレビ熊本が、2015年11月19日午後4時50分以降、ニュース番組の中で、地方公務員である申立人が、酒に酔って抗拒不能の状態にあった女性の裸の写真を撮影したという容疑で同日午前に逮捕されたことを報じた4つのニュースと、翌日以降、逮捕後の勤務先の対応や不起訴処分となったことなどを報じたニュースに関する事案である。本決定では、最も詳しく報道された逮捕当日午後6時15分からのニュースを中心に検討した。
申立人は、この放送について、意識がもうろうとしている知人の女性を自宅に連れ込んだとか、同意なく女性の服を脱がせたなど、申立人が認めたこともない容疑まで申立人が事実を認めているなどとして、申立人が悪質な犯行を行ったと印象づける放送を行って申立人の名誉を毀損し、また、申立人の自宅建物の映像をむやみに放送し、フェイスブックに掲載した写真も無断で放送して申立人のプライバシー等も侵害したとして、委員会に申し立てた。
委員会は、申立てを受けて審理し、本件放送には放送倫理上の問題があると判断した。決定の概要は以下のとおりである。
本件放送は、申立人について、(1)わいせつ目的をもって意識がもうろうとしていた女性を同意のないまま自宅に連れ込み、(2)意識を失い横になっていた女性の服を同意なく脱がせ、(3)意識を失い抗拒不能の状態にある女性の裸の写真を撮った、(4)((1)ないし(3)の)事実を認めている。さらに、(5)薬物などによって女性が意識を失った疑いがあり、警察はこの点も申立人を追及する方針である、ということを伝えるものである。テレビ熊本は、本件放送は警察の広報担当の副署長の説明に沿ったものであり、申立人に対する名誉毀損は成立しない、また、地方公務員であった申立人についてフェイスブックの写真や自宅建物を放送することは社会の関心に応えるものであって問題はないと主張する。
放送が示した事実のうち、逮捕の直接の容疑となった(3)の事実以外の(1)、(2)、(4)、(5)について真実であることの証明はできていないが、副署長の説明に基づいてこれらの点を真実と信じて放送したことについて、相当性が認められ、名誉毀損が成立するとはいえない。
しかし、容疑に対する申立人の認否などに関する副署長の説明は概括的で明確とは言いがたい部分があり、逮捕直後で、関係者への追加取材もできていない段階であったにもかかわらず、本件放送は、警察の明確とは言いがたい説明に依拠して、直接の逮捕容疑となっていない事実についてまで真実であるとの印象を与えるものであった。また、副署長の説明を超えて、単なる一般的可能性にとどまらず、申立人が薬物等を混入させた疑いがあるという印象を与えた。これらの点で、本件放送は申立人の名誉への配慮が十分ではなく、正確性に疑いのある放送を行う結果となったものであることから、放送倫理上問題がある。
フェイスブックの写真の使用やボカシの入った自宅建物の放送については、本件放送の公共性・公益性に鑑みて問題はないと考える。
委員会は、テレビ熊本に対し、本決定の趣旨を放送するとともに、再発防止のために人権と放送倫理にいっそう配慮するよう要望する。

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2017年3月10日 第63号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第63号

申立人
熊本市在住 地方公務員
被申立人
株式会社テレビ熊本(TKU)
苦情の対象となった番組
『みんなのニュース』『TKUニュース』
放送日時
  • 2015年11月19日(木)
    • 午後4時50分~5時00分 『みんなのニュース』
    • 午後5時54分~6時15分 『みんなのニュース』(全国)
    • 午後6時15分~6時58分 『みんなのニュース』
    • 午後8時54分~8時57分 『TKUニュース』
  • 11月20日(金) 午後6時15分~『みんなのニュース』
  • 11月27日(金)午後6時15分~『みんなのニュース』
  • 12月 9日(水)午後4時50分~『みんなのニュース』
  • 12月16日(水)午後6時15分~『みんなのニュース』
    (年末企画「くまもとこの一年」)

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.放送の概要と申立ての経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • 第1.はじめに
  • 第2.名誉毀損の主張について
  • 第3.肖像権、プライバシー侵害の有無について
  • 第4.放送倫理上の問題

III.結論

IV.放送概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2017年3月10日 決定の通知と公表の記者会見

通知は、2017年3月10日午後1時からBPO第1会議室で行われ、このあと午後3時15分から千代田放送会館2階ホールで公表の記者会見が行われた。
詳細はこちら。

2017年6月20日 委員会決定に対するテレビ熊本の対応と取り組み

委員会決定第63号に対して、テレビ熊本から対応と取り組みをまとめた報告書が6月9日付で提出され、委員会はこれを了承した。

全文PDFはこちらpdf

  • 「補足意見」、「意見」、「少数意見」について
  • 放送人権委員会の「委員会決定」における「補足意見」、「意見」、「少数意見」は、いずれも委員個人の名前で書かれるものであって、委員会としての判断を示すものではない。その違いは下のとおりとなっている。

    補足意見:
    多数意見と結論が同じで、多数意見の理由付けを補足する観点から書かれたもの
    意見 :
    多数意見と結論を同じくするものの、理由付けが異なるもの
    少数意見:
    多数意見とは結論が異なるもの

2017年2月10日

「STAP細胞報道に対する申立て」事案の通知・公表

[通知]
通知は、被申立人に対しては2月10日午後1時からBPO会議室で行われ、委員会からは坂井眞委員長と起草を担当した曽我部真裕委員、城戸真亜子委員、中島徹委員に加え、少数意見を書いた奥武則委員長代行、市川正司委員長代行の6人が出席した。被申立人のNHKからは報道局長ら4人が出席した。申立人へはBPO専務理事ら2人が東京都内の申立人指定の場所に出向いて、申立人本人と代理人弁護士に対して、被申立人への通知と同時刻に通知した。
被申立人への通知では、まず坂井委員長が委員会決定のポイントを説明、名誉毀損の人権侵害が認められることと取材方法に放送倫理上の問題ありとの結論を告げた。その上で、「委員会としてはNHKに対し本決定を真摯に受け止めた上で、本決定の主旨を放送するとともに、過熱した報道がなされている事例における取材・報道のあり方について局内で検討し、再発防止に努めるよう勧告する」との委員会決定の内容を伝えた。
この決定に対してNHKは通知後、「BPOの決定を真摯に受け止めますが、番組は、関係者への取材を尽くし、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したもので、人権を侵害したものではないと考えます。今後、決定内容を精査したうえで、BPOにもNHKの見解を伝え、意見交換をしていきます」等とのコメントを公表した。
一方、申立人は通知後、代理人弁護士が報道対応し、申立人本人のコメントとして、「NHKスペシャルから私が受けた名誉毀損の人権侵害や放送倫理上の問題点などを正当に認定していただいたことをBPOに感謝しております。NHKから人権侵害にあたる番組を放送され、このような申し立てが必要となったことは非常に残念なことでした。本NHKスペシャルの放送が私の人生に及ぼした影響は一生消えるものではありません」との内容を公表した。

[公表]
同日午後2時から千代田放送会館2階ホールで記者会見を行い、委員会決定を公表した。28社51人が取材、テレビカメラはNHKと在京民放5局の代表カメラの2台が入った。
出席委員は坂井眞委員長、曽我部真裕委員、城戸真亜子委員、中島徹委員、奥武則委員長代行、市川正司委員長代行の6人。
会見ではまず、坂井委員長が委員会決定の判断部分を中心にポイントを説明し「本件放送は、STAP細胞の正体はES細胞である可能性が高いこと、また、そのES細胞は、若山研究室の元留学生が作製し申立人の研究室で使われる冷凍庫に保管されていたものであって、これを申立人が何らかの不正行為により入手し混入してSTAP細胞を作製した疑惑があるとする事実等を摘示するものとなっている。しかし、元留学生が作製したES細胞を申立人が不正行為により入手し混入してSTAP細胞を作製した疑惑があるとの点については真実性・相当性が認められず、名誉毀損の人権侵害が認められる」と、当該番組の問題について説明した。その後、起草を担当した曽我部、城戸、中島の3人の委員が補足の説明を行った。
曽我部委員は「補足として3点あげる。1つ目は、双方の主張は科学的なことにかなり集中していたが、本決定はあくまでこの番組が示した内容が申立人の人権侵害に当たるかどうかなどの観点から判断したことを確認してほしい。2つ目は、調査報道を否定するものではない。本決定は、個別の正確性ももちろん重要だが、それを編集した時に視聴者に与える印象というのも重要だということを示したものだ。3つ目は、この番組は非常に緻密なところと非常に粗いところが奇妙な同居状態にあるという印象を受けた。場面、場面を報道する趣旨が不明確だったのではないか」などと述べた。
城戸委員は「この番組は調査報道、つまり発表に頼らずに自身で検証していくという番組だった。そういう現場が萎縮してしまうようになってはいけないというのが委員共通の認識だった。また、内容自体が大変複雑で専門的な分野に関することだったこともあり、問題の理解や論点の絞り込みなどに丁寧な議論が重ねられたということを報告したい」と審理に臨んだ委員の認識などを説明した。
中島委員は、「調査報道等を萎縮させるべきではないというのはそのとおりだが、調査報道であれば、ゆえなく人を貶めていいかというと、もちろんそういうことにはならない。個人的な意見だが、調査報道というのは第一義的には権力に向かうべきものだと考えている。この番組で言えば、権力は理研なのであって、STAP細胞が理研にとっていかなる意味を持っていたのかを組織と個人という視点から追及するのが本来のあり方ではなかったのかと思う」と述べた。
さらに少数意見を書いた奥委員長代行、市川委員長代行がそれぞれの少数意見が委員会決定とどのように違うのかなどについて説明した。

この後、質疑応答に移った。主な内容は以下のとおりである。

(質問)
編集上の問題があったとされているが、編集が正しくされていれば問題はなかったということか。

(坂井委員長)
番組では、元留学生が作製したES細胞にアクロシンGFPが組み込まれているとは言っていない。しかし、ES細胞という点で若山氏のところに元々あったアクロシンGFPの入ったES細胞と元留学生のES細胞との間につながりが示され、それがなぜ小保方さんの研究室にあったのかという疑問が呈される。若山氏のES細胞と元留学生のES細胞とは時期が違うが、NHKは2年後の保管状況を問題にしていると主張した。しかし、そんなことは番組にはどこにも出てこなくて、STAP細胞の正体はなにかという一つの流れとして出てくる。
そういう事実関係がある時に、例えば「取材で、これは2年後のもので、前の話題の若山研究室のES細胞と同じかどうか分かりませんけれども、でも小保方さんの研究室にこういうES細胞がありました」と言うのであれば、それは事実を事実として言っている訳で、真実性も相当性も出てくるが、番組の中ではそういう区別をしていない。それをちゃんとすれば、というところが、「編集上の…」という話だ。

(質問)
摘示事実c)d)について連続性があるので相当性が認められないということだが、これは編集の問題とは関係ないということか。

(曽我部委員)
摘示事実と言うのはNHKが言いたかったことそのままではなく、視聴者が番組を見てこの番組がどういうことを言っているかを受け止める内容だ。編集の問題がどこに関わるかというと、摘示事実の受け止めに関わる。紛らわしい編集をした結果、この番組はこういうことを言っていると視聴者が受け止めるだろうというのが摘示事実のc)d)だ。
それに対してNHKはc)d)に真実性・相当性があると立証できるかというと、それはそうではない。

(坂井委員長)
端的に言うとES細胞混入の可能性があることは、他の科学論文でも言われている。また、元留学生のES細胞が小保方研究室の冷凍庫から発見されたことは事実だから、それを報道しただけではこういう問題にはならない。しかし、ES細胞混入の話と冷凍庫から見つかった元留学生のES細胞の話を、明示はしていないけれどこの番組のような流れで作ってしまうことで「不正に入手して混入したのではないか」と視聴者が受け止める作りになったのが問題なのだ。

(質問)
(5)と(6)は本来は関係ないことで、それは取材者であるNHKにもわかっていることなのに連続しているような編集をしているということか。

(坂井委員長)
連続しているように見えるし、2年間の時期の違いは知らないはずはない。専門的な知識の話ではなく、事実の話だ。
元留学生のES細胞にアクロシンGFPが入っているかどうかを、NHKが分かっていたかどうかは委員会には分からない。委員会決定は、分かっていたかどうかはともかく、そういう作り方をしてしまったら視聴者にはこう見えるということを指摘している。アクロシンGFPが入っているかどうか分からなければ、分からないと言い、元留学生のES細胞の発見は2年後のものだときちんと言えばこんな問題にはならない。
なお、時期については、この問題に詳しく、2年の時期の差が分かる人が見たとしても、この作りでは意味が分からなくなるので、やっぱり(5)(6)を繋がったものとして見るだろう、と委員会決定には両面から書いてある。

(質問)
確かにあの作りだとアクロシンGFP・ES細胞と冷凍庫にあった元留学生の由来の分からないES細胞がつながることが問題だというところは分かった。では、元留学生のES細胞とアクロシンとの関係を明示して、「ES細胞の混入があったのではないか」「元留学生のES細胞が小保方さんの研究室にあった」と分けて表現するような編集の仕方であれば人権侵害にはならないという理解なのか。

(坂井委員長)
摘示した事実について真実性・相当性が立証できれば名誉毀損は成立しない。
そもそもNHKは別の話だと言っていて、元留学生のES細胞が、なぜ小保方研究室にあったかを、理研の保管状況がいい加減だという趣旨で問うていると主張している。
しかし、番組ではそういう作りになっていない。元留学生のES細胞の樹立当時にSTAP細胞研究をやっており、それが混入したのではないかという文脈ではない。逆にそういう事実があるのであれば、STAP細胞研究当時に元留学生が作ったES細胞があった、それが混入したのではないかという話をする分には、そのような事実を立証できればいいわけだ。
疑惑を提示するなら「疑惑を提示する」と言って、その疑惑を持つにはこういう裏づけ事実があると言えば人権侵害にならない。けれど、この作りで提示された事実については裏づけ事実はない、という構成だ。

(質問)
確認だが、アクロシンGFPが入っているES細胞が若山氏に心当たりがあるというところで話を止めて、一方で若山研にあった元留学生が作ったES細胞が小保方氏の冷凍庫にあったという事実を提示して、なぜここにあったか答えてほしいというナレーションが入るというような作りであれば問題なかったのか。

(坂井委員長)
私どもが言っているのは、ちゃんと区別をする作り方ができたのではないかということだ。区別ができるならば、今、あなたが言ったような作り方もあると思う。
専門知識を持った人は分析的にみられるが、普通の人はSTAP細胞、ES細胞、アクロシンGFPなどは知らないし、そういう人は番組を分析的に見ないから、ここは違うな、とはわからない。だから、そこをちゃんと区別していくということは大事ではないかということだ。

(質問)
つまり元留学生が作ったES細胞があたかもアクロシンGFPが入ったES細胞であったかのように、見た人が誤解してしまうところがいけないのか。

(坂井委員長)
正確に見たら元留学生のES細胞にアクロシンGFPが入っていたのかどうかということを考えなければわからないという理屈はある。しかし、あの番組を普通の人が見る場合、アクロシンGFPの説明の部分で印象に残るのはES細胞混入疑惑なので、その後に元留学生の作製したES細胞というのが出てくると、こっちにはアクロシンGFPが入っていないから関係ないとは思わないのではないか。

(市川委員長代行)
それは、少数意見の私も同じで、STAP細胞がES細胞に由来しているのではないかという疑惑があるという所まで映像が進んで、次に若干の映像は入るが、元留学生のES細胞があったという映像がでると、それはやはりSTAP細胞が元留学生のES細胞に由来すると、当然繋がって理解されるだろう。
もしそういう意図が無いのであれば、そこはきちっと切り分けて、そういう印象を与えるような映像にはすべきではなかった。こうすればよかったという仮定の議論は色々あると思うが、そこの点では基本的には私も同じ意見だ。

(質問)
アクロシンGFP入りのES細胞が、どうもSTAP細胞の正体らしい、それが若山氏のラボにあったというファクトが提示される。一方で、それとは関係のない細胞だったけれども、若山氏のラボにあったはずの元留学生の細胞が、小保方氏の冷凍庫にあったという、この2つのファクトを提示されたら、見る人は小保方氏は不正な方法で細胞を入手する人だと思ってしまうのではないかと思う。そうだとしても、そこはファクトを放送しているのだから、人権侵害にはならないという判断でよろしいのか。

(奥委員長代行)
私の考えは、今あなたがおっしゃったような考えだ。疑惑を追及するには相当性があった。だから名誉毀損とは言えないという話だ。委員会決定は、要するに繋がっているから、このES細胞は元留学生のES細胞だと言っている訳だ。そこまでは、事実摘示されてないというのが、私の考えだ。

(曽我部委員)
今の質問は、今回の番組とは違って別々に提示したとしても、やはり視聴者はそう見るのではないかという趣旨かと思う。
その場合、これはもちろん具体的な作りによるが、別々に提示した上であれば、それぞれ根拠は言える。しかし、今回の番組はそこは言えないという点に違いがある。要するに、元留学生の細胞が小保方研にあったということ自体は事実だ。そこに一定の根拠があるので、疑惑が持たれたとしても、それは正当な指摘だということで、名誉毀損にはならないかもしれない。
今回の番組は、そこについて根拠が提示できなかったので、許されない名誉毀損であると判断された。社会的評価が低下したとしても、根拠があれば許される。今回は根拠が無かったので、許されない名誉毀損であるとされた。

(坂井委員長)
もう一言言わせていただくと、別々に提示してもそうなってしまうのではないかとおっしゃるが、問題は提示の仕方なのだ。今の質問は、「違う話ですよ」とわかった上で、別々と言っているからいいが、テレビの作り方においては、いろいろなテレビ的技法があり、別々に提示した形をとっても一般視聴者には別々に見えないような内容にすることだってできる。これは明らかに別の問題だということをわかるように提示すれば、それはありかもしれない。
それがまさに編集上の問題と言っていることとも繋がると思う。別々に提示すると抽象的に言っても、いろんなやり方がある。そこのところを、理解して頂けたらなと思う。

(質問)
電子メールのやり取りのくだりだが、「科学報道番組としての品位を欠く表現方法」という所が出てくるが、申立人の主張の概要を見ると、「科学番組という目的からすると重要ではない」とある。あえて「科学報道番組としての品位」という表現を入れたのは、一般の報道番組と違うという趣旨か。

(坂井委員長)
メールの内容はほとんど具体的なことは言っていない。それをわざわざ男性と女性のナレーターを使って、何か意味ありげに表現するのは、その番組の目的からしてどうだろうか、ということだ。
世間的に大変話題になった問題を調査していく科学報道番組と、いわゆるバラエティとか情報バラエティの中で作っていくのとでは、自ずからその表現は違うと思う。この番組は、硬派というか、高い公共性を持ってやっていく中で、それほど重要でないメールの内容を、あのやり方で表現するというのはどうかなという、そういう趣旨だと私は考えている。

(質問)
メールの所だが、中身は一応論文作成上の一般的な助言だということで放送倫理上の問題が無いということだが、声優による吹き替えで男女の関係を匂わせるといって、メールの文章を書いた本人がこういう形で訴えている。放送倫理上問題があるとまでは言えないとした根拠は何か。

(坂井委員長)
そこについては、見解の違いとしか言いようがない。これは委員会決定としてはここに書いてある通りだが、私としては、いかがなものかと思っている。この番組のテーマからは、ここが必要だとは、私は個人的には全然思っていない。
ただ、こういう決定となったのは、放送されたメールの内容が一般的な時候の挨拶というレベルの話で、男女関係とは全然関係ないということがある。その前に週刊誌の記事があったということがあって、そう見えてしまう人もいるという話だ。
問題があるとすれば、男性と女性のナレーションの仕方で、個人的にはこの番組でこういうことをやる意味があるのかと思ってはいるが、言葉の内容としては、大した話ではない。そうすると、そのようなやり方でナレーションに女性と男性の声を使ったということだけの問題になってしまう。それについて放送倫理上の問題という話なのかというと、そこまでは言えないということだ。

(質問)
委員長代行という重い職責と見識を持った立場の2人が、結論に異を唱えている。奥代行の指摘されていることと委員長たちの意見とは、根本的に報道の在り方について考え方の違いがある。それは小異ではなくて、今後にも非常に大きな影響があることだと感じた。
代行があくまで意見を全体に賛成されなかったのは、「そこの所については、やはりどうしても違う」ということだと推測する。それでもなお、人権侵害勧告という最も厳しい判断を、それだけ重要な少数意見、異論が出ているのを踏み越えて下された、という委員会の運営の在り方について、委員長はどうお考えか。

(坂井委員長)
全く問題はないと思っている。委員長代行も一委員に過ぎない。委員長も一委員だ。だから、9人の委員で審理を進めていって、全員一致になればいいし、ならなければ多数決で決めると運営規則に書いてある。どの事案もそれに沿って淡々とやっていくだけだ。だから、代行の意見だから重大だということでもないし、また、2人の少数意見が出たということは、べつに珍しいことではない。

(質問)
確認だが、元留学生の作ったES細胞にアクロシンGFPは組み込まれていないとあるが、これは確認されている事実なのか。

(奥委員長代行)
それはわからない。今となってみれば、組み込まれていないということはわかっているが、放送の時点でNHKが取材でどこまで把握していたかということはわからない。NHKにヒアリングした際には、残念ながら、これは聞いていない。聞けばよかったと思っている。

(質問)
ここの部分が無くても、委員会決定を作る上で問題が無かったということなのか。

(坂井委員長)
アクロシンGFPが組み込まれているかいないかをNHKが知っていたかどうかということは、委員会決定としてはそんなに重要ではない。前半部分でアクロシンと言っているけれど、後半部分ではアクロシンということは言っていない。後半部分では若山研にあったES細胞という点で元留学生のES細胞が繋がってくる。番組の中でそうやって繋げてしまっているので、もうそれで、我々が摘示事実と認定した事実は認定できてしまう。逆に言うと、アクロシンGFPがもし入っていないと知っていてこのような放送をしたのならば、なお、この作り方は悪いという話になる訳だ。
NHKのここの部分の主張は、(5)と(6)とは違う話だということで、繋がっていないという主張だ。だから、アクロシンGFPが入っているかどうかということに焦点が行かないで終わった。番組の作りとしては、アクロシンGFPと言っていなくても、そう見えてしまう、摘示事実の認定としてはそれで足りる訳だ。

(質問)
取材手法に放送倫理上問題があったということだが、取材依頼に対して拒否された場合、我々も接触したいと思ってあらゆる出口で待ちかまえたりすることもある。この「執拗に追跡し」というのはケースバイケースだと思うが、どのような場合に、「執拗に追跡し」と認定されるものなのか、もう少し説明していただきたい。

(坂井委員長)
なかなか一般的基準を作るのは難しい。取材対象者の立場とか、時間帯、取材者の人数などの要素がある。我々が書いたのは、少なくとも、NHKが言った通りだとしても、3名の男性記者やカメラマンが二手に分かれて、エスカレーターの乗り口と降り口とから挟み、通路を塞ぐようにして取材を試みた。それを避けるために別な方向に向かった申立人に、記者が話し掛ける、というようなことだ。抗議を受けて、NHKも謝罪している。そこまでについては争いがなくて、そこに限ってみても、それは行き過ぎだろう。
繰り返しになるが、アポイント無しで直接取材を試みることは、許されない訳ではない。許されるケースはたくさんあると思う。けれど、拒否された時にどこまでできるのかということは、ケースバイケースで違ってくると思う。
その人の立場にもよる。公的存在と言っても、首相から始まって、そうではない存在まである。公務員であっても一括りにできない場合もある。

(質問)
NHK側は、「客観的な事実を積み上げたものなので、人権を侵害したものではないと考える」というようなコメントを出したようだ。通知の時にそういう意見表明があったかもしれないが、それについてどのように考えるか。

(坂井委員長)
私はまだそのコメントを聞いていない。正確に聞いた上でなければ考えを出しようがないし、基本的にはNHKの言うことに対しては、「そうですか」と言うしかない。

(質問)
元留学生のES細胞の件だが、これを不正に入手したかどうかの裏付けはもちろん取れていないと思うが、編集上きちんと視聴者にわかるように区分けすれば、その元留学生のES細胞が小保方研の冷凍庫から見つかったというファクトだけを、うまく視聴者にわかるように切り離せば、ファクトとして出すこと自体は問題ないという認識と理解してよいか。
それとも、やはり入手が不正であるという、それなりの裏付けを、なぜそこにあったのかという所まで、踏み込んで取材をしなければならないという認識なのかを確認をしたい。

(坂井委員長)
私の意見だが、1つは元留学生のES細胞があったという話と、不正に入手したという話は別だ。だから、それは分けなければいけない。
そして、おっしゃっている趣旨が、元留学生のES細胞が、小保方研が使っている冷凍庫から見つかったということだけを、ファクトとして、それだけを切り離して言ったらどうかというと、それは事実だ。
ただ、おそらくそういう報道する場合は、反対取材をしなければいけないという理屈も当然あるから、小保方さんに、「どうしてあったんでしょうか?」と、普通は取材をするし、そういう情報が付いて出てくる可能性はある。
仮定の問題として、ファクトだけとおっしゃるのであれば、そういうことは当然あり得ると思うけれども、その場合も、放送の中で他の要素がそれと繋がって出て来た時に、そのファクトだけで止まるのかどうかが問題なのだ。
要するに番組として、そのファクトだけを報道したと言えるのかどうか、言い換えると、ある一定の報道の中で、そのファクトが出た時に、それがどういう意味を持つのかということは、やはり十分考えなくてはいけないだろうと思う。

(曽我部委員)
視聴者に別問題とわかるように提示したとしても、順番としては続いているので、単に元留学生の細胞が小保方研から見つかりました、ということだけを示したとしても、疑惑を強めるような受け止めになるのではないかと思う。
その時に、結局、小保方さんもそれなりの経緯を主張されている訳で、そちらに触れずにやると、やはり根拠のない疑惑の提示ということになる可能性もあるのではないかと思う。その場面を出す趣旨と、出し方に依存するのではないか。

(質問)
最終的に後になってファクトとしてわかったものとしては、小保方研の冷凍庫に実際にいっぱいあった由来のわからないES細胞の1つが、まさにSTAPの正体だったということが、第二次調査委員会で言われた訳だ。そうだとすると、あのタイミングではわからなかったかもしれないが、後からやっぱり事実だったと言えることになる。そういう場合は、どのような見解になるのか。

(坂井委員長)
今の話で抜けているのは、「不正に入手した」というような点を抜きにして、「正体は何だったのか」という議論をしているところだ。番組の話とはちょっと違う所があると思う。
番組が名誉毀損と言われた要素の重要な部分はd)の所だ。今の話は、正体が何だったかという所で、ちょっと話が違う話になっているような気はする。
名誉毀損にならない事実摘示であれば、当然、いい訳だが、名誉毀損となる場合でも、公共性・公益目的が認められて、真実性が立証できるのであればいい。真実性が立証されるとまではいかなくても、これを信じたのは理由があるとして相当性ありということになれば名誉毀損は認められない。
今回の場合、問題なのは摘示した事実の裏付けとなるものが、示されていないというのが大きい。

(市川代行)
おっしゃる通り、小保方研の冷凍庫に他にもES細胞があって、その中の1つが、第二次調査報告書ではSTAPの由来とされていたES細胞と一致したという事実は、確かにあった。ただ、そのES細胞と元留学生のES細胞は違う訳であって、いかに、その冷凍庫の中にそれがあったからといっても、その元留学生の細胞だけ取り出して来て、「これがSTAPなのではないか」という所までいった所が、やっぱり、私は踏み込み過ぎではないかと思うし、おそらく多数意見も同じなのではないか。少なくとも、この元留学生のES細胞について、STAPとの関連性というのは証明できていない。やはり、そこは相当性なし、と言わざるを得ないのかと思う。

以上

2017年1月31日

中国・四国地区意見交換会

放送人権委員会は1月31日、中国・四国地区の加盟社との意見交換会を広島で開催した。中国・四国地区加盟社との意見交換会は2011年以来3回目で、21社から60人が出席した。委員会側からは坂井眞委員長ら委員8人(1人欠席)とBPOの濱田純一理事長が出席し、「実名報道原則の再構築に向けて」と題した曽我部委員の基調報告と最近の4件の委員会決定の説明をもとに3時間50分にわたって意見を交わした。
概要は以下のとおりである。

◆ あいさつ BPO濱田純一理事長

このBPOという組織は、放送の自由を守る、そしてまた放送の自由というものが社会にしっかりと受け止められていく、そういう流れを作っていこうということで、日々、努力している組織でございます。どうしても人権問題とか、そのほか番組上のいろいろな課題が出てきますと、そこに政治、行政、あるいは司法というものが関与してくるリスクというものがありますけれども、私たちが考えていますのは、そういった問題、つまり市民社会の中で起きる問題というのは、基本的に自分たちの手で解決をしていこうと、そのようにすることによって、社会そのものも成熟していくはずだし、ただ放送事業者だけが自由を主張するのではなくて、社会にとって放送の自由が必要なものだと、ほんとうの意味で受け入れられていくようになると、そういうことを理想として目指しております。
BPOでは各委員会が決定など、さまざまな判断を出します。私たちが期待しておりますのは、その決定、判断、そういうものが出たという、それだけで終わるのではなくて、そこで出た内容というものをしっかりと消化していただく。場合によっては、委員会の判断に疑問あるいは別の考え方が皆さま方の中にあるかもしれませんが、そういうときには、こういう意見交換会のような場であるとか、あるいはBPOから講師を派遣して皆さまに説明をするという、そういうことも柔軟にやっておりますので、そうした機会を利用して一緒になって放送の自由というものを作り上げていこうと、そういうふうに考えております。
そうした意味で、きょうの会合というのは、ただBPOの委員会が判断したことを皆さまにお伝えするだけではなくて、一緒になって放送の自由というものを作っていく、そういうまたとない機会だと思っております。ぜひ皆さま方も積極的にご発言いただき、そして中身が充実しますよう、ご協力いただければと思っております。

◆ 基調報告 「実名報道原則の再構築に向けて」 曽我部真裕委員

直近で相模原殺傷事件というのがございまして、あのとき被害者の氏名が発表されず、改めて匿名、実名という問題がクローズアップされたところであります。少し前ですけれど、2013年にはアルジェリアで日本企業の社員が人質になって殺害されたという事件がありましたが、あのときも日本政府は被害者の氏名を発表しなかったというところで問題になりました。
それから、昨年、実名報道の可否が中心的に争点になった訴訟があり、最高裁まで行ったものがございます。報道界がかねて主張してきた実名報道の意義が裁判所によって認められ、実名報道は名誉毀損であるという原告の訴えは退けられました。ただし、同時に「犯罪報道については被疑者の名誉の保護の観点を重視すれば、被疑者を特定しない形で報道されることが望ましい」と述べていて、報道界の主張の正当性を積極的に認めたとも言いきれない、実名報道原則については引き続き議論を深めることが求められると、レジュメに書かせていただいています。
報道機関の考え方
皆さま方はよくご存じだと思いますが、議論の出発点として確認させていただきたいと思います。
ポイントは3つあると思うのですが、まず大前提として、発表段階で匿名にするか実名にするかという話と、報道段階で匿名にするか実名にするかという話は区別するということです。その続きで、発表段階、主に警察が多いと思いますけれども、警察は実名で発表すべきであると報道界は言っていて、新聞協会も放送局も発表段階では実名発表すべきだという主張をされています。その上で、報道段階で実名にするかどうか匿名にするかは報道機関が独自に判断をする、発表する側は余計なことを考えずに実名で常に発表すべきであると、そういう考え方を取っておられる。
実名報道が原則という理由として主に3つ挙げられています。実名は5W1Hの中でも事実の核心であるということ、それから、実名発表がないと、直接その人に取材に行く手がかりがない、それから、実名があれば間違いの発見が容易になり真実性の担保となる。これは、2005年の「犯罪被害者等基本計画」に関するBRC声明でも触れられているところです。例外的に匿名報道をすべき場合もあるが、その判断は発表する側ではなくて報道機関がする、その責任も報道機関が負うと報道機関は主張されているわけですが、実際どうかと申しますと、こういう考え方は必ずしも発表側、とりわけ警察に受け入れられているわけではない、警察の匿名発表が問題だというご意見をあちこちで聞くわけです。
報道機関は、匿名発表が横行する理由として大きく2つの理由を挙げておられます。個人情報保護意識の高まりという社会的な状況ということが1点、これはインターネット時代になって、いつ名前をさらされ、いろいろな攻撃を受けたりするかわからないということで、なるべく名前を出さないというような意識が定着しているということです。それから、法令等による制度的な要因もあるんじゃないかと、よく言われるのは個人情報保護法ですね。個人情報保護法が10数年前に施行されてすぐに、例の尼崎のJR西日本の脱線事故が起き、なかなか被害者の名前が提供されなかったわけです。過剰反応問題とかいろいろあって、個人情報保護法があることによって取材を受ける側が個人情報を出してくれなくなったということです。それから、これはもう少し文脈が限定されたことですけれども、犯罪被害者基本法というのがあり、被害者の保護がここ10何年か重視されるようになって、被害者の名前がなかなか発表されないようになってきている、こういったものが法令に基づくような実態であるということです。
報道機関の側は、個人情報保護法を改正して報道に対する配慮をより明示的に盛り込むように主張されていますが、なかなか認められないわけです。個人情報保護法は2015年に比較的大きく改正され、ことしの5月に全面施行されることになっていますけれども、結局、報道機関の意見はこの改正でも認められなかったということになります。
警察にしてみれば、実名で発表するか、匿名で発表するかは裁量であるというのが制度の理解として正しいだろうと思うんです。そういう中で、匿名発表を選ぶというのは、それだけ何らかの理由があるだろうと、冒頭申し上げた報道機関による実名発表原則の主張が、必ずしも受け入れられていないのだろうと個人的に思うところです。
実名報道原則をめぐって
匿名、実名の判断の責任は報道機関が負う、だから、発表側は余計なことを考えずに実名で常に発表すべきであると申し上げましたが、この命題が、実はなかなか難しいんじゃないかということをまず申し上げたいと思います。実名にするにしても匿名にするにしても、その責任は各社が負うというのがこの命題の前提にあるだろうと思います。つまり、個々の社の責任範囲が特定できる、確定できるということが前提になっていると思いますが、実名で報道される側は、これは個々の社がどうだというのではなくて、メディア全体としての責任を考えるというふうに思うのが通常だろうと思うわけです。そうすると、責任主体についてギャップがある、メディア総体について考えた場合に、個々の社の責任範囲が確定できるかということになるのでありまして、そういう意味で、この命題というのはなかなか理解されにくいように思われます。
実名報道は事実の重みを伝える訴求力があると、実名報道原則を主張されているわけですけれども、この点は確かにそのとおりだろうと思います。しかし、実名か匿名かが問題になるときは、例えば大きな報道被害があったり、そういうシビアな局面を考えているので、そういうときに実名報道が原則だからという一般論で押し切れるかというと、なかなか難しいだろうと思うわけです。
それから、実名報道によって権力者を追及するという命題、報道機関の側からよく言われるわけですが、これは確かにそのとおりで、例えば政治家の不祥事とか公務員の職務犯罪については実名報道がなされなければならないと思います。ただし、権力者を追及するという理由で実名報道ができるのはその範囲でありまして、例えば被害者とか公務員でない人については、実名報道がこの理由では正当化できないと考えざるをえないわけです。
レジュメでは「一貫性に疑問も」と書いていますが、例えば、暴力的な取り調べを行った結果、冤罪につながったとして国家賠償訴訟が起こされたり、捜査段階で無理な取り調べが行われ、一旦有罪になったけれども最終的には無罪になって取り調べが違法だったと訴訟が起こされたりするケースが時折あります。その時にどんな取り調べをしたのかということで、当該警察官を証人尋問で法廷に呼んでくるわけですけれども、その警察官の名前を出さなかったりする例があるんじゃないかという批判があったりもします。実名にして何の差支えもないと思うんですけれども、実名報道によって権力者を追及するということとの一貫性はどうなのかとかいう批判もあるところです。
被害者報道について実名を主張する場合に、「被害者だって伝えたいことがあるはずである」という指摘が報道側からなされることがあります。これは、結局人によるということですね。匿名を望む被害者がいることも事実ですし、時の経過も被害者の心情に影響するということだと思います。最近、被害者学という学問が発達してきていると言われております。私は全く素人ですけれども、ちょっと論文を引用してご紹介しますと「被害者遺族は死別直後の〈孤立〉感の中で、〈取材攻勢〉を受け、〈記者集団への恐怖〉など様々な傷つきを負った。さらに、〈世間の冷たさ〉が追い討ちをかけた。一度は〈取材拒否〉になるが、〈他の遺族を支えに〉裁判を経験したりする中で自身の体験を世に〈伝えたい〉、理解して欲しいと考えるようになった。これが認知の転換である」と、被害者の認知の転換というのが起こり得ると、言われたりすることもあるんです。そうはいっても、被害者の思いというのは多様で複雑で、被害者は自らの意思で事件や事故に関わりを持ったわけではないということを踏まえれば、実名報道を認めるか否か、どういう形で取材に応じるかについては、その意向が尊重されてしかるべきだということが求められるのではないかと思うところです。
一層の説明努力と社会へ広く発信を
以上のようなお話を踏まえ考えますと、以下のようなことが今後求められるのではないかということです。
まず1つ目は、実名報道の論拠に即したルールの確立というところで、あらゆる場合に実名報道が原則だということを言うためには、そのための論拠が必要だと思うわけです。もう少し、実名報道の論拠というものを考え直してみることも求められるのではないかということです。
2番目として、関連しますけれども、もちろん実名報道すべき場合も多いと思うわけですけれども、その一方で、やはり、いわゆる報道被害というものは確実に生じているわけです。その被害の実情を直視したルールの確立ということも求められるのではないかということです。
3番目、開かれたルール作りとありますけれども、これは率直に言って、実名報道に関するルールというのは報道機関が自分たちで作って、それを世間一般に「理解しろ」と言っているところがあると思うわけです。被害者側、報道被害者側とすると、必ずしも自分たちの思いとか、状況を汲み取ったものではないかもしれない。関係するアクターに開かれたルール作りが求められるのではないかと思うわけです。
それから4番目、実効性確保の必要性ということで、メディアスクラムについてはかなりルールが整備されてくるようになったと聞いていますが、例えばテレビ局の報道部門はちゃんと守っていても、バラエティーとか情報番組を作っているところは守らないというようなところもあって徹底していない。報道でない部署とか週刊誌まで含めると、必ずしもメディアスクラムの防止の努力が取材対象者側に伝わっていないところもあるように思いますので、その辺りも含めてより一層の努力が求められるのではないかということです。
それから最後に、こういう取り組みをしていますということを、社会に向けて広く発信し、説明し、理解を得ることによって、最初に戻りますけれども、警察の裁量で匿名発表にしているところが、もう少し実名発表の方向に振れて行くような流れになるのではないかと考えている次第です。

◆ 基調報告の補足説明 坂井眞委員長

私が弁護士になったのが、31年ほど前ですけれども、その頃に共同通信の記者だった浅野健一さん、後に同志社の教授になった方が『犯罪報道の犯罪』という本を出されました。当時の犯罪報道は全部実名で、逮捕、起訴されただけでほとんど有罪みたいな報道がなされていて、「それは人権侵害じゃないか」という書かれ方でした。我々はそれを報道被害だと言って、当時のメディアの方から「報道による被害とは何事だ」と言って怒られたりしていたのが、今や報道被害という言葉は市民権を得てしまいました。
最近、若い弁護士と話をしますと、「実名で報道する意味なんかあるの?」と言う人がいるわけです。人権感覚もありメディアの報道の価値も認める方がそういうことを言う。かつて「匿名にしろ」と言っていた私は「え、何言っているんだ」と。逆の立場になって、報道は実名でやることに価値があるんだ、事実を伝えることはまず実名ではないかと話しているという、ちょっと怖い状況があるということです。
そういうことを含めて、曽我部委員は論文の最後のところで「匿名発表の傾向を押しとどめるためには、遠回りのようにも見えるが、実名報道主義の再構築による信頼確保が鍵となるのではないか」とまとめておられるわけです。
出家詐欺報道。結局、これも匿名化はしました。しかし、顔も映さず、服も替え匿名化したから逆に取材が甘くなって、捏造とは言っていませんが、明確な虚偽を含む報道をしてしまった。それが、安易な匿名化がもたらす問題性ということだろうと思います。
再現ドラマについて。情報番組やバラエティー番組で、現実にある複雑な社会問題を視聴者に分かりやすく効果的に伝える手法として再現ドラマをやる、これはいいでしょうと。けれども、再現ドラマと言いつつ、現実と虚構をないまぜにしてしまう、そこで、どこまで真実を担保するのか、そういう視点が不十分じゃないか。実在する人を使って再現ドラマと言いながら、「ちょっと面白いから」とバラエティー感覚で事実と違うことを入れちゃう、そうすると、実在する人について事実と違うことをやったと受け取られたりするわけです、匿名化が不十分だったりすると。「再現ドラマだから、こんなもんでいいだろう」という甘さがあるということですね。番組として事実を取り上げて、意見や方向性を示すことは当たり前ですから、当然認められます。だけど、その前提として、取り上げる事実に対しては謙虚な姿勢が必要なんじゃないでしょうか。ストレートニュースの場合はあまり考えないと思いますが、再現ドラマだと面白くしようみたいな誘惑があるんじゃないか。取り上げられた事実の中には生身の人間がいるわけですから、きっちり匿名化して傷つけないようにしなくちゃいけないと思うのです。
私も関わった事件ですけれども、柳美里さんという方が『石に泳ぐ魚』という小説を書いて事件になって、名誉毀損、プライバシー侵害が最高裁でも認められました。これはモデル小説なんですね。名前も変えていて普通の人はどこの誰だか分からない、それでも名誉毀損やプライバシー侵害が起きますよという判決が確定しています。古くは、もうちょっと誰だかわかる小説で、三島由紀夫さんの『宴のあと』、これもやっぱりモデル小説でも名誉毀損が起きると言っているわけです。
再現ドラマはもっと現実に近い扱い方をすることが多いので、小説の世界でこれだけ確定していることについて、放送メディアは十分に理解していないんじゃないかということを法律家としては考えます。

◆ メイドカフェ火災で死亡した3人の実名報道をめぐる意見交換

基調報告を受けて、広島市内のメイドカフェの火災(2015年10月)で死亡した3人について実名で報道するかどうか報道各社の対応が分かれた事例を取り上げ、各局の報告をもとに意見を交わした。
【A局】 3人とも実名報道
まず警察から報道機関への発表の段階で、実名発表にするかどうかでやり取りがあり、1人目の男性客を警察は実名で発表しました。その後、残りの2人については、遺族から「発表しないでほしい」という強い意向が警察に伝えられたということもあって、警察からは匿名で発表しようという方針が示されました。これに対して記者クラブは、1人目を実名で発表していることとの整合性がとれないことや、匿名で報道するかどうかは報道機関に責任を負わせてほしいという意向を伝え、結局、警察が実名発表に切り替えたということがありました。
その上で、報道機関として実名で報道するかどうかというところですが、ここは各社対応が分かれました。まず、このメイドカフェというのが風俗店なのかどうかが、1つのポイントになりました。わが社としては、警察や元従業員、お客さんなどに取材して風俗店ではないと判断しました。死亡した1人目の男性客を実名で報道していたので、2人目、3人目を匿名にすると整合性がとれないところがあったので、この2点を踏まえて3人とも実名で報道しました。メイドカフェは2階部分に個室があって、マッサージをしていたというような話もあったりして、風俗店かどうか非常にグレーな部分があったので、対応が分かれたのではないかと考えています。
【B局】 実名原則に則って報道
基本的にA局と一緒です。記者クラブと警察当局とのやり取りがあったと聞いておりまして、実名原則ということに則ってやる。ただし、名前を繰り返し連呼しないとか、「これが配慮か」と言われたらどうかわかりませんけれども、そういったことに気をつけて出稿したと聞いております。
メイドカフェと1回書かないと、なかなか店舗の実態が分からない、雑居ビルの中にある、そういう店だということをメインに原稿を書きました。記者からは、どこの報道と言うわけではないんですが、いかがわしい店では全くないのにメイドカフェの客と従業員という理由で匿名で報道されたら、ちょっと納得いかないという現場の声もあったという、そういったいろいろなことを加味しながら判断したという状況です。
【C局】 2人目の死者からは匿名報道
最初の1人は実名報道をしました。まだどういった店だかわからない、全体の被害の程度がわからない部分があって、警察が発表したということもあり、とりあえず実名が原則だろうと報道しました。
その後、どんな店かということが次第に明らかになってきて、個室があって非常に逃げにくい状況があったと。どこまでがいかがわしいのかわかりませんが、風俗店に近いようなサービスが行われていたのではないかという話があった段階で、デスクと記者といろいろ話をして、ひょっとすると被害者の方はこういうところで亡くなったということを報道されたくないのではないかと推測しました。それで、総合的に判断して、最初の方は実名で報道しましたが、途中からは匿名に切り替え、2人目の男性客と従業員の方は匿名にして年齢と性別だけ報道しました。
【D局】 2人目の死者からは実名をスーパー処理
実名報道の原則というのが1番ですが、逆に名前を出さないことによって、いかがわしい店であるような誤解を与える恐れがあるというようなことも考え、実名報道をしております。
ただし、やはり風俗店のように誤った印象を与える可能性もあるということもあり、2人目の死者の客の方はコメントでは触れずに、スーパー処理で名前と年齢を出していると、3人目の従業員も身元判明ということで1度だけ触れるという形で出しております。顔写真も手に入れておりましたが、出しておりません。1人目の方は、翌日に警察の発表があったということで、その日のニュースでは実名報道し、2人目、3人目については身元判明という観点から1度だけそういう形で出しました。
(曽我部真裕委員)
局によって対応が分かれたということで、大変難しい事案だったのだろうと思います。後付けで、どちらが適当であったということは全く申し上げられないのですが、結局、被害者の方の名前、新聞では住所まで出ていますけれども、それがニュースになるのか、どの程度のニュースなのかということですね。例えば、匿名にすることによって、その周辺のディテールは当然ぼやかして報道せざるを得ないわけですけれども、本件で匿名にすることによってそういう影響があったのかどうか、そういった点も考慮要素になるのかなというふうにも思います。
それから、先程申し上げたお話との関連では、記者クラブが警察に実名発表を求めて、それが実現したというのは非常に適切な対応だったのではないかなと思います。
(坂井眞委員長)
このメイドカフェ火災というニュースを報道する価値は当然にあると。初動の段階で、被害者がこういう方だと書くことで、何か権利侵害を引き起こす恐れはあまりない、一般的にない。
その後、実はこれはメイドカフェで、いかがわしかったかもしれないということが判明した段階で変えるというのは、私はありだと思う。2階が個別の部屋になっていて火災になった時に逃げづらいとかいう話があるんだったら、「そういう営業形態は問題があるんじゃないか」というニュース価値もあるわけだし、そういう場合に、誰が死んだのか実名を報道することに意味があるのかと考えると、そこでバランスを変えて匿名にしてもいいんじゃないのかという気がしています。
(曽我部真裕委員)
そもそも火災の被害者を実名で報じることの意味を考えてみる必要があるのかなというふうに思う。被害者の無念の思いを掘り下げて、別途取り上げたりするのであれば、誰が亡くなったのかは非常に重要だと思うんですけれど、単に亡くなったというだけのために名前を出すことに、いかなる意味があるのかというあたりから、問題を考えていくのが良いのかなというふうに思うんです。
重要な事件は報じることに公共性があると思うんですけれども、被害者は、そこに自発的にかかわった方々ではないですね。被害者については極端に言うと、実名報道が原則かどうかも更地から考える余地もあるのかなという気はするんです。加害者とか被疑者、被告人は自分で事件を起こしたわけですので、当然実名報道が原則で、非常に微罪であるとか、そういう例外的な場合は匿名だと思うんですけれども、被害者については、それでも実名ということであれば、明確に説明できる論拠を掘り下げる必要があるんじゃないかと、個人的な意見ではありますけれども、思っております。
(坂井眞委員長)
日弁連が、アメリカ、カナダへメディアの調査に行った時に、ニューヨークタイムズへ行ったんですね。9.11の2,3年後で、4千人ぐらい亡くなったんですかね。ニューヨークタイムズはその名前を全部調べて報道したということがあって、その時、日本ではすでに個人情報保護法が肥大化して情報が出てこない、警察が出さないみたいなことがあったので、情報公開を使わないのかと聞いたら、そんなものを使っていたら時間が経ってしょうがないから、自分で調べるんだと言って報道したわけです。火災の被害者の名前を出すことの意味は、具体的にはすぐには説明出来ないけれども、9.11の時に4千人死にましたというニュースと、これだけの実名の人が死にましたというニュースの価値は同じなのかというと、やっぱり出す意味はあるんじゃないのかと。
全部実名にしろとは言っていないので誤解はしてほしくないが、そこをメディアの側から言ってもらわないと、なかなか今の流れが止まらなくて、ほんとに情報が流れなくなったらどういう社会になるのかというと、わたしは非常に気持悪いので、若い弁護士にそれは違うんじゃないのと言っているわけです。
(奥武則委員長代行)
新聞協会の2006年版の『実名と報道』は、わたしも大学の授業の資料に使ったりしたんですけれど、これは基本的に加害者の話ですね。実名報道を批判する浅野健一さんの本(『犯罪報道の犯罪』ほか)も、容疑者の名前を逮捕された段階で実名で出すことによって犯人扱いされてしまう、そういう話だったんです。それが、個人情報保護法とかいろいろあって、被害者の側はどうするのか、新聞協会もこの原則(2006年版『実名と報道』)を作った時には、おそらく、その点をしっかり考えていなかったんですね。確かに曽我部先生が「実名報道原則の再構築」とおっしゃるように、違う原則を考えていかなきゃいけないだろうということがありますね。
わたしのちょっと古びた報道記者的な感覚から言うと、今回の火災は、やっぱり匿名にしたほうが良かったんじゃないかと思います。新宿の歌舞伎町で、メイドカフェではなかったですが、同じような感じのところで何人か死んだ火事があって、あの時も随分問題になりましたが、基本的に新聞は匿名だったんじゃないかと思いますね。
(紙谷雅子委員)
広島では、おそらく新聞にお悔やみ欄というのが存在していて、亡くなった方の名前は公表される。東京ではそういうことは全くない。そういうコンテクストを考えると、広島のテレビで実名でこういうことが出て来ても、あまり不思議ではないのかなという気がします。つまり、火災で人が亡くなったという情報とあそこのおじさんが亡くなったというのが、クロスして出て来るだろうと思うわけです。新宿歌舞伎町の場合はちょっと難しい。全国一律ルールみたいなものは、なかなか成り立たないのではないかとちょっと感じます。
それとはまったく別に、なぜ匿名にしたのか、実名にしたのかについて、報道した側が自分の中できっちり説明が出来る論拠があるということが一番大切ではないか。みんながやっているから、お隣がそうしているからではなくて、自分たちで判断したということが、新しくルールを作っていく土台になると思います。
(発言)
わたしも、最初の第一報で名前を出し、整合性をとるために次の人の名前も出すということに、あまりこだわらなくても良かったんじゃないかという気がしています。店の状況が分かったところで、途中から匿名に変えたという局もありましたけれども、そのように柔軟に、もしかしたら遺族がどう思うかなとか想像して変えていくというようなことがあっても良いのかなというふうにも思いました。
坂井委員長がおっしゃった、例えば9.11とか3.11のように、親戚あるいは学生時代の友達がいるけど大丈夫かしらというような大災害や大きな事件に関しては、名前を出してもらえるとありがたいと逆に感じるものだと思います。
(発言)
ローカル放送をやっている立場でいうと、人の名前がすごい意味を持つと思うんです。いわゆる全国ニュースとローカル、全国紙と地方紙と区別するわけじゃないですが、わたしどもが話せる話といえばローカルニュースだと。そこでは、まず名前を出す、この人が亡くなったんだという情報はやっぱり伝わりやすい。これは両方の意味があって、名前を出すことで、もしかしてあの人じゃないだろうかという反応もあれば、逆になぜ名前を出すんだというような声は、おそらく中央のメディアよりも、はるかにびんびん伝わって来ます。
風俗店がどうかという議論もありますが、ローカルの立場では名前にこだわる、より視聴者に近いということを、ぜひ感じていただければと思います。
(坂井眞委員長)
事実を事実として伝えるなかで、実名は意味があると思っています。だけれど、実名の5W1Hなしで何が事実報道だという話だけでは、社会の納得は得られないところまで来ていると思うんですね。事実報道の価値をいうだけでは、メディアの受け手から「ほんとにそれ必要なの?」と言われてしまっているので、いやいや、だからこういう意味で、こういう時は必要だというところまで言わないと、どんどん匿名化の流れは進んでいってしまう。原則論だけでは、もう匿名化の波は押しとどめられない。メディア側が実名を出すべき時と出すべきではない時をちゃんと自分で判断をして、説明出来るようにしていかないといけないというのが、私の考えです。

◆ 第57号 出家詐欺報道に対する申立て [勧告:放送倫理上重大な問題あり]

(坂井眞委員長)
申立人の主張は、自分はブローカーではない、ブローカー役をやってくれと言われただけだということですね。ところが、自分がブローカーであるかのように知人に伝わってしまったので、人権侵害だと。NHKは、匿名化が万全だから視聴者は分からないと言っています。
人権侵害について
まず、この映像を見て、申立人がどこの誰だかわかりますかという話です。申立人の主張を整理すると、役を演じただけですと。左手をこう動かしたりとか、ちょっと小太りな体形から、自分が誰だか分かってしまう、言い方の関西弁も特徴があって分かると、そういうことでした。分かっちゃったとしたら、ブローカーという裏付けはないわけですから、人権侵害と言う話が出てくるわけです。
しかし、撮影当日は服を着替えています。腕時計も外しています。ご覧になったように、どのシーンでも顔は見えていません。NHKの持ってきたセーターに着替えて映っていますが、体形も多少映るけれども、それ以上でもない。特定出来ませんというのが、委員会の判断です。
これとの関係で、申立人が人権侵害があったと気づいたのは随分後なんです。放送は『かんさい熱視線』が2014年4月25日、『クローズアップ現代』は5月14日。人気番組で評価の高い番組だから、見ていた人は相当いたでしょうと。ところが、それから半年以上経って、東京のほうにいた甥がNHKのホームページで見たと。ところが、この番組はそう簡単には分からないんですね。3千以上の番組があって、探して偶然行き当たるとも考えられない。また、申立人は大阪の有名な繁華街のラウンジやクラブで店長を務めていた方で、4、5回会った人は分かるという。ならば、そういう人は相当いたんじゃないのと。ところが、ヒアリングをしたら、放送から半年以上の間、誰もそんなこと言いませんでしたというようなことから、やっぱり特定出来ないということになりました。
放送倫理上の問題
人権侵害はない、だけれど分からなかったら、その人のことはどう報道しても、虚偽を報道してもいいのかというと、そんなことはない。自分のことを全然違ったように言われたら、取材された人は怒るわけで、それは放送倫理上の問題が当然起きます。放送がある人物に関してなんらかの情報を伝える時に、そこにおける事実の正確性は匿名か実名かにかかわらず、放送倫理上求められる重要な規範の1つなんだと。
申立人は、最初は放送に出るとも思っていなかった、その後は資料映像だと思っていたとも言っていましたが、どうも納得がいかない。出家詐欺ブローカーを演じたのかどうか、そこはよく分からないところでした。NHKは、インタビューの内容からしても出家詐欺ブローカーと信じたと主張されるんだけれども、もともと出家詐欺ブローカーだと信じていたから取材が始まっているわけで、インタビューをして分かりましたというのは論理的にちょっとおかしい、説得性がないということです。
結局、取材のスタート地点で、どうしてAさん、申立人を出家詐欺ブローカーだと信じたんでしょうかということに尽きるわけです。そうすると、事実に対する甘さ、追求の甘さがはっきり出てくる。Bさんという方は前々から記者の取材先、情報をくれる人だったわけです。そのBさんからは聞いていたけれども、Aさんには撮影当日に30分の打ち合わせをするまで一度も会ってない、裏取りをしてない。Bさんがそう言ったからというだけで、Aさんに対する必要な裏付けを欠いたまま出家詐欺ブローカーだと断定している。
それだけでも大いに問題ですけれども、最初に出た映像、実は事務所でもなんでもない。多額の負債を負った人でもなんでもない。ところが、そういう人を追っかけて取材している。実はその人は取材先のBさんなのに。結局、真実性を裏付ける必要があるのにやらないまま取材に行って、さらに事実と違うことまでやってしまいましたと。
ということで、出家詐欺ブローカーと断定的に放送し、さらに事実と違う明確な虚偽を含むナレーションで申立人と異なる虚構を伝えていることに問題があった。放送倫理基本綱領に書いてある「報道は、事実を客観的かつ正確、公平に伝え、真実に迫るために最善の努力を傾けなければならない」というところに反していますね。テレビにおける安易な匿名化がもたらす問題をはらんでいるのではないでしょうかと。そこをちゃんと詰めていかないと、こういう問題また起きますよ、注意しましょうと、そういう事案でした。
(質問)
取材をしているものとしては、ここまで仕立て上げるということは普通は考えられない。なぜこういう経緯をたどって、こういう放送に至ったのか、担当記者には聞いたのですか?
(奥武則委員長代行)
担当した記者には、ヒアリングをかなりしつこくしました。今おっしゃったように、こんなことまで仕立ててやっちゃったというのがわたしの感想で、NHKの番組で、こういうことがあったというのは、いささか愕然としたんですけれど。
要するに分かりやすい言葉で言うと、あそこに出てくる多重債務者は記者のネタ元なんですね。今までいろいろネタをもらっていて、ある時、記者が出家詐欺の番組を作ろうと思うんだけれど、あんた良い話知らないのと言ったら、いや、わたしいろいろあって出家詐欺やろうかと思っている、知っている奴がいるから連れてくるよって、その話に全部乗っかってやっているんです。普通の記者の倫理の感覚でいえば、ありえないんだけれど、やっちゃった、そういう話ですね。
(二関辰郎委員)
事前のアンケートで、「よく知る人物であれば特定できる」という申立人の主張に関して「よく知る」とはどの範囲なのか、広く一般の視聴者が特定出来なければいいのか、それとも、家族、友人だと特定出来るような場合も問題があるのかというご質問がありましたので、ちょっとコメントします。
BPOでは、一般視聴者が特定出来なければ良いという立場ではなくて、その人物をもともと知っている人が特定出来る場合は問題になりうるという立場を取っています。この出家詐欺の事案では、人権侵害との絡みでは申立人をよく知っている人にとっても特定出来ないと判断しています。名誉毀損というのは社会的評価の低下があるかどうか、いわばよその人たちにとっての評価の問題だから、他人が見て分からなければ、ごく親しい人も含めて分からなければ、評価の低下はないことになり人権侵害はないこととなる。
本件では、そうはいっても取材された本人は分かるんじゃないかという、ある意味厳しいところで放送倫理上問題があるという結論を出しているんですね。名誉毀損は社会的評価という、まさによその人の見方なのに対して、放送倫理は放送局のいわば行動規範的な部分の側面が強いですから、世間の人がどう思うかということとは切り離しても良い側面があると思うんですね。その意味で、「こういう人がいる」という事実として報じている以上、そこには倫理上の問題が生じうる。放送人権委員会は、申立人という特定の人物との絡みで事案を取り上げるかどうかを決めますので、そこをとっかかりにして取り上げて判断したということです。

◆ 第58号 ストーカー事件再現ドラマへの申立て [勧告:人権侵害]

(市川正司委員長代行)
この番組は『ニュースな晩餐会』という、いわゆるバラエティー番組、情報バラエティーと言われるものです。ストーカー事件の被害の問題について、その一例を伝える目的で職場の同僚の間で行われた付きまとい行為や、これに関連する社内いじめを取り上げたものだと、こういう説明をフジテレビから受けております。
申立人の主張をザックリと申し上げると、社内いじめの首謀者、あるいは中心人物で、付きまとい行為を指示したと放送されたが、これは全く事実無根であると、これによって名誉を毀損されたという主張です。
フジテレビは、再現映像の部分を含んで「被害者の証言をもとに一部再構成しています」というテロップが出ている、それから、仮名やぼかしを使っている、音声も変えている、とすれば、視聴者は現実の事件を放送しているものとは受け取らないと、こういう説明をしています。名誉毀損というのは、実際にある人を特定して、実際にその人が映像に出ているかということで議論されて行くんですが、そもそもフジテレビのほうは、この番組は特定の方をモデルにした訳ではないし、特定の事件、現実の事件をモデルにした放送ではないという主張です。
仮に現実の事件を放送しているとした場合、次に登場人物と本人の同定の可能性、つまり、実在する特定の人物だと分かるかどうかが問題になります。その上で、摘示された事実の真実性、真実相当性が問題になります。放送が現実の事件をテーマにしているかどうかということと、登場人物が同定できるかどうかということは別の問題だというふうに考えていただきたいと思います。
名誉毀損について
委員会は、現実の事件との関係について次のように考えました。イメージという部分は役者による再現映像が出ていますが、連続した放送の流れの中では事件関係者本人が写っている映像が織り込まれている訳です。現実の事件の人物が入って来て、またイメージ映像になる、また現実の事件の本人が入って来ると、順繰りに代りばんこに出てくるという構成になっている。それから、2つめとして、再現映像の登場人物も事件関係者本人が写っている映像でも、同じ仮名を付けられているということです。
そうしてみると、イメージという部分が誇張であるとか、架空の事実を放送しているとしても、どこが真実で、どこが誇張なのかというあたりは視聴者は判断できないということになります。さらに、イメージ映像という再現映像の部分では「被害者の証言をもとに」云々というテロップが流されていて、むしろ視聴者は被害者が実際に存在する現実の事件を再現していると受け取るであろうと。それから、スタジオのタレントたちの表情、こういったものも加味すると、視聴者はイメージと表示された部分も含めて、登場人物の関係、それから行為等の基本的な事実関係において、現実の事件を再現したものだろうと受け止めると、こういうふうに考えております。
次に、登場人物と申立人の同定可能性について議論しています。同定性について考えると、食品メーカーの工場、それからB氏の映像とナレーション、駐車場というナレーションとその際の映像。それから、工場内の駐車場で車にGPSを設置した映像、それから、白井が送検される見通しというナレーション、これはあの職場に既に警察の捜査が入っていて、これは職場の人にとってみればヒントになる訳です。そして、申立人とC氏(取材協力者、放送では山崎)の会話の内容、隠し録音の内容が出て来ます。
それから、C氏らがフジテレビが本件を扱うことを、職場の同僚などに話してしまうことも十分に予測できる状況にあった、これがもう1つの要素として加わって結論的には同定可能性ありというふうに考えました。これは、ストーカーの被害者とされる一方当時者である山崎さんの取材だけに基づいて番組は構成されている。相手方の取材をしていないということは山崎さんも当然認識しておられる。そうだとすれば、自分の言い分に沿った番組ができるだろうと、たぶん理解していただろうと。そうであれば、いくらフジテレビが口止め的なことをしようとしたとしても、彼女が、今日は私たちのことを放送しますよ、うちの職場のことが放送されますよ、と職場でしゃべることが、当然予想できたのではないかということを含めると、同定できるのではないかと考えたということです。
そうなると、申立人の名誉毀損が成立してしまうということになります。いじめの首謀者で、白井という男性にストーカー行為を指示していたということですけれど、申立人は「いや、そんな事実は全く無い」、「私は何の指示もしていない」と言っておりますし、確かに警察も彼女に対して何の取り調べも、捜査もしていなかったということもありました。そう考えると、真実の証明はできないし、真実と信じたことについて相当性も無いということで、同定ができると考えた後は、ある意味では一気呵成に名誉毀損になってしまうということになります。
フジテレビは、当初からこの放送は現実とは違うという頭がありますので、実際に起きていた事実と違うことを少しずつ入れているんですね。例えば、ロッカーの靴にガラス片が入っていた場面がありましたが、あれは実際にはそうではなかった。それはフジテレビも認めていて、ゴキブリみたいな虫が入っていたとかいう事実を少し変えて、少しオーバーにしていたりする。事実と違うということは、ある意味では同定性が認められてしまえば、一気に名誉毀損にまで行ってしまうということになります。
放送倫理上の問題
もう1つは、申立人からの苦情があったにもかかわらず、フジテレビは被害者とされた取材協力者自らの行動もあって、申立人の匿名性が失われた、つまりドラマの登場人物が申立人だと分かるようになった後も、取材協力者の保護を理由に苦情に真摯に向き合わなかった。本件放送の後すぐに申立人から苦情があったし、取材協力者が職場で自らこの放送のことを言って回っていて、取材協力者を保護する必要性が薄れたことがわかった後も、申立人の苦情に取り合わなかったということがありました。この点で放送倫理上の問題があったのではないかと指摘をしています。

◆ 第59号 ストーカー事件映像に対する申立て [見解:放送倫理上問題あり]

(市川正司委員長代行)
第59号の申立人(決定文のB氏)も、同じような主張をされています。基本的に同定性については同じ判断です。ただし名誉毀損は成立しないと考えております。事実関係で申立人とフジテレビで違うところが一部ありますが、いわゆる付きまといと言われるような行為をしたことは事実であるということなので、基本的な事実の部分については真実性があり、名誉毀損には当たらないというふうに考えました。
ただし、今申し上げたように、細かい事実関係では事実と違っている訳です。それは、結局、相手方である申立人から全く取材をしないで、一方だけの取材に基づいて放送しているということで、放送倫理上の問題があるという1つの理由になっています。放送後の対応は第58号と同様で、きちんと対応していないという指摘をしています。
再現ドラマについて -―― 第58号と第59号のまとめ
バラエティー番組とか情報番組で再現ドラマという手法はよくある、最近よく用いられる手法です。ただ、実在の当事者がいて、その取材映像やインタビューが挿入されれば、これはドキュメンタリーの要素が残って全体が現実の事件の再現と捉えられるだろうと。そうするとやっぱり、名誉とかプライバシーの問題は必ず出てくるということですね。先ほどの『石に泳ぐ魚』とか『宴のあと』のようにモデル小説という小説であっても、名誉毀損が成立し得るということです。
ぼかしや匿名化ということは、実際にモデルになる人がいる事件があったんだとイメージする、むしろ現実の事件をモデルにしているというふうに考えやすくなる訳ですね。そして、現実の事件を扱っているとすれば、被取材者が同定されてしまうと、名誉、プライバシーの問題が生じる。仮に同定できないという場合であっても、やはり現実の事件をモデルにしている以上は、真実に迫るという努力が放送倫理上求められる、これは出家詐欺報道の問題と同じです。再現ドラマであっても、再現部分か創作部分かをきちんと切り分ける必要があるというふうに思いました。
また、本件ではストーカー事件と最初に言っていながら、実際は職場の同僚同士の処遇をめぐる亀裂、紛争ではないかというふうに思われる訳です。そうであれば、双方への取材が可能であるし、必要な事案だったのではないか。既に警察の捜査も入っている。相手方を取材しない理由は、あまり見当たらないというふうに思いました。
(紙谷雅子委員)
第58号になぜ補足意見が出てきたのかというお話です。
単純に言うと、かわいい、華奢な感じの20代の女性が、二回りも年上の60代の昔から会社にいる怖いおばさんたちからいじめられている。ストーカーをした人も、おばさんに逆らえないからやっているようだ、みたいなストーリーとしてフジテレビは受け取っていたんじゃないかと思われます。それに対して、ヒアリングの結果、私たちが理解したストーリーというのは、どうも社内の人間関係がもっともっと複雑で、単純な恋愛感情がもつれた結果のストーカーというのとはちょっと違うのではないかと。
問題は、なぜ事実と違う情報に踊らされたのか。ストーカーだから、被害者を二次被害に遭わせてはいけない、加害者に連絡すると、二次被害の危険がある。で、一方当事者の話を信用した。確かに警察は取材したのですが、ほんとに黒幕がいたのかどうかは確認していません。番組の制作現場は男性が多いです。かわいい女の子をおばさんがイジメるというのは、なんかありそうだと、ついみんな思っちゃう。でも、重要なことは、現実の人間、一人一人違っています。みなさんには、ありきたりな紋切り型のステレオタイプの発想ではなくて、鋭い問題意識を持って社会の中で見えにくいことを、どんどん積極的に放送していただきたいと思っています。
委員会ではいろいろ議論をします。1つの声で答えを出せればいいのかもしれませんが、激論の中で必ずしも意見がまとまる訳ではありません。多数の意見と違う人が、なぜ、どういう理由で違っているかを示すことも大切ですし、さらに、結論には賛成するけれど、もうちょっと追加して言いたいと思う人もいます。一方当事者への取材だけになったのは、出来事をステレオタイプのイメージで把握していたからではないか、現場の制作者の先入観は無かったのか。わかりやすい構図のせいで、情報提供者に乗せられてしまう、そういう危険をちょっと指摘したかったので、補足意見を付けましたということです。

◆ 第61号 世田谷一家殺害事件特番への申立て [勧告:放送倫理上重大な問題あり]

(奥武則委員長代行)
これは2001年1月1日元日の紙面(スライドで表示)です。この事件の記事が出ています。私は当時毎日新聞社にいて、前日の大みそかが当番でこの紙面を作りました。本来だったら、この事件が当然トップになるんですけれども、元日の紙面、それも21世紀が始まるという日の紙面だったので、トップではなくて、こちら(1面左肩)に移す判断をしたんです。そういう意味で、私にとっても非常に印象に残っている事件です。1家4人の顔写真を一生懸命集めて載せています。この奥さんの実の姉が申立人、隣の家にお母さんと一緒に住んでいて第一発見者になったという方です。
番組は『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル』。2015年12月28日の放送で、午後6時からほぼ3時間ですね。さっきご覧になって、なんだか繰り返しが多くて、随分思わせぶりな作りだと思った方が多いのではないかと思います。FBIの元捜査官、サファリックという人がプロファイリングをして事件の犯人像を浮かび出す。最後に、年齢二十代半ばの日本人、被害者の宮澤家と顔見知りで、メンタル面で問題を抱えていて、強い怨恨、こういう4つの要素で犯人像を調べなきゃいけないと。別に何も新しいことはないと、私は思っているんですけれども。
申立人は第一発見者で、警察の事情聴取をずっと受けるわけです。警察は、当然怨恨という線を追う。申立人は半年間に及んで、あの夫婦に恨み持っている者はいないか、「悪意を探る作業」をさせられたと言っています。しかし、そういうことはなかった、強い怨恨を持つ顔見知りの犯行ということはありえないという否定に至った。で、悲しみを乗り越えてグリーフケアという仕事に飛び込んで、自立して講演をしたり著作活動をしている、申立人はそういう方なんです。ここの入口のところを、まずはっきり見ておく必要があります。
サファリックは恨みをかうことはなかったかとか、いろいろ聞くわけですね。これに対して申立人は「妹たちには恨まれている節はなかったと感じるんですね。あと、経済的なトラブル、金銭トラブルも男女関係みたいなものも一切なかったですから」と言うわけです。そこで「思い当たる節がないという入江さんに、サファリックは犯人像についてある重要な質問をぶつけた」、「それは犯人像の核心を突くものだった」というナレーションがあって、サファリックが、「(ピー音)へ行ったり、そのような接点は考えられますか?」と聞くと、それに対して申立人が「考えられないでもないですね」と答えるわけです。
けれども、ピーという音の部分、画面上は「重要な見解」というテロップですが、質問が消されているので、申立人は「何」が「考えられないでもない」と言っているのか、実は見ている人には分からないんですね。ところが、分からないにもかかわらず、「具体的な発言のため放送を控えるが、入江さんには思い当たる節もあるという」。ナレーションは、最初に申立人は「思い当たる節がない」と言っていたのに、「思い当たる節もある」というふうに変わっちゃっているわけです。申立人は一貫してサファリックさんといろいろ面談したけれど、自分の考えが変わったわけではないと言っている、ここがいちばん重要な部分です。
一般的に視聴者の理解を深め関心を引くために、規制音とかピーとかいう音、ナレーション、テロップといったテレビ的技法ということでしょうけれども、これはやっていいわけで、どんどんやっていいんです。しかし、それがこういうことになると困るわけですね。編集の仕方や規制音、ナレーション、テロップの使い方は番組が視聴者に与える印象に大きく影響する。大きく影響するから一生懸命やるわけですけれども、それが、事実を歪めかねない恣意的ないし過剰な使い方がされているとしたら、当然に問題が生ずる。
さっきのピー音の「重要な見解」部分は「若い精神疾患を抱えている人やその団体と仕事やカウンセリングやその他の場面で関わるようなことはありましたか?」と聞いているんですね。この質問が、申立人の「考えられないでもないですね」という答えを導くわけですが、もう1つの伏せられた部分は、申立人が「病院に行っていたということを私は知っています」と言っているんです。殺された弟さんが発達障害を抱えていて、それを気にして妹たちが病院に行っていたということを私は知っています、ということを言っている。隠さなければいけないようなすごく重要なことでは全然ないんだけれども、伏せられた結果、なんか犯人につながるようなことを申立人が言ったと受け取れられかねない形の放送になっている、それがすごく問題だということですね。
テロップも、サイドマークというようですけれども、画面にずっと出ているわけです。「緊急来日 サファリック顔見知り犯説 VS 被害者の実姉 心当たりがある」と、赤字で。被害者の実姉、つまり申立人は「心当たりがある」と言ったというふうに受け取れますね、これがずっと画面の右上に出ている。
ということで、視聴者がどう受け取ったかというと、「核心に迫る質問」とか「重要な見解」ということで、申立人は犯人像について何か具体的に思い当たる節があるようだと漠然と考えただろうと、ナレーションは「思い当たる節もある」と言っているわけですからね。実際のところどうだったかというと、「具体的な発言のために放送を控える」ようなことは何もない、ましてや犯人像について思い当たる節などない。にもかかわらず「申立人は思い当たる節もある」と変わっちゃったというふうに放送されているということですね。
次に、テレビ欄の番組告知です。朝日新聞にはこういう形で出たんですね。最後の3行では「○○を知らないか、心当たりがある、遺体現場を見た姉証言」となっています。遺体現場を見た姉、つまり申立人がサファリックから「○○を知らないか」と言われて、「心当たりがある」と答えたと、誰でも受け取りますね。だけれど、「〇○を知らないか」という質問はサファリック全然していないし、もちろん申立人は「心当たりがある」なんて言っていないわけです。
結論として、放送倫理上重大な問題に至ったのは、ある意味で合わせ技一本みたいなところがあって、テレビ朝日は、取材を依頼した時点で申立人が強い怨恨を持つ顔見知り犯行説を否定して、グリーフケアなどの活動に取り組んでいることをよく知っていた、衝撃的な事件の遺族だから十分ケアしないといけないと考えていたと、ヒアリングでは言っているんです。けれども、いろいろ聞いてみると、どうも十分なケアをしたとはとても思えない。当初、あの番組はほかの事件も併せてやることになっていたんだけれども、結局世田谷一家殺害事件だけになった。そういう経過についても、どうも十分に説明してないということが分かったということで、出演依頼から番組制作に至る過程を見ると、申立人への十分なケアの必要性をその言葉どおりに実践したとは思えない。こういう2つの点から放送倫理上重大な問題があったという結論に至ったということです。
(紙谷雅子委員)
申立人は、自分が持っていた意見が変わったように、なんか具体的な発言をしたかのように言われてしまった、事実と異なる公平ではない不正確な放送をされた、そこで、自己決定権と名誉が侵害されたという申立てをしました。
申立人の主張する自己決定権というのは、ちょっと難しいと私たちも考えます。判決では、まだはっきりこれがそうだというのはありません。学説でもいろいろな見解があります。申立人は、番組は自分と違うイメージを提供していると主張しています。確かに自分の自己像について、こういうふうに見てほしいと思うことはできます。だけれども、みんな見てねと言ったって、嫌だという人も出てくるかもしれません、強制的にと言うわけにはいきません。言ってもいないことを言われたとか、生き方を否定されたとか、申立人が問題としていることは自己決定権とズレているんじゃないか。いろいろ議論はありますけれども、どちらかというと名誉毀損の分野に入るのではないかというふうに私たちは思いました。サファリック氏に会ったことによって彼女がこれまで言ってきたことを取り消すような立場になったとまでは、番組を見ても思わないということで、社会的な評価が下がったというところまではいってはいないと思います。けれども、誤解を生じさせるような伝え方はやっぱりまずいでしょう、というふうに考えています。
テレビに出るということを、自分の立場を伝える機会であるととらえている人は、どうやらかなり多いようですけれども、それは必ずしもテレビ局のストーリーと一致するわけではありません。テレビ局のほうが、必ずしも出演する人の主張や立場に添った番組になるわけではないという説明をしっかりしなければいけない。
(質問)
BGMとか効果音とか、そういったものがなかったらOKだったのかなと最初は思っていましたが、番組のDVDを見てお話を聞いたらそうじゃないんですね。編集の仕方と重要な個所でのテロップの隠し方というところがポイントだったのかなと思いました。
(奥武則委員長代行)
効果音とかテロップとかナレーションとか、全体として、まさにテレビ的技法を駆使することによって、思い当たる節がないと言っていた人が、サファリックのいろんな質問やら何やらを聞いて、いかにも思い当たる節があるというふうに変わっちゃった、というふうに受け取れるような放送になっているわけですね。だから、どれが悪い、どこが問題だったということだけでは必ずしもない、番組全体としてですね。
(質問)
あの番組は、作られたのはたぶん制作だと思うんですけれど、報道の社会部記者が制作現場にいて報道のチェックは入らなかったのかというのが、素朴な疑問です。
(奥武則委員長代行)
あの番組は報道と制作が一緒になって作った番組ということになっているんですね。社会部の記者は、最初から番組に出て中心的に展開している番組なんです。だから、記者の側から言うと、うまいように使われちゃったという感じは全然ないと思うんです。
(質問)
怨恨を持った人間が犯人だと、プロファイラーは申立人の言っていることと真逆のことを言っている。その事実を申立人に伝え、申立人がどういう反応をするのか、そこまで番組で流していたら、委員会の判断は変わるのでしょうか?
(奥武則委員長代行)
番組はサファリックというプロファイラーが来て、プロファイリングをしてこういう犯人像を浮かび出したという流れですから、そういう作りにはたぶんできなかったと思うんです。仮定の話をして判断できるかというと、ちょっと難しいですね、そういう番組の作りには到底ならないと思いますけどね。
(坂井眞委員長)
ご質問の件については奥代行と同じですが、ただ、個人的に考えていることをお答すれば、そういう作りはOKだと思います。事実を曲げなければというのが前提です。サファリックの視点を伝えたいんだったらそうすればいい、それに対して、申立人は納得していないと伝えたら、誰も文句の言いようがないと思います。サファリックをせっかく連れてきて随分費用がかかったと思うんだけれど、いろんな人を連れてきたら、サファリックに納得しちゃった、なびいちゃったみたいなほうがウケるんじゃないか。これは私の想像ですけれど、そんなことで事実を歪めちゃったら、こういう問題が起きますということだと思うんです。
(奥武則委員長代行)
番組全体の構成を少し簡単に言いますと、3つのピースがあるというんです。1つは事件現場をCGで再現してサファリックに見てもらう、警視庁でずっと事件を担当していた元捜査官に話を聞くのが2つ目、最後のピースとして、申立人が出てきてサファリックの怨恨説にほぼ賛成したということでまとめたふうに作っている。委員長が言われたことはそのとおりだと思いますが、そういう番組の作りはありえなかったし、もしそういうふうにちゃんと作っていれば、事実に向きあって作っていれば、問題ないと言えると思います。

◆ 締め括りあいさつ 坂井眞委員長

もうおととしになります「出家詐欺報道」の決定文で触れていますが、表現の自由に対する非常に危ない時代が来ていると私は個人的に思っていて、いろんな会合で言っています。憲法21条の表現の自由は、名誉毀損とかプライバシー侵害との関係でバランスをとらなきゃいけないけれども、それ以外にお役所、政府が勝手に口を出して手を突っ込んでくるようなことは許されない。憲法は、放送法や電波法の下にあるわけでなくて逆ですから、憲法の表現の自由を放送法や電波法を使って制限していこうというような発言があったら、それはおかしいじゃないかと、ぜひ放送する立場にいる皆さんのほうから強く発言してもらいたいというのが私の気持ちです。
そのことと、放送人権委員会が人権侵害だとか放送倫理上重大な問題があると判断することとは、全く両立するのだということを、ぜひ理解していただきたいと思っているということをお伝えして、最後のご挨拶に代えさせていただきます。

以上

第244回放送と人権等権利に関する委員会

第244回 – 2017年2月

STAP細胞報道事案の通知・公表の報告、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の審理、都知事関連報道事案の審理、浜名湖切断遺体事件報道事案の審理…など

STAP細胞報道事案の通知・公表の概要を事務局から報告。また事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の「委員会決定」案を検討して委員長一任となり、都知事関連報道事案、浜名湖切断遺体事件報道事案を審理した。

議事の詳細

日時
2017年2月21日(火)午後4時~10時30分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の通知・公表の報告

本事案に関する「委員会決定」の通知・公表が2月10日に行われた。委員会では、その概要を事務局が報告し、当該局のNHKが放送した決定を伝えるニュースの同録DVDを視聴した。

2.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)事案の審理

3.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ) 事案の審理

対象となったのはテレビ熊本と熊本県民テレビが2015年11月19日にそれぞれニュースで扱った地方公務員による準強制わいせつ容疑での逮捕に関する放送。申立人は、放送は事実と異なる内容であり、初期報道における「極悪人のような報道内容」などにより深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出など放送局の対応を求めているもの。
この日の委員会では、「委員会決定」案の読み合わせを行いながら修正が加えられ、委員長一任とすることを了承した。これを受けて、2月中に委員長が最終確認のうえ、3月に申立人、被申立人に対して通知し、公表することを決めた。

4.「都知事関連報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、フジテレビが2016年5月22日(日)に放送した情報番組『Mr.サンデー』。番組では、舛添要一東京都知事(当時)の政治資金流用疑惑に関連して、舛添氏の政治団体から夫人の雅美氏が代表取締役を務める会社(舛添政治経済研究所)に事務所家賃が支払われていた問題を取り上げ、早朝に取材クルーを舛添氏の自宅を兼ねた事務所前に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。
申立書によると、未成年の長男と長女は、1メートル位の至近距離からの執拗な撮影行為によって衝撃を受け、これがトラウマになって家を出て登校するたびに恐怖を感じ、また雅美氏はこうした撮影行為に抗議して「いくらなんでも失礼です」と発言したのに、家賃に対する質問に答えたかのように都合よく編集して放送され視聴者を欺くものだったとしている。雅美氏と2人の子供は人権侵害を訴え、番組内での謝罪などをフジテレビに求めている。
これに対してフジテレビは委員会に提出した答弁書において、長男と長女を取材・撮影する意図は全くなく執拗な撮影行為など一切行っておらず、放送した雅美氏の発言は、ディレクターが家賃について質問した以降のやり取りを恣意性を排除するためにノーカットで使用したとしている。さらに雅美氏は政治資金の使い道について説明責任がある当事者で、雅美氏を取材することは公共性・公益性が極めて高いとしている。
今月の委員会では、次回3月の委員会で申立人と被申立人のフジテレビにヒアリングを実施し詳しい話を聴くことを決めた。

5.「浜名湖切断遺体事件報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、テレビ静岡が2016年7月14日に放送したニュース。静岡県浜松市の浜名湖周辺で切断された遺体が発見された事件で「捜査本部が関係先の捜索を進めて、複数の車を押収し、事件との関連を調べている」等と放送した。
この放送に対し、同県在住の男性は9月18日付で申立書を委員会に提出。同事件の捜査において、「実際には全く関係ないにもかかわらず、『浜名湖切断遺体 関係先を捜索 複数の車押収』と断定したテロップをつけ、記者が『捜査本部は遺体の状況から殺人事件と断定して捜査を進めています』と殺人事件に関わったかのように伝えながら、許可なく私の自宅前である私道で撮影した、捜査員が自宅に入る姿や、窓や干してあったプライバシーである布団一式を放送し、名誉や信頼を傷つけられた」として、放送法9条に基づく訂正放送、謝罪およびネット上に出ている画像の削除を求めた。
また申立人は、この日県警捜査員が同氏自宅を訪れたのは、申立人とは関係のない窃盗事件の証拠物である車を押収するためであり、「私の自宅である建物内は一切捜索されていない」と主張。「このニュースの映像だけを見れば、家宅捜索された印象を受け、いかにもこの家の主が犯人ではないかという印象を視聴者に与えてしまう。私は今回の件で仕事を辞めざるをえなくなった」と訴えている。
この申立てに対し、テレビ静岡は11月2日に「経緯と見解」書面を委員会に提出し、「本件放送が『真実でない』ことを放送したものであるという申立人の主張には理由がなく、訂正放送の請求には応じかねる」と述べた。この中で、「当社取材陣は、信頼できる取材源より、浜名湖死体損壊・遺棄事件に関連して捜査の動きがある旨の情報を得て取材活動を行ったものであり、当日の取材の際にも取材陣は捜査員の応対から当日の捜索が浜名湖事件との関連でなされたものであることの確証を得たほか、さらに複数の取材源にも確認しており、この捜索が浜名湖事件に関連したものとしてなされたことは事実」であり、「本件放送は、その事件との関連で捜査がなされた場所という意味で本件住宅を『関係先』と指称しているもの。また本件放送では、申立人の氏名に言及するなど一切しておらず、『申立人が浜名湖の件の被疑者、若しくは事件にかかわった者』との放送は一切していない」と反論した。
さらに、「捜査機関の行為は手続き上も押収だけでなく『捜索』も行われたことは明らか。すなわち、捜査員が本件住宅内で確認を行い、本件住宅の駐車場で軽自動車を現認して差し押さえたことから、本件住宅で捜索活動が行われたことは間違いなく、したがって、『関係先とみられる住宅などを捜索』との報道は事実であり、虚偽ではあり得ない」と主張した。
今月の委員会では、起草担当委員から本件事案の論点とヒアリングの質問項目の案が示され審理した。

6.その他

  • 委員会が1月31日に広島で開催した中国・四国地区意見交換会の概要を事務局が報告、その模様を地元局が伝えるニュース番組の同録DVDを視聴した。
  • 2017年度委員会活動計画案を事務局が説明し、了承された。
  • 3月16日にBPOが開催する2016年度年次報告会および3月22日に開催される放送倫理検証委員会10周年記念シンポジウムについて事務局が説明した。
  • 次回委員会は3月21日に開かれる。

以上

2016年度 第62号

「STAP細胞報道に対する申立て」に関する委員会決定

2017年2月10日 放送局:日本放送協会(NHK)

勧告:人権侵害(補足意見、少数意見付記)
NHKは2014年7月27日、大型企画番組『NHKスペシャル』で、英科学誌ネイチャーに掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」を放送した。
この放送について小保方氏は、「ES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などと訴え、委員会に申立書を提出した。
これに対しNHKは、「『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと反論した。
委員会は2017年2月10日に「委員会決定」を通知・公表し、「勧告」として名誉毀損の人権侵害が認められると判断した。
なお、本決定には補足意見と、2つの少数意見が付記された。

【決定の概要】

NHK(日本放送協会)は2014年7月27日、大型企画番組『NHKスペシャル』で、英科学誌ネイチャーに掲載された小保方晴子氏、若山照彦氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」を放送した。
この放送に対し小保方氏は、「ES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などと訴え、委員会に申立書を提出した。
これに対しNHKは、「『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと反論した。
委員会は、申立てを受けて審理し決定に至った。委員会決定の概要は以下の通りである。
STAP研究に関する事実関係をめぐっては見解の対立があるが、これについて委員会が立ち入った判断を行うことはできない。委員会の判断対象は本件放送による人権侵害及びこれらに係る放送倫理上の問題の有無であり、検討対象となる事実関係もこれらの判断に必要な範囲のものに限定される。
本件放送は、STAP細胞の正体はES細胞である可能性が高いこと、また、そのES細胞は、若山研究室の元留学生が作製し、申立人の研究室で使われる冷凍庫に保管されていたものであって、これを申立人が何らかの不正行為により入手し混入してSTAP細胞を作製した疑惑があるとする事実等を摘示するものとなっている。これについては真実性・相当性が認められず、名誉毀損の人権侵害が認められる。
こうした判断に至った主な原因は、本件放送には場面転換のわかりやすさや場面ごとの趣旨の明確化などへの配慮を欠いたという編集上の問題があったことである。そのような編集の結果、一般視聴者に対して、単なるES細胞混入疑惑の指摘を超えて、元留学生作製の細胞を申立人が何らかの不正行為により入手し、これを混入してSTAP細胞を作製した疑惑があると指摘したと受け取られる内容となってしまっている。
申立人と笹井芳樹氏との間の電子メールでのやりとりの放送によるプライバシー侵害の主張については、科学報道番組としての品位を欠く表現方法であったとは言えるが、メールの内容があいさつや論文作成上の一般的な助言に関するものにすぎず、秘匿性は高くないことなどから、プライバシーの侵害に当たるとか、放送倫理上問題があったとまでは言えない。
本件放送が放送される直前に行われたホテルのロビーでの取材については、取材を拒否する申立人を追跡し、エスカレーターの乗り口と降り口とから挟み撃ちにするようにしたなどの行為には放送倫理上の問題があった。
その他、若山氏と申立人との間での取扱いの違いが公平性を欠くのではないか、ナレーションや演出が申立人に不正があることを殊更に強調するものとなっているのではないか、未公表の実験ノートの公表は許されないのではないか等の点については、いずれも、人権侵害または放送倫理上の問題があったとまでは言えない。
本件放送の問題点の背景には、STAP研究の公表以来、若き女性研究者として注目されたのが申立人であり、不正疑惑の浮上後も、申立人が世間の注目を集めていたという点に引きずられ、科学的な真実の追求にとどまらず、申立人を不正の犯人として追及するというような姿勢があったのではないか。委員会は、NHKに対し、本決定を真摯に受け止めた上で、本決定の主旨を放送するとともに、過熱した報道がなされている事例における取材・報道のあり方について局内で検討し、再発防止に努めるよう勧告する。

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2017年2月10日 第62号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第62号

申立人
小保方 晴子 氏
被申立人
日本放送協会(NHK)
苦情の対象となった番組
『NHKスペシャル 調査報告 STAP細胞 不正の深層』
放送日時
2014年7月27日(日)午後9時~9時49分

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.放送の概要と申立ての経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • 1.委員会の判断の視点について
  • 2.ES細胞混入疑惑に関する名誉毀損の成否について
  • 3.申立人と笹井芳樹氏との間の電子メールでのやりとりの放送について
  • 4.取材方法について
  • 5.その他の放送倫理上の問題について

III.結論

IV.放送概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2017年2月10日 決定の通知と公表の記者会見

通知は、被申立人に対しては2月10日午後1時からBPO会議室で行われ申立人へはBPO専務理事ら2人が東京都内の申立人指定の場所に出向いて、申立人本人と代理人弁護士に対して、被申立人への通知と同時刻に通知した。午後2時から千代田放送会館2階ホールで記者会見を行い、委員会決定を公表した。28社51人が取材、テレビカメラはNHKと在京民放5局の代表カメラの2台が入った。
詳細はこちら。

2017年5月9日 NHK 「STAP細胞報道に関する勧告を受けて」

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2017年7月3日 報告に対する放送人権委員会の「意見」

放送人権委員会は、上記のNHKの報告に対して「意見」を述べた。

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  • 「補足意見」、「意見」、「少数意見」について
  • 放送人権委員会の「委員会決定」における「補足意見」、「意見」、「少数意見」は、いずれも委員個人の名前で書かれるものであって、委員会としての判断を示すものではない。その違いは下のとおりとなっている。

    補足意見:
    多数意見と結論が同じで、多数意見の理由付けを補足する観点から書かれたもの
    意見 :
    多数意見と結論を同じくするものの、理由付けが異なるもの
    少数意見:
    多数意見とは結論が異なるもの

第243回放送と人権等権利に関する委員会

第243回 – 2017年1月

STAP細胞報道事案の審理、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の審理、都知事関連報道事案の審理、浜名湖切断遺体事件報道事案の審理…など

STAP細胞報道事案の「委員会決定」を最終承認した。また事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の「委員会決定」修正案を議論し、都知事関連報道事案、浜名湖切断遺体事件報道事案を審理した。

議事の詳細

日時
2017年1月17日(火)午後4時~8時50分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会では、前回委員会での議論を踏まえた「委員会決定」最終案が提出され、一部の字句を修正のうえ了承された。その結果、2月に「委員会決定」の通知・公表を行う運びとなった。

2.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)事案の審理

3.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ) 事案の審理

対象となったのはテレビ熊本と熊本県民テレビが2015年11月19日にそれぞれニュースで扱った地方公務員による準強制わいせつ容疑での逮捕に関する放送。申立人は、放送は事実と異なる内容であり、初期報道における「極悪人のような報道内容」などにより深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出など放送局の対応を求めているもの。
今回の委員会では、まず、第3回起草委員会において修正された決定文案について起草委員より説明があり、その後、各委員から意見を聞いた。今回も警察広報担当者の情報の扱いを巡る議論を中心に意見が交わされ、決定文の表現について調整が図られた。そのうえで、放送倫理上の問題について、本件放送が、初期報道という制約がある中で、適切な取材と表現によってなされたかどうかとの観点から各委員の意見が示された。委員会は、こうした議論を受け第4回起草委員会を開くことを決め、決定文案の修正を行い、次回委員会でさらに議論を深める方針を確認した。

4.「都知事関連報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、フジテレビが2016年5月22日(日)に放送した情報番組『Mr.サンデー』。番組では、舛添要一東京都知事(当時)の政治資金流用疑惑に関連して、舛添氏の政治団体から夫人の雅美氏が代表取締役を務める会社(舛添政治経済研究所)に事務所家賃が支払われていた問題を取り上げ、早朝に取材クルーを舛添氏の自宅を兼ねた事務所前に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。
申立書によると、未成年の長男と長女は、1メートル位の至近距離からの執拗な撮影行為によって衝撃を受け、これがトラウマになって家を出て登校するたびに恐怖を感じ、また雅美氏はこうした撮影行為に抗議して「いくらなんでも失礼です」と発言したのに、家賃に対する質問に答えたかのように都合よく編集して放送され視聴者を欺くものだったとしている。雅美氏と2人の子供は人権侵害を訴え、番組内での謝罪などをフジテレビに求めている。
これに対してフジテレビは委員会に提出した答弁書において、長男と長女を取材・撮影する意図は全くなく執拗な撮影行為など一切行っておらず、放送した雅美氏の発言は、ディレクターが家賃について質問した以降のやり取りを恣意性を排除するためにノーカットで使用したとしている。さらに雅美氏は政治資金の使い道について説明責任がある当事者で、雅美氏を取材することは公共性・公益性が極めて高いとしている。
今月の委員会では、本件事案の論点とヒアリングの質問項目を確認し、先行している事案の審理の状況をふまえヒアリングを実施することを決めた。

5.「浜名湖切断遺体事件報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、テレビ静岡が2016年7月14日に放送したニュース番組(全国ネット及びローカル)で、静岡県浜松市の浜名湖周辺で切断された遺体が発見された事件で「捜査本部が関係先の捜索を進めて、複数の車を押収し、事件との関連を調べている」等と放送した。
この放送に対し、同県在住の男性は同月16日テレビ静岡に電話し、自分は事件とは関係ないのに同社記者が勝手に私有地に入って撮影し、犯人であるかのように全国ネットで報道をした等と抗議した。
同氏はその後テレビ静岡と話し合いを続けたが不調に終わり、9月18日付で申立書を委員会に提出。同事件の捜査において、「実際には全く関係ないにもかかわらず、『浜名湖切断遺体 関係先を捜索 複数の車押収』と断定したテロップをつけ、記者が『捜査本部は遺体の状況から殺人事件と断定して捜査を進めています』と殺人事件に関わったかのように伝えながら、許可なく私の自宅前である私道で撮影した、捜査員が自宅に入る姿や、窓や干してあったプライバシーである布団一式を放送し、名誉や信頼を傷つけられた」として、放送法9条に基づく訂正放送、謝罪およびネット上に出ている画像の削除を求めた。
また申立人は、この日県警捜査員が同氏自宅を訪れたのは、申立人とは関係のない窃盗事件の証拠物である車を押収するためであり、「私の自宅である建物内は一切捜索されていない」と主張、そのうえで、「このニュースの映像だけを見れば、家宅捜索された印象を受け、いかにもこの家の主が犯人ではないかという印象を視聴者に与えてしまう。私は今回の件で仕事を辞めざるをえなくなった」と訴えている。
この申立てに対しテレビ静岡は11月2日、「経緯と見解」書面を委員会に提出し、「本件放送が『真実でない』ことを放送したものであるという申立人の主張には理由がなく、訂正放送の請求には応じかねる」と述べた。この中で、「当社取材陣は、信頼できる取材源より、浜名湖死体損壊・遺棄事件に関連して捜査の動きがある旨の情報を得て取材活動を行ったものであり、当日の取材の際にも取材陣は捜査員の応対から当日の捜索が浜名湖事件との関連でなされたものであることの確証を得たほか、さらに複数の取材源にも確認しており、この捜索が浜名湖事件に関連したものとしてなされたことは事実」であり、「本件放送は、その事件との関連で捜査がなされた場所という意味で本件住宅を『関係先』と指称しているもの。また本件放送では、申立人の氏名に言及するなど一切しておらず、『申立人が浜名湖の件の被疑者、若しくは事件にかかわった者』との放送は一切していない」と反論した。
さらに、「捜査機関の行為は手続き上も押収だけでなく『捜索』も行われたことは明らか。すなわち、捜査員が本件住宅内で確認を行い、本件住宅の駐車場で軽自動車を現認して差し押さえたことから、本件住宅で捜索活動が行われたことは間違いなく、したがって、『関係先とみられる住宅などを捜索』との報道は事実であり、虚偽ではあり得ない」と主張した。
12月の委員会後、被申立人から「再答弁書」が提出され、所定の書面が出揃った。今回の委員会では、事務局がこれまでの双方の主張を取りまとめた資料を基に説明、論点を整理するため起草委員が集まって協議することとなった。

6.その他

  • 委員会が1月31日に広島で開催する予定の中国・四国地区意見交換会の議題、進行案等を説明し、了承された。
  • 2月23日に開かれる第13回BPO事例研究会の概要を事務局が説明した。
  • 次回委員会は2月21日に開かれる。

以上

2016年11月29日

フジテレビ系列の北海道・東北6局との意見交換会

放送人権委員会は2016年11月29日、仙台市内でフジテレビ系列の北海道・東北6局との意見交換会を開催した。放送局からは報道・制作担当者を中心に29人が参加、委員会からは坂井眞委員長、市川正司委員長代行、紙谷雅子委員の3人が出席した。放送人権委員会の系列別意見交換会は2015年2月に高松市内で日本テレビ系列の四国4局を対象に開催したのが初めてで、2回目は2015年11月に金沢市内でTBSテレビ系列の北信越4局を対象に行い、今回が3回目となる。今回は、前半は「最近の委員会決定について」、後半は「各局の関心事について」を各々テーマに、3時間20分にわたって意見を交換した。概要は以下のとおりである。

◆ 「最近の委員会決定について」

初めに、「出家詐欺報道に対する申立て」に関する委員会決定を坂井委員長が説明した。坂井委員長は「NHKは必要な裏付け取材を欠いたまま、本件映像で申立人を『出家詐欺のブローカー』として断定的に放送した。そこは非常に取材として甘い。また、ナレーションの問題がとても大きい。本件映像のナレーションは、『活動拠点』にたどりついたと言っているが、これは明確な虚偽。あそこはB氏が用意したところで、A氏の活動拠点でも何でもない。全体として実際の申立人と異なる虚構を視聴者に伝えた。『放送倫理基本綱領』には『報道は、事実を客観的かつ正確、公平に伝え、真実に迫るために最善の努力を傾けなければならない』と記してある。放送倫理上重大な問題があったと言わざるを得ない。匿名にすれば、いい加減にしてもいいということではない。先ほど、三宅委員長のときに出した委員長談話、『顔なしインタビュー等についての要望』の話をしたが、テレビにおける安易な匿名化がもたらす問題性として、本件映像では、匿名化を行ったことによって、ナレーションについての真実性の吟味がおろそかになった可能性がうかがえる」と解説した。
参加者からは、「B氏との関係性で、今まで嘘をつかれたことがないという話があった。その業界に精通していて、長年の付き合いの中で信頼関係が生まれていれば信用してしまい、紹介された方と面識がなくても信用してしまうという話が分かってしまう自分がいる。もちろん、あってはならないことだが。改めて、その辺は気をつけなければならないと思った」などとの発言があった。これに対し坂井委員長は、「これまでは大丈夫だったかもしれないが、B氏がA氏にはコンタクトするなと言ったときに、職業的に危ないのではないかと思わなければ駄目だと思う。裏取りをさせてくれないというのは怖くはないか、というシンプルな話だ。アンテナを張っていないと、こういうことが起きるのではないか。記者のほうも、虚偽を含んだ、世間でヤラセと言われてしまうような事実と違うことをやってしまったのは、自分に対するチェック機能が衰えていたからではないか。気づくチャンスはあったはずだ」との意見を述べた。
次に、「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」に関する委員会決定について市川委員長代行が、「匿名化していることと、現実の事件を題材としていることは別の問題であり、当事者の映像と再現映像が交互に放送されるなどしていることから、視聴者は、『イメージ』と表示された部分も含め、本件放送全体が、登場人物の関係、行為等の基本的な事実関係において現実の事件を再現したものであると受け止めると考えた。次に、委員会は、申立人の職場の関係者などにとって登場人物が申立人と同定可能であると考えた。フジテレビは、現実の事件とは異なる放送だという認識のもとで現実の事件と異なる内容を盛り込んでいたので、名誉毀損が成立してしまうという形になった」と解説した。
続いて、「ストーカー事件映像に対する申立て」に関する委員会決定について市川委員長代行は、「申立人がつきまとい行為をしたという基本的な事実関係においては間違いがないということで名誉毀損にはならないという認定をした。ただし、放送倫理上問題ありとした。放送後に申立人とA氏がフジテレビに抗議の電話をしたが、フジテレビは、『被害者』の保護を理由に、誰を対象にした番組であるともいえないと突っぱねてしまった。事件が関係者の中で、誰が当事者かということが分かってしまった後でも、フジテレビはこういう対応を続けてしまったところに非常に問題がある。最後に、真実性にも影響することとして、取材の甘さについて、多くの委員から指摘があった。これはストーカー事件と言っているが、実際は職場の同僚同士の処遇を巡る軋轢、紛争だ。そうであれば、やはり反対取材をすべきだった。加害者に接触しにくい場合もあり得ると思うが、今回は刑事事件で立件され、捜査も入っていた。そういう状態で相手方に取材をしない理由は見当たらない。以上が本件での教訓ということになると思う」と解説した。
次に、「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」に関する委員会決定について紙谷委員が補足意見を説明した。紙谷委員は、「ジェンダーの問題があるのではないか。若くてかわいい女の子を、年配の意地悪なオバサンがいじめている。現実には、社内のどろどろした人間関係にまつわる争いを背景に、パートさんを正社員が、テレビ局、テレビ番組を使って貶めようとしたように、わたしたちには見えた。乗せられてしまった。番組制作現場は男性が多く、男性から見た論理に疑問を持つのは難しいかもしれない。でも現実の人間は、そう簡単にステレオタイプに当てはまるようにはなっていない。皆さんの仕事は『人間を描く』ことだと思う。報道であっても、バラエティーであっても、ドラマであっても、最終的には『人間を描く』ことだと思う。先入観に囚われないで、事実をしっかり見てほしいというのが補足意見のメッセージだ」と解説した。
参加者から、「抗議に対して、フジテレビがプライバシー保護を理由に具体的な回答をしないことから、苦情に真摯に向き合わなかったという判断をされた。これはこれで非常に分かるが、もう一つ、取材源の秘匿という問題があると思うが」との発言があった。これに対し市川委員長代行から、「取材源の秘匿を否定するつもりは全くない。この事案は、申立人に対して、あなたがモデルかどうかもお答えできないし、そうである以上、あなたからのお話は何も聞く立場にないという答え方をした。取材源を、説明の過程の中で言わないという選択はあり得る。ただ、それは実際に申立人と向き合って話をしていく中で初めて生じる選択だ。本件は、そこにすら行かなかった」という意見が出された。
また、参加者から、「今回の番組、仮にリアルなインタビューや尾行の映像が全くなくて、登場人物のシチュエーションも完全にフィクション化して、骨格だけ残す形で、すべて再現ドラマで構成した場合、これはありということになるのか。それとも、やはり名誉毀損、プライバシー侵害になる可能性もあるのか。その辺の線引き、どう考えればいいのか」という発言があった。これに対し市川委員長代行から、「実写映像が出てくれば必ず駄目だということにはならない。きちんと場面を切り替えるとか、設定を切り替えるとか、工夫をすることによって、生かせる実在の映像というのはあり得ると思う」という意見が出され、坂井委員長からは、「シンプルにアドバイスしたい。事実を下敷きにするから再現ドラマというが、再現するときに事実から離れてほしい。あくまでドラマであって実在の人とは関係ない、というのだから、それはできると思う。番組では『食品メーカーの工場』となっているが、現実も、扱っている品目は違うが、食品メーカーだ。それを、例えば自動車工場にするとか、いろいろやりようはあると思う。現実との関係を断ち切っていけば、再現ドラマという手法は取れるのではないか」との発言があった。

◆ 「各局の関心事について」

参加者に事前にアンケートしたところ、「SNSとの向き合い方」、「匿名化と人権・プライバシーの問題」に関心が集中したため、この2点について意見を交換した。
参加者から、「ある番組で、子どもの貧困特集に登場した女子高生が、ネット上で『貧困女子高生ではない』と炎上したケースがあったが、記者がどこまで責任を負うべきなのか」との発言があった。これに対し市川委員長代行から、「未成年であり、少年の健全な育成という観点から一定の配慮をしなければならない。匿名化とかボカシとかという意味での配慮が必要な場面はある。それは一つの問題意識として持つべきだ。ただ、拡散する可能性があるから控えろという話にはしないほうが良いと思う。抑制する方向に動くのは、できるだけ避けていただきたい」との意見が出された。
また、参加者から、「雑踏の画面にボカシが入るケースが非常に多くなっている。不必要なことをやっていると思う。なぜかバラエティーでその傾向が強い。委員の皆さんはどう感じているか」との発言があった。これに対し紙谷委員は、「私の感覚から言えば、町中、雑踏というのはある程度撮られても仕方がない状況であり、ボカシを入れるのは、むしろどうしてなのかと思う。もう少し言えば、町中には防犯のためという監視カメラがたくさんあり、人の顔を写しているが、映像がどう管理されているのか、よく分からない。それにもかかわらず、写されるのは困ると考えている人々のプライバシーの感覚は、実態の伴わない期待の肥大ではないのか」と発言した。市川委員長代行は、「テレビの画像で、ある意味では一過性の画像としてそこに映り込んでしまうことまでも保護しなければいけないのかと言われると、私は正直言って違和感がある。隠すということであれば、隠す理由は何なのか。誰の利益のために隠すのかを吟味することが必要だと思う。取材対象者に隠してくれと言われたときには、必要ないと思えば、真実性を担保するためにも顔を出してインタビューさせてくださいと、取材する側が説得していくことが基本的なあり方だと思う」と発言した。

今回の意見交換会終了後、参加者からは以下のような感想が寄せられた。

  • 実際の案件について議論を進めることができたので分かりやすかった。報道だけに限らず、情報番組・バラエティーにも関わる部分で、どのセクションの人にとっても有意義なテーマだったと思う。「恋愛感情なし」ストーカーも罰せられることは重大なメッセージであり、より多角的な観点で制作しなければならないと感じた。日頃の取材活動や番組制作で疑問に感じたことに答えていただき、今後の取材活動の指針になった。

  • 事例に加えて、今、現場での疑問や悩ましいことについて意見交換し共有できたことが良かった。現場部門の若手もいたので、取材・編集等でのより具体的な事例について話せる機会があれば、なお良かったと思う。(SNSの扱い等は議題になっていたが)

  • テーマ数が多かったかもしれない。一つひとつの解説・質疑応答の時間を考えると、テーマ一つと自由討議でも良かったと思う。6社集っての意見交換なので、各社十分に意見を述べ合う余裕があったほうが良かったのではないか。

  • これまではBPOと聞くと、やや身構えてしまう部分があったが、今回、話を聞いて、我々放送局の味方であると感じた。特に放送法の部分の委員長の話は心強く感じた。再現ドラマは「事実を再現するもの」だが、「事実と離れてつくる」ことに相当気をつけなければならないと感じた。また機会があったら委員の皆さまのお話しを聞き、今後の番組制作に活用していきたいと思う。

以上

第242回放送と人権等権利に関する委員会

第242回 – 2016年12月

STAP細胞報道事案の審理、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の審理、都知事関連報道事案の審理、浜名湖切断遺体事件報道事案の審理、世田谷一家殺害事件特番事案の対応報告…など

STAP細胞報道事案および事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の「委員会決定」案をそれぞれ議論、また都知事関連報道事案、浜名湖切断遺体事件報道を審理した。世田谷一家殺害事件特番事案について、テレビ朝日から提出された対応報告を了承した。

議事の詳細

日時
2016年12月20日(火)午後4時~9時35分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会では、11月30日に行われた第4回起草委員会での議論を経て提出された「委員会決定」案を事務局が読み上げ、それに対して各委員が意見を出した。委員会で指摘された修正部分を反映した決定案を次回委員会に提出、最終的に確認する運びとなった。

2.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)事案の審理

3.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ) 事案の審理

対象となったのはテレビ熊本と熊本県民テレビが2015年11月19日にそれぞれニュースで扱った地方公務員による準強制わいせつ容疑での逮捕に関する放送。申立人は、放送は事実と異なる内容であり、初期報道における「極悪人のような報道内容」などにより深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出など放送局の対応を求めていたもので、9月に双方からヒアリングを行っている。
今委員会では、まず起草委員より第2回起草委員会で修正した「委員会決定」案について説明を行った上で各委員から意見を求めた。委員からは、警察広報担当者による発言に基づく記事内容の扱いを巡って突っ込んだ意見が交わされた。これを受けて委員会は、来月初めに第3回起草委員会を開くことを決め、今委員会での意見を反映した修正案を次回委員会に提出し、さらに議論を深めることとなった。

4.「都知事関連報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、フジテレビが2016年5月22日(日)に放送した情報番組『Mr.サンデー』。番組では、舛添要一東京都知事(当時)の政治資金流用疑惑に関連して、舛添氏の政治団体から夫人の雅美氏が代表取締役を務める会社(舛添政治経済研究所)に事務所家賃が支払われていた問題を取り上げ、早朝に取材クルーを舛添氏の自宅を兼ねた事務所前に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。
申立書によると、未成年の長男と長女は、1メートル位の至近距離からの執拗な撮影行為によって衝撃を受け、これがトラウマになって家を出て登校するたびに恐怖を感じ、また雅美氏はこうした撮影行為に抗議して「いくらなんでも失礼です」と発言したのに、家賃に対する質問に答えたかのように都合よく編集して放送され視聴者を欺くものだったとしている。雅美氏と2人の子供は人権侵害を訴え、番組内での謝罪などをフジテレビに求めている。
これに対してフジテレビは委員会に提出した答弁書において、長男と長女を取材・撮影する意図は全くなく執拗な撮影行為など一切行っておらず、放送した雅美氏の発言は、ディレクターが家賃について質問した以降のやり取りを恣意性を排除するためにノーカットで使用したとしている。さらに雅美氏は政治資金の使い道について説明責任がある当事者で、雅美氏を取材することは公共性・公益性が極めて高いとしている。
今月の委員会では、前回委員会での検討を経て一部修正された本件事案の論点とヒアリングの質問項目の案が示され、ほぼ確定した。

5.「浜名湖切断遺体事件報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、テレビ静岡が本年7月14日に放送したニュース番組(全国ネット及びローカル)で、静岡県浜松市の浜名湖周辺で切断された遺体が発見された事件で「捜査本部が関係先の捜索を進めて、複数の車を押収し、事件との関連を調べている」等と放送した。
この放送に対し、同県在住の男性は同月16日テレビ静岡に電話し、自分は事件とは関係ないのに同社記者が勝手に私有地に入って撮影し、犯人であるかのように全国ネットで報道をした等と抗議した。
同氏はその後テレビ静岡と話し合いを続けたが不調に終わり、9月18日付で申立書を委員会に提出。同事件の捜査において、「実際には全く関係ないにもかかわらず、『浜名湖切断遺体 関係先を捜索 複数の車押収』と断定したテロップをつけ、記者が『捜査本部は遺体の状況から殺人事件と断定して捜査を進めています』と殺人事件に関わったかのように伝えながら、許可なく私の自宅前である私道で撮影した、捜査員が自宅に入る姿や、窓や干してあったプライバシーである布団一式を放送し、名誉や信頼を傷つけられた」として、放送法9条に基づく訂正放送、謝罪およびネット上に出ている画像の削除を求めた。
また申立人は、この日県警捜査員が同氏自宅を訪れたのは、申立人とは関係のない窃盗事件の証拠物である車を押収するためであり、「私の自宅である建物内は一切捜索されていない」と主張、そのうえで、「このニュースの映像だけを見れば、家宅捜索された印象を受け、いかにもこの家の主が犯人ではないかという印象を視聴者に与えてしまう。私は今回の件で仕事を辞めざるをえなくなった」と訴えている。
この申立てに対しテレビ静岡は11月2日、「経緯と見解」書面を委員会に提出し、「本件放送が『真実でない』ことを放送したものであるという申立人の主張には理由がなく、訂正放送の請求には応じかねる」と述べた。この中で、「当社取材陣は、信頼できる取材源より、浜名湖死体損壊・遺棄事件に関連して捜査の動きがある旨の情報を得て取材活動を行ったものであり、当日の取材の際にも取材陣は捜査員の応対から当日の捜索が浜名湖事件との関連でなされたものであることの確証を得たほか、さらに複数の取材源にも確認しており、この捜索が浜名湖事件に関連したものとしてなされたことは事実」であり、「本件放送は、その事件との関連で捜査がなされた場所という意味で本件住宅を『関係先』と指称しているもの。また本件放送では、申立人の氏名に言及するなど一切しておらず、『申立人が浜名湖の件の被疑者、若しくは事件にかかわった者』との放送は一切していない」と反論した。
さらに、「捜査機関の行為は手続き上も押収だけでなく『捜索』も行われたことは明らか。すなわち、捜査員が本件住宅内で確認を行い、本件住宅の駐車場で軽自動車を現認して差し押さえたことから、本件住宅で捜索活動が行われたことは間違いなく、したがって、『関係先とみられる住宅などを捜索』との報道は事実であり、虚偽ではあり得ない」と主張した。
前回の委員会で審理入りが決まったのを受けてテレビ静岡から申立書に対する答弁書が提出され、申立人からは反論書が提出された。今月の委員会ではこれまでの双方の主張を事務局が説明した。

6.「世田谷一家殺害事件特番への申立て」対応報告

2016年9月12日に通知・公表が行われた本決定(勧告:放送倫理上重大な問題あり)に対して、テレビ朝日から対応と取り組みをまとめた報告書が12月9日付で提出され、委員会はこれを了承した。

7.その他

  • 委員会が1月31日に広島で開催する予定の中国・四国地区意見交換会の概要を事務局が説明し、了承された。
  • 次回委員会は1月17日に開かれる。

以上

2016年10月27日

沖縄県内の各局と意見交換会

放送人権委員会は10月27日、沖縄県那覇市内で県単位の意見交換会を開催した。放送局側の参加者は沖縄県内の民放5局とNHK沖縄放送局等から合計42人、委員会からは坂井眞委員長、奥武則委員長代行、曽我部真裕委員の3人が出席した。
午後7時半から約2時間にわたって開催された意見交換会では、前半は地元沖縄での事例に基づいて議論し、後半では最近の事案として「謝罪会見報道に対する申立て」事案と「出家詐欺報道に対する申立て」事案を取り上げ、委員会側が「委員会決定」の判断のポイントや放送法の解釈等について説明、意見を交わした。
主な内容は以下のとおり。

◆ 坂井委員長 冒頭あいさつ

表現の自由、他の権利との調整求められる時代
BPOの放送人権委員会は、時には局に厳しい意見を言ったりするので、ちょっと煙たいと思われているかもしれない。ただ、小言を言ったり、学校の風紀委員みたいなことをやっているつもりはない。
表現の自由は極めて重要だけれども、時に他の人権、プライバシーだとか名誉だとかを傷つけてしまうことがある。それは避けなければいけない。放送人権委員会はそのバランスを取る、そういう仕事だと思っている。BPOがこの役割を担うことは放送メディアが自律していく、自らを律していくことでもあるので、そういう目で見ていただけたら有難い。
かつては、「表現の自由」に対して、誰も正面からは異論を言わなかった。それがある時期から、例えばアメリカの場合9.11以降、非常に表現の自由に対する規制の問題も出てきている。ヨーロッパの場合も、今、右傾化と言われる中で同様の問題が出てきている。これはISの問題や移民の問題があってというようなことだ。日本でも今年法律ができたが、ヘイトスピーチの問題などが出てきている。
だから表現の自由は大切だというだけでは、なかなか「そうですね」で話が終わらなくなってきている。憲法改正などということも言われている。そういう中で、メディア自体がちゃんと他の人権との調整を図っていくということが改めて求められている時期だと思っており、そんな問題意識を持っている。
そういう意味で、今日は、我々がやっていることについてのご意見をいただいたり、疑問をお聞かせいただいたりして、今後さらに放送メディアが発展していく役に立てればいいと思っている。

◆ 沖縄での事例(米軍属による女性殺害事件)

意見交換会の実施に先立って行った地元局との事前の打ち合わせで沖縄での事例について何を取り上げるのかを協議、地元局からの提案もあり「米軍属による女性殺害事件」を取り上げることとなった。
まず、地元の2つの放送局から、事件報道の経緯等の報告があり、それに基づいて意見交換を行った。

□ 地元局の報告(A)
この事件で人権との関わりというと、やはり匿名報道という部分になるかと思う。被害者の名前については行方不明になっている時点から出していたが、死体遺棄容疑で容疑者が逮捕され、その後取材の中で暴行の疑いが出てきたというところから、被害者の人権に配慮して匿名に切り替えるという形を取った。
難しいと思ったのは、犯行の態様が出てくると、亡くなられた被害者や遺族の心情に配慮しながら、どこまでどう表現していくのかといったところについてはかなり配慮を求められたということだ。
それから、匿名に切り替えた時点でオンエアとしてはそこから匿名になっていくわけだが、過去に配信したWEB情報は、自社のほかキー局のホームページ等にも載っている。ともすると忘れがちになるが、そこまで徹底して匿名に切り替える作業もやっていかないとザルになってしまうので、この点もやはり気を付けなければいけない点だと思った。
大きな事件なので、本土からも多くのメディアも来るという中で、遺族や交際相手の取材に集中していくわけだが、どうしてもメディアスクラムに近い状況が生まれがちになってしまう。そんな中で、関係者になるべく負担をかけない形、2回も3回も同じようなアプローチをするようなことのないように情報の共有に配慮する必要があると思い、その点も気を使った。

□ 地元局の報告(B)
今回この事件を取材していて非常に悩ましかったところは、いつの時点で匿名に切り替えるかということだった。5月19日に死体遺棄容疑で逮捕されたのちに、殺人と強姦致死で再逮捕されるが、5月19日の時点では、もうすでに警察は行方不明者ということで事前に顔写真を公開しており、各社顔写真を使って実名で彼女がいなくなっているという事実を伝え続けていた。
その後、取材していくと暴行の容疑が垣間見えてきた時点で、いつ切り替えるのか考えた。弊局としては逮捕2日後の21日の昼ニュースから匿名にした。
では、その時に匿名にしただけですむのか。というのは、例えば彼女がウォーキング中に襲われたのではないかということで、このウォーキングの現場を映像で出した場合、見る人が見れば、うるま市のあそこの道だということが分かる。また、告別式が実家のある名護市で開かれた。これもまた、匿名報道をしている中で被害者の特定につながってしまう。それぞれ表現や映像をどこまで出していいのか、非常に悩んだ。
ただ、今回の事件は事前に顔写真が公開されているので、県民としてはあの事件だというのはほぼ分かっていることであろうと判断して、名護市であった告別式のときの場所はきっちり伝えたし、彼女が歩いていたというウォーキングコースもことさら隠すことなく放送した。ただし名前は全て伏せた。そういったところに難しさがあったかと思う。
もう一つ、加熱する取材、過剰な関係者への追いかけ取材のところも悩んだ。働いていた職場が近くにあるが、そこの取材をするのにも各社が集まっていくし、朝から晩までずっと立って待っておけばいいのかという問題もある。いわゆる過熱報道と人権との間で非常に悩んだ事例だった。
のちのち、この日の判断はこうだったんだ、あの日の判断はこうだったんだと一つ一つ振り返る必要があると思う。

□ 坂井委員長
実名・匿名、事件の本質を見極めて

匿名に切り替えるのがいつかという問題と、いわゆるメディアスクラム、集団的過熱取材の2つの問題があると思う。当初は行方不明事件で公開捜査をしてということなので、本当にそれだけであれば、むしろ行方不明になった方を探すためにメディアが協力するということは必要な場合もあるので、それは実名で致し方ないのかなというのが一点。
それで、それが性犯罪絡みだということが分かってきた段階で、できるだけ早く切り替えるということだろうと思う。ただ問題は2つあって、殺人事件でも警察は最初死体遺棄で逮捕して、そのあと殺人で捜査するというのはよくある話で、事件報道に当たっている方は分かっていると思う。
本当に、単に行方不明だから探しましょうということであれば、それは実名で出す以外にないと思う。ただ、ケースによると、本当のところはどうだろうか。警察がやろうとしていることが分かるのであれば、最初から匿名にするということもあるかもしれない。それが一点だ。
それから、取材の集中の問題というのは、古くて新しい、何か起きると繰り返されてきた問題だ。和歌山カレー事件のときは、逮捕の瞬間を撮るために、夏にビーチパラソルをさして、ずっと家の前で待っていたというようなことがあった。和歌山のときは現場に行っていろいろ話を聞いた。テレビメディアだけではなくて新聞も来るので、同じことを何遍も何遍も聞かれる。それはたまらないということを地元の方はおっしゃっていた。その時は日弁連の関係で行ったのだが、「弁護士さんにそういうこと相談していいんですか」というようなことを言われて、そうですよという話をした記憶がある。
当時集団的過熱取材については、県庁の記者クラブだとか県警の記者クラブに話を通して、窓口を決めてやるという話も出ていた。場合によると窓口を作って関係者に負担をかけないでやる、という話をすることが可能なケースもあるかもしれない。

□ 奥代行
メディアスクラム、取材者がそれぞれの現場で理性的な振舞いを

メディアスクラムの話だが、これが絶対起こらないようにするということは実はなかなかできないだろうと思う。今回の場合でも、そういう問題意識を持って現場で取材に当たっていたということは、やはり昔に比べれば事態が相当改善されてきたと思う。しかし、自由に取材するというのが当然必要なわけだから、それを何らかの形で規制することと取材の自由をどう両立させるかというのは、実は難問で、おそらく「これが答えだ」というのはないだろう。取材者たちがそれぞれの現場で理性的に振舞うしかないだろうと、そういうふうに思っている。

□ 曽我部委員
何のため?匿名にすることの意味を考えよう

公開捜査なので実名でもしょうがないということだが、二十歳の女性がいなくなったということは、当然これは性犯罪に巻き込まれている可能性があるというのは、すぐ連想されることだと思う。その後こういう展開になるのは予想できたような気もするので、当初の時点から何らかの配慮ができるといいのかなという感じはある。
それから、匿名に切り替えた話だが、これは一般論としていつも不思議に思うが、性犯罪だと匿名にするが、これが殺人だけだったら匿名にしなかったのか。そこの判断基準というのは、何か考える余地があるのではないかという気はする。
先ほどの地元局のコメントで大変示唆的だったのが、匿名にすることの意味だ。匿名というのは一般論からすると、本人の特定を避けるためにやるものなので、その結果、その事件のディティールは報道できないということになる。しかし、今回の場合、当初は実名報道だったので、本人の特定を避けるという意味で匿名にするということではなかった。匿名は匿名だけれども、匿名であるがゆえにその事件のディティールを報道できないということでは必ずしもないという点で特徴的な事例だったのではないかと思う。
そこから考えると、匿名にするのは特定を避けるという趣旨が通常だと思うが、それ以外にも遺族の心情からすると非常に苦痛が大きいので、そういう被害者配慮のための匿名というのもあるというのが、先ほどの報告で思ったことだ。

□ 地元局からの質問
メディア横断的な調整の仕組みとは?

我々の局も5月21日の時点をもって匿名に切り替えた。ただ、5月19日に容疑者が捕らえられたとき、すでに性犯罪というか、死体遺棄以外のものについても印象があった。そこでどういうふうに匿名に切り替えるのか、もう少し聞きたいと思うところだ。メディア横断的な調整の仕組みというのを、具体的にどういう考え方があるかを伺いたい。

□ 坂井委員長
報道内容に関する一本化はあってはならない

窓口をある程度一本化するという話はメディアスクラムの話としてはあったが、実名・匿名のような話は報道内容にかかわるので、それを足並みそろえて一本化というと、こんなにある意味、気持ち悪いことはない。取材の迷惑という話であれば、報道内容に直結するわけではないから、ある程度一本化も実現できると思うが、内容に関わる話は別だ。
もう一つ気持ち悪いのが、最近そういうことが起きた結果、警察とか役所が仕切る、ないしは口出ししてきたりすることだ。それは報道に公権力の介入を許すことになり、あってはならない。拉致被害者の方が戻ってこられたときに、ひどいメディアスクラムが起きて、私の記憶では、市役所が仕切りに入ったことがあった。役所の介入を引き出すような報道の在り方でいいのか、と思った記憶がある。最近は被害者や取材を受ける側が警察にお願いをして、警察が取材規制につながる動きをすることも起きているので、警察を窓口にした取材規制というようなことが起きないようにメディア側で何かできたらいいとは思っている。

□ 地元局からの質問
すでにネットで実名が出ても匿名化するのか?

匿名・実名の問題だが、以前被害者の女性の名前が、警察が公表する前にネットで行方不明だと情報が出回ったことがある。被害者がそういう犯罪に巻き込まれているとなれば各社匿名にするわけだが、ネットですでに名前が出ている状態となっている場合、どう判断したらいいのか。ネットで名前が出ていても、あえてそれを匿名にして、SNSとかで出回った情報と全く区別してメディアはメディアとしてやっていくのか、というところをお聞きしたい。

□ 坂井委員長
放送局が独自で判断を

そういうことは実際多いと思う。マスメディアが伏せていても、名前がネットで流れたり、顔写真が出るというのはよくある話だと思う。だからといってマスメディア側が、もう流れているから匿名にしてもしょうがないという判断はないだろう。やはり影響力も違う。そこはメディア側として独自に判断していけばそれでいいと思う。

◆ 委員会決定第55号「謝罪会見報道に対する申立て」について

続いて、昨年11月に通知・公表した委員会決定第55号「謝罪会見報道に対する申立て」について、当該局の了承を得て番組の一部を視聴したうえで起草を担当した曽我部委員が判断のポイントなどを説明した。
この事案は、TBSが2014年3月に放送した番組『アッコにおまかせ!』に対して、楽曲の代作問題で話題となった佐村河内守氏が謝罪と訂正を求めて申し立てたもの。放送人権委員会では2015年11月17日に「委員会決定」を通知・公表し、「勧告」として申立人の名誉を毀損する人権侵害があったと言わざるをえないと判断した。

□ 曽我部委員
どんな番組でも、事実の伝え方は報道番組と同等にきちっとすべきだ

この事案で申立人が主張したのは、この番組は申立人が健常者と同等の聴力を有していたのに、手話通訳を必要とする聴覚障害者であるかのように装って謝罪会見に臨んだとの印象を与えるので、名誉を毀損されたということだ。判断基準は、裁判所の判断でも同じだが、一般の視聴者が番組を見た時に、その番組の内容が申立人の言うような内容に見えるかどうかだ。
VTR部分を見てみると手話通訳がなくても普通に話が通じているように見えることは、おそらくあまり異論がないのではないかと思う。あの部分だけを見ると、申立人の言っているとおりに見えると思う。ただ決定では、それだけで結論に至るのではなく、診断書についての部分も検討した。診断書の紹介の仕方にいろいろ問題があって、その内容が正確に視聴者に伝わってないのではないかと指摘した。
診断書の結論は聴覚障害に該当しないという診断だが、聴覚障害に該当しないという言葉の意味は、法律の言っている基準に達していないというだけであって、普通の人と同じように聞こえるという意味ではない。ところが番組では、聴覚障害に該当しないとの診断イコール、普通に聞こえるというような感じで議論していた。委員会では、自己申告というのを強調して、「嘘ついている」というふうに持っていって、結局診断書が嘘に基づいて作られたというような印象を視聴者に与えたのではないかと判断した。
仮にそういう印象を与えたとしても、公共性、公益性があって、それが真実であれば良いわけだが、そういう証明はTBSの側からはなかったということで、最終的に名誉毀損に該当するという結論に至った。
以上が決定の全体だが、2、3コメントする。ひとつは、本件は報道番組ではなくて情報バラエティ番組なのであまり硬く判断するのでなく、少し緩やかに判断したほうが良いのではないかという意見もあろうかと思う。しかし、この決定では、そういうことはせずに事実の伝え方については、報道番組と同等にきちっと放送すべきだという前提を取った。
もう1点は出演者の発言についてだ。出演者は聴覚障害について予備知識もないだろうし、診断書の読み方について事前に説明を受けていたわけでもないと思う。出演者が素人目線でいろんな意見を言うのは、バラエティのやり方としてあると思うが、やはり障害に関する、あるいは専門的な知識が必要なものについては、もうちょっと事前に説明して、最低限の配慮をすべきであったのではないか、というのが教訓だろう。

□ 坂井委員長
決定文、なぜこういう判断が出たかを考え、読んでほしい

わたしは決定文の読み方ということを話そうと思う。
この件は名誉を毀損する人権侵害があったと判断し、放送倫理上の問題も指摘しているが、結論だけではなくて、どういう構成で、この結論を出したのかを、ぜひ理解していただきたい。厳しい、厳しくないというところで、喜んだり悲しんだりするのではなくて、こういう判断が出たことについて考え、今後にどう生かしていったらいいのかという見方を、是非していただきたい。
端的に言うと事実に対しては、謙虚に報道してもらいたい。『アッコにおまかせ!』でも、やはり都合の良い事実だけを拾っている感が、私にはある。事実に対してそういう向き合い方をしては駄目だ。脳波検査で異常があると出ているのなら、そう伝えるべきだ。そのうえで例えば「どうもわたしには、信じられません」と言えば、こういう問題にはならなかったのではないか。
今の話には、ちゃんと判例がある。ロス疑惑の夕刊フジ訴訟で、その考え方の枠組みは、前提事実が問題になるということを言って、前提事実について真実性、真実相当性が認められた時は、人身攻撃に及ばない場合は、これは名誉毀損に当たらないという判例だ。そういう下敷きがあって、我々はああいう判断をしている。
一方、所沢ダイオキシン報道の最高裁判決は、テレビの特性として一般視聴者の普通の注意と視聴の仕方を基準にすると言っている。そういう基準で見たら、どうなるのか。この番組で言うとフリップやテロップ、出演者のいろいろなコメントも影響する。そういう考え方をして、この結論を出した。
そういうことを理解していただきたい。「わたしは彼の言うことは信じません」と言っただけでは名誉毀損にならない。作り方を工夫していただければ、良いと思う。

◆ 委員会決定第57号「出家詐欺報道に対する申立て」について

続いて、昨年12月に通知・公表した委員会決定第57号「出家詐欺報道に対する申立て」について、当該局の了承を得て番組の一部を視聴したうえで起草を担当した奥委員長代行が判断のポイントなどを説明した。
この事案は、NHKが2014年5月に放送した番組『クローズアップ現代 追跡“出家詐欺”~狙われる宗教法人~』に対して、出家を斡旋する「ブローカー」として番組で紹介された男性が名誉・信用を毀損されたとして申し立てたもの。放送人権委員会では2015年12月11日に「委員会決定」を通知・公表し、「勧告」として本件放送には放送倫理上重大な問題があるとの判断を示した。
なお、当該番組に対して総務省が厳重注意したことなどに触れ、「委員会は民主主義社会の根幹である報道の自由の観点から、報道内容を委縮させかねない、こうした政府及び自民党の対応に強い危惧の念を持たざるを得ない」と委員会決定に記した。

□ 奥委員長代行
明確な虚構、放送倫理上重大な問題がある

本件放送には放送倫理上重大な問題があるということで勧告になった。名誉毀損ということにはなってないが、勧告というのは言葉としても非常に強い。映像はマスキングしているし、声も全部変えているので申立人と特定出来ないので名誉毀損などの人権侵害は生じない、というのが入口での判断だ。
しかしそれで終わっていいのかというと、そうではなくて、放送倫理のレベルで考えると、非常に大きい問題があった。放送倫理の問題をここでなぜ問うかというと、別の人から特定は出来ないとしても、申立人本人は自分がそこに登場していることが当然認識出来る。放送倫理上求められる事実の正確性にかかわる問題がそこに生まれる。
ヒアリングなどを通じて分かったことは、このNHK記者には日ごろから申立人と交流があった取材協力者がいて、いわゆるネタ元となっていた。そこに完全に依存していた。この取材協力者は、実は番組に出てくる多重債務者だ。NHKは申立人本人の周辺取材、裏付け取材をまったくしていない。取材協力者が、「申立人は出家詐欺のブローカーをやっている」と言うので、結局ああいう場面を作った。
しかし、虚偽を含んだナレーションがいっぱいある。一番ひどいとわたしたちが考えたのは、「たどり着いたのは、オフィスビルの一室。看板の出ていない部屋が活動拠点でした」というところだ。
これは実は取材協力者が全部セットして、ああいう部屋を借りて、ああいうセッティングをして、そこでああいう場面を撮ったことが分かった。出家詐欺のブローカーの活動拠点でもなければ、そこに日ごろから多重債務を抱えている人が次々に来て…という話では全然ない。これは明確な虚偽と言わざるをえないということで、重大な問題があるということになったわけだ。
NHKは過剰演出があったということで処分をしたが、この番組に関して総務省が厳重注意をした。放送法の問題などについては、後で委員長が話をするので、ここではふれないが、そうした動きに関しても我々は非常に注目している。

□ 坂井委員長
表現の自由、内容を問題にして権力者が規制出来るものではない
報道の自由を支えるものは市民の信頼。だから人権のことも自分たちで処理をして、権力が口を出すような隙は作ってほしくない

私は、表現の自由、報道の自由の関係についてお話をしたい。ご存知のとおり、この番組に関して総務大臣が厳重注意をしたほか、自民党の情報通信戦略調査会が事情聴取をした。
表現の自由、報道の自由の一番根っこにあるのは憲法21条だ。「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」と、書いてある。
一方、電波法という法律がある。放送局は電波の免許更新の時は大変気を使うと聞いているが、免許に関係する電波法は表現の自由ではなくて、電波の設備に関する法律だ。
憲法と放送法との関係を考える前提として、『生活ホットモーニング』事件という、私も高裁から最高裁にかけて関わった事件の最高裁判決がある。これは訂正放送をめぐるもので、最高裁の判断は訂正放送は認めず慰謝料請求だけを認めたというものだった。その判決で最高裁は、放送法は憲法21条の表現の自由の保障の下に定められている、と言っている。その放送法の一条には法の目的が3つ書いてある。一条の一項の1号2号3号だ。
「放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること」、「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」、3つ目は「放送に携わる者の職責を明らかにすることによって、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」、これが目的だと書いてある。この最高裁判決は、放送法の2条以下がこの3つの原則を具体化したものだと言っている。放送法がそういう構造になっていることを、ぜひ頭の中に入れておいていただきたい。
それで日本国憲法21条に戻るが、結局憲法21条が保障する表現の自由というのは、内容を問題にして、お役所とか権力者が規制出来るものではない。そんなことをしていいとは、どこにも書いていない。そのような法律は憲法が認めておらず、その憲法の下に放送法がある。総務大臣が行なった行政指導については、放送法には何も書いてない。放送法の3条には、「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」と書いてあるが、その前提として、内容を問題にして行政指導ができるような法律は憲法が認めていない。
この番組について、自民党の調査会が「けしからん。話を聞かせろ」と言ってみたり、総務大臣が口出しをしそうになる。だけれども、そんな権限があるとは放送法のどこにも書いていない。それをよく覚えておいていただきたい。
電波法76条には、放送法の問題で電波法の権限を行使出来るという趣旨の定めはある。しかし、放送法の下に位置すると言っても良い、電波設備について定める電波法の規定を根拠に、放送の内容をチェックして公権力が口出し出来るなどという転倒した解釈は到底許されない。
憲法があって、その下に放送法があって、その下に電波法があると思っていただければいい。その構造を、放送を担っている人たちが、よく頭に入れておかなければならないと、今更ながら申し上げたい。
報道の自由を支えるものは結局市民のメディアに対する信頼なので、だから人権のことも自分たちで処理をして、権力が口を出すような隙は作ってほしくないということだ。

意見交換会に引き続いて行われた懇親会でも、地元放送局と委員との間で活発な意見交換が行われた。

◆ 事後感想アンケート

事後感想アンケートに対して局側の参加者からは、「米軍属事件について。時間に余裕があれば、もう少し突っ込んだ議論につながったのかも」や「『土人』発言や『辺野古・高江取材のあり方』などもっと地域に特化した内容に時間を割いてみてもいいのではないかと思う」など、開催時間やテーマについて、さらに工夫を求める意見が寄せられた。
一方、「各局の事例報告は、実感を持って聴くことができたし、それに対する委員長、委員各位の意見などを直接聴くことができ、大変参考になった」「全国的にも知られている事例を解説されることでよりリアルに詳細に理解することができた。また、各局での題材も同じことがすぐに起こり得ることとして、当事者から生々しく聞くことができた」「今回委員の方から様々な見方を伺うことが出来、とても良かったです。とくに、『強姦殺人が発覚なら匿名、殺人なら実名報道なのか』という考え方を伺った際にははっとしました。当たり前のように先入観や慣れで放送してしまっているのではないか、と思ったからです」などの意見もあった。

以上

第241回放送と人権等権利に関する委員会

第241回 – 2016年11月

STAP細胞報道事案の審理、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の審理、都知事関連報道事案の審理、浜名湖切断遺体事件報道事案の審理入り決定…など

STAP細胞報道事案および事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の「委員会決定」案をそれぞれ検討、また都知事関連報道事案を審理し、浜名湖切断遺体事件報道に対する申立てを審理要請案件として検討して審理入りを決定した。

議事の詳細

日時
2016年11月15日(火)午後4時~10時15分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会では、10月末に行われた第3回起草委員会での議論を経て提出された「委員会決定」修正案について各委員が意見を出した。次回委員会までに第4回起草委員会を開いて、さらに修正を加えた「委員会決定」案を次回委員会に提出して検討することとなった。

2.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)事案の審理

3.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ) 事案の審理

対象となったのはテレビ熊本と熊本県民テレビが2015年11月19日にそれぞれニュースで扱った地方公務員による準強制わいせつ容疑での逮捕に関する放送。申立人は、放送は事実と異なる内容であり、初期報道における「極悪人のような報道内容」などにより深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出など放送局の対応を求めていたもので、9月に双方からヒアリングを行っている。
今委員会では、11月上旬の第1回起草委員会でまとめられた「委員会決定」案について起草委員が説明し、それを受けて委員の間で意見交換が行われた。議論では、警察広報文と警察取材に基づく情報の扱いなどについて意見が交わされたほか、熊本県民テレビについては出演者のコメントについても議論された。委員会は、こうした議論を基に第2回起草委員会を開き、次回委員会に修正を加えた「委員会決定」案を提出することを決めた。

4.「都知事関連報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、フジテレビが2016年5月22日に放送した情報番組『Mr.サンデー』。番組では、舛添要一東京都知事(当時)の政治資金流用疑惑に関連して、舛添氏の政治団体から夫人の雅美氏が代表取締役を務める会社(舛添政治経済研究所)に事所家賃が支払われていた問題を取り上げ、早朝に取材クルーを舛添氏の自宅を兼ねた事務所前に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。
申立書によると、未成年の長男と長女は、1メートル位の至近距離からの執拗な撮影行為によって衝撃を受け、これがトラウマになって家を出て登校するたびに恐怖を感じ、また雅美氏はこうした撮影行為に抗議して「いくらなんでも失礼です」と発言したのに、家賃に対する質問に答えたかのように都合よく編集して放送され視聴者を欺くものだったとしている。雅美氏と2人の子供は人権侵害を訴え、番組内での謝罪などをフジテレビに求めている。
これに対してフジテレビは委員会に提出した答弁書において、長男と長女を取材・撮影する意図は全くなく執拗な撮影行為など一切行っておらず、放送した雅美氏の発言は、ディレクターが家賃について質問した以降のやり取りを恣意性を排除するためにノーカットで使用したとしている。さらに雅美氏は政治資金の使い道について説明責任がある当事者で、雅美氏を取材することは公共性・公益性が極めて高いとしている。
今月の委員会では、起草担当委員から本件事案の論点とヒアリングの質問項目の案が示され審理した。ヒアリングについては、今後、先行している事案の審理状況を見ながら実施することになった。

5.審理要請案件:「浜名湖切断遺体事件報道に対する申立て」

上記申立てについて審理要請案件として検討し、審理入りを決定した。
対象となった番組は、テレビ静岡が本年7月14日に放送したニュース番組(全国ネット及びローカル)で、静岡県浜松市の浜名湖周辺で切断された遺体が発見された事件で「捜査本部が関係先の捜索を進めて、複数の車を押収し、事件との関連を調べている」等と放送した。
この放送に対し、同県在住の男性は同月16日テレビ静岡に電話し、自分は事件とは関係ないのに同社記者が勝手に私有地に入って撮影し、犯人であるかのように全国ネットで報道をした等と抗議した。
同氏はその後テレビ静岡と話し合いを続けたが不調に終わり、9月18日付で申立書を委員会に提出。同事件の捜査において、「実際には全く関係ないにもかかわらず、『浜名湖切断遺体 関係先を捜索 複数の車押収』と断定したテロップをつけ、記者が『捜査本部は遺体の状況から殺人事件と断定して捜査を進めています』と殺人事件に関わったかのように伝えながら、許可なく私の自宅前である私道で撮影した、捜査員が自宅に入る姿や、窓や干してあったプライバシーである布団一式を放送し、名誉や信頼を傷つけられた」として、放送法9条に基づく訂正放送、謝罪およびネット上に出ている画像の削除を求めた。
また申立人は、この日県警捜査員が同氏自宅を訪れたのは、申立人とは関係のない窃盗事件の証拠物である車を押収するためであり、「私の自宅である建物内は一切捜索されていない」と主張、そのうえで、「このニュースの映像だけを見れば、家宅捜索された印象を受け、いかにもこの家の主が犯人ではないかという印象を視聴者に与えてしまう。私は今回の件で仕事を辞めざるをえなくなった」と訴えている。
この申立てに対しテレビ静岡は11月2日、「経緯と見解」書面を委員会に提出し、「本件放送が『真実でない』ことを放送したものであるという申立人の主張には理由がなく、訂正放送の請求には応じかねる」と述べた。この中で、「当社取材陣は、信頼できる取材源より、浜名湖死体損壊・遺棄事件に関連して捜査の動きがある旨の情報を得て取材活動を行ったものであり、当日の取材の際にも取材陣は捜査員の応対から当日の捜索が浜名湖事件との関連でなされたものであることの確証を得たほか、さらに複数の取材源にも確認しており、この捜索が浜名湖事件に関連したものとしてなされたことは事実」であり、「本件放送は、その事件との関連で捜査がなされた場所という意味で本件住宅を『関係先』と指称しているもの。また本件放送では、申立人の氏名に言及するなど一切しておらず、『申立人が浜名湖の件の被疑者、若しくは事件にかかわった者』との放送は一切していない」と反論した。
さらに、「捜査機関の行為は手続き上も押収だけでなく『捜索』も行われたことは明らか。すなわち、捜査員が本件住宅内で確認を行い、本件住宅の駐車場で軽自動車を現認して差し押さえたことから、本件住宅で捜索活動が行われたことは間違いなく、したがって、『関係先とみられる住宅などを捜索』との報道は事実であり、虚偽ではあり得ない」と主張した。

委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。

6.その他

  • 委員会が10月27日に沖縄で開催した県単位意見交換会について、事務局から概要を説明し、その模様を放送した番組の同録DVDを視聴した。委員会から坂井眞委員長、奥武則委員長代行、曽我部真裕委員の3人が出席し、放送局側からは県内の民放5局とNHK沖縄放送局から合計42人が参加、地元沖縄の事例や最近の委員会決定について活発な意見交換が行われた。
  • 「世田谷一家殺害事件特番への申立て」事案で、「放送倫理上重大な問題あり」(勧告)の委員会決定を受けたテレビ朝日で、11月10日に坂井眞委員長と担当した奥武則委員長代行、紙谷雅子委員が出席して研修会が開かれたことを、事務局が報告した。報道や制作の現場の社員ら約130人が出席し、2時間にわたって決定のポイントやテレビ的技法の使い方等をめぐって意見を交わした。
  • 次回委員会は12月20日に開かれる。

以上

2016年11月15日

「浜名湖切断遺体事件報道に対する申立て」審理入り決定

放送人権委員会11月15日の第241回委員会で、上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となった番組は、テレビ静岡が本年7月14日に放送したニュース番組(全国ネット及びローカル)で、静岡県浜松市の浜名湖周辺で切断された遺体が発見された事件で「捜査本部が関係先の捜索を進めて、複数の車を押収し、事件との関連を調べている」等と放送した。
この放送に対し、同県在住の男性は同月16日テレビ静岡に電話し、自分は事件とは関係ないのに同社記者が勝手に私有地に入って撮影し、犯人であるかのように全国ネットで報道をした等と抗議した。
同氏はその後テレビ静岡と話し合いを続けたが不調に終わり、9月18日付で申立書を委員会に提出。同事件の捜査において、「実際には全く関係ないにもかかわらず、『浜名湖切断遺体 関係先を捜索 複数の車押収』と断定したテロップをつけ、記者が『捜査本部は遺体の状況から殺人事件と断定して捜査を進めています』と殺人事件に関わったかのように伝えながら、許可なく私の自宅前である私道で撮影した、捜査員が自宅に入る姿や、窓や干してあったプライバシーである布団一式を放送し、名誉や信頼を傷つけられた」として、放送法9条に基づく訂正放送、謝罪およびネット上に出ている画像の削除を求めた。
また申立人は、この日県警捜査員が同氏自宅を訪れたのは、申立人とは関係のない窃盗事件の証拠物である車を押収するためであり、「私の自宅である建物内は一切捜索されていない」と主張、そのうえで、「このニュースの映像だけを見れば、家宅捜索された印象を受け、いかにもこの家の主が犯人ではないかという印象を視聴者に与えてしまう。私は今回の件で仕事を辞めざるをえなくなった」と訴えている。
この申立てに対しテレビ静岡は11月2日、「経緯と見解」書面を委員会に提出し、「本件放送が『真実でない』ことを放送したものであるという申立人の主張には理由がなく、訂正放送の請求には応じかねる」と述べた。この中で、「当社取材陣は、信頼できる取材源より、浜名湖死体損壊・遺棄事件に関連して捜査の動きがある旨の情報を得て取材活動を行ったものであり、当日の取材の際にも取材陣は捜査員の応対から当日の捜索が浜名湖事件との関連でなされたものであることの確証を得たほか、さらに複数の取材源にも確認しており、この捜索が浜名湖事件に関連したものとしてなされたことは事実」であり、「本件放送は、その事件との関連で捜査がなされた場所という意味で本件住宅を『関係先』と指称しているもの。また本件放送では、申立人の氏名に言及するなど一切しておらず、『申立人が浜名湖の件の被疑者、若しくは事件にかかわった者』との放送は一切していない」と反論した。
さらに、「捜査機関の行為は手続き上も押収だけでなく『捜索』も行われたことは明らか。すなわち、捜査員が本件住宅内で確認を行い、本件住宅の駐車場で軽自動車を現認して差し押さえたことから、本件住宅で捜索活動が行われたことは間違いなく、したがって、『関係先とみられる住宅などを捜索』との報道は事実であり、虚偽ではあり得ない」と主張した。

委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。

放送人権委員会の審理入りとは?

「放送によって人権を侵害された」などと申し立てられた苦情が、審理要件(*)を満たしていると判断したとき「審理入り」します。
ただし、「審理入り」したことがただちに、申立ての対象となった番組内容に問題があると委員会が判断したことを意味するものではありません。

* 委員会審理に必要な要件については、同委員会「運営規則 第5条」をご覧ください。

第240回放送と人権等権利に関する委員会

第240回 – 2016年10月

STAP細胞報道事案の審理、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の審理、都知事関連報道事案の審理…など

STAP細胞報道事案の「委員会決定」案を検討、また事件報道に対する地方公務員からの申立て事案、都知事関連報道事案を審理した。

議事の詳細

日時
2016年10月18日(火)午後4時~9時50分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会では、前回に引き続き「委員会決定」案について審理した。各委員から出された意見を踏まえ、次回委員会までに第3回起草委員会を開き、次回委員会に修正案を提出してさらに検討を続ける。

2.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)事案の審理

3.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ) 事案の審理

対象となったのはテレビ熊本と熊本県民テレビが2015年11月19日にそれぞれニュースで扱った地方公務員による準強制わいせつ容疑での逮捕に関する放送。申立人は、放送は事実と異なる内容であり、初期報道における「極悪人のような報道内容」などにより深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出など放送局の対応を求めた。
前回委員会で、申立人と被申立人であるテレビ熊本と熊本県民テレビの出席を求め、それぞれ個別にヒアリングを行った。
今回の委員会では、起草委員がヒアリング内容を基にまとめた論点整理メモに沿って審理が行われた。審理では、警察の広報連絡文と放送局による警察取材内容の扱い等について議論が交わされたほか、フェイスブック写真の使用について、当事者以外に波及するプライバシー問題への配慮の必要性を委員会として指摘するべきではないかといった意見が出された。そのうえで、次回委員会までに第1回起草委員会を開くことを決めた。

4.「都知事関連報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、フジテレビが2016年5月22日(日)に放送した情報番組『Mr.サンデー』。番組では、舛添要一東京都知事(当時)の政治資金流用疑惑に関連して、舛添氏の政治団体から夫人の雅美氏が代表取締役を務める会社(舛添政治経済研究所)に事務所家賃が支払われていた問題を取り上げ、早朝に取材クルーを舛添氏の自宅を兼ねた事務所前に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。
申立書によると、未成年の長男と長女は、1メートル位の至近距離からの執拗な撮影行為によって衝撃を受け、これがトラウマになって家を出て登校するたびに恐怖を感じ、また雅美氏はこうした撮影行為に抗議して「いくらなんでも失礼です」と発言したのに、家賃に対する質問に答えたかのように都合よく編集して放送され視聴者を欺くものだったとしている。雅美氏と2人の子供は人権侵害を訴え、番組内での謝罪などをフジテレビに求めている。
これに対してフジテレビは委員会に提出した答弁書において、長男と長女を取材・撮影する意図は全くなく執拗な撮影行為など一切行っておらず、放送した雅美氏の発言は、ディレクターが家賃について質問した以降のやり取りを恣意性を排除するためにノーカットで使用したとしている。さらに雅美氏は政治資金の使い道について説明責任がある当事者で、雅美氏を取材することは公共性・公益性が極めて高いとしている。
前回の委員会後、申立人から反論書が、フジテレビからこれに対する再答弁書が提出された。今月の委員会では事務局が双方の主張をまとめた資料を説明し、それを基に意見を交わした。

5.その他

  • 委員会が今年度中に開催予定の地区別意見交換会について、事務局から中国・四国地区の加盟社を対象に2017年1月31日に広島で開催することを報告、了承された。
  • 次回委員会は11月15日に開かれる。

以上

2016年9月12日

「世田谷一家殺害事件特番に対する申立て」事案の通知・公表

[通知]
9月12日(月)午後1時からBPO会議室で坂井眞委員長と、起草担当の奥武則委員長代行と紙谷雅子委員が出席して本件事案の決定の通知を行った。申立人は代理人弁護士4人とともに、被申立人のテレビ朝日は常務取締役ら3人が出席した。
坂井委員長が決定文のポイントを読み上げ、「本件放送は人権侵害があったとまでは言えないが、番組内容の告知としてきわめて不適切である新聞テレビ欄の表記とともに、テレビ朝日は、取材対象者である申立人に対する公正さと適切な配慮を著しく欠いていたと言わざるを得ず、放送倫理上重大な問題があった」との「勧告」を伝えた。
申立人の代理人は「このような結論が出たことを、局側としては、『ああ、そうですか』というだけではなくて、なぜそうなったのかについて、経営担当者から第一線に至るまで深く掘り下げていただきたい。人権侵害にはならなかったが、申立人が非常に苦痛を味わったことは事実認定の中にあると考えているので、そのようなことが犯罪被害者に関連して、これから起きないよう深い総括をお願いしたい」と述べた。
テレビ朝日は「委員会の決定を真摯に受け止めて、今後の番組、ならびに、放送に必ず生かしていきたい」と述べた。

[公表]
午後2時から千代田放送会館2階ホールで記者会見をして、決定を公表した。23社49人が取材した。テレビの映像取材はテレビ朝日がキー局を代表して行った。
坂井委員長が決定の判断部分を中心に説明し、結論の最後の段落、「報道機関としてのテレビ局が、未解決事件を取り上げ、風化を防ぐ番組を取材・制作することは一般論としては評価できる試みと言えよう。だが、その際、被害者やその関係者の人権や放送倫理上の問題にはとりわけ慎重になることが求められる。テレビ朝日は、本決定を真摯に受け止め、その趣旨を放送するとともに、今後番組の制作において、放送倫理の順守をさらに徹底することを勧告する」という部分を読み上げた上で、未解決事件を取り上げることには社会的意義があるが、その場合には十分な配慮をしなければいけないという指摘をさせていただいたと述べた。
奥委員長代行は、「本件面談場面を詳細に検討した。申立人が主張しているような形に明確にはなっていないが、ナレーションなどのテレビ的技法を駆使して、最初は思い当たる節がないと言っていた人が、最後は思い当たる節があると転換したというふうな作りになっている。それは間違いないので、テレビの作り方としては非常に問題があるということで、放送倫理上重大な問題があるという判断をした」と述べた。
紙谷委員は、「申立人から『自己決定権』という、委員会としてはこれまであまりそういう主張を受けたことがなかったので、いろいろ検討した。自分が言っていないことを言わされている。自分の主張が正確に伝わっていない。周囲の人から誤解され、それを解くのに非常に苦労をした。申立人はそれを『自己決定権』を侵害されたという形で表現している。委員会としてどう受け取ったらいいのか、だいぶ議論したが、社会的評価が下がったということであるならば、名誉毀損の枠組みの中で議論しても問題ないのではないかということで、判断、処理をした。委員会としてはかなり考えた上で、残念ながら決定文には数行でしか反映できなかったということを補足したい」と述べた。

このあと質疑応答に移った。主な内容は以下のとおりである。

(質問)
本人が言ってないことを言ったかのように放送されたのに、人権侵害ではないというのは法律家が定める人権侵害に該当しないということか。

(坂井委員長)
人権侵害といった場合、憲法上保障されているどういう人権の侵害なのかという議論が必要だ。言っていないことを報道されてしまった、ないしは、言ったことが歪められて放送されてしまったということは、民事法レベルなら、例えば、慰謝料請求とか、そういう話はありうる。その場合故意・過失、違法性のある行為、損害、因果関係があればいいということになるので、そういう法的な要件に当てはまる場合はあると思う。しかし、この場合はそういう民事法レベルの不法行為の話をしていない。憲法上の人権の侵害といった場合に、どういう権利の侵害なのかというのは非常に難しいところだ。自己決定権の侵害というが、その自己決定権とは何なのかということは学問的にもまだ固まっていない。なので、この委員会でそれについて何か概念を定立して、自己決定権侵害だというべき状況ではないだろうという、そういう意見が強かったと思う。民事法レベルでは当然問題が起きうるけれども、ここで問題にしている人権侵害という話にはならないだろうというのが私の理解だ。

(紙谷委員)
人のコアにある部分を何か疎かにされたのではないかというレベルでは、すごく問題はあるという主張に説得力がないわけではない。ただ、今回の場合にはそれを承認するのは無理かもしれないけれども、社会的評価の低下をもたらす名誉毀損と同じ枠の中で処理した。委員会としては自己決定権とはこういうものだと考えるという議論で書いてもよかったのかもしれないが、そこまでやっていいのかみたいな議論もいろいろあった。それで、申立人はそう言っているけれども、そこの判断はしていないという文章になった。

(坂井委員長)
補足すると、申立書の中にもある名誉毀損だとか、プライバシー侵害だとかであれば分かりが易い。しかし、申立人側には代理人に弁護士が4名付いていて、その方たちも自己決定権という言葉は使っているけれども、それについて具体的に、どういう主張をされているのか明確でなかった。ヒアリングで私も直接質問をした。名誉毀損、プライバシー侵害、人格権としての自己決定権侵害と書いてあるが、具体的にどういう憲法上の権利の侵害だと主張されるのかと。それが明確だったら、判断しやすいのだが、そこのところを抽象的に人格権としての自己決定権侵害だと書かれてしまうと本件では具体的な意味がよく分からないので、もう少し分かりやすく説明していただけたらありがたいという趣旨だ。しかしその点は、申立人代理人の弁護士も今の法律解釈の状況を前提にして主張するわけだから、なかなかクリアに主張できないし、実際質問に対する回答も明確とはいえなかった。そうすると我々としても、「それは分かりましたが、どう受け止めるかは委員会で考える」ということになって、先ほどから説明しているような結論になった。
例えば、本人が考えたこともない嘘のことを放送してしまって、それが、そういうことを言ったという事実の摘示となって、その人の社会的評価が下がるということであれば、自己決定権について判断するまでもなくそれ自体で名誉毀損だということになる。紙谷委員から説明があったことだ。そういうこともありうるわけで、その場合、名誉毀損として人権侵害を認定すれば足りることで、そこで自己決定権侵害と言わなければいけないのだろうか、というような問題もあって、委員会として、独自に言ってもいいのかもしれないが、そんなに簡単な問題ではないというのが今回の委員会の総意だと思う。

(質問)
本件に関して言えば、テレビ的技法が行き過ぎたのか、間違ったのか。委員会はどう判断したのか。

(坂井委員長)
これは3人全員からお話したほうがいいと思う。まず私から話をすると、テレビ朝日はそういうつもりはなかったと言うが、ある方向性の番組を作りたいとは思っていて、その中にとても苦しい思いをしている事件の被害者遺族の方を出演させて、作りたい方向に当てはめようとして、歪めてしまったということだと思う。最近の別の事案でも申し上げたことだが、こういう事実報道と調査報道とバラエティが混じったような番組では、それはストレートニュースではないわけで、一定の方向を出したいというケースがある。例えば、この番組であれば、サファリック氏が一定の見解を出して、とてもつらい目にあった被害者遺族もそれに賛成したみたいなことにしたかったのかなと思う。ところが本人は、そうじゃないと最初に言っているし、最後までそうですねと言ってないのに、番組の方向性に合わせて使ってしまった。そういう意味では歪めた。歪めたということは具体的にどういうことだったかというと、事実がどうだったかというところを、ストレートにその方向で言ってしまうとまちがいなく問題が起きる。そこで、テレビ的技法を使ったのだろうが、結局、視聴者にはそのように受け取れるような番組を作ってしまったということだ。つまりそのようにして事実を歪めた。それはテレビ的技法の使い方として間違っていると私は思っている。一定の意見を言う、見解を言うのはテレビ局の番組制作上当然自由だけれども、そこに出演してもらった被害者遺族の考えを歪めて使ったり、事実を曲げたりしてはいけない。被害者遺族はこう言っているけれども、それについての意見はこうだと言えばいいのに、そうではなく、事実の部分を曲げたところが間違っている。事実にもっと謙虚に向き合い、事実をもっと謙虚に扱わなければいけない。そういう姿勢でないと、またこういう問題が起きるだろうと私は考えている。

(奥委員長代行)
この番組におけるテレビ的技法の使い方は正しかったか、どうかという話であれば正しくないということになる。正しくないということの内容は委員長が縷々説明したとおりだ。

(紙谷委員)
かなりミスリードさせるような形で使っている。つまり、どちらかというと、そのまま流しちゃうと、テレビ局のシナリオにはあまり乗らなくなってしまったところに、ピーという音を入れ、思い当たる節が、とかなんとかというふうなものを、肯定したのだというふうに解釈できるように、テロップで出したとか。まさに、わざわざ誤解させている。あるいは、誤解しても不思議ではないような道筋を作っていくような使い方というのはまずい。そういう意味では、委員長と同じように事実を歪めている。そっちに持っていったら困るなあという時に、別なほうに持っていっているという使い方ではまずいのではないかと。強調するとかということであれば、決して悪い使い方ではないのかもしれないが。だから、テレビ的技法を否定しているわけではない。ただ、正直に使ってくださいということだ。

(坂井委員長)
それが端的に表れているが新聞テレビ欄表記だ。「〇〇を知らないか?心当たりがある!遺体現場を見た姉証言」。実際そんなことは言っていないのに、こういうふうに書いてしまっている。それについてテレビ朝日は字数制限があるし、適切な要約だと言うけれど、そうだろうか。起草委員の表現に委員会の総意として賛同しているが、「制限の中で番組内容を的確に伝えるのがプロの放送人たる者の腕だろう」ということだ。事実を曲げないでちゃんと要約していただきたい。しかしやはり、ここでは、事実を曲げてしまっているとわたしは思っている。そのようなことを言ってないわけだから、サファリックも申立人も。

(質問)
自己決定権を名誉毀損の中で議論したということだが、テレビ欄の問題も含めて名誉毀損にならないと判断したのか。
「理解しがたい事態である」という厳しい言葉がある。遺族の気持ちを考慮していないこともあって「重大」が付いたとの説明があった。「倫理上重大な問題あり」だが、人権侵害にはならないという、その差はどこにあるのか。

(坂井委員長)
人権侵害になるかどうか、この場合は名誉毀損かプライバシー侵害かという話で、名誉毀損の問題なので、この放送によって申立人の社会的評価が低下したのかどうかいうことになる。この事案の場合は、そういう内容にはなっていない。それは人権侵害に関する判断で、分かりづらいかもしれないが、決定文の17ページから18ページに書いてあるとおりだ。大きく分けると、まず、一般の視聴者、申立人の活動を知らない人にとってどうかと。申立人にとっては不本意かもしれないが、犯罪被害者の遺族が犯行の動機を怨恨に求めること自体は特異なことではない。だから、そういうことを言っているとされた人の社会的評価が下がるかというとそうではなくて、そういうこともあるだろうという話だと思う。次に、「ごく近い人々」、申立人がグリーフケアを一生懸命やっていることを知っている人にとってどうかということ。これも考えなくてはいけないということで、これも議論した。けれども、わたしどもが最初のところで事実認定をしたように、この放送自体はそういう誤解が生じる可能性が強いかもしれないが、そこまで断定的には言っていない。放送を見て、申立人の活動を知っている人が「考えを変えちゃったんですか」と思ったとしても、それは、決定文で「誤解」と書いたがその人の理解。しかし、問題は見た人がどう考えたかではなくて、放送内容が社会的評価を低下させるような内容の事実摘示をしたのかということだ。そして放送ではそこまでは言っていない。放送を見た申立人を知る方からそういう批判があったことは否定しないし、申立人は大変だったと思う。大変だったけれども、それで放送によって社会的評価が低下したという話ではないだろうということで、法律論としては名誉毀損にならないという、そういう形の議論だ。
ただ、それと、先ほどからご質問があるように、事実を歪めたりするテレビ的技法の使い方は大変問題だし、こういう大事件の被害者遺族については十分な配慮をして扱わなければいけない。これもイロハだと思うけれども、そこについては不十分だったのではないかと。この点についての放送倫理上重大な問題ありだという判断は、別に人権侵害なしとすることと食い違うものではないと思う。
整理すると、人権侵害ではないというところは法律的な要件の問題として、それは満たしていないという判断。だからといって、放送倫理の問題としては全部OKだということでは決してなく、重大な問題があるという判断だ。決定文で「勧告」とした場合、「判断のグラデーション」を見ていただければ分かるが、「勧告」には「人権侵害」と「放送倫理上重大な問題あり」とが並べて書かかれている。あえて、どちらが重いという書き方はしていない。表記としては上に「人権侵害」と書いているが、「勧告」としては同じだという理解をしている。

(質問)
この件に限らず、BPOで取り上げられる事案の場合、過剰な演出と恣意的な編集というのは1つのキーワードとして出てくる。今回のケースでは「過剰な演出」はあったと判断したのか。

(坂井委員長)
結論としてはイエスだ。用語としてそう言ってないだけで、例えば19ページ、放送倫理に関する判断の(1)「最後のピース」の意味のところ。「そこでは規制音・ナレーション・テロップなどのテレビ的技法がふんだんに使われていた。伏せられた発言は伏せるべき正当な理由があったとは思えない。むしろ前後のナレーションによってその重要性が強調され、視聴者の想像を一定の方向に向けてかきたてる組立てになっていた。その結果、申立人がサファリックの見立てに賛同したかのように視聴者に受け取られる可能性が強い内容となったのである。その際、とりわけ『結論』的に流される『思い当たる節もあるという』というナレーションが視聴者に与えた影響は強かったと言えよう」。これを読んでいただければ、用語としてそう言ってないだけで、中身としてはそういうことが書いてある。そういう部分が何か所かある。より具体的に書いてあるということだ。そのあたりは、今のところもそうだが、事実認定のところでも書いてある。

(奥委員長代行)
決定文の中で本件番組におけるテレビ的技法は恣意的であり、過剰であったという表現はしていない。しかし、具体的内容に即して、その点を指摘している。

(質問)
過剰な演出があった、あるいは、恣意的な編集があったと、直接的に文言として明言されなかった、盛り込まれなかったのは、何か委員会として理由があるのか。

(坂井委員長)
わたしの理解だが、抽象的にそういうことを言うよりも、何がどういけなかったのかと書くほうが意味があると思う。この決定は、当然、局の方にも理解していただかなければならないが、恣意的な編集とか過剰な演出とだけいっても、それってなんですかという話になる。それよりは、ここがこういうふうにおかしいと具体的に書くことこそ我々の仕事だと思うので、そう書いている。あえて書かなかったということではなくて、結論として、そう言っているとより理解してもらえる内容だと思っている。

(奥委員長代行)
今、指摘を受けて、割とびっくりしたが、そんなことはない。あえて避けたなんていうことは全くない。

(質問)
決定を通知された時の申立人の反応は。

(坂井委員長)
基本的には人権侵害を認められなかったから不満だというような直接的なことはおっしゃっておられない。こういう判断が出たことについては、受け入れていただいていると思う。申立人代理人の方が最初におっしゃっていたのは、これは申し上げてもいいと思うが、「放送倫理上重大な問題あり」という結論が出たわけだが、今、皆さんからご質問受けたようなことは、放送を見ればある程度分かることでもあるわけで、それであれば、もっと手前の段階で、申立人と局との間で解決ができるべきではないかという趣旨のことをおっしゃっておられたと思う。あとは、委員会の決定について、テレビ朝日にしっかり理解をしていただいて、今後こういうことがないようにしてもらいたいという趣旨のことだったと思う。

(奥委員長代行)
申立人には、基本的にかなり納得していただいたという感じを持った。テレビ朝日は、非常に決まりきった言葉だろうが、真摯に受け止めて対応するということを言っていた。

(質問)
放送を見ていないが、決定文の「放送概要」を見る限り、申立人は特になにかこれといった証言はしていないように思えるが。

(坂井委員長)
わたしの記憶ではない。

(奥委員長代行)
それ以上のことはヒアリングでも何もなかった。

(紙谷委員)
まさに今の質問のような、「思わせぶり」がこの放送の特徴だった。何かあるに違いないと。

以上

第239回放送と人権等権利に関する委員会

第239回 – 2016年9月

事件報道に対する地方公務員からの申立て事案のヒアリングと審理、世田谷一家殺害事件特番事案の通知・公表の報告、STAP細胞報道事案の審理、都知事関連報道事案の審理…など

事件報道に対する地方公務員からの申立て事案のヒアリングを行い、申立人と被申立人の2局から詳しく事情を聞いた。また世田谷一家殺害事件特番事案の通知・公表について事務局から報告し、STAP細胞報道事案、都知事関連報道事案を審理した。

議事の詳細

日時
2016年9月13日(火)午後3時~10時20分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)事案のヒアリングと審理

2.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ) 事案のヒアリングと審理

対象となったのはテレビ熊本と熊本県民テレビが2015年11月19日にそれぞれニュースで扱った地方公務員による準強制わいせつ容疑での逮捕に関する放送。申立人は、放送は事実と異なる内容であり、初期報道における「極悪人のような報道内容」などにより深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出など放送局の対応を求めた。
今回の委員会では、申立人と被申立人であるテレビ熊本と熊本県民テレビの出席を求め、それぞれ個別にヒアリングを行った。テレビ熊本からは取締役報道編成制作局長ら2人が、熊本県民テレビからは取締役報道局長ら3人が出席した。
この中で申立人は、まず事案全般について「事実と違う内容、過剰な報道、フェイスブックの写真を複数無断で使用された点が大きな問題だ」と指摘すると同時に、対象の2局は「公務員に対する偏向報道が顕著だ」と主張した。特に申立人は、フェイスブックの写真使用について、「個人アカウントを特定され、自分への誹謗中傷や、友人、家族にも被害が及ぶ可能性があり、かなり危険だ」と述べた。
その上で、テレビ熊本について、自宅前での記者リポートを取り上げ「自宅の映像まで放送したことは、いかがなものかと思う」と述べた。また、不起訴後にもかかわらず「公務員の不祥事」をまとめた年末企画の中で扱ったことを問題と指摘した。
これに対して、テレビ熊本は「現職の公務員による準強制わいせつ事案であり、社会的関心も高く、警察取材を基に事実のみを伝えた」と主張した。また、記者リポートは、「現場を特定するもので、交通事故の現場等と照らし合わせても正当だ」と説明するとともに、年末企画は「匿名とするなど人権に配慮した」と主張した。
一方、熊本県民テレビに対して申立人は、放送の中で「卑劣な行為」と出演者がコメントしたことについて、「人気キャスターの発言は影響力が強く、有罪だと思わせるものだった」と主張した。これに対して熊本県民テレビは、「警察以外に対して取材する努力は大切だが、性犯罪の密室性、被害者のプライバシー等の問題もあり、一報の段階では警察発表に基づいて報道することに一定の合理性があったと思う」と主張した。また、出演者のコメントについて「行為について言ったもので、不適切とは考えていない」と述べた。
委員会はこの後、論点に即してヒアリング内容について意見交換を行い、10月初めに起草委員が起草準備のための会合を開くことを決めた。

3.「世田谷一家殺害事件特番への申立て」事案の通知・公表の報告

本件事案に関する「委員会決定」の通知・公表が9月12日に行われた。委員会では、その概要を事務局が報告し、当該局のテレビ朝日が放送した決定を伝えるニュースの同録DVDを視聴した。

4.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2,000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今月の委員会では、9月6日に行われた第2回起草委員会を経て提出された「委員会決定」案について審理した。次回委員会では、さらにこの決定案の検討を続けることになった。

5.「都知事関連報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、フジテレビが2016年5月22日に放送した情報番組『Mr.サンデー』で、舛添要一東京都知事(当時)の政治資金流用疑惑に関連して、舛添氏の政治団体が夫人の雅美氏が代表取締役を務める会社(舛添政治経済研究所)に事務所家賃を支払っていた問題を取り上げた。番組では、雅美氏を取材するため早朝に取材クルーを団体と会社の所在地である舛添氏の自宅兼事務所に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。
申立書によると、未成年の長男と長女は1メートル位の至近距離から執拗な撮影をされて衝撃を受け、これがトラウマになって登校のため家を出る際に恐怖を感じ、また雅美氏はこうした撮影に抗議して「いくらなんでも失礼です」と発言したのに、家賃に対する質問に答えたかのように都合よく編集され、視聴者に雅美氏を誤解させる放送だったとしている。雅美氏と2人の子供は人権侵害を訴え、番組内での謝罪などをフジテレビに求めている。
これに対してフジテレビは委員会に提出した「経緯と見解」書面において、2人の子供を取材・撮影する意図は全くなく、執拗な撮影行為など一切行っておらず、雅美氏の発言も家賃に関する質問から雅美氏の回答を一連の流れとしてノーカットで放送したもので、作為的編集の事実は一切ないとしている。さらに政治資金の流れの鍵を握るキーパーソンで使い道について説明責任がある雅美氏を取材することは公共性・公益性が極めて高いとしている。
前回の委員会で審理入りが決まったのを受けてフジテレビから申立書に対する答弁書が提出され、今月の委員会ではこれまでの双方の主張をまとめた資料を事務局が提出した。

6.その他

  • 次回委員会は10月18日に開かれる。

以上

2016年度 第61号

「世田谷一家殺害事件特番への申立て」に関する委員会決定

2016年9月12日 放送局:テレビ朝日

勧告:放送倫理上重大な問題あり
テレビ朝日は2014年12月28日に『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』を3時間に及ぶ年末特番として放送した。今なお未解決の世田谷一家殺害事件を、FBIの元捜査官が犯人像をプロファイリングするという内容で、その見立ては、被害者の1人の実姉である申立人が否定していた一家に強い怨恨を持つ顔見知りによる犯行というものだった。
申立人が元捜査官と面談した内容が十数分間に編集されて放送されたが、申立人は、規制音・ナレーション・テロップなどを駆使したテレビ的技法による過剰な演出と恣意的な編集によって、申立人があたかも元捜査官の見立てに賛同したかのようにみられる内容で、申立人の名誉、自己決定権等の人権侵害があったと委員会に申し立てた。
委員会は、「勧告」として、本件放送は人権侵害があったとまでは言えないが、番組内容の告知としてきわめて不適切である新聞テレビ欄の表記とともに、テレビ朝日は、取材対象者である申立人に対する公正さと適切な配慮を著しく欠いていたと言わざるを得ず、放送倫理上重大な問題があったと判断した。

【決定の概要】

テレビ朝日は2014年12月28日(日)に『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』を3時間に及ぶ年末特番として放送した(以下、「本件放送」という)。2000年12月30日深夜に発生し今なお未解決の世田谷一家殺害事件を取り上げ、FBIの元捜査官が犯人像をプロファイリングするという内容だった。その見立ては、被害者の1人の実姉である申立人が否定していた一家に強い怨恨を持つ顔見知りによる犯行というものだった。
本件放送では、申立人が元捜査官と面談した内容が十数分間に編集されて放送された(以下、「本件面談場面」という)。申立人は、本件面談場面は、規制音・ナレーション・テロップなどを駆使したテレビ的技法による過剰な演出と恣意的な編集によって、申立人があたかも元捜査官の見立てに賛同したかのようにみられる内容で、申立人の名誉、自己決定権等の人権侵害があったと委員会に申し立てた。これに対し、テレビ朝日は、過剰な演出と恣意的な編集を否定し、本件面談場面は申立人が元捜査官の見立てに賛同したかのように視聴者に受け取られる内容ではないと反論した。
委員会は本件面談場面の流れを検討し、申立人が元捜査官の見立てに賛同したかのように視聴者に受け取られる可能性が強い内容だったと判断した。新聞テレビ欄の番組告知の表記についても思わせぶりな伏字や本件放送内で語られていない文言を使ったもので、番組内容の告知としてきわめて不適切なものだったと判断した。
しかし、本件面談場面は、申立人が元捜査官の見立てに賛同したかのように視聴者に受け取られる可能性が強い内容だったとはいえ、申立人が自身の考えを変えたとまで視聴者に明確に認識されるものではなかったこと、さらにたとえ元捜査官の見立てに賛同したと受け取られたとしても、そのことが申立人の社会的評価の低下にただちにつながるとは言えないことなどから、本件放送は申立人の人権侵害には当たらないと委員会は判断した。
申立人は、本件放送後、本件面談場面を見て元捜査官の見立てに申立人があっさり賛同したものと受け取った申立人にごく近い人々から厳しい批判や反発を受け、精神的苦痛を味わったと主張する。だが、これらの批判や反発は申立人にごく近い人々からの反応や意見であって、申立人が元捜査官の見立てに賛同するという事実がただちに社会的評価の低下をもたらすとは言えないことを考えると、申立人の人権侵害があったとまでは言えないと委員会は判断した。
次に放送倫理上の問題について判断した。テレビ朝日は申立人に取材を依頼した時点で、申立人が事件をめぐる怨恨を否定し、悲しみからの再生をテーマにさまざまな活動を行っていることをよく知っていたという。また、番組に出演する際には、衝撃的な事件の被害者遺族ということへの配慮が必要なことも十分認識していたという。にもかかわらず、申立人の考えや生き方について誤解を招きかねないかたちで本件放送を制作したことになる。番組内容の告知としてきわめて不適切である新聞テレビ欄の表記とともに、「過度の演出や視聴者・聴取者に誤解を与える表現手法(中略)の濫用は避ける」、「取材対象となった人の痛み、苦悩に心を配る」とした「日本民間放送連盟 報道指針」に照らして、本件放送は申立人に対する公正さと適切な配慮を著しく欠き、放送倫理上重大な問題があったと委員会は判断する。
委員会は、テレビ朝日に対して本決定を真摯に受け止め、その趣旨を放送するとともに、今後番組制作のうえで放送倫理の順守をさらに徹底することを勧告する。

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2016年9月12日 第61号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第61号

申立人
入江 杏 氏
被申立人
株式会社テレビ朝日
苦情の対象となった番組
『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』
放送日時
2014年12月28日(日)午後6時~8時54分

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.本件放送内容と申立てに至る経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • はじめに――本事案の核心
  • 1.本件面談場面の流れ
  • 2.テレビ的技法について
    • (1) なぜ、問題にするか
    • (2) 二つの伏せられた発言
    • (3) ナレーション
    • (4) テロップ
  • 3.視聴者はどう受け取ったか
  • 4.新聞テレビ欄の表記
  • 5.人権侵害に関する判断
    • (1) 申立人の主張
    • (2) 人権侵害に関する結論
  • 6.放送倫理に関する判断
    • (1)「最後のピース」の意味
    • (2) 被害者遺族への配慮
    • (3) 放送倫理に関する結論

III.結論

IV.放送概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2016年9月12日 決定の通知と公表の記者会見

通知は、2016年9月12日午後1時からBPO会議室で行われ、このあと午後2時から千代田放送会館2階ホールで公表の記者会見が行われた。
詳細はこちら。

2016年12月20日 委員会決定に対するテレビ朝日の対応と取り組み

テレビ朝日から対応と取り組みをまとめた報告書が12月9日付で提出され、委員会はこれを了承した。

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第238回放送と人権等権利に関する委員会

第238回 – 2016年8月

自転車事故企画事案の対応報告、世田谷一家殺害事件特番事案の審理、STAP細胞報道事案の審理、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の審理、都知事関連報道事案の審理入り決定…など

自転車事故企画事案について、フジテレビから提出された対応報告を了承した。世田谷一家殺害事件特番事案の「委員会決定」案を検討し、大筋で了承。またSTAP細胞報道事案、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案を審理した。都知事関連報道に対する申立てを審理要請案件として検討し、審理入りを決めた。

議事の詳細

日時
2016年8月16日(火)午後4時~10時00分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「自転車事故企画に対する申立て」事案の対応報告

2016年5月16日に通知・公表が行われた本決定(見解:放送倫理上問題あり)に対して、フジテレビから対応と取り組みをまとめた報告書が8月9日付で提出され、委員会はこれを了承した。

2.「世田谷一家殺害事件特番への申立て」事案の審理

対象となったのは、テレビ朝日が2014年12月28日に放送した年末特番『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』。番組では、FBI(米連邦捜査局)の元捜査官(プロファイラー)マーク・サファリック氏が2000年12月に発生したいわゆる「世田谷一家殺害事件」の犯人像を探るため、被害者遺族の入江杏氏らと面談した模様等を放送した。入江氏は殺害された宮澤泰子さんの実姉で、事件当時、隣に住んでいた。番組で元捜査官は、「当時20代半ばの日本人、宮澤家の顔見知り、メンタル面で問題を抱えている、強い怨恨を抱いている人物」との犯人像を導き出した。
この放送を受けて入江氏は、テレビ朝日に対し、演出上の問題点などについて抗議。放送法第9条に基づく訂正放送・謝罪等を求めたが、テレビ朝日は「放送法による訂正放送、謝罪はできない」と拒否した。このため入江氏は、委員会に申立書を提出。「テレビ的な技法(プーという規制音、ナレーション、画面右上枠テロップなど)を駆使した過剰な演出、恣意的な編集並びにテレビ欄の番組宣伝によって、あたかも申立人が元捜査官の犯人像の見立てに賛同したかの如き放送により、申立人の名誉、自己決定権等の権利侵害が行われた」として、放送による訂正、謝罪並びに責任ある者からの謝罪を求めた。
これに対しテレビ朝日は、サファリック氏の怨恨説を否定する申立人の発言をそのまま放送しており、申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したように見えるという申立人側の指摘は当たらないと反論。申立人が指摘するような「恣意的な編集」や「過剰な演出」はないと認識しており、「放送法第9条による訂正・謝罪の必要はないと考えている」と主張している。
今月の委員会では、「委員会決定」再修正案が提示され、詳細に検討した。その結果、大筋で了承されて委員長一任となり、9月に決定の通知・公表が行われる運びになった。

3.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会には、8月9日の第1回起草委員会での議論を反映した決定文の素案が提出され、各委員が意見を述べた。9月に第2回起草委員会を開き、次回委員会で「委員会決定」案について審理をさらに進めることになった。

4.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本) 事案の審理

5.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ) 事案の審理

対象となったのは、テレビ熊本と熊本県民テレビが2015年11月19日にそれぞれ放送したニュース番組で、地方公務員が準強制わいせつ容疑で逮捕された事件について報道した。
申立人は、放送は事実と異なる内容であり、フェイスブックの写真を無断使用され、初期報道における「極悪人のような報道内容」により深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出など放送局の対応を求めた。
これに対してテレビ熊本は「現職公務員による準強制わいせつの事案であり、取材を積み重ね、事実のみを報道した」と主張、熊本県民テレビは、「報道は、正当な方法によって得た取材結果に基づいて客観的な立場からなされたものであり、悪意的でモラルを欠いた内容ではない」と主張している。
この日の委員会では、まず起草委員より論点案と申立人、被申立人に対する質問項目案が説明された。これを基に委員の間で意見交換が行われ、論点と質問項目を決定、9月13日の次回委員会で本事案に関するヒアリングを行うことを決めた。

6.審理要請案件:「都知事関連報道に対する申立て」

上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となった番組は、フジテレビが2016年5月22日に放送した情報番組『Mr.サンデー』で、舛添要一東京都知事(当時)の「政治資金私的流用疑惑」に関連して、舛添氏の資金管理団体が、ファミリー企業である舛添政治経済研究所に事務所家賃を支払っていた問題をテーマの一つとして取り上げた。番組は、同研究所の代表取締役で夫人の雅美氏を取材するため、同月20日朝、番組クルーを舛添氏の自宅兼事務所前に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。
この放送に対し、親権者である舛添夫妻は代理人を通じてフジテレビに5月25日付で書面を送り、未成年の長男と長女を執拗に撮影したことは肖像権の侵害に当たると主張、また雅美氏の発言を「作為的に編集、放送した」等と抗議した。これに対しフジテレビは6月2日、長男、長女への「執拗な撮影はしていない」、雅美氏の発言は「ノーカットで放送されており、作為的編集・放送はしていない」等とする回答書を舛添氏代理人に送付した。
これを受けて、雅美氏と二人の子供は6月22日付で人権侵害を訴える申立書を委員会に提出(要一氏、雅美氏は子供両名の法定代理人親権者)。本件放送は雅美氏が「視聴者から誤解を受けるよう仕向ける行為であり、視聴者をも欺く」作為的編集、放送だったとして、番組内での謝罪、作為的な編集と未成年者に対する撮影の中止、放送局としての姿勢の改革、再発防止のための抜本的な改善策の策定・公表を求めた。
申立書は、番組カメラマンが自宅前で長男を執拗に撮影したため、雅美氏が「子供を映さないでください」と何度も抗議したが、その部分は放送ではカットされ、その後、執拗な撮影に対し「いくらなんでも失礼です」と抗議しているにもかかわらず、「それが、視聴者にはわからないように、あたかも同社リポーターの家賃についての質問に答えているかのように、都合よく、カット編集されて、放映された」としている。
さらに二人の子供への撮影行為については、「1mくらいの至近距離からの、執拗な撮影行為により、未成年者である長男と長女は、衝撃を受けた。そのため、両名は、これがトラウマとなり、登校するために、家を出る際、恐怖感を感じ、時には、泣いて家に戻ることもある」と訴えている。
この申立てに対しフジテレビは8月9日、「経緯と見解」書面を委員会に提出、申立人が指摘している放送部分は、「家賃収入に関する女性ディレクター(申立書ではレポーターと記載)の質問から雅美氏の回答部分を一連の流れとしてノーカットで放送したもので、その際には、女性ディレクターの質問の音声の場所を動かすなどの加工も一切していない」として、「申立人が主張するような作為的編集、放送は一切ない」と反論。そのうえで、雅美氏の「いくらなんでも失礼です」という発言については、「早朝であること、アポイントメントを取っていないことなど雅美氏への我々の取材姿勢について『失礼』という発言につながったと理解していている」と述べた。
またフジテレビは自宅兼事務所周辺の取材の主な目的は雅美氏への質問にあり、「取材スタッフには長男、長女を撮影するという意図は全くなく、二人に対する執拗な撮影行為など一切行っていない」と主張。そのうえで、番組では長男、長女の映像は一切使用しないという判断をしたことから、「雅美氏が子供の取材について言及した一連の発言は、当然放送では使用しなかった」と主張した。
長男に関しては、「雅美氏を撮影していた際に、ごく短時間映り込んでしまったものにすぎず」、長女については、「雅美氏を撮影する意図で撮影を開始したところ、2階出入口から出てきたのが長女であったために即座に撮影を中止した」と反論した。
このほかフジテレビは、家賃問題など一連の疑惑において、「金の流れの鍵を握る重要なキーパーソンが雅美氏であり、単なる『家族』ではなく、政治資金の使い道についての説明責任がある立派な『当事者』で、雅美氏を取材することについては、『公共性公益性』が極めて高いと考えている」と、主張している。
委員会事務局は申立人と被申立人に対し、話し合いによる解決を模索するよう要請したが、不調に終わり、申立人代理人から7月26日、改めて「委員会の判断を仰ぎたい」との申立人の意思が事務局に伝えられた。
委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。

7.その他

  • 委員会が年内に開催する系列別意見交換会について、事務局から概要を説明し、詳細を詰めることになった。
  • 次回委員会は9月13日に開かれる。

以上

2016年8月16日

「都知事関連報道に対する申立て」審理入り決定

放送人権委員会は8月16日の第238回委員会で、上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となった番組は、フジテレビが2016年5月22日に放送した情報番組『Mr.サンデー』で、舛添要一東京都知事(当時)の「政治資金私的流用疑惑」に関連して、舛添氏の資金管理団体が、ファミリー企業である舛添政治経済研究所に事務所家賃を支払っていた問題をテーマの一つとして取り上げた。番組は、同研究所の代表取締役で夫人の雅美氏を取材するため、同月20日朝、番組クルーを舛添氏の自宅兼事務所前に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。
この放送に対し、親権者である舛添夫妻は代理人を通じてフジテレビに5月25日付で書面を送り、未成年の長男と長女を執拗に撮影したことは肖像権の侵害に当たると主張、また雅美氏の発言を「作為的に編集、放送した」等と抗議した。これに対しフジテレビは6月2日、長男、長女への「執拗な撮影はしていない」、雅美氏の発言は「ノーカットで放送されており、作為的編集・放送はしていない」等とする回答書を舛添氏代理人に送付した。
これを受けて、雅美氏と二人の子供は6月22日付で人権侵害を訴える申立書を委員会に提出(要一氏、雅美氏は子供両名の法定代理人親権者)。本件放送は雅美氏が「視聴者から誤解を受けるよう仕向ける行為であり、視聴者をも欺く」作為的編集、放送だったとして、番組内での謝罪、作為的な編集と未成年者に対する撮影の中止、放送局としての姿勢の改革、再発防止のための抜本的な改善策の策定・公表を求めた。
申立書は、番組カメラマンが自宅前で長男を執拗に撮影したため、雅美氏が「子供を映さないでください」と何度も抗議したが、その部分は放送ではカットされ、その後、執拗な撮影に対し「いくらなんでも失礼です」と抗議しているにもかかわらず、「それが、視聴者にはわからないように、あたかも同社リポーターの家賃についての質問に答えているかのように、都合よく、カット編集されて、放映された」としている。
さらに二人の子供への撮影行為については、「1mくらいの至近距離からの、執拗な撮影行為により、未成年者である長男と長女は、衝撃を受けた。そのため、両名は、これがトラウマとなり、登校するために、家を出る際、恐怖感を感じ、時には、泣いて家に戻ることもある」と訴えている。
この申立てに対しフジテレビは8月9日、「経緯と見解」書面を委員会に提出、申立人が指摘している放送部分は、「家賃収入に関する女性ディレクター(申立書ではレポーターと記載)の質問から雅美氏の回答部分を一連の流れとしてノーカットで放送したもので、その際には、女性ディレクターの質問の音声の場所を動かすなどの加工も一切していない」として、「申立人が主張するような作為的編集、放送は一切ない」と反論。そのうえで、雅美氏の「いくらなんでも失礼です」という発言については、「早朝であること、アポイントメントを取っていないことなど雅美氏への我々の取材姿勢について『失礼』という発言につながったと理解していている」と述べた。
またフジテレビは自宅兼事務所周辺の取材の主な目的は雅美氏への質問にあり、「取材スタッフには長男、長女を撮影するという意図は全くなく、二人に対する執拗な撮影行為など一切行っていない」と主張。そのうえで、番組では長男、長女の映像は一切使用しないという判断をしたことから、「雅美氏が子供の取材について言及した一連の発言は、当然放送では使用しなかった」と主張した。
長男に関しては、「雅美氏を撮影していた際に、ごく短時間映り込んでしまったものにすぎず」、長女については、「雅美氏を撮影する意図で撮影を開始したところ、2階出入口から出てきたのが長女であったために即座に撮影を中止した」と反論した。
このほかフジテレビは、家賃問題など一連の疑惑において、「金の流れの鍵を握る重要なキーパーソンが雅美氏であり、単なる『家族』ではなく、政治資金の使い道についての説明責任がある立派な『当事者』で、雅美氏を取材することについては、『公共性公益性』が極めて高いと考えている」と、主張している。
委員会事務局は申立人と被申立人に対し、話し合いによる解決を模索するよう要請したが、不調に終わり、申立人代理人から7月26日、改めて「委員会の判断を仰ぎたい」との申立人の意思が事務局に伝えられた。

委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。

放送人権委員会の審理入りとは?

「放送によって人権を侵害された」などと申し立てられた苦情が、審理要件(*)を満たしていると判断したとき「審理入り」します。
ただし、「審理入り」したことがただちに、申立ての対象となった番組内容に問題があると委員会が判断したことを意味するものではありません。

* 委員会審理に必要な要件については、同委員会「運営規則 第5条」をご覧ください。

第237回放送と人権等権利に関する委員会

第237回 – 2016年7月

世田谷一家殺害事件特番事案の審理、STAP細胞報道事案の審理、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の審理…など

世田谷一家殺害事件特番事案の「委員会決定」修正案を検討し、STAP細胞報道事案を引き続き審理した。また、在熊本民放2局を対象にした事件報道に対する地方公務員からの申立て事案を審理した。

議事の詳細

日時
2016年7月19日(火)午後4時~10時10分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「世田谷一家殺害事件特番への申立て」事案の審理

対象となったのは、テレビ朝日が2014年12月28日に放送した年末特番『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』。番組では、FBI(米連邦捜査局)の元捜査官(プロファイラー)マーク・サファリック氏が2000年12月に発生したいわゆる「世田谷一家殺害事件」の犯人像を探るため、被害者遺族の入江杏氏らと面談した模様等を放送した。入江氏は殺害された宮澤泰子さんの実姉で、事件当時、隣に住んでいた。番組で元捜査官は、「当時20代半ばの日本人、宮澤家の顔見知り、メンタル面で問題を抱えている、強い怨恨を抱いている人物」との犯人像を導き出した。
この放送を受けて入江氏は、テレビ朝日に対し、演出上の問題点などについて抗議。放送法第9条に基づく訂正放送・謝罪等を求めたが、テレビ朝日は「放送法による訂正放送、謝罪はできない」と拒否した。このため入江氏は、委員会に申立書を提出。「テレビ的な技法(プーという規制音、ナレーション、画面右上枠テロップなど)を駆使した過剰な演出、恣意的な編集並びにテレビ欄の番組宣伝によって、あたかも申立人が元捜査官の犯人像の見立てに賛同したかの如き放送により、申立人の名誉、自己決定権等の権利侵害が行われた」として、放送による訂正、謝罪並びに責任ある者からの謝罪を求めた。
これに対しテレビ朝日は、サファリック氏の怨恨説を否定する申立人の発言をそのまま放送しており、申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したように見えるという申立人側の指摘は当たらないと反論。申立人が指摘するような「恣意的な編集」や「過剰な演出」はないと認識しており、「放送法第9条による訂正・謝罪の必要はないと考えている」と主張している。
今月の委員会では、6月30日の第2回起草委員会を経て提出された「委員会決定」修正案を検討した。その結果、次回委員会でさらに審理を続けることになった。

2.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会では、7月13日に会合を開いた起草担当委員から「委員会決定」の骨子メモが提出され、それを軸に各委員が意見を述べた。その結果、担当委員が決定文の起草に入ることになり、次回委員会までに第1回起草委員会を開くことを決めた。

3.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本) 事案の審理

4.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ) 事案の審理

対象となったのは、テレビ熊本と熊本県民テレビが2015年11月19日にそれぞれ放送したニュース番組で、地方公務員が準強制わいせつ容疑で逮捕された事件について報道した。
申立人は、放送は事実と異なる内容であり、フェイスブックの写真を無断使用され、初期報道における「極悪人のような報道内容」により深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出など放送局の対応を求めた。
両事案は6月から実質的な審理に入り、今回の委員会を前に被申立人からそれぞれ再答弁書が提出された。その中でテレビ熊本は「現職公務員による準強制猥褻事案であり社会的影響は大きい」とこれまでの主張を繰り返し、熊本県民テレビは「警察を軸に取材し放送内容を組み立てるのは、逮捕の第一報では一定の合理性がある」と主張した。
今月の委員会では、その再答弁書の内容を事務局が説明し、委員の間で意見交換が行われた。委員会は、双方の提出書類が全て出揃ったことから、今後、ヒアリングに向けた起草委員による論点整理を進めることを決めた。

5.その他

  • 「自転車事故企画に対する申立て」事案で、「放送倫理上問題あり」(見解)の委員会決定を受けたフジテレビで、7月11日に坂井眞委員長と担当した二関辰郎委員が出席して研修会が開かれたことを、事務局が報告した。
    社員や制作会社スタッフら約190人が出席し、2時間にわたって決定のポイントやインタビュー取材のあり方等をめぐって意見を交わした。
  • 次回委員会は8月16日に開かれる。

以上

第236回放送と人権等権利に関する委員会

第236回 – 2016年6月

世田谷一家殺害事件特番事案の審理、STAP細胞報道事案の審理、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の審理、審理要請案件の取下げ報告…など

世田谷一家殺害事件特番事案の「委員会決定」案を検討し、STAP細胞報道事案を引き続き審理した。また、在熊本の民放2局を対象にした事件報道に対する地方公務員からの申立てについて実質審理に入った。前回委員会で審理要請案件として検討した生活保護ビジネス企画に対する申立てについて、取下げ書が提出されたため事務局から報告した。

議事の詳細

日時
2016年6月21日(火)午後4時~8時35分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「世田谷一家殺害事件特番への申立て」事案の審理

対象となったのは、テレビ朝日が2014年12月28日に放送した年末特番『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』。番組では、FBI(米連邦捜査局)の元捜査官(プロファイラー)マーク・サファリック氏が2000年12月に発生したいわゆる「世田谷一家殺害事件」の犯人像を探るため、被害者遺族の入江杏氏らと面談した模様等を放送した。入江氏は殺害された宮澤みきおさんの妻泰子さんの実姉で、事件当時隣に住んでいた。番組で元捜査官は、「当時20代半ばの日本人、宮澤家の顔見知り、メンタル面で問題を抱えている、強い怨恨を抱いている人物」との犯人像を導き出した。
この放送を受けて入江氏は、テレビ朝日に対し、演出上の問題点などについて抗議。放送法第9条に基づく訂正放送・謝罪等を求めたが、テレビ朝日は「放送法による訂正放送、謝罪はできない」と拒否した。このため入江氏は、委員会に申立書を提出。「テレビ的な技法(プーという規制音、ナレーション、画面右上枠テロップなど)を駆使した過剰な演出、恣意的な編集並びにテレビ欄の番組宣伝によって、あたかも申立人が元FBI捜査官の犯人像の見立てに賛同したかの如き放送により、申立人の名誉、自己決定権等の権利侵害が行われた」として、放送による訂正、謝罪並びに責任ある者からの謝罪を求めた。
これに対しテレビ朝日は、サファリック氏の怨恨説を否定する申立人の発言をそのまま放送しており、申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したように見えるという申立人側の指摘は当たらないと反論。申立人が指摘するような「恣意的な編集」や「過剰な演出」はないと認識しており、「放送法第9条による訂正・謝罪の必要はないと考えている」と主張している。
今月の委員会では、6月6日の第1回起草委員会を経て委員会に提出された「委員会決定」案を審理した。その結果、第2回起草委員会を開催して、次回委員会でさらに検討を続けることになった。

2.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
前回委員会で行った被申立人のヒアリングを受けて、委員会から送った追加質問に対する回答書等がNHKから提出された。今回の委員会では、この回答書も含めた双方のヒアリングの結果を踏まえ、各委員が意見を述べた。次回委員会までに起草担当委員が集まって議論を整理し、次回委員会で引き続き審理することになった。

3.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)事案の審理

4.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ)事案の審理

対象となったのは、テレビ熊本と熊本県民テレビが2015年11月19日に放送したニュース番組で、地方公務員が準強制わいせつ容疑で逮捕された事件についてそれぞれ報道した。この放送に対し、同公務員が委員会に申立書を提出、放送は事実と異なる内容であり、フェイスブックの写真を無断使用され、初期報道における「極悪人のような報道内容」により、深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出などを求めた。
これに対しテレビ熊本は、「現職の公務員による事案であり、社会的影響は極めて大きいと考え、取材を重ね事実のみを報道した」として、また、熊本県民テレビは、「報道は正当な方法によって得た取材結果に基づき客観的な立場からなされたもの」として、それぞれ人権侵害はなかったと反論している。
委員会は4月の定例委員会で2局に対する申立てについて審理入りを決定したが、熊本県を中心に起きた地震被害への対応等に配慮しつつ審理することにしていた。その後両局から答弁書、申立人から反論書が提出されたのを受けて今回委員会から実質審理に入った。委員会では、事務局が申立人と被申立人2局それぞれの主張を整理して説明し、委員から意見が示された。今後、両局の再答弁書の提出を待って論点整理を行う方針を確認した。

5.審理要請案件:「生活保護ビジネス企画に対する申立て」 ~取下げ~

5月の定例委員会で審理要請案件として検討したが、その後、事務局の斡旋で申立人と被申立人が改めて話し合いを行った。その結果、双方が合意に達し、申立人から6月15日付で取下げ書が提出された。委員会では、事務局から一連の経緯について報告した。

6.その他

  • 委員会が秋に予定している県単位意見交換会について、事務局が概要を説明し、今後詳細を詰めるとになった。

  • 次回委員会は7月19日に開かれる。

以上

第235回放送と人権等権利に関する委員会

第235回 – 2016年5月

STAP細胞報道事案のヒアリングと審理…など

STAP細胞報道事案のヒアリングを行うため臨時委員会を開催し、被申立人から詳しく事情を聞いた。

議事の詳細

日時
2016年5月31日(火)午後4時30分~10時15分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「STAP細胞報道に対する申立て」事案のヒアリングと審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
熊本地震の報道対応のため延期していた被申立人のヒアリングを行うため、この日、臨時委員会を開催した。なお、申立人のヒアリングは4月26日に臨時開催された第233回委員会で行われた。(申立人のヒアリングについては第233回委員会の「議事概要」参照
ヒアリングには、被申立人のNHKからSTAP細胞問題を取材してきた科学担当記者や番組担当者ら7人が出席した。
まず、番組の制作意図としてNHKは、「当時はSTAP細胞の存在や、その正体がES細胞なのかどうかも確定していなかった。STAP問題は真相が明らかにならないまま、幕引きが図られる恐れがあった。こうした状況の中、この問題をしっかり検証し再発防止への一助となっていくことがジャーナリズムの重要な役割と考えた」と述べた。
さらに「調査報道なので、1歩1歩、1つ1つ事実を掘り起こして、あの時点で私たちが事実としてつかみ、そして客観的にも紹介できると思ったもので、これはやはり提示しておくべきではないかと判断したものについて番組の中で触れた」「当時は、まだ、それが、いわゆるオフィシャルな形で事実だと言われていない中での取材でありながら、今となってみれば、実際のところ蓋を開けてみると事実だったことは、たくさんある。それだからこそ、最大限の注意を払って制作した」と説明した。
番組が若山教授の言い分に偏っていて公平ではないと申立人が主張していることについては、「様々な疑問を申立人と若山教授のいずれにも向けて取材を続けてきた。常に若山教授が述べていることに矛盾はないか、どこまで客観的に証明できるかを念頭に置いて取材を進めた。ES細胞の混入の可能性について、申立人、若山教授、いずれの考えもそれぞれきちんと伝えている」と述べた。
申立人がマウスの取り違えの可能性に触れずにES細胞混入を指摘したと主張する点については、「番組では若山教授が語った『僕の方に何か間違いがあったのか』というコメントを紹介している。これは若山教授がマウスを渡し間違えたか、と言っているわけだ」「若山教授の歯切れの悪い様子もそのまま伝えており、どちらとも断定していない番組にきちんとなっている」と述べた。
申立人が、視聴者に伝わったのは申立人によるES細胞の窃盗疑惑である、と主張している点については、「盗んだかどうかはわからないが、ファクトとして留学生のES細胞がそこにあったことを伝えた」「番組では、アクロシンが入ったES細胞の話はいったん終わって次の新たな事実について述べるとコメントし、新たな話を始めるとの意図をもって映像も理研の外観を出した」「この部分は時間としてはつながっているが、科学的な側面と管理状況の側面を並立させて見せている」と主張した。
実験ノートの番組での使用について申立人が著作権侵害だと訴えている点についてNHKは、「実験ノートは報道のための利用であり、著作権侵害には当たらない」「多くの人間が閲覧して吟味することを目的として作成されているものなので、本来、著作者人格権の公表権の行使が予定されている著作物ではない」などと主張した。
笹井教授とのメールの公開については「当該のメールは理研の調査委員会に提出された公の資料で、笹井教授本人が実験における自らのかかわりを説明するために提出したものだ。一連のSTAP細胞の件では、発表されたことが二転三転することも多々あり、その中で我々が重要と考えたのはとにかく事実を提示することだった。メールのやり取りは笹井教授が論文作成に確かに関わっていた明確な証拠だ」と述べた。
番組で専門家として紹介した人たちが論文の疑義を指摘した点について、「明らかに科学的におかしいとわかるところをどうやってピックアップするかについて長時間ディスカッションした」「集まってもらった専門家は、それぞれ学会の中での役を務めているような人たちで、ひとつひとつの図について点数のようなものを付けて、その上での最終的な結果が番組で紹介したものだ」と説明した。
申立人が、NHKの強引な取材によって怪我をさせられたと訴えている点については、「怪我をさせた、させないに関わらず、迷惑をかけたという認識は変わっていない。しかしながら、申立人の主張には事実と異なる部分がいくつもあり、その点については複数の映像や取材スタッフの証言をもとに再度確認して説明した」など、詳しく考えを述べた。

2.その他

  • 4月の定例委員会で審理入りが決まった「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)と同(熊本県民テレビ)に関連して、熊本地震の被害状況等について事務局から報告し、6月の委員会で実質審理入りすることが決まった。

  • 次回は6月21日に定例委員会を開催する。

以上

2016年5月16日

「自転車事故企画に対する申立て」事案の通知・公表

[通知]
5月16日(月)午後1時からBPO会議室で坂井眞委員長と二関辰郎委員が出席して本件事案の決定の通知を行った。申立人と、被申立人のフジテレビから編成制作局担当者ら4人が出席した。
坂井委員長が決定文のポイントを読み上げ、「フジテレビは、申立人に対して番組の趣旨や取材意図を十分に説明したとは言えず、本件放送には放送倫理上の問題がある」との「見解」を伝えた。
申立人は「放送倫理上問題があることは当然だと思う。今後、フジテレビは被害者遺族を取材する場合は最大限配慮をして欲しい。問題がうやむやにされかねないので、委員会は細かくチェックをして欲しい」と述べた。フジテレビは「決定を真摯に受け止めて、より良い番組作りを目指していきたい。出来る再発防止策はすでに進めているつもりだが、決定を読んでさらに対策をいろいろ講じて委員会に報告したい」と述べた。

[公表]
午後2時から千代田放送会館2階ホールで記者会見をして、決定を公表した。
20社32人が取材した。テレビの映像取材はNHKがキー局を代表して行った。
坂井委員長が決定の判断部分を中心に説明し、委員長名で書いた補足意見については「決定の結論部分に『社内及び番組の制作会社にその情報を周知し』と書いたが、いわば委員会を代表してその解説をしたと理解していただきたいと思う。これまで、委員会のヒアリング等の場に制作会社の方が出てくることはなく、今回もそういう機会はなかったが、今回、問題となった部分を担当したのは制作会社のプロデューサーだったので、特に付言をした」と述べた。
二関委員は「番組の趣旨とか取材意図をどこまで説明するかは結構難しい問題だと思う。ただ、本件の場合は、そもそも申立人が交通事故で母親を亡くした遺族であり、かつ、交通事故被害者のために支援活動をしている人で、局側はそういう人だと分かった上で接近して取材をしたという経緯もある。それにもかかわらず、内容的に事故被害者に全然配慮しないドラマが既にできていた段階で、そのことを説明しなかったという本件における個別の事情という部分がある。これからどういう番組を作ろうかという、まさに手探り状態でやっている段階では、取材対象者にこういうものができますと、きちんと説明できない場面も当然あろうかと思う。そこはケースバイケースでの判断で、本件においては説明すべきだったと委員会として判断した」と述べた。

主な質疑応答は、以下のとおりである。

(質問)
そもそも当たり屋を扱うことを制作サイドは決めていたにもかかわらず、インタビューする相手に伝えていなかったというのは、自転車事故の遺族のインタビューは、やっぱり今回の番組にふさわしくないのではないかという後ろめたさみたいなのもあったのではないか?
(委員長)
特にヒアリングで後ろめたさ云々という話はなかった。ただ、決定にも書いたように、局の方も申立人の抱く番組イメージと齟齬が生じるのではないかと考えたとおっしゃっている。それを、後ろめたさと言うかどうかだと思うが、そうであれば、伝えておけば良かったということは、決定に書いたとおりである。
特に放送内容もほぼ固まっていて、最後に申立人にインタビューをされているわけだから、で、あれば、「実はこういう内容なんだけれども」と伝えておけば、こういう問題は起きなかっただろうと。なぜそうしなかったのかは、よくわからない。局の方は台本を渡そうと思ったけれど断られたとおっしゃるし、申立人は、いや、そういう提案受けたことはないとおっしゃっておられるので。
(質問)
今の話を聞くと、口頭で「実は当たり屋が出るんです。当たり屋がテーマなんです」と言わなかったのは、それを言って、相手から「じゃあ、インタビューは受けません」と言われると、もう放送日も決まっているし、内容は変更できないとなると、ちょっとまずいという制作サイドの思いがあったのではないかと思うが?
(委員長)
そういう経緯があるのかどうかは、ヒアリングでも確定しようがない。ただ、事実としてどうだったかは確定のしようがないが、もっと突っ込んで言えば、台本を見せる見せないの話が今回の1番の問題というのではなく、そもそも台本を見せなくてもドラマの内容を口頭で話すことはできたでしょうということだ。口頭で取材の意図や番組の趣旨の説明が出来たのに、そこが落ちている。その問題性は、台本を見せる見せないに関わる事実の確定の必要性とは関係がない。言えば済んだことを言わなかった、それはやっぱり放送倫理上の問題がある、ということで足りるということです。
ヒアリングでいろいろ聞いたが、局の方は、申立人のインタビューはどうしても使わないといけないというわけではないと主張されていた。それが嘘か本当かを追求する場ではないが、そう言われてしまうと釈然としない部分は残りますね。

(質問)
繰り返しになるが、当たり屋という設定を申立人に説明しなかったことについて、フジテレビから説明はあったのか?
(委員長)
そこは、台本を見せようと提案したけれど断られたので、もうそれ以上は進みませんでした、というところで終わっていたと思う。ですから、説明方法の1つとして台本まで見せるんだと。それは、あまりないことだと私は理解しているが。
(二関委員)
もう1つ言うとすると、決定文の12ページのところ、「説明をしなかった理由として、フジテレビは自転者事故の悲惨さを伝える部分で申立人インタビューを使わせてもらいたかったが、インタビュー場面は本件ドラマ部分とは別の部分であることに加え、本件ドラマは当たり屋をメインテーマにしたものではないことから」との理由を言っている。それに対して委員会は、「確かに情報部分とドラマ部分が切り分けられているのは、それはそのとおりだけれども、しかし・・・」ということと、「当たり屋がメインかどうかは問題ではないでしょう」ということを、別のところで判断している。
(委員長)
だから、切り分けているというのが、フジの1つの主張だと思うが、同時に申立人が抱く番組イメージと実際の放送との間に齟齬が生じることを懸念したともおっしゃっていて、そこは必ずしも同じ方向ではないと思う。切り分けられるから大丈夫だが、そうはいっても齟齬が生じるかもしれないと心配した、だから、台本見せましょうかと言いました、だけど、断られました、というところで終わっているという感じですかね。
(質問)
つまり、懸念はあったから台本を見せようという提案はしたが、見せなくてもいいと言われたので、フジとしては一応その懸念は解消されたというか、それで話は終わったということか?
(委員長)
フジは情報部分とドラマ部分は切り分けてあり、申立人が当たり屋であるかのような、同類であるかのような誤解は生じない構成だと思うので、説明の必要性はないと思ったが、でも、懸念もしたので台本を見せましょうと言ったが、断られたという主張だった。

(質問)
つまり、台本を見せる見せないは、さておいて、番組趣旨を何らかの形で説明する必要があった、そこに今回の問題が集約されると理解していいか?
(委員長)
これは私のあくまで個人的理解ですけれど、時には台本を見せることもあるかもしれないが、取材をする相手、インタビューを受ける方に台本まで見せるということは、そうはないんじゃないかと私は理解している。
フジは、申立人がやってらっしゃることは分かっていて、だから取材に行っている。自転車事故でお母様を亡くされて辛い目に会われ、それで支援活動も一生懸命されておられると。そうすると、コミカルに、ちょっと誇張して、「現実にあり得ない」と決定文にも書いたが、しかも、被害者だけれど本当は被害者ではないという内容のドラマを放送したら、申立人がちょっと抵抗を感じるんじゃないかというのは、そんなに理解するのが難しい話ではない。台本を見せなさいとか、見せなかったのがいけないとかいう話ではなくて、「そこを説明すれば、こういう問題は起きなかったですね」というのが、やっぱり根っこじゃないかと思う。
もっと言ってしまうと、結局、これはバラエティーと言われているが、現実に起きたいろいろな事件や事故の被害者であったり心に痛みを持った人を取材して、単なる番組の素材として扱っちゃったら、こういう問題は起きますねということではないか。そういう立場の人の気持ちや心に配慮して、ちゃんと趣旨を説明しないといけないんじゃないか。台本を見せる見せないというより、被取材者の心情に配慮して「こういう番組なんです」と、ちょっと説明すればよかったはずで、それは台本を見せるより、私の理解ではハードルがずっと低いはずです。

(質問)
制作会社の担当者から直接ヒアリングをするという機会は、これまで1回もなかったのか?
(委員長)
放送倫理検証委員会はシステムが違っていて、もっとたくさんの方から、もっと時間をかけて、担当の委員の方が出向いて聞くというシステムをとっているので、制作会社の方から事情を聞くということはある。ただ、我々の委員会では、これまではない。ただ、それはやってはいけないということでもないし、制作会社側にヒアリングを受ける義務があるわけでもないと思う。
ただ、今回あえてこういうことを書いたのは、やはり事実関係を聞きたいときに、特に今回は問題になった説明の部分を担当されたのが制作会社のプロデューサーで、局の方がヒアリングに来ても事実関係を体験として語れないので、そういう機会が必要な場合は、そのようなヒアリングがあった方がいいのかもしれないと考えた。
(質問)
やっぱり制作会社の人からもヒアリングで話を聞きたいと、この補足意見が加わったということか?
(委員長)
補足意見の下敷きにあるのが、決定文の最後の「社内及び番組の制作会社にその情報を周知し」という部分で、これは委員会全体の意見なので、補足意見というのはちょっと適切な表現ではないかもしれないが、このように書いた趣旨を委員長が補足意見で説明したと理解していただければと思う。
決定の一番のポイント、放送倫理上問題ありとしたのは制作会社のプロデューサーがどういう説明をしたかに尽きているわけなので、その部分については特に言っておきたいと補足意見を書いたということです。

(質問)
制作会社のプロデューサーにはヒアリングに出席を求めなかった、あるいは、出席できなかったということか?
(委員長)
今回、委員会から「この方をヒアリングに連れてきてくれ」とは言っていない。我々の委員会の審理の仕方は、申立書と答弁書、それから反論書と再答弁書、関係資料を出していただいて、ヒアリングをして審理をして決定文を書いている。これを裁判の手続きみたいにとにかく精密にやろうとすると、毎回話すことだが、時間ばかりかかるという話になるのでそれはしない。そのような限界の中でやっていることなので、ある意味手続き的にはやむを得ない部分もあるかなと思う。
ただ、実際、バラエティー番組や情報番組は制作会社が関わるケースが非常に多く、だとしたら、事実関係が問題となる場合は制作会社にヒアリングをするという機会があってもいいのかなと。特にこれまで頼んだが断られたとか、そういう話ではないが、事案によってはあってもいいのかなと思う。

(質問)
局に入っている制作会社は非常に多いが、補足意見の最後に出てくる制作会社というのは、本件放送に関わった制作会社を指しているということでいいのか?
(委員長)
基本的にはそういう文脈である。本件は特にそこの問題があったのでと理解いただければと思う。

以上

第234回放送と人権等権利に関する委員会

第234回 – 2016年5月

世田谷一家殺害事件特番事案のヒアリングと審理、自転車事故企画事案の通知・公表の報告、ストーカー事件2事案の対応報告、STAP細胞報道事案の審理、審理要請案件の検討…など

世田谷一家殺害事件特番事案のヒアリングを行い、申立人と被申立人から詳しく事情を聞いた。自転車事故企画事案の通知・公表について、事務局から概要を報告した。ストーカー事件再現ドラマ、ストーカー事件映像の2事案について、フジテレビから提出された対応報告を了承した。STAP細胞報道事案を引き続き審理、また生活保護ビジネス企画に対する申立てを審理要請案件として検討した。

議事の詳細

日時
2016年5月17日(火)午後3時~9時30分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「世田谷一家殺害事件特番への申立て」事案のヒアリングと審理

対象となったのは、テレビ朝日が2014年12月28日に放送した年末特番『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』。番組では、FBI(米連邦捜査局)の元捜査官(プロファイラー)マーク・サファリック氏が2000年12月に発生したいわゆる「世田谷一家殺害事件」の犯人像を探るため、被害者遺族の入江杏氏らと面談した模様等を放送した。入江氏は殺害された宮澤みきおさんの妻泰子さんの実姉で、事件当時隣に住んでいた。番組で元捜査官は、「当時20代半ばの日本人、宮澤家の顔見知り、メンタル面で問題を抱えている、強い怨恨を抱いている人物」との犯人像を導き出した。
この放送を受けて入江氏は、テレビ朝日に対し、演出上の問題点などについて抗議。放送法第9条に基づく訂正放送・謝罪等を求めたが、テレビ朝日は「放送法による訂正放送、謝罪はできない」と拒否した。このため入江氏は、委員会に申立書を提出。「テレビ的な技法(プーという規制音、ナレーション、画面右上枠テロップなど)を駆使した過剰な演出、恣意的な編集並びにテレビ欄の番組宣伝によって、あたかも申立人が元FBI捜査官の犯人像の見立てに賛同したかの如き放送により、申立人の名誉、自己決定権等の権利侵害が行われた」として、放送による訂正、謝罪並びに責任ある者からの謝罪を求めた。
これに対しテレビ朝日は、サファリック氏の怨恨説を否定する申立人の発言をそのまま放送しており、申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したように見えるという申立人側の指摘は当たらないと反論。申立人が指摘するような「恣意的な編集」や「過剰な演出」はないと認識しており、「放送法第9条による訂正・謝罪の必要はないと考えている」と主張している。
今月の委員会では、申立人と被申立人のテレビ朝日からヒアリングを行った。
申立人は代理人弁護士4人とともに出席し、「この番組を見た方たちは、私が著書や講演で述べている半年間にも及ぶ怨恨説の否定の作業と、その過程で見いだした生きる意味について一体何だったんだということになる。そこがぐらつくと、私の述べる悲しみからの再生は伝わらなくなってしまう。悲しみからの再生を決意し、これまで覚悟を持って積み重ねてきた私の活動、私の生き方そのものがこの番組によって破壊されたと感じた。風化を防ぐというもっともらしい目的を挙げ、報道番組だと言われたから真摯に取材に応じたのに、実は興味本位の視聴率稼ぎの番組に遺族役として当てはめられたと感じた」等と述べた。
テレビ朝日からは制作担当のプロデューサーら5人が出席し、「事件の重大性、内容から、報道局も加わった。取材方法や事実関係の確認や放送内容をチェックするという体制で慎重を期した。出演依頼時には企画書を提示し、犯人像・犯人動機を元プロファイラーが独自の分析でアプローチするというのがメインの趣旨であるということを伝えた。犯罪被害者遺族である申立人が、番組に出演して、過去の記憶が呼び覚まされ、苦痛を覚える可能性があるということも含み置いて出演の許諾をいただいた」等と述べた。
ヒアリング後の審理で、次回委員会に向けて担当委員が「委員会決定」文の起草に入ることになった。

2.「自転車事故企画に対する申立て」事案の通知・公表の報告

本件事案に関する「委員会決定」の通知・公表が5月16日に行われた。委員会では、その概要を事務局が報告し、当該局のフジテレビが放送した決定を伝えるニュースの同録DVDを視聴した。

3.「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」事案の対応報告

4.「ストーカー事件映像に対する申立て」の対応報告

2016年2月15日に通知・公表された「委員会決定第58号」ならびに「委員会決定第59号」に対し、フジテレビから局としての対応と取り組みをまとめた報告書が5月13日付で提出され、委員会は、この報告を了承した。両決定はフジテレビの同じ番組を対象にしている。

5.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
委員会は4月26日に臨時委員会を開いて申立人のヒアリングを行った。被申立人のNHKのヒアリングは熊本地震の報道対応のため主なメンバーの出席が不可能になったことからいったん延期し、5月31日に開催する臨時委員会で行うことになった。今回の委員会では、NHKのヒアリングに向けて、質問項目等が確認された。

6.審理要請案件:「生活保護ビジネス企画に対する申立て」

いわゆる「生活保護ビジネス」を取り上げたニュース企画に対する申立書について、委員会運営規則に照らして審理事案とする要件を満たしているかどうか検討した。次回委員会で改めて申立書の取り扱いを検討する。

7.その他

  • 4月の定例委員会で審理入りが決まった「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)と同(熊本県民テレビ)に関連して、熊本地震の被害状況等について事務局から報告し、引き続き現地の状況に配慮しつつ審理を進めることを確認した。

  • 次回委員会は5月31日に臨時委員会を開催する。6月の定例委員会は6月21日に開かれる。

以上

2016年2月15日

「ストーカー事件映像に対する申立て」事案の通知・公表

[通知]
前事案に引き続き午後2時から、本件の通知を行い、申立人と、フジテレビ側からは編成担当者ら4人が出席した。
まず、坂井委員長が「決定の概要」と「委員会判断」をポイントに沿って読み上げる形で「本件放送には名誉を毀損する等の人権侵害があるとは言えないが、放送倫理上の問題があると判断した」との結論を伝えた。決定について申立人は「自分の主張がこれだけ認められたというのは、一つ大きな区切りがついたのかなと思っている」と述べた。
また、フジテレビ側は「作り手はギリギリのところを狙ってしまう。今までがやり過ぎだというご判断ですが、程度の問題はありつつも、今のテレビの作り方、在り方みたいなことに関わってくるかなと感じた」と述べた。
市川委員長代行は、「普通の報道番組なら、当然、裏を取って、本当にそうなのか、本当に共謀しているのか、というところを丁寧にやるが、今回は、いかにバラエティー番組とはいえ、許される範囲をはみ出し過ぎてしまっている」と述べた。
紙谷委員は「たとえば警察にもう少し情報の確認をすると、少しは事件の見方が変わったかもしれない。情報提供者の一方的なストーリーに乗せられることはなかったかもしれない」と述べた。

[公表]
午後3時から千代田放送会館2階ホールで、坂井委員長、市川委員長代行、紙谷委員が出席して記者会見を行い、2事案の委員会決定を公表した。報道関係者は21社41人が出席し、テレビカメラ3台(うち1台は民放代表カメラ)が入った。

まず坂井委員長が「本件放送には申立人の名誉を毀損する等の人権侵害があるとは言えないが、放送倫理上の問題があると判断した」との結論を述べたうえで、委員会決定の申立人の同定可能性とフジテレビの反論を中心に解説を行った。そして放送倫理上の問題について「取材対象者の名誉、プライバシーも大事だが、放送される人の名誉、プライバシーも考えなければいけないのに、そこが足りてなかった」と述べた。
市川委員長代行は「本件は情報バラエティーということもあって、事実から離れてもいいと考えてしまったがゆえに、取材、事実に迫る努力が疎かになってしまったのではないか。この点が、本件での留意点になると思う」と述べた。
紙谷委員は「関係者の名誉とプライバシーをもっと慎重に考えていただきたい。暴いていいということではないが、両者、あるいは関係者全体に対する配慮は必要であるということを強調しておきたい」と述べた。

続いて質疑応答が行われた。

(質問)
第58号と第59号両件に関わるが、フジテレビ自身はそもそもこの件は、いわゆる架空のケースとして紹介しようとしたのか。それとも、特定の事件だが分からないように伝えようとしたのか。
(坂井委員長)
架空のケースということではないと思う。実際の映像や音声を放送しているわけだから。もちろん、ぼかし等をかけてはいるし、音声も変えてある。まったく架空ではないが、現実そのものとして放送したわけではない、という考えだったと思う。

(質問)
ストーカーはしていて、書類送検もされているが、それでも本人と同定されることについて、委員会で批判、指摘されているということは、要するに、本人が特定されて、この人がやったということが一般に、公に報道されることで行き過ぎとの批判なのか、それとも匿名性を持たせようとしていたのに、ちゃんとやれてないじゃないかということか。
(坂井委員長)
同定されたこと自体を批判していない。同定されたケースで名誉棄損になる事実を摘示した場合、それでも公共性、公益目的が認められて、真実、ないしは真実であると信じるに相当であると認められれば問題とはならない。本件では、摘示した名誉棄損にあたる事実の主要な部分、基本的な部分は真実であると認められたから、名誉棄損にはあたらない。
第58号、第59号に共通するが、事実として報道する以上、再現と言えども真実に迫らなければいけないし、両当事者に取材しなければいけない。そこは放送倫理上の問題があると言っている。同定されるように放送するなら、ちゃんと取材をして、真実性立証ができなくてはいけないし、できたとしても、取材のやり方として問題があったところはありますよ、そういう放送倫理上の問題点だ。

(質問)
乱暴な言い方になるかもしれないが、たとえばバラエティーを作る体制では、ちょっと手に余る事案だったということか。
(坂井委員長)
そこは、こうだと断言するわけにはいかない。もし、手に余るのであれば、現実から離れるという選択肢はある。現実につながったことを放送してしまうことから、視聴者が、ああこれは現実なんだと受け取る。多少の改編があってもそれがどこか分からないからだ。そこで、こういう問題が生まれる。もし、しっかり取材できないのであれば、これは現実だと受け取られるような形を避けなくてはいけないということだと思う。
誇張や架空の部分も含めて現実なのだと受け止められる放送をしてしまったら、これは現実ではないですよとテロップが入っても、視聴者は全体として現実だと思ってしまう、そういう作り方の問題だ。それは、現実の映像や音声が入ったうえで、再現ですと言ってしまうことからくるのだが、そうなってしまったら、局は責任を取らなくてはいけないのであって、そういう名誉毀損になるような作り方はやってはいけない。このような作り方をするのだったら、そこまで配慮しなければいけないということだろうと思う。なぜかと言うと、関係者の名誉やプライバシー、もっとストレートに言うと、放送されてしまう人の名誉やプライバシーを考えなくてはいけないからだ。

(質問)
AさんとBさんにこの結果を伝えた時の感想について。
(坂井委員長)
二人とも、結論は違うが、Aさんの方は名誉棄損を認めて頂いたことはありがたいと。どうしてこんなふうに放送されたのか、未だに納得がいかないということだと思う。Bさんの方も、名誉棄損ということは認めないけれども、放送倫理上の問題は、はっきり言っている。それについてはありがたいという感想だった。
(市川委員長代行)
Aさんに関しては、名誉棄損のところで触れているように、社内いじめの中心人物、あるいは首謀者という扱いをされたこと、そのこと自体に対して、それは違うと。私はそうではなかった。そこが主張の骨子であり、まさにそこに答えて頂いたというふうに思って頂いた、理解して頂いたと思っている。
Bさんにも、納得を頂いた部分はあるようだ。事件の背景等について、もう少し自分にもちゃんと取材をして、自分なりの弁明をさせてほしかったという気持ちはあったようで、その点をBPOが指摘したことは、ありがたいという印象を持っていたようだ。

以上

2016年2月15日

「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」事案の通知・公表

[通知]
通知は、午後1時からBPO会議室で行われ、坂井委員長と起草を担当した市川委員長代行、紙谷委員が出席し、申立人本人と、被申立人のフジテレビからは編成統括責任者ら4人が出席した。まず、坂井委員長が「決定の概要」と「委員会判断」をポイントに沿って読み上げる形で「本件放送には、申立人の名誉を毀損する人権侵害があったと言わざるをえないと判断した」との決定内容を伝えた。
続いて、市川委員校代行は「再現ドラマであれば、現実の事件とは違うものだと受け止められるというふうには必ずしもならない。現実の事件と組み合わせて放送する以上、現実の事件を放送するものとして、事実を正確に伝える努力も怠らないようにしていただきたい」と述べた。
また、紙谷委員は「テレビの現場は女性の視点が少ないという指摘がしばしばあり、ステレオタイプの見方がすっと通ってしまう。むしろテレビだからこそ、いろいろな見方、ステレオタイプではない情報を積極的に提供していただきたい」と述べた。
この決定に対して申立人は、「自分の思いが届いたのかなと思う」「(放送された内容は)本当に身に覚えがない」「いまだに口をきいてくれない人もいる」などと述べた。
一方、フジテレビは「我々が主張したことは、ほとんど結果的に認められてない。100パーセントそれは駄目じゃないかという感じで、非常に厳しく受け止めている。番組の作り方とかに大きく影響するであろうと、改めてそういうことを認識した」と述べた。

[公表]
午後3時から千代田放送会館2階ホールで、坂井委員長、市川委員長代行、紙谷委員が出席して記者会見を行い、2事案の委員会決定を公表した。報道関係者は21社41人が出席し、テレビカメラ3台(うち1台は民放代表カメラ)が入った。

まず坂井委員長が委員会決定について「現実にあった事件の関係者本人の映像や音声を随所に織り込み、再現の部分も含めて一連の事件として放送している以上、視聴者は現実に起きた特定の事件を放送しているものと受け止める。職場の同僚にとって、登場人物が申立人であると同定できるものであったと判断した。それで、そのいじめをした張本人ということで、首謀者、中心人物、実行者にストーカー行為をさせていた、などと指摘するものであることから、これは名誉毀損、社会的評価を低下させる事実適示であることは争いがない」と述べたうえで「委員会の判断」と「結論」の要所を紹介しながら説明を行った。市川委員長代行は「報道番組でもそうだが、モザイクがかかって本人を特定できなかったとしても、現実の事件を再現するものとして放送する以上、事実に即して何が真実であるのかをきちんと取材したうえで、それに沿った形で放送するべきだ」と述べた。
また紙谷委員は「番組のように年とったおばさんは若い女性をいじめるという思い込みがあったから、そういうふうに作り上げたのではないか。そういう思い込み、ステレオタイプを外して取材をし、番組を作ってほしかった。ジェンダーという視点を忘れないでほしい」と「補足意見」の主旨を説明した。

続いて質疑応答が行われた。主な内容は以下のとおり。

(質問)
これは第58号と第59号にまたがった質問です。放送倫理上の問題のところで、第58号では、申立人からの苦情に適切に対応しなかったことに、特に重点を置いて、放送倫理上の問題があると書かれていると読んだが、第59号は取材の妥当性について、放送倫理上の問題があるというふうに読めるが、このふたつの違いはあるか。

(坂井委員長)
第58号は放送内容について、申立人の名誉を毀損するものであるという判断をしている。その内容について名誉を毀損すると判断している以上、後はそれとは別の部分で、放送の前後に連絡があった時に、真摯に対応していなかったということを中心に書いた。第59号は、名誉棄損があったとは認めていない。主要な部分について真実性があると判断している。では、そこについて名誉棄損がないとしても、こういう放送をしてしまった、その中身について、問題はなかったのかということを検討することを考えた。
そういう意味で、第58号の方は、まず真実に迫るための最善の努力を怠った点、そしてその点の取材面での具体的な問題として、一方当事者からの取材のみに依拠して、職場内での処遇の不満や紛争という事件の背景や実態を正確に把握する努力を怠ったことを指摘した。さらに、取材方法の在り方が申立人の名誉やプライバシーへの配慮を欠くものであったということを指摘し、最後に、59号と共通している点として、本件放送に対する申立人らの苦情に真摯に向き合わなかったことを述べた。4つ目は共通だが、最初の3つについては、名誉棄損を認めていないので、番組制作の過程で、たとえ名誉棄損にならないとしても、問題があったことを指摘した。それらは第58号にも共通する問題だが、58号では、その結果名誉棄損が生じてしまったと判断している以上、それらついてはあえて書く必要はないと判断したということになる。

(質問)
A氏については、勧告になる理由が分かる。ただ、B氏については、実際にストーカー行為をしていて、そのことは認めていながらも、見解という2番目に重い判断だ。要は、A氏のことに引っ張られた感じで、勧告という結論に引っ張られてB氏の方も少し厳しくなっているような気がするが。

(坂井委員長)
そういうことはない。それぞれの申し立てについて、それぞれ判断をしている。B氏については、名誉棄損はなかった。つまり、名誉を毀損する事実の適示はあったけれども、その主要な部分は真実であると判断している。
59号では、放送された内容で真実性が立証できないものが2点ほどある。そういう部分については、考えようによったら、適示された事実の主要な部分でないとは言い切れないから名誉棄損になると判断される可能性はあった。そういう作り方をしてしまった理由はどこにあるのかという意味で、やはり放送倫理上の問題があったとなるだろう。
つまり、作り方の問題としては、A氏の申し立てがなくても、同じ問題を抱えているから、そこは変わらなかったろうというのが私の理解だ。

(市川委員長代行)
私も、第58号に引きずられたとは思っていない。出家詐欺の『クローズアップ現代』の事件も、申立人そのものに対する人権侵害は、同定性がないということで否定した。ただし、その放送倫理上の、取材上の問題、放送上の問題が、これが進めば人権侵害になっていく可能性があるという意味で、看過できない放送倫理上の問題があったと考えたわけであり、それと同じように第59号も同じような問題があったからということだ。
特に今、委員長から説明があったように、事実関係でフジテレビ側が証明できてない部分は率直に言ってある。そこの部分をどう捉えるのか。場合によってはそれだけでも名誉棄損だという意見も、当然一つの見方としてはあり得る。その点が一点。もう一つは、実際の事件と多少離れた形での放送になってもいいと、そういう捉え方をしていたということからいくと、B氏に関しても、人権侵害になっていく危険性は、やっぱりある。そういう意味で、ここで放送倫理上の問題は指摘しておかなければいけないというふうに思った。

以上

2016年度 第60号

「自転車事故企画に対する申立て」に関する委員会決定

2016年5月16日 放送局:フジテレビ

見解:放送倫理上問題あり (補足意見付記)
フジテレビは2015年2月17日放送のバラエティー番組『カスぺ!「あなたの知るかもしれない世界6」』の企画コーナーで自転車事故を取り上げ、自転車事故で母親を亡くした男性のインタビューに続けて、自転車事故を起こした息子とその家族の顛末を描いたドラマを放送した。ドラマでは、この家族が高額の賠償金を払ったが、この事故でけがを負った小学生が実は当たり屋だったという結末だった。
この放送について、インタビュー取材に応じた男性が、取材の際にドラマで当たり屋を扱うことの説明がなかったことは取材方法として著しく不適切であり、自分も当たり屋であるかのような誤解を視聴者に与えかねず名誉を侵害されたなどとして委員会に申し立てていた。
委員会は、「見解」として、名誉毀損等の人権侵害は認められないが、フジテレビは申立人の立場と心情に配慮せず、本件放送の大部分を占めるドラマが当たり屋の事件を扱ったものであるという申立人にとって肝心な点を説明しておらず、本件放送には放送倫理上の問題があると判断した。

【決定の概要】

フジテレビは、バラエティー番組『カスぺ!「あなたの知るかもしれない世界6」』(2015年2月17日放送)の「わが子が自転車事故を起こしてしまったら」という企画コーナーで自転車事故の問題を取り上げ、自転車事故被害者の遺族である男性のインタビューに続けて、自転車事故を起こした息子とその家族の顛末を描いたドラマを放送した。ドラマは、この家族が高額の賠償金を支払ったが、この事故でけがを負った小学生が実は当たり屋だったという結末であった。
この放送について、インタビュー取材に応じた男性が、ドラマで当たり屋を扱うことの説明が取材の際になかったことは取材方法として著しく不適切であり、自分も当たり屋であるかのような誤解を視聴者に与えかねず名誉を侵害されたなどとして委員会に申し立てた。
委員会は、申立てを受けて審理し、本件放送には、申立人に対する名誉毀損等の人権侵害は認められないが、放送倫理上の問題があると判断した。決定の概要は以下のとおりである。
本件放送は、番組の構成上、申立人のインタビュー場面を含む情報部分とドラマ部分とに区別され、本件ドラマの当たり屋の事件と申立人が母親を亡くした事故は関係がないことから、一般視聴者に対して、申立人が当たり屋であるかのような誤解を与えるものとはいえない。したがって、申立人の社会的評価の低下を招くことはないから、本件放送による申立人の名誉毀損は認められない。また、本件放送で申立人に対する否定的な評価やコメントがなされているものではなく、申立人が出演した情報部分とドラマ部分とは区別されており、その関連性は間接的なものにとどまるから、本件放送による申立人の名誉感情侵害が認められるとまではいえない。
次に、放送倫理上の問題について検討すると、本件ドラマは、当たり屋の事件をとりあげた事例であって、被害者を装っている者を描くにすぎないことになるから、自転車事故が被害者に深刻な結果をもたらすという側面をなんら描いていない。フジテレビは、申立人が被害者遺族の立場から自転車事故の悲惨さを訴えたいことを認識していながら、申立人の立場と心情に配慮せず、本件放送の大部分を占める本件ドラマが当たり屋の事件を扱ったものであるという申立人にとって肝心な点を説明しなかった。この点において、フジテレビは、申立人に対して番組の趣旨や取材意図を十分に説明したとは言えず、本件放送には放送倫理上の問題がある。
以上から、委員会は、フジテレビに対し、本決定の趣旨を放送するとともに、社内及び番組の制作会社にその情報を周知し、再発防止のために放送倫理の順守にいっそう配慮するよう要望する。

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2016年5月16日 第60号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第60号

申立人
A
被申立人
株式会社フジテレビジョン
苦情の対象となった番組
『カスぺ!「あなたの知るかもしれない世界6」』
企画コーナー「わが子が自転車事故を起こしてしまったら」
放送日時
2015年2月17日(火) 午後7時~8時54分

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.放送の概要と申立ての経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • 1.申立人の主張と本決定における取り扱い
  • 2.人権侵害に関する判断
  • 3.放送倫理上の問題

III.結論

IV.放送内容の概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2016年5月16日 決定の通知と公表の記者会見

通知は、2016年5月16日午後1時からBPO会議室で行われ、このあと午後2時から千代田放送会館2階ホールで公表の記者会見が行われた。
詳細はこちら。

2016年8月16日 委員会決定に対するフジテレビの対応と取り組み

フジテレビから対応と取り組みをまとめた報告書が8月9日付で提出され、委員会はこれを了承した。

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  • 「補足意見」、「意見」、「少数意見」について
  • 放送人権委員会の「委員会決定」における「補足意見」、「意見」、「少数意見」は、いずれも委員個人の名前で書かれるものであって、委員会としての判断を示すものではない。その違いは下のとおりとなっている。

    補足意見:
    多数意見と結論が同じで、多数意見の理由付けを補足する観点から書かれたもの
    意見 :
    多数意見と結論を同じくするものの、理由付けが異なるもの
    少数意見:
    多数意見とは結論が異なるもの

第233回放送と人権等権利に関する委員会

第233回 – 2016年4月

STAP細胞報道事案のヒアリングと審理…など

STAP細胞報道事案のヒアリングを行うため臨時委員会を開催し、申立人から詳しく事情を聞いた。

議事の詳細

日時
2016年4月26日(火)午後3時~7時55分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第2会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「STAP細胞報道に対する申立て」事案のヒアリングと審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
本事案についてヒアリングを行うため、この日臨時委員会を開催した。ヒアリングには申立人が代理人弁護士2人とともに出席し、各委員が詳しく事情を聞いた。(被申立人のNHKのヒアリングもこの日予定されていたが、熊本地震の報道対応のため主なメンバーの出席が不可能になったことからいったん延期し、5月31日に臨時開催された第235回委員会で行われた。被申立人のヒアリングについては第235回委員会の「議事概要」参照
この日のヒアリングで申立人は、「NHKは番組を作成するうえで十分な取材・公平な取材の双方が不十分なまま、自分たちが捏造したストーリーに必要な材料だけを揃え、報道を行った。その報道姿勢は極めて強い人権侵害であり、報道機関として許されることではない」と述べた。
さらに、「本件番組構成は、NHKが正当性の根拠としている調査委員会の最終報告書でも認定されていない研究不正について、私を不当に犯人扱いしたものだ。独自取材に基づく調査報道番組であるとして、放送内容の正当性を述べているが、この発言と報道内容を踏まえると、NHKは独自の取材に基づいて調査し、NHKが悪と判断した人に制裁を与える権限があると考えている。これは報道機関として極めて深刻な人権侵害に対する感覚の鈍麻があることが明白だ」と主張した。
若山教授の描き方について、「番組では、疑問が指摘されて以降、STAP細胞があるのかを調べている人として若山教授が紹介されたが、若山教授は実際にSTAP研究を中心となって進めていたのだから、前提から視聴者を欺いている。NHKは、若山教授の言い分と自分たちがこうだと結論付けたものに沿った情報だけを流した。公平性に欠ける説明だし、偏向的な報道である」と主張した。
若山教授が渡したマウスと申立人が作製したSTAP細胞の遺伝子が異なっていたことの原因として、ES細胞が混入していたのではないか、と番組が指摘した点について、「若山教授が私に渡していたマウスとアクロシンGFPマウスの見た目は同じだ。であれば若山教授がアクロシンGFPマウスを誤って渡していたかもしれないと思うのが最初の発想だと思う。番組はそこを経ずにES細胞の存在をいきなり提示した」と主張した。
また、番組で申立人が使用する冷凍庫からES細胞が見つかったことを伝える部分について申立人は、「NHKは表現には十分に気を付けたと言うが、視聴者に伝わったのは小保方によるES細胞の窃盗の疑惑であったことは弁明の余地はない。実際には若山研究室が引越しの際に残していった不用品を引き取っただけで、警察の捜査によっても窃盗の容疑がないことが判明している」と述べた。
実験ノートの番組での使用については、「(たとえ公共性・公益性があったとしても公開されることは)我慢ならない。何故なら、それには、私のこれまでの、全ての秘密が書かれているからだ。私が見つけた細胞の秘密、細胞の神秘、私の発見、私のその時の感動、それが全て書かれたものだった」と訴えた。
笹井教授とのメールの公開については、「疑惑を私と笹井教授のみに向ける番組構成のためにプライバシーの侵害をしたうえ、あえて男女の音声を利用して二人の関係を視聴者に邪推させる悪質な演出が行われた」と述べた。
専門家として日本分子生物学会のメンバーの協力を得て論文を徹底検証したとされる部分については、「分子生物学会の会員ということから、STAPの研究について詳しく述べることができるということには全く繋がらない。噂レベル、井戸端会議みたいな感じだ」と述べた。
NHKの強引な取材によって怪我をさせられたと訴えている点については、「NHKは否定をしているが、私は本当に恐怖で全身が硬直して、右手と頸椎に激しい痛みをもたらす事実があったことは絶対間違いない。命をかけた検証実験をさせられている中で怪我まで負わせ、危険な目に合わせたこと自体反省することもなく、その事実さえ否定してくるNHKに憤りを感じている 」と訴えた。
さらに申立人は、「『ネイチャー』にはSTAPは否定されたが、まだSTAP研究は続いて続報が出ている。そのように科学は少しずつ進歩していくはずだった。それをNHKによって暴力的に握りつぶされた」「生きていくために社会によって認められている権利をNHKによって恣意的に否定された極めて強い人権侵害の事実にほかならない。この番組の放送、報道内容は故意の悪意に満ちた情報のみによって構成され視聴者を意図的に欺くものだった」など詳しく考えを述べた。

2.その他

  • 次回は5月17日に定例委員会を開催する。

以上

第232回放送と人権等権利に関する委員会

第232回 – 2016年4月

自転車事故企画事案、世田谷一家殺害事件特番事案、STAP細胞報道事案の審理、地方公務員からの申立て事案2件審理入り決定…など

自転車事故企画事案、世田谷一家殺害事件特番事案、STAP細胞報道事案を引き続き審理。また事件報道に対する地方公務員からの申立て事案2件を審理要請案件として検討し、審理入りを決めた。

議事の詳細

日時
2016年4月19日(火)午後3時~9時
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「自転車事故企画に対する申立て」事案の審理

審理対象は、フジテレビが2015年2月17日にバラエティー番組『カスぺ!「あなたの知るかもしれない世界6」』で放送した「わが子が自転車事故を起こしてしまったら」という企画コーナー。
同コーナーでは、母親が自転車にはねられ死亡した申立人のインタビューに続いて、「事実のみを集めたリアルストーリー」として14歳の息子が自転車事故で小学生にけがをさせた家族を描いた再現ドラマが放送された。ドラマは、この家族は示談交渉で1500万円の賠償金を払ったが、実はけがをした小学生は「当たり屋」だったという結末になっている。
申立人は、当たり屋がドラマのメインとして登場することについて事前の説明が全くなく、申立人に関して「実際に裁判で賠償金をせしめていることだし、どうせ高額な賠償金目当てで文句を言い続けているのだから、その点で当たり屋と似たようなものだ」との誤解を視聴者に与えかねないとして名誉と信用の侵害を訴え、放送内容の訂正報道や謝罪等を求めている。
これに対してフジテレビは、事前説明が十分でなかった点は申立人にお詫びしたが、「再構成ドラマは子供の起こした交通事故をテーマとするものであって、母親を自転車事故で亡くされた申立人の事案とは全く類似性がない」とし、この点は視聴者も十分に理解できるので、申立人の名誉と信用を侵害したものではないと主張している。
今月の委員会では、第2回起草委員会で修正された「委員会決定」案が提示され、詳細に検討した。その結果、大筋で了承されて委員長一任となり、5月に決定の通知・公表が行われる運びになった。

2.「世田谷一家殺害事件特番への申立て」事案の審理

対象となったのは、テレビ朝日が2014年12月28日に放送した年末特番『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』。番組では、FBI(米連邦捜査局)の元捜査官(プロファイラー)マーク・サファリック氏が2000年12月に発生したいわゆる「世田谷一家殺害事件」の犯人像を探るため、被害者遺族の入江杏氏らと面談した模様等を放送した。入江氏は殺害された宮澤みきおさんの妻泰子さんの実姉で、事件当時隣に住んでいた。番組で元捜査官は、「当時20代半ばの日本人、宮澤家の顔見知り、メンタル面で問題を抱えている、強い怨恨を抱いている人物」との犯人像を導き出した。
この放送を受けて入江氏は、テレビ朝日に対し、演出上の問題点などについて抗議。放送法第9条に基づく訂正放送・謝罪等を求めたが、テレビ朝日は「放送法による訂正放送、謝罪はできない」と拒否した。このため入江氏は、委員会に申立書を提出。「テレビ的な技法(プーという規制音、ナレーション、画面右上枠テロップなど)を駆使した過剰な演出、恣意的な編集並びにテレビ欄の番組宣伝によって、あたかも申立人が元FBI捜査官の犯人像の見立てに賛同したかの如き放送により、申立人の名誉、自己決定権等の権利侵害が行われた」として、放送による訂正、謝罪並びに責任ある者からの謝罪を求めた。
これに対しテレビ朝日は、サファリック氏の怨恨説を否定する申立人の発言をそのまま放送しており、申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したように見えるという申立人側の指摘は当たらないと反論。申立人が指摘するような「恣意的な編集」や「過剰な演出」はないと認識しており、「放送法第9条による訂正・謝罪の必要はないと考えている」と主張している。
今月の委員会では、ヒアリングに向けて起草委員が作成した論点・質問項目案について検討した。その結果、5月の次回定例委員会で申立人、被申立人双方にヒアリングを実施することになった。

3.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会では論点と質問項目を確認したうえで、ヒアリングを行うために4月26日に臨時委員会を開催することを了承した。

4.審理要請案件:「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)~審理入り決定

上記申立てについて、審理入りを決定した。
対象となった番組は、テレビ熊本(TKU)が2015年11月19日に放送した『TKUみんなのニュース』と『TKUニュース』。番組では、熊本県内の地方公務員が同年7月、「酒を飲んで意識が朦朧としていた知人女性を自宅に連れ込み、デジカメで女性の裸を撮影した」等として準強制わいせつ容疑で逮捕されたと放送した。
同公務員は12月8日、不起訴処分で釈放された後、テレビ熊本に対し、逮捕から不起訴に至るまでの報道の有無とその内容に関する情報開示を請求するとともに、委員会に申立書を提出し、テレビ熊本の事件報道は、「警察発表に色を付けて報道しており、視聴者からすると、あたかも無理やり酒を飲ませて酔わせた挙句、無理やり家に連れ込み、無理やり服を脱がせたうえで写真を撮ったかのように受け取られる」など事実と異なる内容で、またフェイスブックから無断で使用された顔写真や職場の内部、自宅まで放送されるという「完全なる極悪人のような報道内容」、「初期報道でレイプや殺人犯かのような扱い」により、深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出、事実と異なる異常な報道であった旨の放送、インターネットに拡散している情報の削除を求めた。
申立人はその後テレビ熊本に出向いて同局の放送内容を確認のうえで2016年2月22日に追加書面を委員会に提出、その中で(1)自宅前での記者リポートの結果、そこにいられなくなり引っ越した。社会的に抹殺しようという意図が疑われる、(2)「意識朦朧とした女性を連れ込み」という表現により、無理やり連れ込んだという意識を植え付けた、(3)「飲酒以外の影響、薬物の使用」の疑いを強調して「間違いなく」使っているだろうという意識を植え付ける内容、(4)フェイスブックより写真を2枚使用され、画面全体に長時間にわたり表示された、(5)「服を脱がせて裸にして裸を撮影した疑い」という、容疑内容以外のことも容疑内容として放送しており、容疑を認めたという報道により、そのすべてを認めていると誤認させる、(6)「現在の基準に照らしても懲戒免職に該当する」という首長のコメントを放送しているが、詳細を確認し「準強制わいせつということが明確になれば、懲戒免職に該当する」というコメントの一部を抜粋し、恣意的な報道により視聴者に「コイツは懲戒免職になってしかるべき」という印象を植え付けた、(7)2015年12月16日の同番組年末企画「くまもとこの1年」において、不起訴処分にもかかわらず、再度、逮捕の報道を繰り返し、いたずらに名誉を傷つけられた――などと主張した。
これに対しテレビ熊本は3月28日、本件申立てに関する「経緯と見解」書面を委員会に提出。同書面の中で、「今回の事案は、現職の公務員が起こした準強制わいせつの事案であり、その社会的影響は極めて大きいものと考えて、これまでの他の事案に基づき、その上で取材を重ね、事実のみを報道した。その中には、思い込みや容疑者や被害者を陥れるような、また過剰な演出は全くなく、事実のみを伝えており、申立人が指摘するような事実は微塵もない」として、申立人に対する人権侵害は全くないと主張した。
同局はまた、放送は警察発表及び警察幹部への取材を基に行ったものであり、申立人が指摘した記者リポートについては「『犯行現場』でのリポートであり、これは通常の取材と照らし合わせても正当なもの」とする一方、フェイスブック等の写真は申立人の知人ら複数の人に本人確認したうえで使用しており、「著作権法上の報道引用の範囲であり、この事案の報道の主たるものではない」と指摘。さらに申立人が不起訴処分になった時点で申立人の氏名は「匿名」に切り替え、自治体の処分(懲戒免職)についても自治体側の記者会見を元に取材し報道したとしている。
このほか同局は、放送内容のホームページ上の掲載については、「アップされてから24時間で自動消去している。これはいたずらにネット上で拡散する事を防ぐ対応であり、他社と比較しても短いものであると考える」と述べている。
委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回定例委員会より実質審理に入る。
尚、委員会は、熊本県を中心に発生した地震に伴う甚大な被害に配慮しつつ本事案の審理を進めることを確認した。

5.審理要請案件:「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ)~審理入り決定

上記申立てについて、審理良入りを決定した。
対象となった番組は、熊本県民テレビ(KKT)が2015年11月19日に情報番組『テレビタミン』内で放送したローカルニュース『テレビタニュース』。番組では、熊本県内の地方公務員が同年7月、「酒に酔って意識が朦朧としていた知人の女性を自分の家に連れて行き、着ていたものを脱がせて全裸をデジタルカメラで撮影した」等として準強制わいせつ容疑で逮捕されたと放送した。
同公務員は12月8日、不起訴処分で釈放された後、熊本県民テレビに対し、逮捕から不起訴に至るまでの報道の有無とその内容に関する情報開示を請求するとともに、委員会に申立書を提出し、熊本県民テレビの事件報道は、「警察発表に色を付けて報道しており、視聴者からすると、あたかも無理やり酒を飲ませて酔わせた挙句、無理やり家に連れ込み、無理やり服を脱がせたうえで写真を撮ったかのように受け取られる」など事実と異なる内容で、またフェイスブックから無断で使用された顔写真や職場の内部まで放送されるという「完全なる極悪人のような報道内容」、「初期報道でレイプや殺人犯かのような扱い」により、深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出、事実と異なる異常な報道であった旨の放送、インターネットに拡散している情報の削除を求めた。
申立人はその後熊本県民テレビに出向いて同局の放送内容を確認のうえで2016年2月22日に追加書面を委員会に提出、その中で(1)警察発表では「意識朦朧」といいう記載はないのに、なぜそのような表現になったのか。また無理やり家に引きずり込み、無理やり服を脱がせたかのように思わせる内容だが、そのような事実はない、(2)「意識が朦朧とした女性の服を脱がせ犯行に及んだ」という趣旨の放送もされており、薬か何かを用いているように思わせている、(3)「間違いありませんと容疑を認めている」と放送することにより、私は写真を撮ったという行為のみを認めているにもかかわらず、全てを認めているかのような報道内容、(4)所属していた職場のアップの映像が放送され、職場には絶対に戻ってこれないように社会的に抹殺してしまおうというモラルを欠いた映像の作り方になっている、(5)フェイスブックより写真が2枚使用されており、画面全体に長時間に渡り表示されていた、(6)スタジオでの男性司会者のコメントについて、有罪になった犯人でもないのに「卑劣な行為」と断言したことで、「コイツは犯人(刑法犯)」という思考にさせる。またそのような事実がないにもかかわらず、「薬物を使用した可能性がある」という点を強調している――などと主張した。
これに対し熊本県民テレビは4月8日、本件申立てに関する「経緯と見解」書面を委員会に提出。同書面の中で、「当社が報道した内容は、公務員が本人の承諾なく女性の裸体の写真を撮影したことによって準強制わいせつ容疑で逮捕されたというものであり、社会的に重大な事案であると考える。申立人の写真や職場の映像を使用したのは、容疑者がどのような人物なのか、どのような職務を行っていたのかを伝えるためで、これは国民の知る権利にこたえるためであり、手順等にも問題があるとは考えていない」と反論。
そのうえで、「今回の当社の報道は、正当な方法によって得た取材結果に基づいて客観的な立場からなされたものであり、申立人のいうような悪意的でモラルを欠いた報道内容であったとは考えていない」として、「当社の報道は、申立人の名誉、信用、プライバシー・肖像等の権利を不当に侵害する内容ではなく、これらに係る放送倫理に違反した内容でもなく、公平・公正を欠いた内容でもないことから、当社としては、申立人の貴委員会への主張は妥当性がないものと考える」と述べた。
さらに同局は、申立人が不起訴処分になったのが分かった12月9日、ニュースでその事実を放送し、「その際は匿名で申立人の人権にも十分配慮しており、名誉回復は果たしていると考える」と主張した。
委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準) に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回定例委員会より実質審理に入る。
尚、委員会は、熊本県を中心に発生した地震に伴う甚大な被害に配慮しつつ本事案の審理を進めることを確認した。

6.その他

  • 放送人権委員会の2015年度中の「苦情対応状況」について、事務局が資料をもとに報告した。同年度中、当事者からの苦情申立てが27件あり、そのうち審理入りしたのが6件、委員会決定の通知・公表が6件あった。また仲介・斡旋による解決が3件あった。
  • 次回委員会は4月26日に臨時委員会を開催する。5月の定例委員会は5月17日に開かれる。

以上

2016年4月19日

「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ)審理入り決定

放送人権委員会は4月19日の第232回委員会で、上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となった番組は、熊本県民テレビ(KKT)が2015年11月19日に情報番組『テレビタミン』内で放送したローカルニュース『テレビタニュース』。番組では、熊本県内の地方公務員が同年7月、「酒に酔って意識が朦朧としていた知人の女性を自分の家に連れて行き、着ていたものを脱がせて全裸をデジタルカメラで撮影した」等として準強制わいせつ容疑で逮捕されたと放送した。
同公務員は12月8日、不起訴処分で釈放された後、熊本県民テレビに対し、逮捕から不起訴に至るまでの報道の有無とその内容に関する情報開示を請求するとともに、委員会に申立書を提出し、熊本県民テレビの事件報道は、「警察発表に色を付けて報道しており、視聴者からすると、あたかも無理やり酒を飲ませて酔わせた挙句、無理やり家に連れ込み、無理やり服を脱がせたうえで写真を撮ったかのように受け取られる」など事実と異なる内容で、またフェイスブックから無断で使用された顔写真や職場の内部まで放送されるという「完全なる極悪人のような報道内容」、「初期報道でレイプや殺人犯かのような扱い」により、深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出、事実と異なる異常な報道であった旨の放送、インターネットに拡散している情報の削除を求めた。
申立人はその後熊本県民テレビに出向いて同局の放送内容を確認のうえで2016年2月22日に追加書面を委員会に提出、その中で(1)警察発表では「意識朦朧」といいう記載はないのに、なぜそのような表現になったのか。また無理やり家に引きずり込み、無理やり服を脱がせたかのように思わせる内容だが、そのような事実はない、(2)「意識が朦朧とした女性の服を脱がせ犯行に及んだ」という趣旨の放送もされており、薬か何かを用いているように思わせている、(3)「間違いありませんと容疑を認めている」と放送することにより、私は写真を撮ったという行為のみを認めているにもかかわらず、全てを認めているかのような報道内容、(4)所属していた職場のアップの映像が放送され、職場には絶対に戻ってこれないように社会的に抹殺してしまおうというモラルを欠いた映像の作り方になっている、(5)フェイスブックより写真が2枚使用されており、画面全体に長時間に渡り表示されていた、(6)スタジオでの男性司会者のコメントについて、有罪になった犯人でもないのに「卑劣な行為」と断言したことで、「コイツは犯人(刑法犯)」という思考にさせる。またそのような事実がないにもかかわらず、「薬物を使用した可能性がある」という点を強調している――などと主張した。
これに対し熊本県民テレビは4月8日、本件申立てに関する「経緯と見解」書面を委員会に提出。同書面の中で、「当社が報道した内容は、公務員が本人の承諾なく女性の裸体の写真を撮影したことによって準強制わいせつ容疑で逮捕されたというものであり、社会的に重大な事案であると考える。申立人の写真や職場の映像を使用したのは、容疑者がどのような人物なのか、どのような職務を行っていたのかを伝えるためで、これは国民の知る権利にこたえるためであり、手順等にも問題があるとは考えていない」と反論。
そのうえで、「今回の当社の報道は、正当な方法によって得た取材結果に基づいて客観的な立場からなされたものであり、申立人のいうような悪意的でモラルを欠いた報道内容であったとは考えていない」として、「当社の報道は、申立人の名誉、信用、プライバシー・肖像等の権利を不当に侵害する内容ではなく、これらに係る放送倫理に違反した内容でもなく、公平・公正を欠いた内容でもないことから、当社としては、申立人の貴委員会への主張は妥当性がないものと考える」と述べた。
さらに同局は、申立人が不起訴処分になったのが分かった12月9日、ニュースでその事実を放送し、「その際は匿名で申立人の人権にも十分配慮しており、名誉回復は果たしていると考える」と主張した。

委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。
尚、委員会は、熊本県を中心に発生した地震に伴う甚大な被害に配慮しつつ本事案の審理を進めることを確認した。

放送人権委員会の審理入りとは?

「放送によって人権を侵害された」などと申し立てられた苦情が、審理要件(*)を満たしていると判断したとき「審理入り」します。
ただし、「審理入り」したことがただちに、申立ての対象となった番組内容に問題があると委員会が判断したことを意味するものではありません。

* 委員会審理に必要な要件については、同委員会「運営規則 第5条」をご覧ください。

2016年4月19日

「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)審理入り決定

放送人権委員会は4月19日の第232回委員会で、上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となった番組は、テレビ熊本(TKU)が2015年11月19日に放送した『TKUみんなのニュース』と『TKUニュース』。番組では、熊本県内の地方公務員が同年7月、「酒を飲んで意識が朦朧としていた知人女性を自宅に連れ込み、デジカメで女性の裸を撮影した」等として準強制わいせつ容疑で逮捕されたと放送した。
同公務員は12月8日、不起訴処分で釈放された後、テレビ熊本に対し、逮捕から不起訴に至るまでの報道の有無とその内容に関する情報開示を請求するとともに、委員会に申立書を提出し、テレビ熊本の事件報道は、「警察発表に色を付けて報道しており、視聴者からすると、あたかも無理やり酒を飲ませて酔わせた挙句、無理やり家に連れ込み、無理やり服を脱がせたうえで写真を撮ったかのように受け取られる」など事実と異なる内容で、またフェイスブックから無断で使用された顔写真や職場の内部、自宅まで放送されるという「完全なる極悪人のような報道内容」、「初期報道でレイプや殺人犯かのような扱い」により、深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出、事実と異なる異常な報道であった旨の放送、インターネットに拡散している情報の削除を求めた。
申立人はその後テレビ熊本に出向いて同局の放送内容を確認のうえで2016年2月22日に追加書面を委員会に提出、その中で(1)自宅前での記者リポートの結果、そこにいられなくなり引っ越した。社会的に抹殺しようという意図が疑われる、(2)「意識朦朧とした女性を連れ込み」という表現により、無理やり連れ込んだという意識を植え付けた、(3)「飲酒以外の影響、薬物の使用」の疑いを強調して「間違いなく」使っているだろうという意識を植え付ける内容、(4)フェイスブックより写真を2枚使用され、画面全体に長時間にわたり表示された、(5)「服を脱がせて裸にして裸を撮影した疑い」という、容疑内容以外のことも容疑内容として放送しており、容疑を認めたという報道により、そのすべてを認めていると誤認させる、(6)「現在の基準に照らしても懲戒免職に該当する」という首長のコメントを放送しているが、詳細を確認し「準強制わいせつということが明確になれば、懲戒免職に該当する」というコメントの一部を抜粋し、恣意的な報道により視聴者に「コイツは懲戒免職になってしかるべき」という印象を植え付けた、(7)2015年12月16日の同番組年末企画「くまもとこの1年」において、不起訴処分にもかかわらず、再度逮捕の報道を繰り返し、いたずらに名誉を傷つけられた――などと主張した。
これに対しテレビ熊本は3月28日、本件申立てに関する「経緯と見解」書面を委員会に提出。同書面の中で、「今回の事案は、現職の公務員が起こした準強制わいせつの事案であり、その社会的影響は極めて大きいものと考えて、これまでの他の事案に基づき、その上で取材を重ね、事実のみを報道した。その中には、思い込みや容疑者や被害者を陥れるような、また過剰な演出は全くなく、事実のみを伝えており、申立人が指摘するような事実は微塵もない」として、申立人に対する人権侵害は全くないと主張した。
同局はまた、放送は警察発表及び警察幹部への取材を基に行ったものであり、申立人が指摘した記者リポートについては「『犯行現場』でのリポートであり、これは通常の取材と照らし合わせても正当なもの」とする一方、フェイスブック等の写真は申立人の知人ら複数の人に本人確認したうえで使用しており、「著作権法上の報道引用の範囲であり、この事案の報道の主たるものではない」と指摘。さらに申立人が不起訴処分になった時点で申立人の氏名は「匿名」に切り替え、自治体の処分(懲戒免職)についても自治体側の記者会見を元に取材し報道したとしている。
このほか同局は、放送内容のホームページ上の掲載については、「アップされてから24時間で自動消去している。これはいたずらにネット上で拡散する事を防ぐ対応であり、他社と比較しても短いものであると考える」と述べている。

委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。
尚、委員会は、熊本県を中心に発生した地震に伴う甚大な被害に配慮しつつ本事案の審理を進めることを確認した。

放送人権委員会の審理入りとは?

「放送によって人権を侵害された」などと申し立てられた苦情が、審理要件(*)を満たしていると判断したとき「審理入り」します。
ただし、「審理入り」したことがただちに、申立ての対象となった番組内容に問題があると委員会が判断したことを意味するものではありません。

* 委員会審理に必要な要件については、同委員会「運営規則 第5条」をご覧ください。

2015年度 解決事案

2015年度中に委員長の指示を仰ぎながら、委員会事務局が審理入りする前に申立人と被申立人双方に話し合いを要請し、話し合いの結果解決に至った「仲介・斡旋」のケースが3件あった。

「日本語碑文をめぐる申立て」

A局が2014年4月に放送した情報バラエティー番組で、リポーターがベルギー・アントワープにある「フランダースの犬の石碑」を訪れ、「とても残念なものがある」という触れ込みで、石碑の一部に日本語の碑文があることを「興ざめ」などと述べたため、その日本語の碑文を書いた人物が放送により名誉を著しく傷付けられたと申し立てた。委員会事務局が双方に話し合いによる解決を促したところ、同局から「放送後当該番組の再放送、ネット配信、DVD化はしていないし、今後もしない」と申立人の要求を受け入れる回答があり、それを事務局から申立人に伝えたところ、申立人は「誠意ある対応」と評価した。このため、申立人に取下げ書の提出をお願いしたが、その後申立人から全く連絡がなかったため、委員会内規に照らし、申立人の明確な意思が確認できない状態が3か月以上続いたと判断、本件申立ては取り下げられたとみなし、委員会に報告した。

(放送2014年4月 解決2015年8月)

「ハーグ条約適用報道に対する申立て」

B局が2014年8月に放送した報道番組で、「ハーグ条約」の適用を受けた子どものその後をめぐるニュース企画を放送した。この放送に対し、その子どもの父親が、同企画は母親側への取材のみに基づくもので、父親側には取材の申し入れは全くなく、その結果、事実誤認を含む報道により社会的評価を著しく傷付けられたと申し立てた。委員会事務局が双方に話し合いによる解決を促したところ、約3か月におよぶ話し合いの結果、申立人の主な主張を盛り込んだ「通知書」をB局がホームページに掲載、申立人はこれを了承して申立書を取り下げ、解決した。

(放送2014年8月 解決2105年8月)

「ホテル設計者からの申立て」

C局が2015年4月に放送した番組で、鉄道車両のデザインで知られる著名デザイナーが出演し、「(地方都市の有名)ホテルのデザインをした」と紹介した。この放送に対し、ある設計事務所社長が、同ホテルを設計したのは自分で、「代表作」として公言してきた立場が否定され、名誉と信用を毀損されたと申し立てた。事務局が双方に話し合いによる解決を促したところ、約3か月に及ぶ代理人間の話し合いの結果、双方が合意した文章を同局が番組ホームページに1か月間掲載した。これを受けて、事務局から申立人代理人に取下げ書の提出を依頼するため数回にわたり連絡したものの、全く返答がなかった。このため委員会内規に照らし、申立人の明確な意思が確認できない状態が3か月以上続いたと判断し、本件申立ては取り下げられたとみなし、委員会に報告した。

(放送2015年5月 解決2016年1月)

2016年2月3日

九州・沖縄地区各局との意見交換会

放送人権委員会は2月3日、九州・沖縄地区の加盟社との意見交換会を福岡市内で開催した。九州・沖縄地区加盟社との意見交換会は6年ぶり3回目で、29社から83人が出席した。委員会側からは坂井眞委員長ら委員8人(1人欠席)BPOの濱田純一理事長らが出席し、最近の委員会決定等をめぐって予定を超える3間25分にわたって意見を交わした。
濱田理事長のあいさつ、坂井委員長の基調報告、4事案の決定についての担当委員らの報告と質疑応答の概要は、以下のとおりである。

◆濱田純一理事長 あいさつ

BPOがどういう役割をしているか、放送人権委員会がどのような機能を持っているかはお分かりかと思います。一言で言えば、BPOというのは放送の質を高めることで放送の自由を守っていく、そういう役割を持った組織であると思っています。放送の自由を守っていくことは、当然、これは国民の権利、自由を守ることにつながっていくわけで、放送はそのような媒介になる役割をしていると、私は考えております。
そういった役割を果たすために、放送人権委員会をはじめとして委員の皆さんにご努力をいただいているわけです。まあ通常会議の時間は2時間というふうに決まっているんですが、放送人権委員会では5時間とか6時間とか長時間にわたっていろいろな案件を審理していただいています。これまで57件について扱ってきていますが、個々の案件の紛争処理という、それだけが目的ではなくて、そういう案件を議論することを通じて放送というのはどうあるべきか、あるいは放送の自由とはどのようなものが望ましいのかということを真剣に議論する、委員の皆さん方の情熱に支えられて運営されているということを、ぜひご理解いただければと思っております。同時にそうした放送の自由を巡る議論というのはBPOの中だけではなく、視聴者の皆さん、あるいはもちろん放送局の皆さんが一緒になって考えて取り組み、あるいは主張していかなければいけない、そういう性格のものだと考えています。
きょうの意見交換会も、質疑応答あるいは知識を深めるというだけではなくて、皆さん方が決定を受けて委員と意見交換する、そういう活発な議論をすることによってこの放送の自由というものをさらに強めていくんだ、さらに高めていくんだと、そういう思いでぜひこの数時間をご一緒に過ごさせていただければと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

◆坂井眞委員長  基調報告

私は弁護士をちょうど丸30年やってきました。そのうち7年委員をさせていただいていることになりますが、 それ以前から報道と人権の問題に長年取り組んできました。日弁連は人権大会を毎年やっていて、隣にいる市川委員長代行が今、日弁連の人権擁護委員長として中心になってやっているわけですが、1987年の熊本の人権大会では報道と人権をテーマにしました。報道による人権侵害ということが初めて言われた時代でした。25年以上も前で、当時は新聞記者の方と話をしても、「報道による被害とは何事だ」などと真剣に言われる時代でした。 それからずっとそういう問題をやっていますので、表現の自由を規制することばかり考えているやつじゃないかと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。私としてはどちらもだと、表現の自由は最も大切な人権の1つだけれども、名誉やプライバシーも当然大事だと、その調整をどうするのかということで活動をしてまいりました。
出家詐欺事案、後ほど出てきますけれども、その決定における放送法に関わる部分、われわれの前に放送倫理検証委員会が放送法4条の規定は倫理規定だと言って、それに対して政府自民党筋から異論が出されるということがあり、事案との関係でわれわれも述べた点です。そこの考え方をしっかり整理をしたい、それを基調報告として申し上げたいと思っております。
出家詐欺事案で決定の最後に書いているのは、こういうことです。「本件放送について、2015年4月17日、自由民主党情報通信戦略調査会が、NHKの幹部を呼び、『事情聴取』を行った。放送法4条1項3号の『報道は事実を曲げないですること』との規定が理由とされた。さらに4月28日には、総務大臣が同じ放送法4条1項3号などに抵触するとして、NHKに対して異例の『厳重注意』を行った」と。 ここからわれわれの意見ですが、「しかし、憲法21条が規定する表現の自由の保障の下において、放送法1条は『放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること』を法の目的と明示している。そして放送法3条は、この放送の自律性の保障の理念を具体化し、『放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることはない』として、放送番組編集の自由を規定している。放送法4条は、放送事業者が依るべき番組編集の基準を定めているが、放送番組に対し、干渉、規律する権限を何ら定めていない。委員会は民主主義社会の根幹である報道の自由の観点から、放送内容を萎縮させかねないこうした政府、及び自民党の対応に強い危惧の念を持たざるをえない。」
控え目に抽象的に言ったつもりです。ただ、この部分はすごく重要で、われわれは申立てに対して判断を示すということで、一般論を述べる委員会ではないんですが、この事案でこういう動きがあったので、事案に関する限りしっかり指摘しておきたいということで意見を述べました。
端的に言うと、放送法は憲法21条によって解釈されるものであって、それを逆転させて放送法の規定を歪曲して、法によって憲法21条を解釈、理解するようなことがあってはいけないということを申し上げたいわけです。憲法21条1項は、これはもう言うまでもないことですが、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と定めていて、法律の留保などは付いておりません。「法律を定めれば制限できる」とは書かれていないのです。では、どういう場合に制限できるかというと、他の人権との調整の場合ですね。他の人権とは、委員会が扱う名誉、プライバシー、それからきょうも出てきます肖像権、そういうものをむやみに侵害してはいけないよと。そういう場合には、調整ないしは制限、限界があるけれども、法律を定めれば自由に口を出していいとか、制限していいというものではない、この点を確認しておきたいです。
放送法1条、放送法の理解について明確に判示している最高裁判決があります。平成16年11月25日の最高裁の第1小法廷の判決です。 訂正放送等請求事件で、NHKの『生活ほっとモーニング』訂正放送事件の上告審です。1審は原告が負けました。2審からは私も含めこういう事案をよく扱っている4人の弁護士が代理人になり東京高裁で逆転勝訴をして、慰謝料請求が認められるところまではよくある話ですが、それだけでなく「訂正放送請求権に基づいて訂正放送をしろ」という請求も認められました。
NHKは当然上告をしました。最高裁判決は、慰謝料のところは確定して原告が勝ったわけですが、訂正放送請求権について最高裁は「これは私法上の請求権ではないんだ」という判決を出しました。 どう言ったかと言いますと、「真実でない事項の放送がされた場合において、放送内容の真実性の保障及び他からの干渉を排除することによる表現の自由の確保の観点から、放送事業者に対し、自律的に訂正放送等を行うことを国民全体に対する公法上の義務として定めたものであって、被害者に対して訂正放送等を求める私法上の請求権を付与する趣旨の規定ではない」という判断をしました。最高裁は「自律的にやりなさいよ」と、「国民全体に義務を負っているんですよ」と言ったわけです。
私はNHKの方と連絡する担当だったのですが、金曜日の午後に判決が出て、NHKから「翌日の土曜日の『生活ほっとモーニング』で判決の趣旨に則って訂正放送をしたい。どうだろうか」という連絡があった記憶があります。実際に放送されました。判決の法的解釈論とは別に、私自身は放送局のそういう対応は非常に評価しています、それがまさに自律なんだと。
もう1つ言っておきたいのは、この事案は中高年の離婚問題を扱っていて、男性のほうだけ取材をして顔出ししちゃったんですね、女性のほうには取材をしていない。それで、女性のほうは非常に大きな職業上、生活上の被害を被った。それで「おかしい」というクレームがあったときに、「最高裁まで行かないと、訂正放送しないんですか」ということ。もうちょっとNHKが「自律」してよかったんじゃないかという思いがあります。最高裁判決後の対応は評価していますけれども、そこまで行かなくてもよかったんじゃないのか、それが自律ではないかという思いです。
そういう放送の自律という文脈で、このBPOという組織が出来て、放送人権委員会も自律的組織として、申立てがあったときに人権相互の調整を図る場としてある。だからその結論がどうかというときに、何か「外部から表現の自由を規制される」という受け取り方ではなくて、NHKと民放連が作ったBPOという自律的組織が「ちょっとまずいんじゃないの」と言ったら、まあ意見はいろいろあるけれど、「よく考えてみよう」ということで、ぜひ受け止めていただきたいと思っております。
これから個別の事案について、担当の委員から報告がございますので、ぜひ今、申し上げたような観点で検討していただければありがたいと思います。

◆決定第53号「散骨場計画報道への申立て」 報告:坂井眞委員長

論点の 1つ目は、「個人名と顔の映像は露出しないという合意に関する事実関係はどうなのか、誰と誰が合意したのか、合意した効果はどういうものでしょうか」というのが1つですね。
2つ目、「合意に反して顔の映像を放送したことは、肖像権侵害に当たるのか」
3つ目、「合意に反して顔の映像を放送したことは、放送倫理上の問題があったか」ということになります。
最初の論点ですが、SBS(静岡放送)の主張は、申立人と各社、すなわちSBSと申立人との合意だとおっしゃっていました。ただ、実際の関係としては、事前に熱海記者会の幹事社が社長と取材交渉し、会社名は出してよいが、社長の個人名及び顔は出さないことを取り決めていました。熱海記者会の幹事社がSBSの代理人ということはありえない。申立人は終始一貫して「合意をしたのは記者会とで、SBSとではない」という対応でした。そういう事情を考えると、委員会は「申立人と熱海記者会との合意」と判断をしました。これは形式的なところですが、合意の効果としては、熱海記者会に所属して個人名と顔の映像は露出しないとの合意を受け入れ記者会による記者会見に参加した記者は、当然申立人と記者会の合意に拘束されると。平たく言えば、記者会に所属した方は会社の了解も得た上で「合意を守ります」と言って会見に出たんだから、それは拘束される、会社も了解を与えているんだから合意事項に拘束されますという判断をしました。
肖像権とは何かといいますと、かなり昔の昭和44年の京都府学連事件という最高裁大法廷判決があり「何人もその承諾なしに、みだりにその容貌・姿態を撮影されたり撮影された肖像写真や映像を公表されない権利」ということになります。肖像権と表現の自由、報道の自由、その関係を委員会がどう考えたかというと、一般論としては、申立人の承諾なしに、すなわち被撮影者の承諾なしに撮影し映像を放送することは肖像権侵害になりますと。けれども、肖像権も他の人権や社会的利益との関係においてすべてに優先するわけではない、表現の自由や報道の自由との関係において両者の調整が図られてなくてはいけない。委員会決定では、申立人の承諾なしに撮影された顔の映像を放送することは、原則として肖像権侵害となるが、しかし、申立人の承諾なしで撮影、放送することに報道の自由の観点からの公共性があると認められるならば、両者の価値を検討して一定範囲で報道の自由が優先する場合もありますよと、原則はこういうことです。公共性と公益性が認められるときは、さっき言ったようにさまざまな要素を考えてどちらが優先するかを判断をすると。そして、本件の結論としてはSBSに対して肖像権侵害を問うことはできないという判断になっています。
まず近隣住民による反対運動がありました。有名な温泉保養地の中に墓地類似の施設を作るわけだから、近隣住民の方にとって当然問題になるということですね。本件放送前の5月中旬段階で、既に各社が報道していました。熱海市役所まで会見をしていました。他方、この社長さんの会社のホームページ上では、代表者名も当然記載されていましたし、散骨場計画の宣伝もしていました。もう1つ、名前とか住所は商業登記簿謄本を見れば取れます。 さらに、報道された後には市の人口の3分の1ぐらいが反対署名をしている、地域の中でそのぐらい関心が高かったんですね。そうすると、公共性の程度は相当高いですね。この番組はストレートニュースでその問題提起をしているわけですから、公益目的も問題なく認められますということになります。
先程言いましたように、この事案は合意違反、「出しません」と言っていたのに放送してしまった。そもそも肖像権侵害は承諾があったら生じないわけで、よく考えれば合意に反したということも承諾なくやった場合の一態様ですね。なので、「合意違反だから、直ちに肖像権侵害になるとは言えない」という判断でした。合意違反もいろいろあって、最初から騙して撮影しようというケースだってあるわけですよね。例えば、隠し撮りは合意違反ではないけど、悪質だということになるというようなことです。
もう1つ、さっき指摘したようにこの地域での高い公共性のある事項で、公共的関心事になっている散骨場計画をしている会社の代表者が、個人的な肖像権を理由に自己の顔の映像を放送されることを拒否できるだろうかということも考えました。で、委員会の判断としては肖像権侵害はないということです。
放送倫理上の問題はどうかというと、「取材対象者との信頼関係を確保し、その信頼を裏切らないことは放送倫理上放送機関にとっては当然のことである」と。民間放送連盟の報道指針にも「視聴者・聴取者および取材対象者に対し、誠実な姿勢を保つ」と書いてあります。SBSも最初から謝罪しているわけですし、放送倫理上の問題ありということは、SBSも異論のないところです。
問題はあえて付言を付けたところですが、「取材・報道は自由な競争が基本である」「記者クラブ側は取材先からの取材・報道規制につながる申し入れに応じてはならない」、これは2006年3月9日の日本新聞協会編集委員会の記者クラブに関する見解ですが、誘拐報道等、ごく一部の例外の場合を除いて報道協定は認められないという原則は皆さんよくご存じですね。散骨場計画は先程述べたように、この地域で相当公共性の高い、公共的関心事になっていたのに、記者クラブがこういう約束をしてよかったのでしょうかという指摘です。新聞メディアと放送メディアはおそらく温度差があって、新聞はそれほど映像の問題は感じないかもしれませんが、放送メディアはそこは違うだろうと。顏の映像はなくても、取り合えず話だけでも聞きたいという幹事社の話に乗っちゃったのかもしれないけれど、それにしても、記者クラブで報道協定につながるような合意をしてしまうのはまずくはないですかと。
放送人権委員会にはいろいろな亊案があって、隠し撮りは原則だめだともちろん言っていますし、公共的な亊案で取材になかなか応じてくれないときは、自宅で待っていて通勤電車に乗るまで追っかけて撮ったりすることが許される場合もあるわけです。やっぱり亊案と内容によって、出すべきものは出すということもあってよかったんじゃないか。まして、みんなで顔を出さないでやろうということはまずいんじゃないですかという趣旨で、あえて付言をしたということになります。

(質問)
単純なミスということでしたが、顔が全体映っているところもありますが、中途半端に顏の下半分が映っているような、全部見せないように配慮した映像もあります。つまりどの時点でミスになったのか、撮影の前なのか、あるいは取材をした後の連絡ミスだったのか?

(坂井委員長)
私の記憶では、顏が出ている映像はボカシをかけるか、処理をするはずだったのを、忙しくて失念しミスをしてしまった。だから言いわけできない話だと記憶しています。

(質問)
自分たちの反省も含めてですけれど、本社から直接記者が常駐していない記者会は、どうしても駐在の人に任せてしまって、そういった顔を出す、出さないという連絡が例えば後々になったりだとか、こういう事案は結構起こりかねないなという思いで見ていた部分があります。

(坂井委員長)
出さないという話があるんだったら、それはとにかく連絡を徹底すると。今回は連絡が入っていたのに、現場の編集段階でミスが出たと記憶しています。忙しいのは当たり前だと思うので、その中で落ちないような何重かのチェックをしていく体制を作ることじゃないかなと思いますけれども、そういうシステムを作り上げておかないと、現場でのミスの可能性は絶えずあるだろうと思います。

(質問)
この付言は、あくまで実名顔出しを求めるべきではなかったのかと、それでも相手がやっぱり絶対顔はダメ、言葉だけだったらOKだということであれば、それもありうるということを含んでいるのでしょうか? 我々取材する中で、どうしても声が欲しい、ニュースの尺を考えると声だけでも必要だと考える場合もありうると思うんです。

(坂井委員長)
1つは報道協定的な、足並み揃えちゃったらまずくないですかというのがあります。顔を出さない、名前を出さないことを記者会みんなでやれば、なんか安心みたいなのはやっぱり報道のあるべき姿としては問題ですごく怖い感じがする、私の個人的な感覚ですけれども。もう1つはこういう話だったら、まず、相手にちゃんと説明しなきゃいけない社会的責任があるじゃないですかと言えるはずなんで、そこは各社にしっかり考えてもらいたい。実際、突撃取材をするケースもあるわけで、例えば翌日、急展開ということもあるわけですね、こういうニュースで。これはもう顔出してやるべきだって。そういうときに記者会で変な約束をして足かせにならないのかと、いろんなことを考えるので、そこは慎重に考えるべきじゃないのかなと思います。

(奥委員長代行)
端的に言えばありでしょう。一生懸命説得して出てくれと言ったけれど、出てくれなかった、だけど、この人の生の声を欲しいというときに声だけというのはありだと思います。

(質問)
日本新聞協会の見解は、幹事社含めて記者会のメンバーがおそらく誰も知らなかったと思うんです。例えば我々の放送の中でも、相手が顔は嫌だと言ったらもうすぐに切っちゃうとか、言われなくてもモザイクをかけるとか毎日のように頻発しています。こういう事例があった以上は、例えば新聞協会でも共有すべきだと思いますが、そういう動きはあるのでしょうか? 特にローカルに行けば行くほど、こういう問題が起きるんじゃないかという懸念があるんですが?

(坂井委員長)
新聞協会のことは存じ上げませんが、前の三宅委員長の委員長談話(「顔なしインタビュー等についての要望」2014年6月9日)で非常に危惧した部分ですよね、安易にそういうことをやるべきじゃないと。あとから出て来る出家詐欺の事案でも、結局ボカシを入れることによって詰めが甘くなるみたいなことにつながっているので、そういう意味では本当に重大な問題だと思います。

(奥委員長代行)
原則はもう確認されていると思うんですね、民放連においても、新聞協会においても。それが今回は熱海という、メジャーではない記者クラブですよね。たぶん県庁所在地とか、そういうところのクラブはかなりこの辺の認識があると思うんですけれども、認識が希薄だったということはたぶんあるので、そこは報道各社においてしっかり現場に認識させていただかないといけないと思います。

◆決定第54号「大阪府議からの申立て」(TBSラジオ) 報告:市川正司委員長代行

どういう申立てかと言いますと、事実関係を受けての論評が 権利侵害にあたると。具体的に言うと「思いついたことはキモイだね、完全に」と、自分の評価として「キモイ」という言葉を使ったということで、これが全人格を否定し侮辱罪にあたると。ヒアリングで申立人にもう少し具体的に聴いたところでは、法律上の説明でいくと、1つには全人格を否定し侮辱罪にあたると、これは個人の内面の感情としての名誉感情を侵害するということ。それからもう1つは、この放送を受けてネット上に「キモイ」という中傷の文言が流れて、自分の社会的な評価をおとしめられたという2つの点で権利侵害があったと、こういう説明をしていました。
前提問題として、まず論評の対象は何かということで、TBSは、これは申立人の行動に対する評価であって府議の人格に対する論評ではないんだと、こういう主張をされていました。ただ、行為に対する論評と社会的評価や人格に対する論評を峻別することは困難であると、人格の論評も含むものと考えるということで、前提問題については人格論評も含むということで次の問題を検討せざるを得ないとしています。
それでは、次に、社会的評価の低下、名誉感情侵害があったのかというところですけれども、「キモイ」という言葉自体が嫌悪感とか気持ちが悪いというイメージを出している、表現していることは明らかなので、そういう意味では、一定程度の社会的評価の低下、名誉感情に不快を与えるということについては間違いないだろうと評価をしています。
その上で、法律上の違法性が阻却されるかどうかという言い方をしますけれども、公共性・公益性の観点から許容されるかどうかというのが次の判断になります。判断の要素としては、公共性・公益性がどれぐらい高いか、もう1つは侵害の程度との関係で、これを2つの天秤にかけて、公共性、・公益性がより重ければ侵害の程度との関係でより許容される可能性が高い、逆に侵害の程度が重ければ許容されない範囲が高まる、こういう関係になります。
参考になる判例として2つ、それから委員会決定を挙げています。
1つは平成元年の最高裁の判決でありますが、公務員に対する論評については、人身攻撃に及ぶ論評としての域を逸脱したものではない限り違法性を欠くということです。特に事実関係ではなく論評に関しては人身攻撃に及ぶなどの論評としての域を逸脱したものでない限りは違法性を欠くということで、比較的緩やかに許容されるという判断をしているというところがあります。事実の摘示と論評で比較的違う考え方になっているかなというところもあります。
次が公職選挙の候補者と名誉権という問題で、昭和61年の最高裁判例ですが、公務員または公職選挙の候補者に対する評価・批判等の表現行為に関するものである場合には、一般にそれが公共の利害に関する事項であるということができて、私人の名誉権に優先する社会的価値を含み、憲法上特に保護されるべきだという判決です。
この2つ合わせると、論評であるということと公職選挙の候補者であるということが今回のキーワードになったと思います。1つ前例となる委員会の決定がありまして、「民主党代表選挙の論評問題」(委員会決定第30号)で「公務員、あるいは公職選挙によって選ばれた者として、一般私人よりも受忍すべき限度は高く、寛容でなければならない立場にある」と、こういう決定を出しております。
この3つを参考に本件の検討をしました。1つは先程申し上げたように論評であるということ、それから府議会議員が議員活動の一環として中学生たちとLINEのやり取りをしていたと、ご自身が記者会見等でこういう説明をされていて、そういう点からも公共性・公益性が認められると。しかも議員の活動ですので、非常に公共性・公益性が高いということを認定しています。その上で、放送前に「キモイ」という言葉が報道されていた。自ら一連の行動が不適切だったという説明もしている。それから「キモイ」という言葉はこの放送で特に急に使われたということではなくて、この事案の中で使われたキーワードの1つという、そういう特殊性があるということで、そういう意味で社会的評価の低下は大きくないだろうと、人格をことさら誹謗したものでもないという評価をしております。そうすると、先程の公共性・公益性と侵害の程度の重さというのを比べたときに、やはり公共性・公益性という点から違法性の阻却が認められるのではないかということで、本件は問題がないと判断をしたということです。
あと本件の特殊性としてバラエティーでの表現ということがあります。決定ではこう言っておりまして「本件放送は、いわゆるバラエティーのジャンルに属する番組の中で行われたものであり、申立人を揶揄している部分もあるが、政治をテーマとして扱い、政治を風刺したりすることは、バラエティーの中の1つの重要な要素であり、正当な表現行為として尊重されるべきものであるから、本件放送の公共性・公益性を否定するものと解すべきではない」と。「キモジュン」とかいう表現がありましたけれども、番組の特性からいけばこういう表現の仕方もありだろうという考え方をとっています。
決定では最後に「『キモイ』という言葉は、それが使われる相手や場面によっては相手の人格を傷つけ、深いダメージを与えることもあるが、委員会はこれを無限定に使うことを是とするものではない」と付言しています。こういう場合はいいけど、こういう場合はダメだとはなかなか一概には言えないし、言葉狩りのような形になってもいけないということで、いろいろ議論した上でこういう表現に留めています。

(質問)
今回の決定は全く私もそのとおりだろうと思うんですが、申立て自体が圧力になっているんじゃないかと感じられました。

(市川委員長代行)
公表の記者会見のときも同じようなご意見がありました。ただ、委員会としては、委員会の規約上、個人から一定の侵害の申立てがあれば、その主張それ自体が一応の要件に該当すれば、どうしてもこれを受けざるを得ないというところがあります。そういう意味では、なるべくすみやかに、むしろ今回のような決定であればスパッと出してしまうということでしょうけれども、それはそれでヒアリングもして手続き的な保証はした上で結論を出すという必要があるかなと思っています。ただ、本件で決定の通知・公表が若干ちょっと延びた要素としては、ちょうど申立人が選挙に入ってしまって、選挙が終わってからというタイミングを見たという経過がございました。

(質問)
むしろ申立てをして面倒なことを強いるという構造になっていると思いまして、ちょっと濫訴というか、そういうものに近いものがあるんじゃないかと。

(坂井委員長)
そこは、そういうふうに感じないでもらいたい、この件なんか真っ白じゃないですか。何がいけないのと、思っていればいいと思うんです。そこで濫訴だとか、プレッシャーだとか思わないでほしいというのが、私の個人的な見解です。申立てがあったら受けないといけないのが放送人権委員会で、運営規則の5条にそう書いてあるんですね、それだけのことだと。放送倫理検証委員会は問題があると思ったときに取り上げるという流れですから、そこは違うんです、そこのところは皆さんによく理解をしていただきたいと思います。

(質問)
明らかにこっちは悪くないというスタンスでいても、BPOで取り上げられたということになると、スポンサーが離れてしまったり、局の上層部から番組は打ち切りだということになりかねないところがあります。そういう状況にあることも、ちょっと頭に入れていただければありがたいなというところです。

(坂井委員長)
そこは平行線なのかもしれないですけど、私が基調報告で申し上げた、このBPOという組織がどうやってできて、放送人権委員会がどうしてあるのかということをよく考えてもらいたいですね。スポンサーの方はいろんな方がいるのはよくわかります。そこで、きっちりこの問題はこういうことだと説明して説得するのが仕事のうちだろうと思います。そういう申立ては受けないでくれというのは、方向が違うんじゃないかと思います。

(質問)
ラジオの深夜番組という部分で、さっきの録音を聴いていましたら、非常に無邪気というか、脇が甘いというか、まさか申立ての対象になるとはまったく考えてないというふうに聴けるんですけれど、例えば局側の反省はあるのでしょうか?

(市川委員長代行)
確かこれは録音した上で、チェックも入っていたというふうに聞いています。その上でOKを出して放送しているので、一応それなりの判断はされていただろうと思います。必ずしも脇が甘いと、申しわけなかったというような発言は特にTBSラジオからは聞いていなかったと記憶しています。

(坂井委員長)
この決定には、前の三宅委員長の補足意見が付いていましたが、このケースは府議会議員だったと。だから、府議会議員とか公職選挙で選ばれるような議員に関しては、かなり辛辣なことを言われても、それは批判されるのも仕事のうちなんじゃないかという視点で見ていく必要があると思います。

◆決定第55号「謝罪会見報道に対する申立て」 報告:曽我部真裕委員

番組はTBSテレビの『アッコにおまかせ!』という番組で、みなさんご案内のことと思いますが、佐村河内さんが謝罪する記者会見が行われたのを受けて、、番組はほぼ全部を使って会見を取り上げて、例によって大きなパネルを使って説明をし、出演者がいろいろコメントをするという形で進んだ番組です。
一般論ですけれども、名誉毀損を判断するには大きく2つのステップがあります。1つはその放送がご本人の名誉を毀損するかどうか、つまり、社会的な評判を貶めるようなものであるかどうかということです。仮にそれに当たるとしますと、一応名誉毀損の可能性があるわけですけれども、それでも例外として、最終的にメディア側が責任を負わなくてもいい場合があります。それを免責事由と言っているわけですけれども、番組の公共性、放送局に公益目的があったかどうか、それから、示された事実が客観的に真実であったか、あるいは結果的に真実でなかったとしてもきちんと取材をして真実と信じるについて相当の根拠があったかどうか、ということが必要だということになります。
ところが、本件で問題になったのはその前提の部分です。つまり、そもそも、今回の番組でどういう事実が視聴者に伝わったのかが一番大きな争点になりました。委員会の多数意見と少数意見で立場が分かれたのも、その点です。本件放送はどういう事実を視聴者に伝えたのかということです。
これまた一般論に戻るわけですけれども、では、視聴者にどういう事実が伝わったのか、放送局側から言うと、どういう事実を視聴者に示したのかをどうやって判断するかというと、これは最高裁の判断がありまして、要するに一般視聴者の受け止めで決めると、一般視聴者がどう見るかということです。ですから、放送局が伝えようとした事実と、一般視聴者の受け止めがずれる場合も当然あるということです。佐村河内さんの側は、本件放送で示された事実というのは「申立人は、手話通訳も介さずに記者と普通に会話が成立していたのだから、健常者と同等の聴力を有していたのに、当該記者会見では手話通訳を要する聴覚障害者であるかのように装い会見に臨んだ」と、そういう事実が視聴者に伝わったと主張をする、これに対してTBS側は、いや、そんな断定はしていないとおっしゃるわけです。
委員会としては、先程の最高裁の判断に従って一般の視聴者の受け止めはどうかということを探ったわけですけれども、その際重視したのは、一般視聴者は、本件は聴覚障害という難しい問題でしたので予備知識がないということでした。したがって、不正確な説明をすると、簡単に誘導、誤解してしまうだろうということです。その上で実際の判断をしたということです。
番組は大きく2つの部分に分かれ、時間的には全然配分が違うのですけれども、記者会見の際に、実際に手話通訳なしで会話が成立しているにではないかというVTRが流されていたのです。その部分は時間的にはごく短いわけですけれども、インパクトは非常に強い。しかも、謝罪会見の時に手話通訳がなくても話が通じているということを、直接示しているということですので、委員会としては、これは重要な部分だと判断しました。
番組ではその前に、記者会見の場で配布された佐村河内さんの聴力に関する診断書、これをパネルに貼って説明をしていたわけですが、これは、細かくは申し上げないのですが、要するに、診断書の中には、みなさんが人間ドックでやるような聞こえたらボタンを押す自己申告の検査と、そうでない脳波でチェックする検査もあると。しかし、番組では脳波による検査のほうはあまり触れずに、自己申告であると強調していた。しかも、出てきた数値を見て、「普通の会話は完全に聞こえる」というような説明をアナウンサーがしていました。あと、診断書について医師、専門家のコメントがありまして、その中で詐聴、つまり自己申告の検査なので偽っていた可能性があるというようなコメントも、特段の補足説明もなく言ってしまいました。そうした合間に当然、タレントのトークがあって、その中にはもう佐村河内さんは嘘をついているということを前提としたようなコメントが多数あったというところがありました。
そういうことを総合的に判断して、委員会の多数意見は、先程お示しした、佐村河内さん側が主張している本件放送の摘示事実はあったと、つまり断定的にそういうことを伝えているという判断をしました。これは名誉毀損であるということです。診断書からはそこまでは言えなくて、客観的な検査によれば一定の難聴はあったとみられるわけですので、先程の免責事由で言うと、真実性、相当性も認められないという結論になったわけです。
3番目として、やや一般化した個別の注意点を2,3挙げています。
1つはバラエティーによって人権侵害の可能性があった場合に、報道番組と同じような基準で判断するのか、それとも違う基準で判断するのかということです。その点について、少なくとも情報バラエティー番組において事実を事実として伝える場合は、報道番組と同様の判断基準でよいと考えたわけです。お手許の『判断ガイド』の211ページに紹介がありますけれども、トークバラエティー番組については、より表現の許容範囲が広いというような判断を示した決定が確かにありました(第28号「バラエティー番組における人格権侵害の訴え」)。バラエティー事案の審理では、最近放送局側が必ずこれを引用されるわけですけれども、本件ではそこに対して若干釘を刺すような形で、情報バラエティー番組で事実を事実と伝える場合は報道番組と基本的に変わらないような判断基準で判断するということを言っております。
この点、最高裁判所も似たようなことを言っています。かつて、いわゆる夕刊紙が名誉毀損に問われた裁判において、夕刊紙側が結局興味本位の記事を載せているんだから、読者もそういうものとして受け止めるはずであると、だから名誉毀損はないと主張をしたところ、そういうことは通らないというのが最高裁の判断です。
かつてロス疑惑報道というのがあって、要するに三浦さんは悪い奴だというので集中豪雨的な報道がされたわけですが、その後、三浦さんの側から何十件も名誉毀損訴訟が起こされ、かなりの部分でメディアが負けています。報道被害に関する認識も高まって報道のあり方もだいぶ変わったわけですけれども、今でもやはり流れができてしまうと、これに乗っかって過剰なバッシングが行われる現象があると。本件でもそういうことがあっただろうと思いますので、ロス疑惑報道の教訓は今でも重要だろうと思います。
次ですが、これは少数意見の中で、視聴者に予備知識がないからといって正確な説明を求めていたのでは、バラエティー番組は成り立たないのではないかというご指摘がありました。委員会としては、そんなに難しいことを求めているわけではなくて、例えば本件で言うと、聴覚障害には伝音性難聴と感音性難聴があって佐村河内氏は感音性難聴であるとか、そういう説明をすべきだというのではなくて、音が歪んで聞こえるという症状があるというようなことを伝えるとか、そういう形で噛み砕いて分かり易く説明することは十分可能だろうと思うわけです。
過去の委員会決定で何度も言われていますが、タレントの発言の責任は誰にあるかというと、これは放送局にある。編集権、編成権は放送局にあるわけですから、そういうことになるわけです。だからと言って、厳密な台本を用意して、その通りにやれという話をしているわけではなくて、事前説明をしっかりする。それから、もしほんとに問題のある発言があった場合その事後に番組中にチェックすると。そういうような配慮が求められるのではないかと指摘しております。

◇事案担当:林香里委員
今回の事案は大変難しい決定で、特に私は法律家ではありませんので、名誉毀損の判断などは非常に難しかったです。
まず、放送倫理というところで問題があるという点では全員一致しているというところは、確認をしていただきたいなと思います。全体的に放送倫理では問題があるのですが、名誉毀損のほうはどうかということで、委員会決定の判断は、やはり本件放送のメイン・メッセージは「普通の会話は完全に聞こえる」ということでした。委員会は、ここが真実とは異なるということで、名誉毀損という判断を下したということになると思います。ただし、そこには少数意見のように異なる印象をもつ者がいるのではないか、異なる解釈があるのではないかという意見が付いているということでございます。

◇少数意見 奥武則委員長代行
先程曽我部委員が、多数意見と少数意見がどこで分かれたのか説明していただきましたが、つまり、本件放送によってどういう事実が示されたのかということについての認識なり判断が違うわけですね。多数意見は佐村河内さんの申立てを受けとめて、「申立人は手話通訳を介せずに記者と普通に会話が成立していたのだから、健常者と同等の聴力を有していたのに、当該謝罪会見では手話通訳を要する聴覚障害者であるように装い会見に臨んだ」という事実が摘示されたと判断しました。
市川委員長代行と私の少数意見は、要するに、そこまではっきり明確なメッセージがあの番組からあったとはどうも受け取れないということです。お昼の時間帯に放送される情報バラエティー番組で、まさに一般の視聴者が普通の視聴の仕方で見た時に、一体どういう受け止め方をしたかというと、まあ、何だかよくわからないけれども、「手話通訳が本当に必要なのかな」という程度の認識を視聴者が持っただろうということですね。手話通訳がほんとに必要なのかということに、強い疑いがあることについては一定の真実性はあるわけで、そういう意味で言うと名誉毀損は成立しないのではないかというのが基本的に我々の少数意見です。放送倫理上の問題については、基本的に多数意見と同じ考え方です。

◇少数意見 中島徹委員
私が少数意見を書くことになったきっかけは、一言でいえば、この事件で名誉毀損を認めてしまうと、表現の自由が相当に脅かされかねないという直感でした。
あの番組で事実の摘示があったと見てしまえば、すなわち、正常な聴力を有しているということを番組が指摘したと解してしまうと、それについて真実性と相当性をTBS側が証明しなければなりません。しかし、本人は聞こえないと言っているわけですから、「聞こえる」ことを証明することは極めて困難です。もっとも、佐村河内氏は、謝罪会見以前に一定程度は「聞こえる」ことを認めていました。聞こえることについて争いがなければ、そのことを前提に、この場面でも聞こえているのではないかと論評を加えることは大いにありうることです。言い換えれば、番組の中で言われていたことは、事実の摘示ではなく、TBSの見方、意見だと私は捉えたわけです。
論評は表現の自由の観点からすれば、相当程度に自由でなければなりません。日本の裁判所、とりわけ最高裁は、論評の場合でも真実性・相当性については相当の根拠がなければならないという判断を示していますが、この点はアメリカでは全くそういうふうには理解されておらず、真実性・相当性という要件を課しません。論評は自由に述べてよろしいというわけです。もちろんそれは行き過ぎだったら許されない場合もあるけれども、そうでない限りは自由にやってよいという考え方ですね。この点で、日米の名誉毀損に関する法的思考はかなり異なりますが、日本でも下級審では、アメリカ流に考える立場もあります。
他方、奥代行、市川代行の少数意見とどこが違うかと申しますと、両代行のご意見は、この番組を見た一般視聴者は正常な聴力を有しているというところまでは理解していなくて、なんとなく聞こえているのではないかくらいで受け止めていたのだから、事実の摘示はその程度で認定すれば良い ー粗雑にすぎる要約かもしれませんがー 、そのように論じられた上で、そうであれば真実性はあったと認定されているわけです。本件では、結果において名誉毀損の成立を認めないわけですから、表現の自由にとってマイナスということにはなりません。しかし、逆に、表現の自由を制限するような場面で同じ論法をとった場合、すなわち、事実の摘示という法律上の概念を説明する際に一般人の感覚を用いてしまうと、一般人の感覚とは言い換えれば多数者のものの見方ですから、多数者の視点で事実の摘示という法律上の概念を論じることになります。これは、時に多数者の視点で表現の自由を制限するように機能する場合もありますので、表現の自由保障の観点から私には賛成できませんでした。そこで、あのようにやや煩雑な構成をとることになったわけです。

(意見)
事がやっぱり障害に関することなので、全く納得できないというわけでもないです。ただ、やはりそこまでの専門性、専門的知識をあの番組の中で求めるかというと、やっぱり厳しいなという感想になります。

(意見)
非常にショッキングで、視聴者の目線で言うと、ほんとに佐村河内さんという方は耳が聞こえるのか、ほんとに自分で作曲したのかという率直な疑問に答える形であの番組はやっていたと思うんですね。結果的に、決定が出た後、出る前後でも検証が全くされていない。佐村河内さんの聴覚が本当はどうだったのか、あの交響曲『HIROSHIMA』はどういう扱いになっているのか、その辺の検証をもっとやるべきじゃないかという感想を持ちました。

(質問)
私はちょうどたまたま放送を見ていまして、非常に面白く拝見しました。ただ、各社とも佐村河内さんの聴力が疑問だというトーンでやっている中では、かなり突出して聞こえるという印象を与える番組だったのは確かだと記憶しています。もうちょっと疑問だなというレベルに押さえておけば、まあ許容範囲に入ったのかなと、さじ加減の難しさがあるのかなと思いました。私は報道の人間なので、バラエティーを作る手法がわからないんですが、ああいう芸能人を使いながら大筋を導いていくプロセスというか、どのくらいシナリオを書いているのか、教えて欲しいなと思いました。

(曽我部委員)
今の点は審理の過程では論点にはなっていました。どの程度事前にシナリオというか、打合せがあったのか、詳細にはお聞きできていないのですが、それほど細かい話があったわけでもなく、もちろん聴覚障害に関する予備知識のようなものの説明があったわけでもないように聞いています。ちゃんとしたタレントさんは、ある程度空気を読んで発言されると思うので、やっぱり事前にある程度局が示唆をしておけば、もうちょっと違ったものになったのではないかと思います。あの番組をご覧になればわかると思うのですけれど、司会の和田アキ子さんがあの問題について非常に一家言をお持ちな感じで、ずっとリードをされていたので、ずいぶん他の出演者の方も引きずられてしまった部分もあるのかなという感じはしました。

(質問)
もう1つの大喜利事案(第57号「大喜利・バラエティー番組への申立て」)との違いについて教えていただければと思います。

(曽我部委員)
まず、番組の性質がだいぶ違うということですね。謝罪会見は情報バラエティ-、べつにネーミングにこだわるわけではないのですけれども、事実を事実として伝える番組で、その上でいろいろトークをするという、そういう作りです。視聴者もそういうものとして受け止める、先程最高裁判決を紹介しましたが、それなりに真実を言うだろうという前提で受け止めると思うのですね。
これに対して大喜利というのは、必ずしもそうではないところがあります。さらに大喜利は短いフレーズの中で風刺を効かせたりするので、いろいろ誇張とかが当然含まれるわけですし、即興で言うのでいろんな表現があると。世の中に確立した芸ですので、視聴者はやっぱりそれはそういうものとして見るだろうと。そういうことで番組の性格が違うと思います。

(坂井委員長)
決定的に違うのは、大喜利は事実の摘示が基本的にないんです。佐村河内さんにとっては不愉快な言われ方を、もちろんしています。「持っているCDは全部ベストアルバムばっかり」とか「ピアノの鍵盤にドレミファソラシドと書いてある」とか。だけど、それは揶揄しているという話で、記者会見の時に耳が聞こえていたとかいう事実は言っていない、そこは事案として全然違うということを補足しておきたいと思います。

◆決定第57号「出家詐欺報道に対する申立て」 報告:奥武則委員長代行

申立人が出てくる映像が5か所ありますが、その映像について「放送倫理上重大な問題がある」という結論です。「報道番組の取材・制作において放送倫理の遵守をさらに徹底することを勧告する」という決定です。「重大な問題がある」というところが1つの肝で「勧告」になったわけですね。
出家詐欺のブローカーとして出てくる申立人の映像は、手の部分がボカされて顔は写っていない、セーターも着替えたということです、隠し撮り風に撮っている映像では、画面の右側のほうに「ブローカー」とテロップが出ていますが、申立人の顔の部分は完全にマスキングしています。映像と音声をほぼ完全に加工していて、映像からは申立人と特定できない。その人が誰だか分からないんだから、そもそも名誉毀損という問題は生じませんということで、この部分は「名誉毀損などの人権侵害は生じない」という結論になったわけです。
放送人権委員会としては、人権侵害はないからそれで終わりという考え方もないわけではないんです。事実そういう議論も委員会でしましたが、これでこの事案をやめてしまうのはちょっとおかしいんじゃないかということになって、放送倫理上の問題を問うべきだという流れになってきたわけですね。なぜ放送倫理上の問題を問うかというと、本人は実際取材されて映像になって放送されているのは分かっているわけですから、ほかの人が見て分からないと言ったって本人は自らが登場していることは当然認識できるわけです。その結果、放送で言っていることはおかしなことがいっぱいあって、ともかく被害を受けたと言っているわけですから、そこには当然放送倫理上求められる事実の正確性にかかわる問題が生まれるだろうということで、放送倫理上の問題もやっぱり考えましょうということになったわけです。
申立人の主張とNHK側の主張の違いを比べてみます。申立人は「自分は出家詐欺のブローカーでないし、ブローカー行為をしたこともない」、「NHKの記者に頼まれて出家詐欺のブローカーを演じただけだ」と言っているわけですね。それに対してNHKは「申立人はみずからブローカーであるとして取材に応じた」という主張です。取材記者のほうも「申立人がブローカーであると信じて取材を行った」と言っていて、真っ向から対立しているんですね。
申立人が出家詐欺のブローカーを演じたのかどうかという問題は、あとで触れるとして、ほんとうに出家詐欺のブローカーかどうかということについての裏付け取材が明らかに欠けていたんですね。多重債務者という人が登場しますが、この人はもともとNHKの記者のいわば取材協力者で今までもいろんな取材に応じていて、記者がこの件についても「出家詐欺について取材して番組を作ろうと思うんだけど」などと相談を持ちかけたんですね。そうしたら「いや、俺も実は多重債務を抱えいて今度ブローカーに相談に行く」ということで、ブローカーを紹介してくれることになった。記者はこの取材協力者に全面的に依存してるんですね。
NHKの記者は「直接会って話を聞いたりするのはやめてくれ」と取材協力者に言われたということですけれども、現実に出家詐欺のブローカーとして登場させるわけだから、取材協力者がそう言っているからといって、それにどっぷり漬かっていいのか、やっぱり裏付け取材をしなきゃいけないという話ですね。ところが、全くしていない。本人に聞くのが当然王道だと思うんですが、本人に聞けなくても、いろんな周辺取材で裏付けは取れたはずで、そういうことは全くしていない、裏付け取材が欠けていたという点ですね。
それからもう1つ、ナレーションが幾つか映像を伴って出てくるわけですけれども、ビルの一室に活動拠点があったとか、多重債務者からの相談があとを絶たないとか、それらのナレーションは基本的にあとで出家詐欺のブローカーと称する人にインタビューをして、いろいろ言っている中からピックアップして使ったと言うんですけれども、実はそういうことは全然ないんですね。ブローカーとして活動しているという話も、この取材協力者から聞いた話であって、活動拠点といわれる所も、実際はその取材協力者が用意しておいた場所なんですね。そこの部分がいちばん明確な虚偽と言っていいと思うんです。それだけではなくて、全体的に映像も伴って虚構を伝えています。「たどり着いたのはオフイスビルの1室、看板の出ていない部屋が活動拠点でした」というナレーション、この部分がいちばん問題になる、ウソの部分なわけです。
必要な裏付け取材を欠いていたことと、明確な虚偽を含むナレーションで登場した人を出家詐欺のブローカーだという形で放送した。「報道は、事実を客観的かつ正確・公平に伝え、真実に迫るために最善の努力を傾けなければならない」、これはNHKと民放連が作った放送倫理基本綱領、つまり放送界の憲法みたいなものですね。これに明らかに違反していると言わざるをえないということで、放送倫理上重大な問題があったという結論に至ったわけですね。
さっきペンディングにした問題、実は皆さんも関心があるんでしょうけれども、申立人は出家詐欺のブローカー役を演じたのかどうかという問題ですね、これは実はやぶの中なんですね。出家詐欺のブローカーをやっていたという事実は出てきていない。NHKの調査委員会もそういう結論に達しています。ただし、全部を否定するというのは、いわゆる悪魔の証明ですから、ブローカーじゃなかったということは、なかなか証明できないところがあるんです。申立人は、NHKの取材協力者で多重債務者として登場した人と長い付き合いがあり、その人に頼まれてというようなこともあって、これはもちろん断定はできないんですけれども、申立人は自分は出家詐欺のブローカー役を演じるのだなと、そういう認識を持って取材に応じたのではないかと思っています。実際この人は出家した経験があったりお寺に出入りしたりしたことはあるわけで、取材に応じて出家詐欺の手口とかをしゃべることも、そのつもりになれば出来ただろうということなんですね。申立人は「役を演じてくれと言われた」とか「自分は多重債務者のつもりだったのが途中でブローカー役になった」と言っていますが、この点は合理性を欠いていて、信用できないと思っています
総務省がNHKに対して厳重注意という行政指導を行い、その前には、自民党の情報通信戦略調査会が、放送法に言及してテレビ朝日とNHKを聴取しています。これについては委員長が非常に懇切に説明をしてくれたので、私から特に付け加えることはないんですが、放送法の規定について、私は法律家ではないわけですけれども、法規範だとか倫理規範だとか言ってみてもあまり意味はないと思っています。放送法に書いてあるのは間違いないので、実際それをどうやって守るか、担保するかという問題であって、それは憲法21条並びに放送法の趣旨からいって要するに自律性なんだと。「放送番組は、法律の定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」。放送法の3条ですね。事情聴取とか行政指導は「民主主義社会の根幹である報道の自由の観点から、報道内容を萎縮させかねない、こうした対応に委員会として強い危惧の念を持たざるをえない」ということですね。
放送人権委員会は、具体的な事案を審理する中で物事を考えるのが基本ということであって、「強い危惧の念を持たざるをえない」と抑制的に表現したわけです。趣旨は自律的にやるんだということに尽きます。放送局が自律的にやるし、BPOも自律的な機関としてあるんだという、その自律性をしっかり頭の中に入れておかなければいけないだろうと思います。

◇事案担当:二関辰郎委員
少々補足しますと、この同じ番組について放送倫理検証委員会もこちらの委員会に先行して判断を出しています。その判断の中身について委員会の性格の違いを反映して違う部分があるので、それを簡単にご説明しますと、放送倫理検証委員会というのは番組全体の作り方、取材のあり方とか制作のあり方、そういった観点からこの番組を検証して意見としてまとめていました。これに対して、こちらの委員会はあくまでも申立てをしてきた人、その人の人権なり、その人との絡みで放送倫理上の問題があったかどうかという観点から判断をしているという、アプローチの違いがあるということです。
先程もご説明がありましたとおり、人物が特定できませんので人権侵害はない。世間の人がその人だと特定できなければ社会的評価の低下はないわけですね。そこで入口論としては終わった。それに対して放送倫理の問題というのは、必ずしもそういう観点は必要なくて、本人は自分が誤って伝えられたということは分かるわけですし、倫理の問題というのはやはり放送局側の行動規範的な側面が強いわけですから、そこの拠り所を取っかかりにして申立人との関係においてどういった問題があったのかという取り上げ方をしたということになります。
この決定を公表した時に「やらせがあったのかどうか」というような質問が幾つかあったわけですが、委員会としては、あくまでも申立人との関連においての放送倫理の問題を取り上げる範囲で必要な判断をしたと。明確な虚偽が現にあったという必要な判断は十分にしているということで、特に「やらせ云々」というところまで立ち入った判断はしていません。委員会が「やらせがあった」と言ってくれたらそれだけで記事の見出しになる、そんな意図の質問にも感じられたんですけれども、委員会はそういった判断をするところではない、というのが委員会の立場だといっていいかと思います。

(質問)
どうしてこんな事態になったと思われますか。

(奥委員長代行)
個人的見解になりますけれども、私自身、報道記者をやっていた経験から言いますと、やっぱりNHKの記者はいい番組を作ろう、よりインパクトがある番組を作ろうというところで、NHKの言葉で言えば「過剰な演出をしてしまった」ということ。それから、日頃付き合っていた取材協力者、多重債務者として登場する人ですけれども、その人を過剰に信用していたというか、そういう取材上の問題が非常にあっただろうと思います。

(質問)
記者は明確な意図を持って事実と違うナレーションにしてしまったのか、ヒアリングではどうだったのか知りたい。「やらせの部分については踏み込まなかった」とおっしゃったんですが、かなり問題ある構成かなと思うが、その辺についてはどういう判断をされたんでしょうか?

(奥委員長代行)
やり過ぎたというようなことを任意に認めたわけでもないですけれども、「いろいろインタビューで聞いたんで、それを基にしてこういう構成にした」という言い方をしていたと思います。間違いなく問題ある構成だったわけで、「放送倫理上重大な問題があり」になったということです。

(質問)
「やらせまで踏み込んだ判断をしなかった」ということですが。やらせに踏み込んだ判断をする場合は、どういう要件の時にやることになるのか教えてください。

(坂井委員長)
典型的な「やらせ」と言われるケースはあるかもしれない、つまり、ほんとうは事実が全くないのに事実であるかのように作り上げる、というのがやらせになるんでしょう。そうではないときに何を「やらせ」というかは、もう定義次第になってしまう。そういう言葉の議論ではないところで、「明確な虚偽であるだけでなく、全体として実際の申立人と異なる虚構を伝えた」という言い方を決定はしているんですね。「何か踏み越えればやらせになるのか」という発想はしていません。

(質問)
「過剰な演出」というところが、ストーンと落ちない人がたぶん多い中で、「やらせ」という言葉を使うかどうか、定義は別としてもその部分が曖昧なまま終わってしまった印象が否めないかなと気がします。

(坂井委員長)
「過剰な演出」というのはご存じでしょうけど、NHKが言っている話ですね。決定ではそういう表現はしなかった、もっとストレートな言い方をしている、そこにわれわれの判断が出ているということです。だから、「過剰な演出」なのか、「明確な虚偽」というのか、「やらせ」というのか、あまりこだわる意味がないと思うんです。名誉毀損にはならない、でも「明確な虚偽を含む虚構が放送された」ということで、明らかに放送倫理上重大な問題がある、それで十分じゃないかなということです。

(奥委員長代行)
この決定文を読んで「いや、これはやらせじゃないの」というふうに思った方がいたとしても、まあ変な言い方ですけど、それはそれで構わないですよ、私としては。

(坂井委員長)
奥代行が言ったことを言い換えると、どこにも基準がないので、そういうふうに受け取る人がいても、それはそれでいいけれども、われわれは基準がはっきりしないやらせかどうかというよりも、明確に認定できる書き方をしているということです。
あと、どこまで事実を解明するかという問題があって、放送人権委員会は人権侵害、名誉毀損になるような、なりかねないような放送倫理違反というのがやっぱりメインの関心事であって、それ以外のところ、この番組でもたぶん事実と違っているところがあるかもしれないが、それを委員会が全部やるかというと、そこはわれわれの任務との関係で一定程度どうしても限界があると同時にやる範囲を絞っているというところが多少はあります。 (質問)
放送の自律性のところは、今の政権与党に強く言ってほしいところです。控えめに表現されたということですが、ぜひ委員会としても、BPO全体としてもアピールをしていただきたいと思っています。

(奥委員長代行)
放送人権委員会というのは、具体的な申立てを受けて審理して決定を出すという、そういう組織ですね。アクションを起こせと言われても、具体的な問題について具体的に審理して具体的な決定を出すという以上のアクションは、例外的に例えば前の三宅委員長が「顔なしインタビュー等についての要望」を出したりしたことはありますけれども、基本的にはそういう組織ではないんです、だから一緒にやっていきましょう。

(坂井委員長)
メディアの方ご自身ががんばらないと、こればかりはどうしようもないと。で、がんばるためには市民の支持、信頼がないと絶対ダメだという認識です。報道被害が迅速に救済されることがメディアに対する信頼を生み出し、それが報道の自由を支える大きな力になる、市民の支えがないと、例えば時の権力者の介入を許すような下地ができるだろうと思っています。そういう意識で、BPOも放送人権委員会もきちんと活動しなきゃいけないと思っています。

以上

第231回放送と人権等権利に関する委員会

第231回 – 2016年3月

自転車事故企画事案、世田谷一家殺害事件特番事案、STAP細胞報道事案の審理、出家詐欺報道事案の対応報告…など

自転車事故企画事案、世田谷一家殺害事件特番事案、STAP細胞報道事案を審理、また出家詐欺報道事案でNHKから提出された対応報告を了承した。

議事の詳細

日時
2016年3月15日(火)午後4時~8時10分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
曽我部委員、中島委員、二関委員、林委員

1.「自転車事故企画に対する申立て」事案の審理

審理対象は、フジテレビが2015年2月17日にバラエティー番組『カスぺ!「あなたの知るかもしれない世界6」』で放送した「わが子が自転車事故を起こしてしまったら」という企画コーナー。
同コーナーでは、母親が自転車にはねられ死亡した申立人のインタビューに続いて、「事実のみを集めたリアルストーリー」として14歳の息子が自転車事故で小学生にけがをさせた家族を描いた再現ドラマが放送された。ドラマは、この家族は示談交渉で1500万円の賠償金を払ったが、実はけがをした小学生は「当たり屋」だったという結末になっている。
申立人は、当たり屋がドラマのメインとして登場することについて事前の説明が全くなく、申立人に関して「実際に裁判で賠償金をせしめていることだし、どうせ高額な賠償金目当てで文句を言い続けているのだから、その点で当たり屋と似たようなものだ」との誤解を視聴者に与えかねないとして名誉と信用の侵害を訴え、放送内容の訂正報道や謝罪等を求めている。
これに対してフジテレビは、事前説明が十分でなかった点は申立人にお詫びしたが、「再構成ドラマは子供の起こした交通事故をテーマとするものであって、母親を自転車事故で亡くされた申立人の事案とは全く類似性がない」とし、この点は視聴者も十分に理解できるので、申立人の名誉と信用を侵害したものではないと主張している。
ヒアリングを行った前回の委員会後に第1回起草委員会が開かれ、委員会決定文を起草した。今月の委員会では、担当委員から決定文案の説明を受けた後、委員会の判断の結論を取りまとめ、次回委員会でさらに決定文案の審理を続けることになった。

2.「世田谷一家殺害事件特番への申立て」事案の審理

対象となったのは、テレビ朝日が2014年12月28日に放送した年末特番『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』。番組では、FBI(米連邦捜査局)の元捜査官(プロファイラー)マーク・サファリック氏が2000年12月に発生したいわゆる「世田谷一家殺害事件」の犯人像を探るため、被害者遺族の入江杏氏らと面談した模様等を放送した。入江氏は殺害された宮澤みきおさんの妻泰子さんの実姉で、事件当時隣に住んでいた。番組で元捜査官は、「当時20代半ばの日本人、宮澤家の顔見知り、メンタル面で問題を抱えている、強い怨恨を抱いている人物」との犯人像を導き出した。
この放送を受けて入江氏は、テレビ朝日に対し、演出上の問題点などについて抗議。放送法第9条に基づく訂正放送・謝罪等を求めたが、テレビ朝日は「放送法による訂正放送、謝罪はできない」と拒否した。このため入江氏は、委員会に申立書を提出。「テレビ的な技法(プーという規制音、ナレーション、画面右上枠テロップなど)を駆使した過剰な演出、恣意的な編集並びにテレビ欄の番組宣伝によって、あたかも申立人が元FBI捜査官の犯人像の見立てに賛同したかの如き放送により、申立人の名誉、自己決定権等の権利侵害が行われた」として、放送による訂正、謝罪並びに責任ある者からの謝罪を求めた。
これに対しテレビ朝日は、サファリック氏の怨恨説を否定する申立人の発言をそのまま放送しており、申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したように見えるという申立人側の指摘は当たらないと反論。申立人が指摘するような「恣意的な編集」や「過剰な演出」はないと認識しており、「放送法第9条による訂正・謝罪の必要はないと考えている」と主張している。
前回委員会後、申立人から「反論書」が、被申立人から「再答弁書」が提出された。今回の委員会では、事務局がこれまでの双方の主張を取りまとめた資料を基に説明、論点を整理するため起草委員が集まって協議することとなった。

3.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会では論点・質問項目案に沿って各委員が意見を述べた。次回委員会ではさらに審理を進める予定。

4.「出家詐欺報道に対する申立て」事案の対応報告

2015年12月11日に通知・公表された本件「委員会決定」に対し、NHKから局としての対応と取り組みをまとめた報告書が2016年3月10日付で提出され、委員会は、この報告を了承した。
また、3月3日、NHKにおいて本決定に関して坂井委員長と担当の奥委員長代行、二関委員が出席して研修会が開かれたことを事務局が報告した。当日は約150人が出席し、2時間にわたって質疑応答や意見交換が行われた。

5.その他

  • 2016年度「放送人権委員会」活動計画(案)が事務局から提示され、了承された。
  • 林香里委員が3月末で退任することになった。林委員は4年間委員を務めたが、4月から大学のサバティカル研修のため渡米することになり、任期途中の退任となった。
  • 後任として4月から委員に就任する白波瀬佐和子氏(東京大学大学院人文社会系研究科教授)が専務理事から紹介され、経歴等の説明があった。
  • 次回委員会は4月19日に開かれる。

以上

第230回放送と人権等権利に関する委員会

第230回 – 2016年2月

自転車事故企画事案のヒアリングと審理、
ストーカー事件再現ドラマ、ストーカー事件映像両事案の通知・公表の報告、
謝罪会見報道事案の対応報告、STAP細胞報道事案、世田谷一家殺害事件特番事案の審理…など

自転車事故企画事案のヒアリングを行い、申立人と被申立人から詳しく事情を聞いた。ストーカー事件再現ドラマとストーカー事件映像の2事案の通知・公表について、事務局が概要を報告した。謝罪会見報道事案でTBSテレビから提出された対応報告を了承した。STAP細胞報道事案、世田谷一家殺害事件特番事案を審理した。

議事の詳細

日時
2016年2月16日(火)午後3時~9時40分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
曽我部委員、中島委員、二関委員、林委員

1.「自転車事故企画に対する申立て」事案のヒアリングと審理

審理対象は、フジテレビが2015年2月17日にバラティー番組『カスぺ!「あなたの知るかもしれない世界6」』で放送した「わが子が自転車事故を起こしてしまったら」という企画コーナー。同コーナーでは、母親が自転車にはねられ死亡した申立人のインタビューに続いて、「事実のみを集めたリアルストーリー」として14歳の息子が自転車事故で小学生にけがをさせた家族を描いた再現ドラマが放送された。ドラマは、この家族は示談交渉で1500万円の賠償金を払ったが、実はけがをした小学生は「当たり屋」だったという結末になっている。
この放送について申立人は、当たり屋がドラマのメインとして登場することについて事前の説明が全くなく、申立人に関して「実際に裁判で賠償金をせしめていることだし、どうせ高額な賠償金目当てで文句を言い続けているのだから、その点で当たり屋と似たようなものだ」との誤解を視聴者に与えかねないとして名誉と信用の侵害を訴え、放送内容の訂正報道や謝罪等を求めている。
今月の委員会では、申立人と被申立人のフジテレビからヒアリングを行った。
申立人は代理人の弁護士とともに出席し、「自転車事故の被害の深刻さを訴えたいという説明を受けて出演したが、茶化す番組の冒頭に使われ、たいへん悔しく思っている。番組で母が当たり屋だと明確に言われたわけではないが、私のブログにはお金をもらっているだろうみたいな、罵詈雑言のような形のコメントが来たりして嫌な思いをした。事前に当たり屋のドラマだという一言の説明もなく、お笑いで終わるような番組とは一切聞いていなかった。聞いていれば、もちろん取材はお断りした。ドラマの内容は荒唐無稽としか言いようがない」等と述べた。
フジテレビからは制作担当者ら6人が出席し、「申立人のお母様の事故とドラマの事故の内容は明らかに異なり、番組上も分断されているので、視聴者が申立人は高額な賠償金目当ての当たり屋同様の存在であるという印象を持つことはなく、名誉を毀損したとは考えていない。申立人のインタビューは自転車事故の悲惨さを訴えるために取材したもので、ドラマとは別の部分で使用することから、ドラマに当たり屋が登場することは説明していない。ドラマの内容は取材や資料をもとに蓋然性が高いと判断して再構成したもので、申立人が主張するような虚偽放送ではない」等と述べた。
ヒアリング後の審理で、次回委員会に向けて担当委員が決定文の起草に入ることになった。

2.「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」事案の通知・公表の報告

3.「ストーカー事件映像に対する申立て」事案の通知・公表の報告

両事案に関する「委員会決定」の通知・公表が2月15日に行われ、その概要を事務局から報告し、当該局のフジテレビが決定の内容を伝える番組の同録DVDを視聴した。

4.「謝罪会見報道に対する申立て」事案の対応報告

2015年11月17日に通知・公表された本件「委員会決定」に対し、TBSテレビから局としての対応と取り組みをまとめた報告書が2016年2月15日付で提出され、委員会はこの報告を了承した。
なお、本件の委員会勧告に基づいて局が行った放送対応に関し、当該番組でエンドロールの後一旦CMが放送されてからアナウンサーによるコメントの読み上げがなされた点について、多数の委員から、放送対応のタイミングについてより工夫がなされることが好ましかったとの意見が述べられた。
また、2月1日にTBSテレビにおいて本決定に関して坂井委員長と担当の曽我部、林の両委員が出席して研修会が開かれたことを事務局が報告した。当日は140人余が出席し、2時間15分にわたって質疑応答や意見交換が行われた。

5.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会では、改めて起草担当委員が提出した論点・質問項目案に沿って各委員が意見を述べた。次回委員会ではさらに審理を進める予定。

6.「世田谷一家殺害事件特番への申立て」事案の審理

対象となったのは、テレビ朝日が2014年12月28日に放送した年末特番『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』。番組では、FBI(米連邦捜査局)の元捜査官(プロファイラー)マーク・サファリック氏が2000年12月に発生したいわゆる「世田谷一家殺害事件」の犯人像を探るため、被害者遺族の入江杏氏らと面談した模様等を放送した。入江氏は殺害された宮澤みきおさんの妻泰子さんの実姉で、事件当時隣に住んでいた。番組で元捜査官は、「当時20代半ばの日本人、宮澤家の顔見知り、メンタル面で問題を抱えている、強い怨恨を抱いている人物」との犯人像を導き出した。
この放送を受けて入江氏は、テレビ朝日に対し、演出上の問題点などについて抗議。放送法第9条に基づく訂正放送・謝罪等を求めたが、テレビ朝日は「放送法による訂正放送、謝罪はできない」と拒否した。このため入江氏は、委員会に申立書を提出。「テレビ的な技法(プーという規制音、ナレーション、画面右上枠テロップなど)を駆使した過剰な演出、恣意的な編集並びにテレビ欄の番組宣伝によって、あたかも申立人が元FBI捜査官の犯人像の見立てに賛同したかの如き放送により、申立人の名誉、自己決定権等の権利侵害が行われた」として、放送による訂正、謝罪並びに責任ある者からの謝罪を求めた。
これに対しテレビ朝日は、サファリック氏の怨恨説を否定する申立人の発言をそのまま放送しており、申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したように見えるという申立人側の指摘は当たらないと反論。申立人が指摘するような「恣意的な編集」や「過剰な演出」はないと認識しており、「放送法第9条による訂正・謝罪の必要はないと考えている」と主張している。
前回委員会で審理入りが決まったのを受けて、テレビ朝日から申立書に対する答弁書が提出された。今回の委員会では事務局が双方の主張をまとめた資料を配付して説明した。

7.その他

  • 2月3日に福岡で開かれた地区別意見交換会(九州・沖縄地区)について、事務局から概要を報告し、その模様を伝える地元局の番組の同録DVDを視聴した。意見交換会には、同地区29局、83人が出席し、約3時間30分にわたって活発な意見交換が行われた。
  • 次回委員会は年3月15日に開かれる。

以上

2015年11月

TBSテレビ系列・北信越4局と「意見交換会」を開催

放送人権委員会は2015年11月24日、石川県金沢市内でTBSテレビ系列の北信越4局を対象に意見交換会を開催した。局側から報道・制作を中心に20人、オブザーバーとしてTBSテレビから1人が参加、委員会からは、坂井眞委員長、林香里委員、二関辰郎委員が出席した。
系列別の意見交換会は、2015年2月に高松で行われた「日本テレビ系列・四国4局」に続いて2回目。
今回の意見交換会では、まず委員会が2015年上半期に通知・公表した「散骨場計画報道への申立て」と「大阪府議からの申立て」の2事案の委員会決定を取り上げ、坂井委員長が委員会の判断のポイント等について説明と解説を行った。参加者からは、「散骨場計画報道」事案で「熱海記者会による申立人との合意と報道の自由の問題」について付言したことに関し、「社会性の高い案件だっただけに、記者会として、もっと交渉すべき余地はあったのではないか」等の意見が述べられた。
続いて、2014年6月に公表した「顔なしインタビュー等についての要望 ~最近の委員会決定をふまえての委員長談話~」について、林委員がこの談話を出すに至った背景や、実際のニュース番組をモニター、分析したうえで数か月にわたって委員会で議論したなどと説明した。
これに関連して参加者から「東京だと市民インタビューは赤の他人だが、ローカルだと匿名の市民じゃなくて実名の市民になってしまう。見ている人は『あの人知ってる』となる」「交通事故などで被害者が匿名を希望するケースが増えている」等の事例が報告された。
また、テレビで放送されたニュースがネット上で蔓延してしまう問題に関連して、坂井委員長から「最近、グーグルなどの検索について、検索結果で上位にヒットすることが現実には大きな影響があるため、それについてポータルサイトがしかるべき対応をすべきであるという法的判断がくだされた例がある。そうした判断が徐々に広がる可能性はある」との解説があった。
意見交換会の事後アンケートでは、「自分たちの取材の在り方、取材対象との向き合い方を見直し、考える良い機会になった」「系列間だからこその失敗談や苦慮している課題を聞くことができた」「委員長をはじめ、委員の方とも直接会って、いわゆる『顔が見えた』ことでBPOを身近な存在として感じられ有意義な会だった」等の感想が寄せられた。

以上

2015年度 第58号

「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」に関する委員会決定

2016年2月15日 放送局:フジテレビ

勧告:人権侵害(補足意見付記)
フジテレビは2015年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』で地方都市の食品工場を舞台にしたストーカー事件とその背景にあったとされる社内いじめ行為を取り上げた。番組では、ストーカー事件の被害者とのインタビューを中心に、取材協力者から提供された映像や再現ドラマを合わせて編集したVTRを放送し、スタジオトークを展開した。この放送に対し、ある地方都市の食品工場で働く契約社員の女性が、放送された食品工場は自分の職場で、再現ドラマでは自分が社内イジメの"首謀者"とされ、ストーカー行為をさせていたとされ名誉を毀損されたと申し立てた事案。放送人権委員会は審理の結果、2月15日に「委員会決定」を通知・公表し、「勧告」として本件放送には人権侵害があったとの判断を示した。

【決定の概要】

本件は、フジテレビがバラエティー番組『ニュースな晩餐会』(2015年3月8日の放送)で、「ストーカー事件」の被害の問題について、その一例を伝える目的で放送し、職場の同僚の間で行われたつきまとい行為やこれに関連する社内いじめを取り上げたものである。この中で、役者による事件の再現映像と、申立人の職場の人物のインタビュー映像や隠し撮り映像、申立人自身の会話の隠し録音などが随所に織り込まれた映像が放送された。
申立人は、この放送について、申立人を社内いじめの「首謀者」、「中心人物」とし、つきまとい行為を指示したとする事実無根の放送を行ったものであるとし、この放送によって名誉を著しく毀損されたとして委員会に申し立てた。
委員会は、申立てを受けて審理し、本件放送には申立人の名誉を毀損する人権侵害があったと言わざるをえないと判断した。決定の概要は以下のとおりである。
本件放送は、関係者の映像等にボカシを入れ音声を加工したこと、役者による再現には「イメージ」とのテロップを付し、「被害者の証言に基づいて一部再構成しています」とのテロップも付したことから、フジテレビは、本件放送が特定の人物や事件について報道するものではないとしている。しかし、現実にあった事件の関係者本人の映像や音声を随所に織り込み、再現の部分も含めて一連の事件として放送している以上、視聴者は、現実に起きた特定の事件を放送しているものと受け止める。
本件放送には一定のボカシがかけられるなどしているものの、職場の駐車場の映像や、申立人の職場関係者に関する情報が含まれていること、取材協力者でもあった事件関係者らが、本件放送が行われることを予め職場などで話して回ることも十分予想できる状況下であったことなどから、本件放送内容は、職場の同僚にとって、登場人物が申立人であると同定できるものであった。
以上を前提とすると、本件放送は、申立人を社内いじめの「首謀者」、「中心人物」とし、実行者に「ストーカー行為をさせ」ていたなどと指摘するものであることになるが、これらの点が真実であるとはおよそ認められず、真実と信じたことに相当性もない。したがって、本件放送は、申立人の名誉を毀損するものであった。
フジテレビは、本件放送が基本的には現実の事件を再現するものとして視聴者に受け止められるにもかかわらず、「被害者の証言に基づいて一部再構成しています」等のテロップを付したことなどから、本件放送が現実の事件の真実から離れても問題はないと安易に思い込み、取材においても一方当事者への取材のみに依拠して職場内での事件の背景や実態を正確に把握する努力を怠り、真実とは認めがたい申立人に関する事実を放送して申立人の名誉を毀損してしまうこととなった。
したがって、委員会は、フジテレビに対し、本決定の趣旨を放送するとともに、再発防止のために、人権と放送倫理にいっそう配慮するよう勧告する。

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2016年2月15日 第58号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第58号

申立人
食品工場契約社員 A氏
被申立人
株式会社フジテレビジョン
苦情の対象となった番組
『ニュースな晩餐会』(日曜日 午後7時58分~8時54分)
放送日時
2015年3月8日(日)午後7時58分から約27分間

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.本件放送内容と申立てに至る経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • 1.本件放送と現実の事件の関係
  • 2.本件放送の登場人物と申立人の同定可能性
    • (1)本件放送内容と申立人の同定可能性
    • (2)フジテレビの反論について
  • 3.本件放送の内容と申立人の名誉の毀損
  • 4.本件放送の公共性・公益性
  • 5.申立人に関する放送内容の真実性
  • 6.申立人に関する事実を真実と信じたことの相当性
  • 7.小括
  • 8.放送倫理上の問題

III.結論

  • 補足意見

IV.放送概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2016年2月15日 決定の通知と公表の記者会見

通知は、午後1時からBPO会議室で行われ、坂井委員長と起草を担当した市川委員長代行、紙谷委員が出席し、申立人本人と、被申立人のフジテレビからは編成統括責任者ら4人が出席した。午後3時から千代田放送会館2階ホールで、坂井委員長、市川委員長代行、紙谷委員が出席して記者会見を行い、2事案の委員会決定を公表した。報道関係者は21社41人が出席し、テレビカメラ3台(うち1台は民放代表カメラ)が入った。

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2016年5月17日 委員会決定に対するフジテレビの対応と取り組み

2016年2月15日に通知・公表された「委員会決定第58号」ならびに「委員会決定第59号」に対し、フジテレビジョンから局としての対応と取り組みをまとめた報告書が5月13日付で提出され、委員会は、この報告を了承した。

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  • 「補足意見」、「意見」、「少数意見」について
  • 放送人権委員会の「委員会決定」における「補足意見」、「意見」、「少数意見」は、いずれも委員個人の名前で書かれるものであって、委員会としての判断を示すものではない。その違いは下のとおりとなっている。

    補足意見:
    多数意見と結論が同じで、多数意見の理由付けを補足する観点から書かれたもの
    意見 :
    多数意見と結論を同じくするものの、理由付けが異なるもの
    少数意見:
    多数意見とは結論が異なるもの

2015年度 第59号

「ストーカー事件映像に対する申立て」に関する委員会決定

2016年2月15日 放送局:フジテレビ

見解:放送倫理上問題あり
フジテレビは、2015年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』で地方都市の食品工場を舞台にしたストーカー事件とその背景にあったとされる社内いじめ行為を取り上げた。この番組に対し、取材協力者から提供された映像でストーカー行為をしたとされた男性が、映像のボカシが薄く、会社には40歳前後で中年太りなのは自分しかいなので自分と特定されてしまう、として人権侵害を申し立てた事案。委員会は人権侵害があったとは認められないが、放送倫理上問題があるとの判断を示した。

【決定の概要】

本件は、フジテレビがバラエティー番組『ニュースな晩餐会』(2015年3月8日の放送)で、「ストーカー事件」の被害の問題について、その一例を伝える目的で放送し、職場の同僚の間で行われたつきまとい行為やこれに関連する社内いじめを取り上げたものである。この中で、役者による事件の再現映像と、申立人の職場の人物のインタビュー映像や申立人が隠し撮りされた映像、同僚同士の会話の隠し録音などが随所に織り込まれた映像が放送された。
申立人は、この放送で「ストーカー行為を行った人物」として取り扱われ、そのことが職場に広く知れ渡ってしまい、また、放送内容も事実と大きく異なっていたために、本件放送によって名誉を毀損されるなどの人権侵害を受けたとして委員会に申し立てた。
委員会は、申立てを受けて審理し、本件放送には、申立人の名誉を毀損する等の人権侵害があるとはいえないが、放送倫理上の問題があると判断した。決定の概要は、以下のとおりである。
フジテレビは、関係者の映像等にボカシを入れ音声を加工したこと、役者による再現には「イメージ」とのテロップや、「被害者の証言に基づいて一部再構成しています」とのテロップを付したことから、本件放送が特定の人物や事件について報道するものではないとしているが、現実にあった事件の関係者の映像や音声を随所に織り込み、再現の部分も含めて一連の事件として放送している以上、視聴者は、現実に起きた特定の事件を放送しているものと受け止める。
本件放送では、一定のボカシがかかっているとはいえ、職場の駐車場の映像や、申立人の職場関係者に関する情報が含まれていること、放送当日、取材協力者でもあった「ストーカー事件」の被害者らが、本件放送が行われることを予め職場などで話して回ることも十分予想できる状況下であったことなどから、職場の同僚には本件放送の登場人物が申立人であると同定できる。
とはいえ、本件放送は、公共の利害に関する事実を、公益をはかる目的で放送したものであり、申立人が行っていたことに関する基本的事実関係については真実であると認められるので、申立人に対する名誉毀損等の人権侵害があるとはいえない。
しかし、フジテレビは、本件放送が基本的には現実の事件を再現するものとして視聴者に受け止められるにもかかわらず、「被害者の証言に基づいて一部再構成しています」などのテロップを付したことなどによって本件放送が現実の事件の真実から離れても問題はないと安易に思い込み、真実に迫るための最善の努力を怠り、取材においても一方当事者からの取材のみに依拠して、職場内での処遇の不満や紛争という事件の背景や実態を正確に把握する努力を怠った。また、このような取材、放送の在り方は、申立人の名誉やプライバシーへの配慮を欠くものであった。さらに、フジテレビは、本件放送に対する申立人らの苦情に真摯に向き合わなかった。これらの点で、本件放送と放送後のフジテレビの対応には放送倫理上の問題がある。
したがって、委員会は、フジテレビに対し、本決定の趣旨を放送するとともに、再発防止のために、人権と放送倫理にいっそう配慮するよう要望する。

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2016年2月15日 第59号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第59号

申立人
食品工場社員 B氏
被申立人
株式会社フジテレビジョン
苦情の対象となった番組
『ニュースな晩餐会』(日曜日 午後7時58分~8時54分)
放送日時
2015年3月8日(日)午後7時58分から約27分間

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.本件放送内容と申立てに至る経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • 1.本件放送と現実の事件の関係
  • 2.本件放送の登場人物と申立人の同定可能性
    • (1)本件放送内容と申立人の同定可能性
    • (2)フジテレビの反論について
  • 3.本件放送の内容と申立人の名誉の毀損
  • 4.本件放送の公共性・公益性
  • 5.申立人に関する放送内容の真実性など
  • 6.放送倫理上の問題
    • (1)事実を事実として伝える必要性
    • (2)関係者の名誉やプライバシーに配慮する必要性
    • (3)小括~本件放送内容にかかわる放送倫理上の問題
    • (4)放送後の対応の問題

III.結論

IV.放送概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2016年2月15日 決定の通知と公表の記者会見

前事案に引き続き午後2時から、本件の通知を行い、申立人と、フジテレビ側からは編成担当者ら4人が出席した。 午後3時から千代田放送会館2階ホールで、坂井委員長、市川委員長代行、紙谷委員が出席して記者会見を行い、2事案の委員会決定を公表した。報道関係者は21社41人が出席し、テレビカメラ3台(うち1台は民放代表カメラ)が入った。

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2016年5月17日 委員会決定に対するフジテレビの対応と取り組み

2016年2月15日に通知・公表された「委員会決定第58号」ならびに「委員会決定第59号」に対し、フジテレビジョンから局としての対応と取り組みをまとめた報告書が5月13日付で提出され、委員会は、この報告を了承した。

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第229回放送と人権等権利に関する委員会

第229回 – 2016年1月

ストーカー事件再現ドラマ事案の審理、ストーカー事件映像事案の審理、
STAP細胞報道事案の審理、自転車事故企画事案の審理、
世田谷一家殺害事件特番事案の審理入り決定…など

ストーカー事件再現ドラマ事案とストーカー事件映像事案の「委員会決定」案が大筋で了承され、委員長一任となった。その結果、両事案の通知・公表は2月に行われることになった。STAP細胞報道事案、自転車事故企画事案を審理、また「世田谷一家殺害事件特番への申立て」を審理要請案件として検討し、審理入りを決定した。

議事の詳細

日時
2016年1月19日(火)午後4時~10時20分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
曽我部委員、中島委員、二関委員、林委員

1.「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」事案の審理

対象となったのは、フジテレビが2015年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』。番組では、地方都市の食品工場を舞台にしたストーカー事件とその背景にあったとされる社内いじめ行為を取り上げ、ストーカー事件の被害者とのインタビューを中心に、取材協力者から提供された映像や再現ドラマを合わせて編集したVTRを放送し、スタジオトークを展開した。この放送に対し、ある地方都市の食品工場で働く契約社員の女性が、放送された食品工場は自分の職場で、再現ドラマでは自分が社内いじめの「首謀者」とされ、ストーカー行為をさせていたとみられる放送内容で、名誉を毀損されたとして、謝罪・訂正と名誉の回復を求める申立書を委員会に提出した。
これに対しフジテレビは、「本件番組は、特定の人物や事件について報道するものではなく、事実を再構成して伝える番組」としたうえで、「登場人物、地名等、固有名詞はすべて仮名で、被害者の取材映像及び取材協力者から提供された音声データや加害者らの映像にはマスキング・音声加工を施した。放送によって人物が特定されて第三者に認識されるものではない。従って、本件番組の放送により特定の人物の名誉が毀損された事実はなく、訂正放送の必要はない」と主張している。
この日の委員会では、第4回起草委員会を経た「委員会決定」案が提示され、前回委員会以降の修正点等について起草担当委員が説明を行い、各委員から細部にわたるさまざまな意見が述べられた。その結果、一部表現・字句を修正したうえで大筋で了承され、委員長一任となった。「委員会決定」の通知・公表は2月に行なわれることになった。

2.「ストーカー事件映像に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、前の事案と同じフジテレビが2015年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』。この番組に対し、取材協力者から提供された映像でストーカー行為をしたとされた男性が、「放送上は全て仮名になっていたが会社の人間が見れば分かる。車もボカシが薄く、自分が乗用している車種であることが容易に分かる。会社には40歳前後で中年太りなのは自分しかいなく自分と特定されてしまう」として、番組による人権侵害を訴え、「ストーキングしている人物が自分であるということを広められ、退職せざるを得なくなった」と主張する申立書を委員会に提出した。
これに対しフジテレビは「番組は、特定の人物や事件について報道するものではなく、ストーカー被害という問題についてあくまでも一例を伝えるという目的で、事実を再構成して伝える番組であり、場所や被写体の撮影されている映像にはマスキングを施し、場所・個人の名前・職業内容などを変更したナレーションやテロップとする」など、人物が特定されて第三者に認識されるものではなく、「従って、本件番組の放送により特定の人物の名誉が毀損された事実はなく、訂正放送等の必要はない」と主張。また、申立人の退職の原因について、「本件番組及びその放送自体ではなく、会社のことが放送される旨会社の内外で流布されたこと、及び申立人も自認していると推察されるストーキング行為自体が起因している」と反論している。
この日の委員会では、第2回起草委員会を経た「委員会決定」案が示された。審理の結果、一部表現・字句を修正したうえで大筋で了承され、委員長一任となった。「委員会決定」の通知・公表は2月に行なわれることになった。

3.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張している。
今回の委員会では前回に続いて起草担当委員が提出した「論点メモ」に沿って各委員が意見を述べた。その結果、次回委員会までに起草担当委員が、論点とヒアリングに向けた質問項目を整理することになった。次回委員会ではそれをもとにさらに審理を進める予定。

4.「自転車事故企画に対する申立て」事案の審理

審理対象は、フジテレビが2015年2月17日にバラティー番組『カスぺ!「あなたの知るかもしれない世界6」』で放送した「わが子が自転車事故を起こしてしまったら」という企画コーナー。
同コーナーでは、母親が自転車にはねられ死亡した申立人のインタビューに続いて、「事実のみを集めたリアルストーリー」として14歳の息子が自転車事故で小学生にけがをさせた家族を描いた再現ドラマが放送された。ドラマは、この家族は示談交渉で1500万円の賠償金を払ったが、実はけがをした小学生は「当たり屋」だったという結末になっている。
申立人は、当たり屋がドラマのメインとして登場することについて事前の説明が全くなく、申立人に関して「実際に裁判で賠償金をせしめていることだし、どうせ高額な賠償金目当てで文句を言い続けているのだから、その点で当たり屋と似たようなものだ」との誤解を視聴者に与えかねないとして名誉と信用の侵害を訴え、放送内容の訂正報道や謝罪等を求めている。
これに対してフジテレビは、事前説明が十分でなかった点は申立人にお詫びしたが、「再構成ドラマは子供の起こした交通事故をテーマとするものであって、母親を自転車事故で亡くされた申立人の事案とは全く類似性がない」とし、この点は視聴者も十分に理解できるので、申立人の名誉と信用を侵害したものではないと主張している。
今月の委員会では、ヒアリングに向けて論点と質問項目を審理した。論点については、本件放送による人権侵害はあったのか、放送倫理上の問題として申立人に対する取材前の説明はどうだったのか等を検討し、来月の委員会で申立人とフジテレビからヒアリングをすることになった。

5.審理要請案件:「世田谷一家殺害事件特番への申立て」~審理入り決定

上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となったのは、テレビ朝日が2014年12月28日に放送した年末特番『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』。番組では、FBI(米連邦捜査局)の元捜査官(プロファイラー)マーク・サファリック氏が2000年12月に発生したいわゆる「世田谷一家殺害事件」の犯人像を探るため、被害者遺族の入江杏氏らと面談した模様等を放送した。入江氏は殺害された宮澤みきおさんの妻泰子さんの実姉で、事件当時隣に住んでいた。番組で元捜査官は、「当時20代半ばの日本人、宮澤家の顔見知り、メンタル面で問題を抱えている、強い怨恨を抱いている人物」との犯人像を導き出した。
この放送に対し入江氏は、番組の取材要請の仲介をした人物を介してテレビ朝日に対し、演出上の問題点などについて抗議。その後弁護士とともに7回にわたってテレビ朝日側と話し合いを行い、放送法第9条に基づく訂正放送・謝罪等を求めたが、テレビ朝日は「放送法による訂正放送、謝罪はできない」と拒否した。
このため入江氏は2015年12月14日、委員会に申立書を提出、「テレビ的技法(プーという規制音、ナレーション、画面右上枠テロップなど)を駆使した過剰な演出、恣意的な編集並びに(新聞の)ラジオ・テレビ欄の番組宣伝によって、あたかも申立人が元FBI捜査官の犯人像の見立てに賛同したかの如き放送により、申立人の名誉、自己決定権等の権利侵害が行われた」として、放送による訂正、謝罪並びに責任ある者からの謝罪を求めた。
申立人はこの中で、実際の面談において申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」を否定しているにもかかわらず、過剰な演出、恣意的な編集がなされ、「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したかのように、事実と異なる報道、公正を欠く放送をされたと主張。また、実際の面談において申立人は犯人の特定につながる具体的な発言は一切していないにもかかわらず、音声を一部ピー音で伏せるなどの過剰な演出、恣意的な編集により、申立人が殺害された長男の発達障害に関連して犯人の特定につながる具体的な発言を行ったかのように、事実と異なる報道、公正を欠く放送をされたとして、「これらは、悲しみから再生された申立人の人格そのもの、真摯に築いてきた生き方、すなわち人格権としての名誉権、自己決定権を著しく毀損するもの」と訴えている。
さらに申立人は、テレビ朝日が新聞のラジオ・テレビ欄で「被害者実姉と独占対談」「○○を知らないか?『心当たりがある!』遺体現場を見た姉証言」と実際にはない発言を本件番組の目玉として番組宣伝を行ったのは、「放送倫理に著しく違反する」と述べている。
これに対しテレビ朝日は2016年1月14日、本件申立てに関する「経緯と見解」書面を委員会に提出し、申立人が指摘するような「恣意的な編集」や「過剰な演出」はないと認識しており、「放送法第9条による訂正・謝罪の必要はないと考えている」と主張した。
またテレビ朝日は、番組では「妹達には恨まれている節はなかったと感じる。経済的なトラブル、金銭トラブル、男女関係みたいなものなど一切無かったですから。」とサファリック氏の怨恨説を否定する申立人の発言をそのまま放送しており、申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したように見えるという申立人側の指摘は当たらないと反論。さらに、申立人が被害者長男の「発達障害に関連して犯人の特定につながる具体的発言を行ったかのように事実と異なる報道、公正を欠く放送をされた」と述べていることについては、事件現場が世田谷区上祖師谷であることなどの情報と合わせれば、視聴者による誤った推測で「具体的な場所」が「特定」される可能性があったためで、言葉を伏せたのはそのような誤解が起きないようにという配慮であり、「公正を欠く放送」には当たらないと考えていると主張している。
このほかテレビ朝日は、新聞のラジオ・テレビ欄で「『心当たりがある!』遺体現場を見た姉証言」との表記で番組宣伝等を行ったことに関しては、サファリック氏の「(規制音)へ行ったり、そのような接点は考えられますか?」という質問に対し、申立人が「考えられないでもないですね。」と回答した点を挙げ、番組ではこの発言を新聞ラ・テ欄や番組宣伝等に利用するのに際し、「字数制限の制約の中で表現する上での演出上許容範囲であると思料しており、ご指摘のような『放送倫理に著しく違反している』とは考えていない」としている。
委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。

6.その他

  • 2月3日に福岡で開かれる地区別意見交換会(九州・沖縄地区)について、事務局から概要を説明した。
  • 1月13日に行われたテレビ愛知への講師派遣について、事務局が概要を報告した。委員会から坂井眞委員長、同局からは関連会社を含め約30人が参加、最近の委員会決定などを題材に活発な意見交換を行った。
  • 次回委員会は年2月16日に開かれる。

以上